空と海の境界線上 錯交編


 嵐による被害で、幾つかの帆が破かれたものの、船の走行には支障はなかった。
ソラ、クラウド、ユフィ、ティファが帆を張り直している間に、シドとエアリスが現在地を確認し、目的の航路に戻れるルートを練る。
そしてレオンは、早速貰った仕事として、嵐でずぶ濡れになってしまった船員達の服を洗濯していた。

 一昼夜に渡った嵐であったが、朝には小雨に代わり、正午を迎える時分には、昨日の朝と同じように抜けるような青空が広がっていた。
これなら服もよく渇くだろう、とレオンは船首楼の端に張られたロープを使って、洗ったばかりの服を並べ干していた。

 正直な話をすれば、レオンは洗濯物も殆ど触った経験がない。
そんな自分の恥を堪え、洗濯を始める前に、エアリスとティファから簡単に指導して貰った。
とは言え、渡された服は長旅にも耐えられる頑丈で簡素なものなので、適当に洗って適当に絞れば大丈夫!と言う豪快なものだ。
女性はお洒落を意識した服も持っているが、精々陸に上がる時しか着ないし、嵐の時には邪魔になるので、基本的には男性クルーとそう変わらない服ばかりである。
お陰で洗濯初心者のレオンには、随分とやり易い仕事になった。


(石鹸液に浸して…しっかり絞って…、皺を伸ばして……)


 故郷にいた頃に見た、これを仕事としている人達の姿を思い出しながら、レオンはシャツを思い切り絞った。
腕を捻ってシャツを捩じり、水気を出し切るまで力を入れる。
うっかり破りはしないかと躊躇したのは最初だけで、頑丈さを優先したごわごわとした服は、しっかり力を入れなければ碌に絞れもしないのだ。
レオンの腕で出来る限りの水絞りをした後は、布を広げて物干しロープにかけ、ピンチで留める。
ぽたぽたと水滴が落ちるのを見て、絞りが足りなかった事に気付いて、吊るしたままでもう少しずつ搾り、広げ直して皺を伸ばす。

 一通りの洗濯作業が終わると、レオンは汗だくになっていた。
思ったよりも重労働なのだと初めて知って、故郷で身の回りの世話をしてくれていた人々に感謝する。
元々、感謝の気持ちは忘れないようにと父から口酸っぱく言われていて、レオンもそのつもりで努めていたが、改めて彼ら彼女らの大変さを知ると、感謝の念も一層深くなる。


(……皆……無事だろうか……)


 はたはたと揺れる洗濯物の向こうに、遠く広がる空と海。
この青空は、故郷の空まで繋がっている。
海は故郷があった陸まで、その更に向こうにも広がっている。
そう思った途端、空と海の果てのない広さが、じわりと薄暗い恐怖に変わった。


(……若しも……俺だけが、生き延びたのだとしたら……)


 脳裏に過ぎる火花と瓦礫、耳にこびり付く悲鳴と怒号に、立ち尽くすレオンの手が白む。
息の仕方が判らなくなって、レオンはふらふらと船縁に近付いた。
胸よりも高い縁に寄り掛かって、意識してゆっくりと息を吐いた。
喉奥の違和感を押し出そうとしてか、こほっ、と喉が鳴る。


(誰か……)


 誰か生きていて欲しい。
そして願わくば、再会したいと思う。

 しばらく船縁に寄り掛かり、じっと過ごしていたレオンだったが、船首楼の階段を昇る音に顔を上げた。
振り返ってみると、ティファがトレイにジュースグラスを乗せて上って来た所だった。


「お洗濯、ありがとね。これは差し入れ」
「あ……有難う御座います」


 差し出されたグラスを受け取って、レオンは笑んだ。
ティファもにっこりと笑って、レオンの隣で船縁に寄り掛かる。


「嵐の時は大変だけど、その後に晴れると気持ちが良いんだよね。空気もカラっとしてて、気分が一新される感じ」
「そうですね。これだけ晴れていれば、洗濯物も直に渇きそうですし。気持ちが良いです」


