空と海の境界線上 憧憬編


 ソラが目を覚ましたのは、とっぷりとした夜の静寂の中だった。
時計がないので正確な時間は判らないが、夜更けであった事は間違いないだろう。
レオンはその時もまだ起きていたが、眠い目を賢明に擦っていたのが見えたので、ソラの方から火の番の交代を申し出た。
案の定、レオンはソラに「まだ寝ていて良い」「平気だから」と言ったが、今度はソラが譲らなかった。
自分もまた眠くなったら起こすから、と言って布団代わりの麻布を渡して、彼女に眠るように促した。
彼女も口では平気と言いつつ、限界も近かったのだろう、長く抵抗する事はなく、寝る態勢に入った。
それから程無くして、彼女は寝息を立て始める。

 レオンが眠ってから、ソラは彼女の為に何か出来る事はないかと考えた。
最初に浮かんだのは、やはり海へと辿り着く事だ。
レオンが眠っている間に、海へと辿り着ける道を見付けて、朝になったら彼女を其処へ案内する───これが出来れば一番なのだが、ソラはその場を動く事が出来なかった。
火の番と言う役割は勿論の事、それがなくとも、洞窟の中も外も真っ暗で、何処に何があるのか影すら見えない。
洞窟の奥に行くのなら松明でもなければ無理だし、外も朝が来るまでは同じような状態だ。
無茶をすれば後で彼女に心配をかけてしまいそうで、それも嫌だ、とソラは思った。

 他に思い付く事と言ったら、食糧の確保か薪拾いだ。
一日のエネルギーを蓄える為にも、食べる物は必要不可欠である。
夕食の時に獲った魚は、食料が限られる今、一気に食べるのは良くないと思ったので、まだ幾らかバケツに残している。
しかし、大きな物は夕食に食べてしまったので、ソラは残った魚の数を確認して、少し物足りないかも、と思った。
折角良い漁場になるポイントが近くにあるのだから、明るくなったらまた行って獲って来ても良いだろう。
ついでに水分になる物もあると良いのだが、ヤシの実はそれを食べるまでの労力が大き過ぎて考え物だ。
もう少し手軽に食べられる物が欲しい、と言う気持ちは、昨日と変わらず残っている。

 そうして考え事をしている内に、時間は過ぎて行く。
ソラは火の番の為に起きてはいたが、抜けきらない疲労の所為もあって、意識は所々で飛んでいた。
その間に火が消えなかったのは幸いである。
気付いた時には外は明るくなり、朝の早い鳥の鳴き声が聞こえて来た。

 穴の中にも光が差し込んでくるようになって、ソラは固まっている体を少し解そうと、洞窟の外に出た。
焚火のお陰で暗闇に閉じ込められる事はなかったが、そうは言っても篝火のように煌々としたものではなかったから、目はやはり夜仕様になっている。
きらきらと降り注ぐ太陽の光が眩しくて、ソラは両目を細めつつ、「う〜……っ!」と唸りながら腕を頭上に上げて背中を伸ばした。


「……ふぁ〜……朝だぁ」


 川に覆い被さるように生い茂る木々の隙間から零れる、眩しい陽の光。
澄んだ綺麗な空気もあり、朝としては非常に良い情景だ。
こんな状況でなければ、実に爽やかな気分にして貰えたに違いない。

 凝り固まっている体の筋肉を幾らか解し、マシになったかな、と思えた所で、洞窟に戻る。
少し小さくなった火に新しい薪を入れていると、壁隅で丸くなっていたレオンがもぞもぞと身動ぎをした。


「ん…ん、……」


 むずかるように小さな声を漏らした後、レオンはゆっくりと起き上がった。
上半身を起こした所で、包まっていた麻布がするりと落ちて、シャツ一枚に覆われた服の広い襟口から覗く谷間が覗いた。
思わず釘付けになってしまいそうになる其処から目を逸らしつつ、ソラはバケツの魚を串に刺す。


「おはよ、レオン。寝れた?」
「…ん……ああ、ソラか……うん、結構、寝れたと思う…」


 言いながら、レオンはその場に蹲ったまま、額に手を当てて俯いていた。


「…レオン?どしたの?」
「ん……」


 どうにも反応が鈍いレオンに、ソラは魚を火に当てて、レオンの下へ向かう。
額を押さえるレオンの手をそっと外させ、顔を覗き込んでみると、蒼灰色の瞳が虚ろに揺れている。


「なんか気持ち悪い?頭痛いとか?」
「……うん。頭痛が、少し。でも、直ぐに治まるだろうから、気にしないでくれ」
「駄目だよ。辛いんだったら、まだ寝てていいから。魚、今から焼いてるけど、飯食える?」
「…多分。すまない、もう少しだけ横になっていても良いか?」
「うん」


