置き去りの僕を拾い集めて


 日付の感覚さえ麻痺してしまう程に忙しいのは、果たして良いのか、悪いのか。

 時計のお陰で時間の経過を知る事は難しくないし、その時計に日付も表示されていれば、今日が何月何日であるのか知る事も容易い。
しかし、それも時計を確認する暇があってこそ。
それさえも忘れ、コンピューターの解析や、城の地下に蔓延るハートレス退治に明け暮れていると、知らない間に長い時間が経っている事もある。
侵食も忘れて没頭する事が少なくないので、定期的にエアリスやシドが様子を見に来てくれているが、それもなければ本当に丸々一週間をコンピュータールームで過ごす事もあっただろう。

 レオンにとって何よりも優先すべきは、レイディアントガーデンの再建だ。
記憶に在る故郷のように、いや、それ以上に素晴らしい街へと復興させて見せる。
それが、一度失った故郷への罪滅ぼしであり、レオンが自分自身に課した使命でもあった。
だから、己の事は二の次として、街の復興に尽力するのだ。

 その所為か、レオンは自分自身に関わる事───例えば体調管理であるとか───は、簡単に忘れてしまう。
そんな彼の事だから、自分が発端である年中行事の事なんて、いつだって覚えていないのだ。





 城のコンピュータールームで、電脳世界の住人が解析してくれたプログラムに目を通していたら、突然ユフィがやって来て、レオンを外へと連れ出した。


「おい、ユフィ!どうしたんだ、突然」
「いーから、いーから!ほら、早く早く!」


 城から街への距離は、決して短くはない。
その間にハートレスは隙を見ては襲って来るのだが、最近はセキュリティシステムの精度がかなり上がったお陰か、キーブレードの勇者の大活躍の成果か、以前よりはその数を減らしている。
が、やはり襲ってくるのは変わらない。
ユフィはそれを適当に蹴散らしながら、レオンの手を引いて街へと向かう。

 今日はまだ確認して置きたい事があったのに、とレオンはぼやいたが、ユフィは聞いていない。
聞こえていたとしても、きっと彼女の足は止まるまい。

 街は穏やかなものであった。
物資の流通経路が確保されてから、商売も盛んになり、街全体が活気づいて来たように思う。
だが、それはきっと、一番最初にボロボロに傷付いたこの世界を見たからだろう。
過去の記憶を掘り起こせば、街の復興はまだ半分も進んでいない事が判る。

 ユフィがレオンを連れて行ったのは、再建委員会が会議などで集まる家だった。
シドにとっては半分住居と化しているので、彼が常にこの家にいる事もあり、会議がなくとも溜り場になっている事も多い。
今日もユフィやエアリスは、此処で何やかやと賑やかにしていた筈だ。

 ユフィは、家の玄関前まで来ると、引っ張っていたレオンの手をぱっと放した。


「ちょっと待っててね」
「……?ああ」


 ユフィの意図は読めないが、レオンは彼女の言葉に従う事にした。

 ユフィは玄関を潜って家に入ると、「レオンが来たよー!」と元気な声で中にいるであろうシド達に呼びかける。
それから、一分程が経った後、


「良いよ、レオン。中に入って」


 静かで柔らかな声色は、エアリスのものだった。

 レオンは、鍵のかかっていないドアを軽い力で押し開けた。
キィ、と蝶番の音が鳴った後、───パン、パン、パン!と響く破裂音。
そして飛び散ったカラーテープと紙吹雪が、ぱらぱらとレオンの頭上から降り注ぎ、


「レオン、たんじょーびおめでとー!」


 ユフィの高く明るい声が、沢山の紙テープや折り紙の飾りに囲まれた部屋に反響する。
シドがプログラム構築の為に愛用しているパソコンからは、誰もがよく知るバースデーソングが流れていた。
そして、いつもプログラム構築の参考書や魔法の指南書で埋まっているテーブルは綺麗に片付けられて、オードブルやチキンやスープが並び、そのロウソクを立てたホールケーキが置かれている。

