いっしょにいたい


ある日の午後の事。
ラグナが食糧を調達しに行って、昼寝の最中に目を覚ましたレオンは、暇を持て余して家の中を歩き回っていた。
スコールは午前中に遊び疲れてまだ眠っており、起こすのは忍びなかったので、一人で暇潰しをしている。

何かないかと見回していた青灰色が留まったのは、リビングのテーブルの上に、ぽつんと置かれた二組の布切れ。
ついこの間、スコールが噛み千切った首輪の成れの果てだ。
それを見付けたレオンは、ボロボロになってしまったそれを取って、じいっと見詰めた。

これをつけておかないと、いつかラグナと一緒にいられなくなる。
一緒にいられなくなったら、何処に行かなければならないのかは、判らない。
けれど、ラグナと一緒にいるのが駄目なら、此処にもいられなくなるに違いない。
スコールも首輪を嫌がっているから、このままでは、兄弟揃って何処か別の場所に行かなければならない。
ひょっとしたら、バラバラにされる可能性もあるのかも知れない。

弟と一緒にいられなくなるのは嫌だ。
ラグナの傍にいられくなるのも嫌だ。
そう思ったら、我慢しないと────とレオンは思うのだが、その我慢が難しい。

ボロボロで輪の形にもならなくなった布きれを、首に当ててみる。
それだけなら、特に苦しさや気持ち悪さは感じなかった。
長めに残っていた切れ端があったので、首を一周させてみる。
むずむずとした違和感が首に生まれ、レオンはしばらく息を詰めて我慢していたが、一分もせずに離してしまう。


「ぐぅ……」


自分がこれを我慢する事が出来れば、スコールも我慢するように頑張ってくれる筈。
首輪を激しく嫌がっている弟に、我慢を強いるのは心苦しかったが、これが着けられないと今の生活は続けられないのだ。
兄である自分が手本を示し、恐いものではないのだとスコールも知る事が出来れば、きっと慣れてくれる。

そう思っても、考えたように出来ないのが悲しい。
此処にいたいのに、と思うと、眼の周りがじわじわと熱くなる。

なんとか我慢できる方法はないか、レオンは色々と試し始めた。
首にぴったりと密着すると息苦しくなるから、余裕を作ってみたり、後ろ首に引っ掛けて垂らしてみたり。
首の後ろだけなら、布が当たっても平気だった。
前だけはどうだろう、と試してみるも、此方は気持ち悪い気がする上に、手を離すとぽろっと落ちてしまう。
前に当たると嫌な感じがする、と当てた感覚が残る首を、カリカリと引っ掻いた。

これなら、とレオンは布を首の後ろに引っ掛けて垂らしてみた。
首の後ろの違和感はあるものの、息苦しさは感じないので、その内慣れる事が出来るかも───と思ったのだが、


「……がう?」


布を首の後ろに引っ掛けて歩いていると、段々とずれてきて、いつの間にか落としてしまう。
布には首輪として留める為のワンタッチの留め具が縫い付けられているが、プラスチック製のそれに大した重さはない。
押さえるものがないと、レオンの歩調で揺れた布が滑り落ちてしまうのだ。

レオンが何度試してみても、布は床に落ちてしまう。
思うようにならない事に段々と腹が立って来て、レオンは布に噛み付いた。
ただでさえボロボロになっていた布は、レオンの牙で直ぐに穴が空き、ビリビリと破れてしまう。


「ぐるぅ……」


もっとボロボロにしてしまった布を見て、レオンの尻尾がしょんぼりと萎える。
折角、我慢できる方法が見付かりそうだったのに、このやり方では駄目らしい。

レオンは短くなった布を、もう一度首の後ろにかけた。
布の端と端を引っ張りながら視線を落とすと、ぎりぎり視界に入る長さが残っている。
レオンは両脚を投げ出して、ぺたりとフローリングの床に座り、布の端を擦り合わせたり交差したりと、首輪状になるように試し始めた。
端と端を結べば輪にする事は出来るのだが、レオンにはまだ判らない。
ラグナが紐を結んで輪を作っているのを見て覚えてはいるのだが、“結ぶ”と言う所まで理解していないのだ。

布の端を擦り合わせては、手を離し、ぷらんと解けてしまう布に、レオンの鼻に皺が寄る。


「うぅ〜っ!!」


子供が駄々を捏ねるような声で、レオンは唸った。
普段、レオンがこうした声を上げる事は珍しい。
警戒心が強く、神経質なスコールに比べ、レオンは心持ち穏やかな気質だからだ。
しかし、兄とは言えレオンも幼い事に変わりはなく、思い通りにならない事には、ストレスを溜める事もある。