 麻布を敷布団にして、レオンはもう一度横になった。
ふう、と張り詰めた体を宥めるように吐息が漏れる。

 ソラは魚の焼け具合を確かめつつ、レオンの様子を覗き見た。
昨日まではソラを気遣い、自分は大丈夫だと言っていた彼女が、今は体調不良を隠す事も出来ずにいる。
発熱や咳と言った目立った症状はなく、彼女が自覚しているのも頭痛だけのようだが、やっぱり疲れが溜まっているんだろうな、とソラは思った。

 焼き上がった魚をレオンの下に持って行くと、彼女は一尾をなんとか平らげた。
それもゆっくりとしたものだったから、やはり体が不調である事は確かなのだろう。
ソラは、食べ終わった魚の骨を焚火に入れながら言った。


「レオン、今日はちょっと休んでなよ」
「…そんな。のんびりしている暇は、」


 ソラの言葉に、とんでもないと跳ね起きようとしたレオンだったが、途端に頭がぐわんと揺れた。
くらくらと目眩を起こしているレオンに、ソラが駆け寄る。


「ほら、無理しちゃ駄目だって」
「う……しかし……」
「一日位動かなくたって平気だよ。この洞窟の中、割と安全みたいだしさ。一回ちゃんと休んだ方が良いんだ、きっと」


 ソラはレオンの肩を抑えてもう一度寝かせ、体を冷やさないようにと麻布で体を包んでやる。
レオンは物言いたげな瞳でソラを見上げて来たが、ソラは「ダメっ」と言ってレオンを睨み返した。
それでもレオンは一度は起き上がろうとしたが、眉根を寄せて目一杯怒った顔をして見せるソラに、根負けしたように大人しくなった。


「……すまない。こんな時に……」
「良いよ。オレだって初めて遭難した時とか、ティファと一緒だったんだけど、腹減って動けなくなっちゃってさ。ティファが一所懸命食べる物探してくれて、それまでオレ、てんで使い物にならなかったんだ。でもレオンは色んな事してくれたじゃん。昨日だって、火起こしして、ヤシの実割って。それって結構凄い事だよ、きっと」
「……」
「だから、昨日は頑張った分、今日は休んでて。今日はオレが頑張って来るから」


 笑って言うソラに、レオンは眉尻を下げて、「……ありがとう」と言った。
朗らかな笑顔ではないが、少しだけ気が楽になったと告げる蒼灰色の瞳に、ソラもほっとして頬が緩む。


「じゃあ、レオンは今日は寝ててな。布団から出ちゃ駄目だよ。だから、えーっと、先ずは……そうだ、薪取って来なきゃ」


 レオンが動けないのだから、ソラの仕事は倍になる。
昨日は手分けした作業も、今日は全てソラが熟さなければならないのだ。
それを思うと、大変だな、と思ったが、ちらりとレオンを見遣ると、心なしか心配そうな目が此方を見ていた。
それを励ますように、ソラはにっかりと笑顔を見せてやる。

 出来れば体調不良のレオンの傍にいてやりたいが、薪がなくなれば火は消えてしまい、ただでさえ冷え勝ちな洞窟内の温度が更に下がってしまう。
一先ず此処は安全と判じたものの、野生動物がやって来ないとも限らないだろう。
焚火の維持は大事だ。


「薪拾いに行って来るよ。あんまり遠くには行かないから」
「……ああ」
「ちゃんと寝ててよ?」
「判ってる。大人しくしている」


 念を押すソラに、レオンは苦笑しながら頷く。
信用がないなと彼女は呟いたが、だってレオンだもん、とソラは思った。




 ソラは洞窟からなるべく離れないようにして、薪を拾い集めた。
木の枝だけでは足りるか判らなかったので、枯れた落ち葉や草も採る。
昨日、小屋で見付けて持ってきた竹籠が役に立った。

 持ち切れる限界まで集めた所で、ソラは一旦洞窟へと戻った。
小さくなった火の傍らで、レオンが目を閉じていた。
ソラが声をかけても反応がなかったので、眠っているのだと判る。
ソラは起こさないように気を配りつつ、焚火に燃料を足して置いた。
十分に明るくなった所で、余った薪を火の届かない所に固めて置いておき、減った分を補充するべく、もう一度薪拾いに向かう。
これを二回繰り返した。

 腹が減ったので、バケツに残っていた小さな魚を火で炙り、昼食にした。
余り腹が膨れたとは言い難い食事量だったが、空っぽよりはマシだと自分に言い聞かせる。
レオンの分も焼いていたのだが、彼女は目を覚まさなかったので、起きた時に食べられるようにと焼いた魚を火から遠ざけた。

 これで食料がなくなったので、ソラは食料を探しながら、周辺を散策する事にした。


「肉食べたいな〜。いる事はいるみたいだけどなぁ」


 洞窟へと流れている川を少し遡り、昨日の漁場で魚影を探しながら、ソラは独り言を呟いた。
遭難してから何度も思っている事だが、高カロリー高タンパクなものが食べたくて仕方がない。
牛肉や豚肉の脂がしっかり乗っている部位が食べたかったが、そんな物がこの島で手に入るとも思えなかった。
島を歩き回る中で野生動物の気配は感じられたが、殆どが頭上高くを飛んでいる鳥で、鉄砲でもなければ射止める事は難しい。
ウサギでもいれば───と思ったが、ソラはウサギの捌き方を知らない。
それを言い出したら、鳥の捌き方も、調理の仕方も知らないので、初手から八方塞がりである。