 呆然と、レオンはその光景を見詰めていた。
濃茶色の髪に、黄色のカラーテープが引っ掛かっている事さえ、彼は気付いていない。
ぱちり、と青灰色の瞳が呆けたように瞬きするのを見て、ユフィがぷっと噴き出した。


「あははは!やっぱり忘れてた〜!」
「そりゃそうだろ、レオンだぜ。てめぇの誕生日なんか、自力で思い出すわきゃねーよ」


 きゃらきゃらと楽しそうに笑うユフィと、同じように笑うシドの手には、封の開いたクラッカーが握られている。
破裂音の正体はこれか、とレオンは遅蒔きに理解した。

 白く細い手が伸びて来て、レオンの髪を撫でる。
髪に引っ掛かっていたカラーテープを取ったその手は、エアリスのものだった。


「こっち」


 カラーテープを床に放って、エアリスはレオンの手を取る。
促して歩き出す彼女の通りに、レオンはその後ろをついて行った。

 料理の並ぶテーブルの椅子へと座らされると、ユフィがワイングラスを差し出した。
呆けたままに受け取ると、ポンッ!と傍らで音がして、見るとエアリスがワインコルクを抜いた所だった。
どうぞ、と言うように笑顔でワインを差し出すエアリスに、レオンもグラスを差し出す。
こぽこぽこぽ、と薄く色づいた半透明の液体がグラスの底で波を作る。

 レオンのグラスが満たされると、エアリスはもう一つグラスにワインを注いだ。
それからテーブルに置かれていたジュースボトルを手に取り、別のグラスに同じ量を注ぐ。
ジュースはユフィへと差し出された。


「はい、ユフィ」
「あたしもワイン飲みたいよ〜」
「20歳になったらね」
「ちぇっ」


 判り易く拗ねた顔をしつつも、ユフィはエアリスの手からグラスを受け取った。

 テーブルには、もう一つグラスがあった。
エアリスはそれに缶ビールの中身を移し、シドに差し出す。


「缶のままでも構いやしねえんだがな」
「それじゃ雰囲気壊れちゃうじゃん」
「だね。それに、折角だから」
「…ま、俺はなんでも良いけどよ」


 言いながら、シドはグラスを受け取って、テーブルの椅子に座る。
ユフィとエアリスも席について、三対の瞳がレオンへと向けられた。


「さっきも言ったけど、もう一回ね。ハッピーバースディ、レオン!」
「誕生日おめでとう」
「おめでとさん」


 ユフィの弾む声と、柔らかく温かなエアリスの声と、いつもよりも少し柔らかな眼差しを向けるシド。
真っ直ぐに向けられるその声と眼差しに、レオンもようやく、呆けていた意識が現実へと戻る。


「あ……ああ。ありがとう」


 なんとか、と言った風で感謝の言葉を口にしたレオンに、ユフィが眩しい位の笑顔を浮かべた。
きっとこの誕生日パーティの発案者は彼女なのだろう。
ひょっとしたら、いつもは存在しない筈の沢山の飾り付けに飾られた部屋の内装も、彼女が用意したのかも知れない。

 乾杯しよう、とユフィが言ったので、レオンは持ったままだったグラスを掲げた。
テーブルはそれ程大きくはないから、腕を伸ばせば真ん中でそれぞれの手が届く。
ワイン二つとジュースとビールの入ったグラスが集まって、天井の照明の光を受けてきらきらと波を揺らし、


「レオンの誕生日にー、かんぱーい!」


 ユフィが高らかに宣言した後、それぞれグラスに口を付ける。

 レオンはアルコールに強くない。
それでも、飲み始めた頃よりは耐性がついて来たようで、数杯程度なら問題なく飲めるようになった。
エアリスもそれを判ってワインを選んできたのか、ワインは口当たりの良い甘いもので、それ程度数も強くない。