うーうーと唸りながら、また布の端をぐりぐりと擦り合わせていた時だった。
玄関の扉が開く音がして、「ただいま〜」と言う声が聞こえる。
いつもなら、その声に反応し、玄関まで走るレオンであったが、今日はそんな気分になれなかった。

買い物から戻って来たラグナは、リビングの床に座り込んでいるレオンを見付けて、目を丸くする。


「レオン、起きてたのか。そんな所でどうしたんだ?」
「がぁう」
「ん〜?」


返事をするレオンだったが、ラグナからの反応は鈍い。


「がぁ。があう。あう」
「ちょっと待ってな〜。直ぐ終わるから」
「がぅうう」
「なんだ、今日は随分甘えんぼだなあ」


鳴くのを止めないレオンに、ラグナが微笑ましそうに笑う。

ラグナは買い物袋の中身を冷蔵庫に詰めてから、レオンの下へ。
確りとした腕がレオンを抱き上げて、ラグナはソファに座り、膝上にレオンを下ろしてやった。


「スコールはまだ寝てる?」
「がう」
「そっかそっか。……ん?これは────」


レオンの首にかけられているものを見付けて、ラグナがそれを手に取る。
ボロボロの布切れの正体を、ラグナは直ぐに思い出した。

ぷらぷらと揺れる布きれを、レオンの手が追う。
ぱしっ、ぱしっ、と弾いて遊ばせるレオンに、ラグナは眉尻を下げて苦笑した。


「オモチャじゃないぞぅ〜」
「がう、がっ。がうっ」
「ま、これだけボロボロになったら、オモチャでいいか」


猫じゃらしの代わりに、ゆらゆらと振ってやれば、レオンの目がきょろきょろとそれを追って動く。
むずむずとした様子で布きれを見詰めるレオンに、ラグナの頬も綻んだ。

しばらく布きれでレオンを遊ばせていたラグナだったが、ふと、


「レオン。これ、こうするのは嫌じゃないのか?」


こう、と言ってラグナは、レオンの首の後ろに布を引っ掛ける。
レオンは首の後ろを気にして頭を二、三度揺らしたものの、表情には特に嫌悪感は浮かんでいなかった。

ふむ、とラグナは思案し、布の端と端を緩く結ぶ。
首輪と言う程小さな輪にはならないように、十分に余裕を作ってやる。
ラグナが手を離すと、首輪代わりの布切れは、首飾りの要領でレオンの首下に残った。
それがつい先程、レオンが自力で作ろうと思っていた形だと、ラグナは知らない。

緩い瘤を作った布を、レオンが両手で挟んで遊ぶ。
ラグナはその表情をじっと見て、


「レオン。これ、平気か?」
「ぐぅ?」
「苦しくない?」
「がぁう」


布の瘤を口で噛んでいるレオンだが、引き千切ろうとはしない。
あぐあぐと顎を動かしているので、布にはまた穴が空いているが、もうボロボロだし、とラグナは気に止めなかった。

布切れで遊んでいるレオンを抱いて、ラグナは寝室へ向かう。
其処には、日当たりの良い窓辺ですやすやと眠っているスコールがいる。
ラグナがレオンを床に下ろしてやると、レオンはスコールの下へ。
クッションに顔を埋めて眠っているスコールに顔を近付け、ふくふくとその匂いを嗅いだ後、レオンは満足そうな顔で弟の隣で丸くなった。

日向で丸くなっているレオンとスコールは、まだまだ体が小さく幼い事も手伝って、“ライオン”と言うより“猫”に見える。
可愛いなあ、と双眸を細めつつ、ラグナはパソコンの電源を入れた。


(取り敢えず、先ずはレオンの分だな)


弟と一緒に丸くなったレオンの首には、布の首飾りがそのままになっている。
首輪の訓練をしていた時と違い、拒否反応も見られない。
恐らくレオンは、首と言うよりも、喉を圧迫されるのが嫌いなのだろう。
だから、喉を締め付ける事のない、ゆったりと余裕のある首飾りなら平気なのだ。

とは言え、レオンもスコールも、首下に触れるものについて、敏感である事は変わらない。
余りにも余裕を作ると、遊んでいる間に落として失くしてしまう可能性もある。
玩具にしてしまわないように、工夫もしなければ。
身分証明書としての役目も果たせなければいけないし、検討の必要がある事項は少なくない。

けれど、一先ず考えるべきは、彼等が嫌がらない事。
少しの間は慣れと我慢も必要とは思うが、其処さえクリアできれば、あとはきっと大丈夫だろう。




────小さなライオンの首に、銀色の獅子が光るようになったのは、それから数日後の事。





≫[ずっとずっと、ここがいい]
2016/07/02

一緒にいたくて、頑張るレオンでした。