 食べられる魚がいるだけ、マシだと思おう。
これもまたソラは自分に言い聞かせて、思考を前向きに変換させるように努めた。

 昨日、一昨日と同じく、ソラは手掴みで魚を捕まえた。
体調を崩したレオンの為にも、精の付くものを食べさせてやりたい。
出来るだけ大きな魚を捕まえていたので、バケツの中はあっと言う間に一杯になった。


「これ以上は入らなさそうだし、魚はこれで良いや」


 魚の入ったバケツを持って、ソラは川を下って行く。
その傍ら、川を囲んで茂る森をきょろきょろと見回し、


「何か無いかなー。リンゴとかミカンとか。風邪引いた時はリンゴが良いってエアリスが言ってたっけ」


 船の船医役を担っているエアリスは勿論、食事を一手に引き受けているティファも、同じ事を言っていた。
体調を崩して胃腸が弱っている時は、精の付くものを食べさせるよりも、消化が楽なものを食べさせるのが良いとか。
そう言う点では、ヤシの実が水分を取りつつ果肉も食べ易いのだろうが、あれは食べるまでが大変だ。
やっぱりもうちょっと楽に食べれるものが欲しい、と何度目か知れず考える。


(森の中に行ったら、何か見付からないかな)


 鬱蒼と茂る森の向こうを見つめて、ソラは可能性を考えた。

 一昨日、最初に海から川に移動した時には、ヤシの実しか見付けられなかった。
しかし、川の近くだからなのか、よく見ると森を形成している木々の形が少し違うように見える。
これなら、あの時は見付けられなかった物が見付かるかも知れない。

 ソラは洞窟まで戻ると、入口にバケツを置いた。
かしゃん、と言うバケツの音が洞窟の中で反響し、


「……ソラ?」
「あ」


 名を呼ぶ声に顔を上げると、レオンが麻布に包まって起き上がっていた。
ソラはバケツを持ち直し、レオンの元まで運ぶ。


「レオン、起きてて大丈夫?」
「ああ、少し楽になった。十分眠ったから、今度は反って眠れなくなってな。火の番をしていようと思ったんだ」


 そう言って、レオンは焚火に枝を一本放る。
ぱちり、と小さく爆ぜる音がして、枝に火が燃え移った。


「魚、大きいの獲れたんだ。今日の晩飯にしようよ。そうだ、レオン、ちゃんと昼飯食った?」
「ああ、食べたよ。ありがとう」


 焚火を見ると、まだ形の残っている骨が焼けている。
良かった、とソラはほっと胸を撫で下ろしつつ、


「割と元気っぽいけど。今日のレオンはちゃんと休まなきゃ駄目だからな」
「んん……しかし、何もしないと言うのは……」


 体調が回復して、いつもの調子が戻って来たレオンは、相変わらずじっとしている事に罪悪感があるようだ。
しかし、風邪も治りかけが肝心と言うのだから、此処でレオンに無理をさせる訳にはいかない。
昨日も火起こしから何から一人で請け負って、疲労がピークを越してしまったから、今朝の体調不良があったのだ。
今日これまでを寝て過ごしたからと、遅れた分を取り戻そうとまた無茶をされては本末転倒である。


「今日のレオンは休むのが仕事なの。決まり!」


 とにかく今日は大人しくしているようにと釘を差すソラに、レオンは腑に落ちない表情をしながらも、強く反論してくる事はなかった。
頭痛はなくなったが、体もまだ重いのだろう、彼女の動きは心なしか鈍い。
その体がせめて自分の思うように動くまでは、彼女も無理を押す事は難しいだろう。


「……判った。今日は此処から動かないようにする」
「そうそう」
「…でも、薪拾いは行った方が」
「それもオレが行く!」
「いや、ソラは朝も薪拾いをしていただろう。それで、今の今まで魚を獲っていて───ソラも少し休んだ方が良い」
「だいじょーぶ、オレはちゃんと休憩してるもん。だからほら、まだこんなに元気だし」


 ソラは立ち上がってぴょんぴょんと飛び跳ねて、体力が余っている事をアピールして見せる。
レオンはそれでも心配そうに見上げていたが、ソラが歯を見せて笑ってやると、「…なら、良いんだが」と言った。
納得している訳ではなかったが、ソラが言うのなら信じよう、と言う空気が滲んでいる。