 注がれていた分を半分まで飲んで、レオンはグラスから口を放した。
エアリスも同じ程度まで減っている。
ユフィは甘いリンゴジュースが思いの外気に入ったのか、こくこくと嬉しそうに飲み干しつつあった。
シドはと言うと、注いだビールはとっくに空になっていて、二杯目を注ぎ足している。


「ワイングラスでビールってのも、贅沢してる気分で悪かねえが、やっぱりちょいと飲み辛いな」
「じゃあ、ビールグラス持って来る」
「おう、悪いな」


 エアリスが席を立って、食器棚のグラスを取りに行く。
その間に、シドは二杯目のビールを早々に飲み干していた。


「シド、余り一気飲みをするなよ。体に悪い」
「そう言うな、今日は目出度い日なんだから。だろ?」
「もうそんな歳でもないんだがな」


 小さな子供や、まだ十代の頃ならいざ知らず、レオンは今日で26歳になった。
誕生日を迎えたからと言って、無邪気にそれを喜ぶような歳ではなくなったし、かと言って歳を重ねた事に皮肉を言う程齢を積み上げた訳でもない。

 だが、そんな年齢になっても、こうして自分が生まれた事を言わってくれる人がいると言う事は、喜ぶべき事だろう。
共に過ごしてくれる人がいなければ、こんな温かい時間を得る事さえ出来ないのだから。
自分の誕生日を理由に、賑やかなイベントを欲しがった少女の細やかな我儘だとしても、悪い気分はしなかった。


「───よしっ。ほら、レオン!これ食べて!」


 言い出しっぺであろう少女の声と共に、どんっ、と大きなものがレオンの前に置かれる。
一体なんだ、と目を丸くして見れば、良い色に揚げられたチキンが、文字通り山になって皿に積み上げられていた。


「食べてって……ユフィ、これは」
「今日のご飯はレオンの為に作ったものばっかりなんだからね。あたしも手伝ったんだよ」
「あ、ああ。ありがとう」
「ほらほら、これすっごく大きいよ!絶対美味しいから、食べて食べて!」


 一際大きな骨付きチキンを差し出して言うユフィに、判ったからちょっと落ち着けと宥めすかす。
ユフィの気持ちは有難いが、生来からそれ程量を食べる方ではないレオンに、一人でチキンの山を攻略しろと言うのは難易度が高過ぎる。
食べるにしても、もう少し時間をかけてゆっくり攻略させて欲しい。

 取り敢えず、ユフィの手から骨付きチキンを受け取って、齧ってみる。
よく味の沁み込んだ肉は、噛む度に肉汁と一緒に香ばしい味が溢れ出して、レオンは舌鼓を打った。
その様子を、ユフィはそわそわとした表情でじっと見詰める。


「どう?どう?美味しい?」
「ああ。美味いよ、ユフィ」
「やったー!エアリス、あたしの作ったチキン美味しいって!」


 レオンの言葉に、ユフィは全身で喜びを表現しながら、エアリスに抱き着く。
良かったね、とエアリスがユフィの頭を撫でた。

 レオンの横から伸びて来た手が、皿の上のチキンを一つ取り上げる。
シドはチキンをがぶりと齧ると、もぐもぐと噛んで飲み込み、


「まあまあってトコだが、味はもうちょい濃い方が良いんじゃねえか?」
「それはシドが濃い味が好きなだけでしょー。あたしもそっちの方が好きだけど」
「今日、レオンの誕生日だから、ね。レオン用の味付けなの」


 三人の言葉に、成る程どうりで食べ易い筈だとレオンは思った。
レオンは濃い味も嫌いではないのだが、やはり薄味の方がさっぱりしていて食べ易い気がするのだ。
しかし、決して単純に味が薄い訳ではなく、口の中で噛んでいれば、鶏肉の旨みや沁み込ませたスープの味が広がって来る。