 そう言って、レオンは「頂きます」とジュースに口をつけた。
炭酸水にレモンを絞り、蜂蜜を溶かしたジュースは、さっぱりとした口当たりで飲み易かった。

 レオンが甲板を見渡すと、デッキブラシで濡れた甲板を掃除していたシドとソラがジュースを傾けていた。
クラウドも舵を握りながらジュースを飲んでいる。
シドはあっと言う間にグラスを空にし、甲板に置かれていた板箱の上にグラスを置き、直ぐに掃除を再開させる。
ガシュガシュと力を入れて甲板の水を掃く彼の頬には、汗の珠が浮いていた。


「大変そうですね……」
「甲板掃除のこと?」


 呟いたレオンに、ティファは甲板を見た。

 ソラもジュースグラスを空にして、面倒臭いよー、とぼやきながら、デッキブラシを動かし始める。
この船は、大型と言う程に大きくはないものの、たった二人の船員で甲板掃除をするには広過ぎる。


「確かに面倒なのよね。人数も少ないから、尚更。でもやっておかないと、どんどん船が傷んじゃうの。一応、水捌けは出来るようにしてあるけど、それだけで万全になる訳じゃないから、結局は人の手でやらなくちゃいけないし」
「良ければ、私もお手伝いします。洗濯物も終わりましたし」
「ありがとう。でも、結構力仕事になるから、貴方はまだよして置いた方が良いよ」
「そうですか……」
「もう少し元気になったら、他にも色々頼む事もあると思うから、それまで体力を養うと思って。ね?」


 何とかして恩を返したい、と言うレオンの気持ちを、ティファは汲み取っていた。
しかし、レオンの体調もまだ万全とは言い難く、急いて仕事を貰うよりも、今は休む方が優先だと促した。

 ティファの言葉に、判りました、とレオンが頷いた時だった。
高くそびえるマストの上から、ユフィの声が響く。


「9時の方角、船が接近中ー!多分海賊船!」


 その声を聞いて、俄かに甲板の空気が固くなった。
ソラがデッキブラシを投げ出し、マスト上へと繋がる網ロープを上る。
シドも甲板を離れて船尾に走った。

 ドーン、と鈍い音が響いた直後、船体が大きく傾く。
グラスの割れる音が鳴る中、バランスを崩して船縁にしがみ付くレオンを、ティファが庇うように覆い被さった。
どぼぉん、と船から数十メートルと言う位置に水柱が立つ。
カラカラカラと舵を回す音が鳴って、傾いていた船が体を起こして行く。


「やばいよ、クラウド!あの船、船首砲がある!」


 船首砲を備えた海賊船の接近───それも、まだ幾らも近付いていない内から撃って来た。
今の一撃は、当てると言うよりも、此方のいる位置の距離と角度を測る為だろうが、直にまた撃って来るのは予想出来た。
此方の足を奪って、接舷して乗り込んでくるつもりなのだ。

 ユフィのいるマスト上の見張り台にソラが上ると、肉眼ではっきりと遠い船の形が見える。
ユフィの手から望遠鏡を借りて覗き込むと、大きな帆とメインマスト頂上の旗に、髑髏マークが描かれている。
髑髏下にサーベルと鉤爪の十字を施した旗に、ソラが露骨に顔を顰めた。


「うわ、しつこいのに見付かっちゃった」
「相手にすると面倒だよねー、アレ。って、また撃って来た!」


 ソラとユフィが顔を顰めている内に、遠く大砲の音が響く。
また船から数十メートルの位置に水柱が立ち、波が船を揺さぶる。


「レオン!船の中に入って!」
「あ、はい、───っ!」


 ソラの声に小さく返事をした瞬間、三発目の砲弾が水柱を立てる。
ぐらぐらと揺れる船と、海賊船の接近、響く大砲の音で、レオンの体は固く強張っていた。
動けないレオンをティファが運ぼうとするものの、不規則に襲う波には彼女も対応し切れず、レオンが落水しないように覆い被さって耐えるしかない。

 船尾から戻って来たシドに、揺れる舵を強く握ってクラウドが指示を仰ぐ。


「シド、風はどっちだ」
「10時の方角だ。連中、追い風でこっちに近付くつもりだな」


 船尾から甲板へと戻って来たシドの言葉に、クラウドが舌打ちする。
舵輪が回り、船が方向を変え、フォアマストとミズンマストのセイルが風を受けて張り詰める。
接近する船に船尾を向けた形で、船は揺れる波の中を走り始めた。