 レオンが───一応の───理解をしてくれた所で、ソラはまた洞窟を出た。
夜の分まで必要になるであろう薪を今一度拾い集めなくてはならない。


「行ってくるね。ちゃんと休んでなきゃ駄目だよ!」
「ああ。ソラも無理をするなよ」


 レオンは洞窟の入り口まで来て、ソラが森へと向かう間、見守るようにその背中を見つめ続けていた。

 昨日から引き続いて近いエリアで薪拾いを続けている所為か、目ぼしい木枝は随分と減ってしまった。
今朝は一杯あると思ったのにな、と思いつつ、少しだけ移動範囲を広げる事にする。
すると、木の根元に沢山の蔓科の植物が巻き付いているのを見付けた。
青々とした葉もあるが、栄養が行き届かなかったのか枯れているものもある。
使えるかな、とソラは蔓草をぶちぶちと引き千切って竹籠に乗せた。

 しばらく進むと、地面が急斜面になっていた。
殆ど崖に近い場所だったが、植物はしぶとく根を張っており、足元には幾つもキノコが生えている。
持って帰ろうか、と思ったソラだったが、キノコは危険も多いのだとレオンにも言われた事を思い出して止めた。

 何か無いかな、と言う気持ちで崖の上を見ていると、緑一色にも見えた木々の中に、ちかちかと赤いものがちらついた。
木漏れ日で縮む網膜に、ソラは手で庇を作って崖上を睨む。
大工作業中のシドにも負けない眉間の皺を寄せて睨み続けると、赤いものが木の実らしきものだと判った。


「よーし」


 ソラは抱えていた籠を地面に下ろし、靴の紐を結び直した。
乱立する木々に引っ掛かっている倒木を適当に掴んで、それを支えに体を持ち上げる。
足元は載積した葉や草の分解が進んで腐葉土のように柔らかくなっており、身軽なソラが踏むだけで少し体が沈む。
その所為で足が滑り落ちて行きそうになるので、ソラは出来るだけ足元に力を入れ、地面を強く踏みしめながら、上に上にと登って行った。

 目測では、目当ての場所までそう遠くはないと思っていたのだが、如何せん勾配が強過ぎる。
ロープでも引かれていれば登り易いだろうが、生憎此処は人の手の入っていない野生の森の中だ。
ソラは途中から四つ這いになり、四肢で以て体が落ちないようにバランスを支えながら登る事になった。
目的の場所まで辿り着いた時には、全身が汗だくになっていたが、その甲斐はあったと言って良い。


「やっぱり!木の実が生ってる!」


 赤い実の正体を間近で見て、ソラは喜びの声を上げた。
緑一杯に茂った葉の隙間からぽつぽつと覗くのは、赤い大粒の木の実だったのである。
レオンの為に希望していたリンゴではないようだが、ずっと欲しかった果物と思えば同じ事だ。


「……よしっ。もういっちょ頑張ろっと」


 ソラは泥と汗塗れになっていた手をシャツの裾で拭い、木の幹に手をかけた。

 疲労でずり落ちそうになる体を、しがみつくように幹に捕まらせて木を登りながら、ソラはレオンの事を考えていた。
あれはレオンが食べられる味だろうか。
余り好き嫌いはないと言っていたような気がするが、喜んでくれたら良いと思う。
遠目に見てもヤシの実程に腹が膨れる代物ではない事は明らかだったが、採ってしまえば労せずに楽に食べられるというのは嬉しい。
甘い実なら尚更、疲れた彼女を労わるには良い食べ物になるだろう。

 実が生っている高さまで来て、ソラは改めて赤い実をまじまじと見た。
野生の実であるからか、そう言う品種なのか、余り大きくはなかったが、色から見て熟してはいるようだ。
毒見も兼ねて、一粒取って口に入れてみる。
じゅわっと甘味の強い中に仄かな酸味が感じられた。


「うまっ!これなら絶対レオンも喜ぶぞ」


 ソラは早速採取を始め、手に届く場所にある色の良い実を集めて行く。
少しずつ位置を移動し、上へ上へと登りながら、ソラは腰の鞄に一杯に木の実を詰めた。

 そうしている内に、ソラの足は地面から随分と離れていた。
木の根元が急勾配の斜面になって下っている所為で、余計に地面が遠く見える。
が、ディスティニーアイランド号のトップマストの上と比べれば、怖がるような高さでもない。
それよりもソラの視線は、木の上まで昇った所で、開けた視界から見える景色に感嘆した。


「あ、海!」


 木は周辺の木々よりも頭一つ高くなっており、木の実を追って天辺近くまで昇ったソラは、島の全景を望む事が出来ていた。
嬉しかったのは、其処から見付けた海が、想像していたよりも近くにあったという事だ。


「ん〜……結構広い島だったんだなぁ」


 360度を見渡すと、島はすっかり海に囲われていた。
それを思うと余り大きな島ではないのだが、人の足で延々と歩くには、相当な広さに感じられる。
最初に泳ぎ着いた海が何処なのかは、生憎、ソラの目から確認できなかった。