 チキンばかりを楽しんでいる訳にも行くまいと、レオンはスープに口を付けた。


「うん、美味いな」
「良かった」
「レオン、これも食べなよ!あと、こっちも!」


 エアリスが嬉しそうに微笑む傍らから、ユフィが山盛りになったポテトサラダや茸のソテーをレオンの前に並べる。
そんなに沢山あっても困るのに、ユフィはお構いなしだ。
シドもエアリスも、そんなユフィを止めるつもりはないようで、次々と繰り出される食べ物攻撃の様子を、楽しそうに眺めていた。




 ふぅっ、とケーキに立てたロウソクの火が消える。
ぱちぱちと拍手が起こり、レオンは胸の中がむず痒く、温かくなるのを感じていた。

 沢山のフルーツで彩られたケーキが、エアリスの手で均等に切り分けられていく。
それを待っている間に、ユフィが部屋の隅のソファに駆け寄り、其処に置いてあったものを持って戻って来た。


「レオン、レオン。ほら、これ。誕生日プレゼントだよ」


 そう言ってユフィが差し出したのは、青と黄色のグラデーションに、沢山の星を散りばめたラッピング袋に包まれた、正方形の箱だった。
大きさは両手で持って少し余る程で、少し重みがある。
ちゃり、と小さな金属音が聞こえるので、金属類の何かが納められているようだ。

 受け取ったプレゼントを見下ろしていると、これも、と言って次のものが差し出される。
今度は片手に納まる小さな箱。
指輪やピアスが入っていそうな小さなジュエリーボックスに、水色のリボンが結ばれていた。


「袋はあたしで、こっちの箱はエアリスからね」
「ありがとう。開けても良いか?」
「うん」


 レオンは、先にラッピング袋の封を解いた。
中には真っ白で薄型の箱が入っていて、開けてみると、銀色の犬が二匹、向かい合った状態で横になっていた。
一匹ずつ取り出してテーブルに立たせる。
一緒に入っていた説明書らしき紙を呼んでみると、二匹の犬はどうやらリングピアスホルダーとして使えるらしい。

 すらりとした体躯を真っ直ぐに伸ばして座る、銀色の犬。
寄り添い合うように近付けると、嘗て逃げ延びた世界で面倒を見ていた、犬の夫婦を思い出した。
あの二匹は、その子供達は、今も元気にしているのだろうか。


「ね、ね。どう?気に入った?」


 レオンの反応を待ち切れなくなったのか、ユフィがゆさゆさとレオンの肩を揺さぶって訊ねる。
いつも好奇心を一杯に詰め込んだようにきらきらと輝く瞳を見上げ、レオンは小さく笑みを浮かべた。


「ああ、気に入った。大事に使わせて貰う」
「うん!へへっ」


 嬉しそうに笑うユフィの頭を、レオンはくしゃくしゃと撫でてやる。
子供じゃないんだからやめてよ、とユフィは言ったが、振り払う事はしなかった。

 次にレオンは、小さなジュエリーボックスに結ばれたリボンを解いた。
ぱかりと口を開けてみれば、中には予想していた通り、対になった小さなスタッドピアスが一式。
レオンの瞳と同じ、青灰色の小さな宝玉を抱いたそれを摘まんで、電球の光に翳してみる。
きらり、と蒼い光が反射して、レオンの青灰色の瞳に同じ物が映り込む。


「綺麗だな」
「うん。それ、レオンに似合うと思って。付けてみてくれる?」


 エアリスの言葉に、レオンは頷いた。

 耳に通していたピアスを外して、テーブルに置く。
あちこちに傷の入ったピアスは、レオンがずっと愛用していたものだった。
愛着のあるアクセサリーではあるから、手放す事はないだろう。
しかし、自分ではきっと新しいものを買いに行く事はないだろうし、折角エアリスが選んでくれたものなのだから、偶には違うものを身に付けるのも悪くない。