 甲板に上って来たエアリスが「レオンは?」とマスト上の年少組に訊ねる。
ソラが船首を指差して、エアリスは直ぐに船首楼を上った。


「レオン、大丈夫?」
「なんとか。でも立てないみたい」
「すいませ……っ!」


 水柱が立ち上がり、レオンの言葉が途切れる。
微かに震えるレオンの体を、ティファとエアリスが二人がかりで抱えて立ち上がらせた。
このまま船の上にいれば、強くなる波と衝撃で、いつかは海へ投げ出されてしまう。
その前に船倉へ入れなくてはならない。

 しかし、それよりも早く、接近する海賊船との距離が縮んで行く。
追い風と波の流れを利用して、海賊船は瞬く間に近付き、船首に備えられた砲台の射程距離に入りつつあった。


「駄目だよ、クラウド!追い付かれる!」
「バカみたいにバンバン撃って来てるし、これ以上近くなったら当てられるよ!」


 ソラとユフィの言葉に、舵を握るクラウドが唇を噛んだ。
碧の瞳が、船首楼階段で立ち止まっている女性達───レオンへと向けられる。
ちっ、ともう一度舌を打って、クラウドは船縁でマストのロープを引いているシドを見た。
目を合わせたシドは一度頷いて、見張り台にいるソラを呼ぶ。


「ソラ!メインセイルを開け!」
「え、ちょ、だって!あの帆は……」
「船に穴が開くよりはマシだろう!」


 返す言葉に詰まるソラを、クラウドが一括するように声を荒げた。
ソラはおろおろとするように忙しなく視線を巡らし、やがてその目は船首楼の階段に縋っているレオンへと向けられた。
揺れからの気持ち悪さで天を仰いだレオンの目にも、躊躇を隠さない表情のソラの顔が映る。
何を躊躇っているのか、レオンには判らなかったし、考える余裕もなく、エアリスとティファに抱えられて、のろのろと階段を下りて行く。

 船に一際近い場所で、水柱が上がった。
ソラは、此処数日、畳んだままのメインセイルを見た。
それを閉じたまま、トップセイルとミズンマストに張られた帆だけでも、風さえあれば船は航行できるが、メインセイルを使うと使わないとでは、足の速さは段違いだ。
近付く海賊船はと言うと、メインマストの巨大な横帆で風を受け、鋭角の船首が波を割ってぐんぐん速度を上げている。

 このまま海賊船が近付けば、遅かれ早かれ、大砲の弾が船に当たる。
帆装をやられれば動きが鈍り、最悪マストが倒れでもすれば走行不可能、船体に穴が開けば浸水の危機。
運良く砲弾が当たらなかったとしても、のろのろと逃げている状態では、追い付かれて乗り込まれてしまう。


「うう〜……っレオン!」


 唸ったソラが、甲板にいるレオンを呼ぶ。
レオンが顔を上げると、真っ直ぐに見下ろすソラの顔が、逆光越しに影になって見えた。


「騙そうとしてたとか、そう言うのじゃないから!それだけ信じてて!」
「……?」


 ソラの叫びに、レオンは眉根を寄せる。
何を言っているのか判らなかったが、意味を問う暇はなかった。
ソラはユフィと共に見張り台を飛び出して、帆を吊るしているヤードの上を左右へと走り、


「帆を張るぞー!!」
「せーのっ!!」


 ソラの声が響き、ソラとユフィが同時に帆を畳んでいるロープを切った。
白帆が波を打ちながら広がり、風を受けて張り詰める。
その大きな帆に描かれたシンボルを見て、レオンは目を見開いた。

 右目を眼帯で隠した髑髏と、十字に交錯したカットラス。
この海の上で、そのシンボルは意味もなく抱けるものではない。
そのシンボルは恐怖と暴力の象徴とも言われ、沿岸に住む人々にとっては忌避すべきものである。
その謂れの通り、シンボルを掲げた者達は、他船を襲い金品食糧、そして人さえも略奪して行く。
時に海の向こうに存在すると言うロマンを追い求める者もいるが、往々にしてそのシンボルは、ならず者の集まりを示すものであった。

 そのシンボルを掲げた者達に、どんな目に遭わされたのか、レオンは忘れてはいない。
呆然とした顔で髑髏を抱いた帆を見詰めるレオンを、ティファとエアリスが抱えて船倉へと降りた。


(海賊船?この船が?)