 一番海に近いのは、洞窟のある方角だった。
川を下って進んで行ったのは、選択として正解だったのだろう。


(でも、あそこから先は洞窟なんだよな。中が通り抜けられるなら良いけど、真っ暗だからそれも判らないし。他に道がないかな……)


 外界を通っている川なら、滝にでもぶつからなければ、それに沿って進んで行く事は出来る。
しかし、洞窟の中となると、水の通り道がどうなっているのかは判らなかった。
人が頭一つ分しか通れない場所でも、水ならば流れて行けるのだから。

 洞窟を進むのを諦めて、少し川を遡ろうか。
ソラの頭に浮かんだのは、漁場にしていた場所からもう少し上った所にある、川の分岐点である。
辿って来た川には幾つも支流があったから、どれかが海に通じているのではと思って来たが、島全体が大きくはなく海に囲まれているのであれば、少し遠回りをする事はあっても、殆どの川が海に辿り着ける可能性は高い。


(ちょっと探してみようかな。薪もあんまり集められてないし)


 とにもかくにも、ソラ達は海岸へと出なければならないのだ。
海岸沿いにさえ出れば、後は海沿いをずっと歩けば、いずれは最初の浜辺に辿り着く。
その為にも、海へと繋がる道がはっきりと判れば、闇雲に歩き回る必要もなくなり、明日の移動も楽になる筈だ。

 ソラは木から飛び降りた。
斜面への着地に失敗して足を滑らせ、尻餅をついたが、木の実の入った鞄とポケットは無傷だ。
積もった葉のお陰で地面も柔らかかったので、大した痛みもない。

 斜面を滑るように下って、ソラは竹籠を拾った。
斜面を背中に見て真っ直ぐ進むと、程無く道標である川へ出る。


「あんまり遅くなると、レオンも心配するだろうし。今の内にちょっとだけ見て帰ろう」


 基本は川を辿って行くだけなのだから、道に迷う事はない。
戻るタイミングさえ間違えなければ、日が落ちる前には洞窟まで戻れる筈だと踏んで、ソラは早速川を遡って行った。




 レオンがじっとしている事を苦手とするのは、頭の中で様々な事を考えてしまう癖があるからだ。
それは大抵、ネガティブな方向へと転がって行く事が多く、特に貧窮した状況にある場合、余計に悪い事を想像してしまい、気持ちまで落ち込んで行く。
良くない癖である事は自覚しているので、直したいと思ってはいるのだが、彼女の性格と培ってきた歴史がそれを簡単に許してはくれない。

 レオンは幼い頃から、最悪の事態を回避するように努めて来た。
それは彼女の立場故のものでもあったし、周りに迷惑をかけたくないと言う意識の高さから来るものでもあった。
選択肢は常に限られており、その中で最も最善と思われるものを選びつつも、不測の事態に備えて置くべし。
そうすれば想像し得る最も最悪の事態だけは回避する事が出来る筈だから、彼女は自分自身が大事に想うものを守る為に、それを徹底して来た。

 そのお陰か、レオンはまだ幼い内から聡明な子だと言われ───父の親バカな贔屓目が多分にある事は理解しつつ───、まだ成人しない頃から父のサポートを任されるようになった。
それを重いと思わない事もなかったが、いずれは自分が背負う事になるものの為、レオンは日々の努力を欠かさなかった。

 しかし、それが余りにも染み付き過ぎたが故に、軽微ではない弊害も起きている。
常に最悪の事態を考慮に入れる為に、レオンの頭には、その情景が常に浮かんでいる。
故郷が失われたあの日から、それは夢となって何度もレオンの心を掻き乱した。
自分が生きているのだからきっと大丈夫───そう自分自身に言い聞かせているのだが、其処に論理的な根拠はない。
ただの希望的観測である事を、レオンはよく判っている。
だから手放しでその希望を信じる事も出来ず、若しかしたら、ひょっとしたら、と悪い想像が絶えないのだ。
その度に喉を掻き毟りたくなる衝動を堪えながら、先ずは全てを確かめる為に、レオンはバラムまで辿り着かなければならないのである。

 ───が、それよりも今は、遭難している状況から脱出しなければならない。
その為にも自分が出来る事は何でもしようと思っていたのだが、体は慣れないサバイバル生活に早々に根を上げていた。
ソラが一緒にいてくれたお陰で、悪い思考を過ぎらせながらも、彼の勢いと元気に引っ張られる形で島を歩いていたが、それもまた限界を越したのだろう。
起きて一番最初に頭を襲った鈍痛に、起き上がる事も儘ならず、ソラにも休むようにと促されて、それに従うしかなかった。
眠りと現実の隙間で、薪を拾ってきては焚火を暖めるソラの気配に、申し訳ない気持ちになりながら、とにかく体を休めて回復を待った。
その甲斐あって、ソラが魚獲りから戻って来た時には大分楽になっていたのだが、それでもソラには無理をしてはいけないと釘を差された。
じっとしている事は苦手だが、此処で強引に働いて、また動けなくなってはもっとソラに負担をかけてしまう。
そう思うと、やはり大人しくしているしかなかった。