 穴にピアスのポストを通して、留め具で固定する。
小さなものであるから、重みは然程感じない。
レオンは耳にかかる髪を少し避けて、嵌めたピアスをエアリスに見せた。


「どうだ?」


 訊ねれば、エアリスが嬉しそうに笑って頷く。

 レオンはもう片方の耳にも新しいピアスを嵌めて、今まで嵌めていたものは、ジュエリーボックスへと納めて置く。
シンプルなジュエリーボックスは、レオンが持って帰って自分の家に置いても、すんなりと景色に馴染むだろう。
エアリスはそれも考えて、このジュエリーボックスをプレゼント用にと用意したのではないだろうか。

 ユフィとエアリスの視線が、シドへと向けられた。
レオンもそんな二人に連れられて、テーブルの向こうでビールを飲んでいる男を見る。
じぃ、と見詰める三対の視線の意味───レオンは特に何を意識している訳ではなかった───を察して、シドはがしがしと頭を掻き、


「妙な期待してんじゃねーぞ、レオン」
「いや、俺は別に……」


 何も言っていないんだが、と言うレオンの台詞は、最後まで紡がれなかった。
どん、とテーブルに乗せられた一升瓶によって。


「男の祝いっつったら、やっぱこれだろ」
「…俺は、あまり酒は…」
「全然飲めない訳じゃねえだろ。折角お前の為に用意したんだ、ちゃんとお前が飲めよ」


 ずい、と差し出された一升瓶を、レオンは眉尻を下げつつ受け取った。
ラベルに表記されたアルコール度数を見て、俺に酔いつぶれろと言うのか、とレオンは思う。
カクテルでさえ少しずつ飲むのがやっとだと言うのに、醸造酒なんて早々口にしない。

 少し困るプレゼントだな、と思いつつ、シドらしいとも思う。
レオンはテーブルの向こうで、ビールの摘まみ代わりにチキンを齧っているシドを見て言った。


「シド。これ一本は俺には多い。時間が空いたら、一緒に飲もう」
「ああ、良いぜ。好きな時に持って来いよ」


 いつものようにぶっきら棒な言葉を使いながら、シドの眦がいつもよりも柔らかい事に、レオンは気付いていた。
それをビールの飲み過ぎだと思う事にして、レオンはテーブルに瓶を置く。

 際立った重みは感じないが、いつもと違うものを身に着けているからだろうか。
嫌な感覚ではないが、なんとなく耳元が気になって、レオンが耳に嵌めたピアスを指先で遊ばせていると、


「あと、ソラからもプレゼントが届いてるよ」
「ソラから?」


 ユフィの口から出た名前に、ソラは目を丸くした。
キーブレードの勇者として、グミシップに乗って外のワールドをあちこち忙しなく旅している少年からの、レオンへの誕生日プレゼント。

 どうやって彼がレオンの誕生日を知ったのか、プレゼントを用意して渡しに来たのか。
レオンが考えている間に、ユフィはソファの影から小さな袋を取出した。
手渡されたそれを見て、レオンは首を傾げる。


「これは一体……?」
「なんでも、色んなワールドで色んなもん掻き集めて来たらしいぜ」
「他のワールドのものを!?そんな事をしたら、」
「そりゃあいつも判ってるだろ。だから、持ち出しても問題なさそうなものを選んで寄越したみたいだぜ」


 シドの言葉に、本当に大丈夫なのだろうか、とレオンの眉間に皺が寄る。
恐る恐る封を解いて、袋の中を覗き込んでみると、きらきらと光る小さな石や、折り畳まれたメモ用紙、押し花にされた花や葉───一見すればただのゴミと言われても仕方がないようなものばかりが入っている。

 レオンは小さな石を取り出して、手の中で転がした。
何何、とユフィが覗き込んで来て、エアリスも一緒にレオンの手の中の石を見る。
ただの石に見えていたそれは、ユフィが指先でつんと突いて転がすと、きら、きら、と小さな光を閃かせた。
石を電球の下で光に当ててみると、石の表面で星粒のような光が幾つも散らばっている事に気付く。


