アンフリー・フォトグラフィ 1


「はい……すみません。ありがとうございます」


電話相手が、仕方なさそうに、けれども了承してくれた事に感謝しつつ、レオンは携帯電話の通話を切った。
ほっと一息吐いて、携帯電話を制服の内ポケットに仕舞うと、じっと隣でレオンの顔を見上げていた小さな子供に視線を落とす。
何処か不安げに見える、大きな丸い蒼色に、レオンは口元を緩めて笑いかけてやった。


「おうちでお留守番はなし。今日は俺と一緒だ」
「ほんと?」


ぱっと明るい表情になった子供は、レオンの弟のスコールだ。

今年で小学一年生になったスコールは、いつもならこの時間───レオンの高校の授業が終わる午後四時半頃───は家に帰って留守番をしている。
ただし、一人で、ではない。
隣家に住んでいる4歳年上のエルオーネと言う女の子が、一人ぼっちを嫌がるスコールと一緒に、レオンの帰りを待っているのだ。

レオンの家は、母はスコールが生まれて間もなく逝去し、父は多忙で殆ど家に帰らない為、レオンとスコールの二人で毎日を暮らしている。
隣家には小学3年生の女の子が住んでおり、彼女はレオンにとっては妹、スコールにとっては姉的存在だった。
そのエルオーネが、今日は風邪を引いてしまったらしく、小学校も早退して帰ったらしい。
彼女の母からその旨をメールで教えて貰ったレオンは、自分の授業を終え、いつもならば仕事先に向かう所だった足を、一端、一人ぼっちの弟が待つ家へと向け────今に至る。

高校生であるレオンの仕事とは、ファッション雑誌のモデルだった。
街角でスカウトされ、父に相談して渡された名刺が怪しくないか確認した後、「社会学習って事でいいんじゃないか」と了承を貰った。
レオンがモデルの仕事などと言うものを引き受けようと思った理由は、モデル料も少ないながら出ると言うし、家計の足しに出来るのではないかと思ったからだ。

この仕事は終わる時間が不定期なので、何時に帰るよ、と言って弟を安心させてやる事は出来ない。
だから、エルオーネにスコールの世話を頼んでいたのだが、今日はそれが出来ない。
一人ぼっちで、広い家でぽつんと待っているのは、寂しがり屋のスコールには酷く辛いことなのだ。
かと言って、仕事は休ませて貰えそうにないし、と思案した結果、レオンはスコールを仕事場に連れて行けないかと考えた。
先の電話はこの確認を取っていた所だったのだ。

スタジオで先に待っているマネージャーからは、スコールが大人しいこと、騒いだりする子供ではない事を伝え、昨今の物騒な世の中、6歳の子供が一人で家にいるのは危険だと言う事もあって、連れて来ても良いと言って貰えた。
これにレオンは安心し、スコールも「一人ぼっちで我慢しなくていい」と聞いて、ようやっと不安から解放されたのある。

にこにこと嬉しそうに笑っていたスコールが、きゅっとレオンの制服の裾を握った。


「お兄ちゃん、これからおしごと?」
「ああ」
「僕、ついていっていいの?」


確かめるように尋ねるスコールに、レオンは大きく頷いた。
途端、ぱああ、とスコールの表情が喜びの色で一杯になる。


「お兄ちゃんのおしごと、見てもいいの?」
「ああ。ただし、大きな声を出したりしたら駄目だぞ。きちんと静かに、良い子にしている事。出来るな?」
「うん。僕、良い子にしてる」


きらきらと輝く蒼の瞳と、ぎゅっと意志の強さを暗示するかのように握り締められた小さな拳。
よし、とくしゃくしゃと頭を撫でてやれば、スコールはくすぐったそうに笑った。

それからレオンは、手早くスコールに余所行きの服を着せ、自分は制服のままで家を出る。
スコールは、兄と一緒にいられるのが余程嬉しいのか、足取りがぴょんぴょんと弾んでいた。


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2012/10/30