 ソラが再び薪拾いに向かってから、レオンは彼が獲った魚の調理を始めた。
外に出る事は諦めるとしても、ただ火を眺めているだけと言うのも手持無沙汰で、やはり何か仕事が欲しかった。
ソラがナイフを洞窟に置いて行ったので、それを借りて魚の腸を取り出した。


(ティファに教わっていて良かった)


 ほんの少し前まで、料理もまともにした事がなかったレオンであったが、ディスティニーアイランド号に再び乗船するようになってから、ティファの手伝いをするようになった。
野菜の刻み方、肉の切り方、魚の捌き方と、ティファが懇切丁寧に教えてくれたお陰で、今は指導なしでも簡単な料理が出来る。
ティファのように要領よく作業が熟せるとは言い難いが、出来る事が増えて行くのは、レオンも嬉しかった。
期せずしてこんな形で活かせる事が出来たとなれば、尚更だ。


(ソラは腹を空かせて帰って来るだろうし、今日は何もかも任せてしまっていたし。食事ぐらいは俺が作らないと)


 内臓を抜いて、洞窟内に流れ込んでいる川の水で、魚の身を洗う。
十分に洗った所で、レオンは大物の一尾を胴で切り分けて、頭と尻尾の方からそれぞれ枝を突き刺して焚火に翳した。


(本当に大物を獲って来たんだな。また手掴みで捕まえたのだろうが、一体どうやったらあんな風に獲れるんだ?)


 川に飛び込むなり、そのままの勢いでヒグマ宜しくの漁をしていたソラ。
息を潜めて魚が食い付くのを待つ釣りならいざ知らず、ばしゃばしゃと派手な水飛沫を立てながら、よく手掴みで獲れるものだ。
余りに簡単に獲っていたから、ひょっとして簡単なのだろうかとも思ったが、バケツの中でさえレオンの手からすいすいと逃げてしまう魚を見て、やっぱりソラが凄いんだなと実感した。

 バケツの中に入っていた魚は、半分まで減っていた。
後は明日の食糧にすると決めて、レオンは焚火に当てた魚の様子を見ながら、ソラが帰って来るのを待っていた。
────洞窟の外から、ザアアア……と言う音が聞こえる事に気付いたのは、その時だった。


「……雨、か」


 洞窟の外は、大粒の雨に覆われていた。
一寸先が見えない程に煙っている訳ではないが、かなり見通しが悪くなっている。

 洞窟の入り口前まできて、外へと腕を伸ばして見る。
ぱたぱたと落ちて来た雨雫で、レオンの手は直ぐにびっしょりと濡れた。
ほんの一分もしない内の事だ。
レオンの脳裏に、未だ戻って来る様子のない少年の顔が浮かぶ。


(大丈夫だろうか。俺より薄着になっているし、気温も下がっているし……何処かで雨宿りしているなら良いんだが……)


 川を囲んで森が続いているので、雨宿りするなら場所には困らないか。
しかし、こうも雨の勢いが強いと、木の下にいても変わらないかも知れない。

 眺めている間に、雨脚はどんどん強くなって行く。
昨日は随分と良い天気だったのに、何処から流れて来た雲なのだろう。
そんな事を考えている内に、太陽を雲に遮られた森は、みるみる間に暗くなって行く。
この分だと、後一時間としない内に、夜と変わらない暗さになりそうだ。


(…ソラは近くにいるんだろうか。探しに行くか?いや、どの辺りにいるのかも判らないのに、そんな事をしても……大体、ソラが帰って来た時に出ていたら、また心配をかけるだろうし……)


 降り頻る雨を見詰めて、レオンはどう行動するべきかを考えていた。
ソラが薪拾いに出てから随分と時間が経っており、帰って来ても良さそうな時間と言うのも大幅に過ぎている。
雨が降っているのだから、何処かで雨宿りをしているのなら、仕方のない事だ。
しかし、もしも雨宿りをする前に何処かで怪我をして動けなくなっていたら、と思うと、レオンは気が気でなかった。
かと言ってこの場を離れると言うのも───とぐるぐると思考を巡らせていた時だ。