「すごーい、何これ!」
「他のワールドには、こんなものがあるのか……」


 凄いな、と呟くレオンの手から、石が消える。
辺りを見回せば、ユフィが石を天井の電球に掲げながら、凄い凄いとはしゃいでいた。


「おい、ユフィ」
「後でちゃんと返すよ。だからもうちょっと見せて!」


 きらきらと石よりも輝かしい目で言われては、年下に弱いレオンが強く出られる筈もない。
仕様がないな、と眉尻を下げるレオンを見て、「ありがと!」とユフィは言った。

 他には何が入っているのか、レオンはもう一度、袋の中身を覗き込む。
折り畳まれたメモ用紙を開いてみると、ペンで書かれたソラと二人の仲間の姿が、見知らぬ景色と共に描かれていた。
きっと彼等と同行している旅の記録係が描いたものだろう。


「ソラらしいね、このプレゼント」
「……そうだな」


 旅の中で、キーブレードの勇者として、そうでなくとも様々な出来事に巻き込まれているだろうに、偶にしか逢えない友人の事を覚えていてくれる。
それだけではなく、なんとかして友人の誕生日を祝えないかと、試行錯誤してくれたのだろう。
折角だから何か特別なものを、と思っても、ワールドの中の物を可惜に外に持ち出す事は、キーブレードの勇者と言えど赦されない事だ。
だから持ち出しても問題のなさそうなものを、と探し回ってくれたに違いない。
押し花や押し葉は本の栞に使えるし、石は一見するとなんともない普通の石で、よくよく見なければ小さな光は気付かれまい。
砂と液体の入った小瓶や貝殻も、きっと彼が一所懸命に集めてくれた物なのだ。

 他のワールドの事など、レオンには判らない。
知っている事と言ったら、故郷を失った後、シドに連れられて逃げ延びた夜の街だけだ。
しかし、あの少年は沢山の世界を行き来しているから、レオンが知らない物も沢山見ているのだろう。

 袋の中には、他にも沢山の物が詰まっていた。
一つ一つを確かめるのは、このパーティが終わってからでも良いだろう。
レオンは、ユフィが返した石を袋に入れて、封を締めた。


「それから、これ。マーリン様から」


 そう言ってエアリスが差し出したのは、一冊の本。
丁寧な装丁が施された分厚い表紙には、『古の物語』とタイトルが書かれている。
恐らく、物語か小説の本だろう。
ごく稀に訪れる休息の時間に、レオンが本を読んでいるのを見て、これをプレゼントとして贈ってくれたのだ。
明日からゆっくり読ませて貰おう。


「さて───と。プレゼントも全員分渡した事だし」
「ケーキ食べよーっ!」


 シドが切り出して、ユフィが嬉しそうにはしゃいで言った。
エアリスが頷いて、切り分けたフルーツケーキを一つずつ小皿に移し、皆へ配る。

 レオンはフルーツケーキの端にフォークを落として、切れ端をぱくりと口に入れた。
フルーツとスポンジの間に挟まれていた生クリームは、レオンが思っていた程に甘くはない。
蜜柑の甘酸っぱさが誇張されない程度の甘味で、甘い物が苦手なレオンにも食べられるものだった。


「悪くないな」
「でしょー。あたしとエアリスでお願いしたんだよ、あんまり甘くない奴でって」
「レオン、甘い物って苦手でしょ。でもやっぱり、ケーキがあった方が、誕生日って感じ、すると思って」
「ああ、ありがとう」


 今日で何度目かになるレオンの言葉に、ユフィとエアリスは両手を合わせて嬉しそうに笑う。
そんな少女達を見て、レオンも知らず表情を緩めていた。

 傷の走った青年の額に、見慣れた皺がない。
その事に気付いて、シドはグラスを傾けながらこっそりと笑みを漏らしていた。