 エアリスの部屋へと運ばれ、ベッドに座らされて、レオンは二人の女性を見た。

 ティファがエアリスに「後は宜しく」と言って部屋を出て行く。
未だ船は大きな揺れに襲われており、水柱の立ち上がる音が聞こえていた。
エアリスは窓の木戸を締めて鍵をかけ、カーテンを閉じた。
薬品の入った戸棚に鍵がかかっている事を確認し、テーブルクロスでガラスの嵌った戸棚を覆った。
揺れる床に足下を取られながら、それでもエアリスはてきぱきと動く。
レオンはと言うと、忙しなく動くエアリスを目で追いながら、今見たばかりの光景を思い出していた。


(……この人達が、海賊?)


 優しく触れて看病をしてくれたエアリスや、温かな食事を作ってくれたティファ、無邪気に自分の回復を喜んでくれたユフィ。
彼女達の笑顔と、メインセイルに描かれた大きな髑髏マークが交互に浮かんで、レオンは困惑した。
つい一ヶ月前に聞いた、怒号と悲鳴、砲撃による爆音が、現状に響き渡る騒音と重なって、レオンの肩が震えた。

 恐怖しているのか、混乱しているのか、どちらが大きいのかもレオンには判らない。
何かを叫ぼうとした唇を引き結んで、レオンはスカートを握り締めた。
見開かれたままの瞳が激しく揺れ、焦点が合っていない事に、エアリスが気付く。
エアリスは一瞬躊躇ったが、迷いを振り切ってレオンに駆け寄り、ベッド端に畳んでいた毛布を広げてレオンの体を包み込んだ。
柔らかな温もりにビクッとレオンの体が跳ねる。


「ごめんね、レオン。びっくりしたよね」


 エアリスの言葉に、レオンはそろそろと顔を上げた。
エアリスは毛布をレオンの頭から羽織らせたまま、真っ直ぐにレオンを見つめる。


「海賊船だなんて、びっくりしたよね。恐いって思ったよね。でもね、この船にいる人達は、絶対に貴方に酷い事をしたりしないよ」
「………」
「信じて貰えないのも判ってる。だけど、ごめんね、今だけは我慢して。あと三日もすれば、近くの港に着くから。だからそれまでは、ね?」


 エアリスの言葉を、レオンは頭の中で繰り返して、その意味を理解する。

 この船が海賊船だと知って、狼狽したレオンの胸中を、彼女は正しく理解していた。
一般的な認識として、ならず者の集まりであり、略奪行為を繰り返す海賊は、決して歓迎される存在ではない。
況して、一ヶ月前に海賊の襲撃に遭ったレオンが、その存在を恐怖の対象として記憶しているのは、想像に難くない。
シンボルを目にした時点で、この船から逃げ出したいと思うのも当然のこと。
しかし、こんな海の真ん中で船を飛び出して行ける訳もなく、仮にそれを実行したとしても、今この船を追い立てている海賊船に捕まるのは勿論、運良く逃げられても海の只中を漂流するしかない。

 レオンは羽織った毛布の端を握って俯いた。
船の揺れは以前として大きく不規則で、砲弾の音も聞こえる。
どぉん、と大気を振動させる爆音に、レオンの体は何度も跳ねた。
そんなレオンの肩を、エアリスが毛布越しに優しく撫でている。


「ごめんね、レオン。恐いよね。あの船も、私達も。でも、もう少しだけだから」


 繰り返されるエアリスの言葉に、レオンは小さく頷く。
エアリスはもう一度、ごめんね、と言った。




 しつこく続いた海賊船との追いかけっこは、ディスティニーアイランド号が逃げ切った事で終幕となった。
風上を取られた所為で、些か速度を上げるまでに暇がかかったが、途中から風向きが僅かに変わったのが功を奏した。
大型船の巨大な帆で風を受けていた海賊船が、風向きの変化の対応に遅れ、裏帆を打った。
その隙にディスティニーアイランド号は船の体勢を整え、一足先に風を捉えて、海賊船の船首砲の射程外まで離脱したのである。