 雨の向こうから、ぱしゃぱしゃと水溜まりが跳ねる音が聞こえた。
はっとしてレオンが顔を上げると、川を下って此方に走って来る小柄な人影がある。


「ソラ!」


 名前を呼ぶと、答えるようにぶんぶんと片手が降られた。

 良かった、帰って来た。
そんな気持ちで胸を撫で下ろすレオンの元へ、すっかり濡れ鼠になったソラが駆け込んでくる。


「うへ〜っ、すげー濡れた!なんだよ、いきなりこんなに降って来るなんて聞いてないよー!」


 犬のようにぶんぶんと頭を振って水気を払いながら、ソラは元気の良い声で不満をぶちまける。
レオンはそんなソラを見て、怪我はしていないようだと安堵しつつ、


「お帰り、ソラ。ほら、火に当たって」
「う〜っ、そうする」


 髪から顔へと滴り落ちる水滴を嫌いながら、ソラは急ぎ足で焚火の元へ。
ぱちぱちと音を鳴らしている焚火の傍に座り、「あったかーい…」とほっとした声が漏れた。


「服を脱いで乾かした方が良い。濡れたままの服を着ているのは良くないから。……何処かで雨宿りしているかと思ってたんだが、ずっと走って来たのか?」


 抱えていた竹籠に積んでいた薪を放り、早速服を脱ぎ始めるソラ。
タンクトップを脱ぎ、靴を脱ぎ、ズボンも脱いで、ソラはパンツ一枚になった。
そのままでは幾ら火に当たっていても寒いだろうと、レオンは彼の背中を麻布で包んでやる。


「雨宿りは最初はしてたんだけどさ、もう関係ない位降ってんだもん。早く帰らないとレオンも心配するって思ったし、もう結構濡れてたから、良いやって。そうだ、良いもの見つけたから、それもレオンにあげなきゃって思ったんだ」
「良いもの?」


 何かあったのか、とレオンが聞く前に、ソラは放り投げていた鞄を手繰り寄せて、蓋を開けた。


「ほら、木の実!甘くて美味いんだよ。一杯見付けたんだ」


 鞄から取り出した赤い実を見せて、ソラは嬉しそうに言った。
実はソラの大きくはない鞄の中にぱんぱんに詰められていた他、脱ぎ捨てていたズボンのポケットからも零れ落ちている。
ソラはズボンのポケットを引っ張り出して、詰め込んでいた実を全て出した。
ころころと転がって行く実を二人で慌てて拾う。


「おわっとっと。あぶなー、折角見付けたのに」
「随分沢山採って来たんだな」
「うん。体調が悪い時はリンゴとか桃とか、果物が良いってエアリスが言ってたからさ。そう言うのはなかったけど、でも甘くて美味いし、デザートみたいに食べれそうだし。ヤシの実みたいに大変な思いしなくても食べれるし」
「確かに、ヤシの実は割るのも大変だったしな」
「だろ?ほら、レオンも食べて食べて!」


 ソラは拾い集めた木の実を両手一杯に乗せて、レオンに差し出した。
その手が大粒の雨でも洗い切れなかった程に泥土に汚れているのを見て、本当に苦労して採ってくれたのだと判る。
それなら、下手な遠慮をして食べない、なんて事も出来ない。

 木の実を受け取って、一粒を口に入れてみる。
皮も軽く噛んで破れる程度の薄さで、果肉と一緒に噛む事が出来た。
瑞々しい果肉から甘い果汁が溢れ出して、レオンの頬が綻ぶ。


「美味いな。これだけで幾らでも食べられそうだ」
「へへー。もっと食べて良いよ。まだ沢山あるんだから」


 得意げに鞄の中を見せるソラ。
食べられる果実を見付けられた事は勿論だが、レオンがそれを喜んでくれた事が、彼には嬉しくて堪らなかった。

 しかし、小さな木の実は幾ら食べても中々腹は膨らむまい。
甘い木の実はデザートにするとして、先ずはきちんとした腹拵えをしなければ。


「これも美味いが、その前に魚を食べよう。もう十分焼けている筈だ。ソラも腹が減っているだろう?」
「減ってる!すごく減ってる!」
「ソラが大物を獲ってきてくれたから、調理のし甲斐があった。大きかったから半分に切ってしまったけど」
「良いよ、半分こしよう。レオンも一杯食べなきゃ駄目だよ。明日は海まで歩くんだからさ」


 焚火に翳していた魚の尻尾側をソラに渡し、レオンは頭の方を貰う。
ソラは焼き色の付いた魚の腹に齧り付きながら言った。


「木の実を採る時に木に登ったらさ、上の方から島の形が見えたんだ。ぐるーっと周り全部海だった」
「…そうか。それなら、川を辿って行けば海には着けそうだな。しかし、此処から先の川となると……」


 レオンの視線は、洞窟の奥へと向けられる。
これを辿って洞窟の向こう側に抜けられるのなら良いのだが、と考えていると、


「それなんだけどさ、ちょっと戻って、川の分かれ道があったじゃん。あそこでもう一本の方に行く方が良いみたいなんだ。そっちもずーっと川が続いてて、海の方まで伸びてるのが見えたんだ」
「そうなのか?……ひょっとして、それで帰って来るのが遅かったのか?」
「まあ、ちょっと、それもあるかなって。でも雨が降らなかったら、もっと早く帰ってたよ。絶対」


 レオンに心配かけたくなかったもん、と言って、ソラは魚を齧る。
むぐむぐと頬袋を膨らませているソラに、レオンは眉尻を下げて苦笑するしかない。


「…またお前一人に苦労をさせてしまったみたいだな」
「んー?別にそんな事ないよ。薪拾いのついでったし、行く方向が先に判ってた方が明日も楽じゃん。だから全然平気だよ」


 そう話すソラは、レオンの方を見る事もせず、魚を食べる事に夢中だ。
あっと言う間に一尾を食べ終わったソラは、焚火に当てられている他の魚をじっと見詰める。
朝からレオンの代わりも務め、つい今し方まで働き詰めだったのだから、空っぽの腹は簡単には膨れまい。
レオンはくすりと笑って、二番目に大きかった魚をソラに差し出した。


「全部食べても良いぞ。明日の朝の分は、ちゃんと残してあるから」
「ホント?でも、レオンも食べるだろ?」
「私はこれと、お前が持って帰ってくれた木の実で十分だ」
「駄目だって!ちゃんと食べなきゃ駄目!」
「十分食べているつもりなんだがな……じゃあ、魚はもう一匹だけ貰うから、後はソラが食べると良い」


 元々、腹を空かせて帰って来るであろうソラの為に用意していたものだ。
自分は一尾もあれば十分とレオンは考えていたのだが、当のソラに言われたのでは、レオンも強くは言い返せない。
食べなければそれもまたソラに心配させてしまうだろうし、明日は今日の分まで移動するとなれば、やはり今の内にエネルギーは蓄えておかねばなるまい。

 魚を食べ終わってから、デザートに木の実を食べた。
沢山あるとは言っても、小さな鞄とポケットと言う容量の限られた場所に詰め込んで来たので、食べて行けば減るのも早い。
疲労もあってか、体は甘味を強く欲しがり、食べる度にもっともっとと求めていたが、手持ちで嵩張らない貴重な食糧だ。
残った分は、乾いたソラの鞄の中に入れて、海へ向かう道中の休息中に食べる事にした。


「もっと一杯採っとけば良かったなぁ。そうしたらもっと食べられたのに」


 残っているのに食べられない、と言うのが勿体ない気がして、ついついソラの欲張りが顔を出す。
レオンも、折角ソラが採って来たのだから、彼が満足するまで食べれたら良いのに、と思うが、こればかりは仕方のない事だ。


「明日、同じような木の実を見付けたら、また採ろう。今度は私も手伝うから、もっと沢山採れるかも知れない」
「うん。そうだな、そうする!二人で採れば、今日の倍は採れるもんな!」


 木の実がどんな場所にあったのかレオンは知らないし、ソラは言わなかった。
それでも、レオンはソラが苦労して木の実を見付けたのだろう事は理解している。
ソラもまた、レオンにあんなに大変な想いはさせたくないな、と思っている。
だからこの場で交わしている会話は、今直ぐ木の実を食べたい気持ちを誤魔化す為のものだ。

 ゆらゆらと揺れる火を見詰めながら、ふああ、とソラが欠伸をする。


「ソラ、眠いのならもう休め。疲れてるだろう?」
「んー……そうかも。でも、服もまだ乾いてないしなぁ…」


 眠い目を擦りながら、ソラは火の傍に広げている服に触った。
まだ生乾きにもならない程に服は湿っており、とても着れる状態ではない。


「服はまだ時間がかかりそうだな……でも、乾くまで起きているのも辛いんじゃないか」
「うーん……」
「私の上着を着ておくか?」
「…それだと、レオンが寒くなんない?体調悪かったんだから、冷えたらまた調子悪くなるかも」
「もう十分休んだから大丈夫だ。火の近くにいるようにするし」


 言いながらレオンは上着を脱ぎ、ソラに差し出した。
ソラは包まった麻布の隙間から腕を伸ばして服を受け取り、袖を通す。
レオンが着ていたジャケットは、袖も裾も丈の短いもので、レオン自身が着ると腰は殆ど覆っていないのだが、身長差の所為か、ソラはきちんと背中が腰まで覆える長さになった。
アウターとして着る事が前提のデニム生地なので、肌着として着るには固いが、麻布よりははるかに楽だ。
今の今までレオンが着ていた事もあって、ほんのりと人肌が残って温かい。


「ごめん、レオン。ちょっとだけ貸して。服が乾いたら返すから」
「気にしなくて良い。さ、もう休め」


 改めてレオンに促され、ソラは麻布に包まって横になった。
寝やすい体勢を探してごそごそとしばらく身動ぎした後、落ち着くと目を閉じる。
それ程時間が経たない内に、ソラは寝息を立て始めた。

 ソラは気分が高揚したり消沈したりと言う事がなければ寝付きが良い方だと言うが、遭難してからは本当に眠るのが早い。
日中は元気に振る舞っていても、夜になるとスイッチが切れたように眠ってしまうのは、やはり疲れているからだろう。
特に今日は作業を分担する事が出来なかったから、彼の疲労も一層蓄積されたに違いない。


(明日は俺が頑張らないとな───とは言っても、何をどう頑張れば良いのかも、全く判らないんだが)


 気持ちはあるが、それを果たす為の引き出しがない自分に、些か残念な気持ちに駆られつつ、レオンは焚火に薪を入れた。