 当分は後追いの海賊船を警戒する時間が続いたが、夕暮れが見える頃には、船の警戒態勢も解かれた。
あの海賊船はしつこい事で知られているので、見張を二人体制にして、陽が沈むまで船は進み続けた。

 海賊船から逃げた後、夜までの見張を担当していたソラは、シドと交代して見張り台を降りた。
もう一人の見張はユフィで、彼女は日付が変わる頃にクラウドと交代になる予定だ。

 メインマストから甲板へ降りたソラは、重い脚を引き摺るようにして、船尾楼の船室へ向かった。
嵐から海賊船、それから気を張り詰めての見張とあって、体は疲労を訴えており、早く寝たいと駄々を捏ねている。
体の事を思えば、さっさと船倉に行ってハンモックに横になるべきだが、気持ちはそうしたいとは思っていなかった。

 ソラは船室の前で足を止め、メインマストを見上げた。
昼間、海賊船から逃げる為に広げられた帆が、風を受けて膨らんでいる。
船は穏やかな波を受けてゆっくりと進み、目的の最寄港へと近付いていた。
メインセイルを広げられるようになったお陰で、船足は昨日までよりも速くなり、当初の予定よりも早く港に着きそうだ。

 しかし、そのメインセイルが、ソラの表情に影を落とす。
正しくは、帆に描かれたシンボルが。


(……そう言う事だって起きるよなあ)


 溜息を吐きながら、ソラは船室の扉を開けた。
既に朝食の仕込みも終わっているようで、船室は明かりも点いていない。
窓から差し込む月明かりのお陰で、シルエットは捉えられるので、ソラは難なく冷蔵庫に辿り着いた。
ぱかりと蓋を開けて、ジュースの入った瓶を見詰める。
喉は渇いているのだが、なんとなく飲む気にならなくて、ソラは蓋を閉じた。
食器棚からグラスを取り出し、浄水を注いで、テーブルに着く。

 手の中でゆらゆらと揺れる水を見詰めながら、ソラは蒼の瞳を思い出していた。


(……びっくりしてた)


 まるで裏切られたとでも言うような、蒼灰色の瞳が、頭から離れない。


(そりゃそうか。海賊船だもん)


 レオンがどんな経緯であの廃船の中で気を失っていたのか、ソラもエアリス達から聞いていたし、そうでなくとも、廃船の惨状を見ていれば、なんとなく予想は着く。
あの出来事がなかったとしても、好んで海賊船に乗る一般人はいないだろう。

 ディスティニーアイランド号は、海賊船になるべくしてなった訳ではなく、略奪を目的とした他船との余計な衝突を避ける為、自己防衛の意味で海賊旗を掲げているに過ぎない。
しかし、レオンがそんな事情を知る筈もない。
だから、この船が略奪行為や無意味な暴力行為を良しとしない事も、彼女は知らないし、言った所で信じて貰えるかも怪しい。
それが一般人の普通の反応なのだと、ソラも判っていた。
幾つかの港町では歓迎されても、それはごく限られた事であり、基本的に海賊は嫌われ者なのだと。

 先にソラが叫んだ言葉は、果たして彼女に届いていたのだろうか。
届いていたとして、その意味は、その心は、彼女の心に届いただろうか。


(明日、顔見れるかなあ……)


 海賊船の襲撃の後から、ソラはレオンの姿を見ていない。
昼間、レオンが初めての仕事として行った洗濯の片付けは、ティファとエアリスが行った。
他船の襲撃による恐怖と、現状への困惑に苛まれている事は、エアリスから聞いている。
そんな彼女への配慮に、余計な刺激を与えて更に怖がらせないようにと、男達は面会謝絶を言い渡された。
エアリスも必要な時以外は部屋に出入りせず、就寝もティファとユフィと同じ共同部屋を使っている。
食事はエアリスとティファが届けるようにしているが、夕飯には手を付けられた形跡はなかった。
体の回復を思えば憂慮する事であるが、混乱の続く彼女に無理強いは出来ないし、今日は仕方がないと黙ってトレイを下げていた。

 グラスを口につけて、ソラは漏れそうになった溜息を水と一緒に飲み込んだ。
ただの蒸留水が、妙に苦く感じられる。
まずい、と独り言を漏らしながら、ソラはグラスを空にした。