アンフリー・フォトグラフィ 2


「失礼します」


挨拶をしながら、撮影スタジオのドアを開ける。
其処は30坪程の広さで、カーテンやパーテーション等で空間を仕切りつつ、小さいながらも様々なセットが用意されていた。
撮影用のセットの周りには大人達がいて、傍のテーブルに並べた服を見ながらああでもないこうでもないと話し合っている。

此処がレオンの仕事場である、ファッション雑誌の撮影スタジオだ。
一般人の小さな子供には中々縁がないであろう空間に、スコールが緊張したようにレオンの腰に抱き着いた。
見たこともない大きな機械───撮影機材だ───が並び、知らない大人が沢山いて、彼らが皆一様に真剣な顔つきで話し合っているのを見て、空間の緊張感が伝染してしまったようだ。

レオンはスコールの手を引いて、話し合いをしている大人達の元に合流した。
ついて来る弟の足が、少し重そうに感じられるのは、気の所為ではあるまい。


「おはようございます。遅くなってすみません」
「ああ、おはよう。大丈夫、いつも通り、ちょっと早いくらいだよ」


挨拶をしたレオンに、黒縁眼鏡の男性がにこやかな笑みを浮かべて言った。
続いて、他の大人達もレオンに「おはよう」と挨拶をする。

その声を聞きながら、スコールは変だなあ、と思った。
今は朝じゃないし、夕方だし、寝て起きたばかりでもないのに「おはよう」なんて。
「こんにちは」じゃないのかな、と思って兄と大人達の様子を見詰めていると、一人の女性とスコールの目が合った。


「あら。その子ね、電話で言ってた子って」
「ホントだ。やだ、かわいい〜!」
「!」


集まってくる女性達に、スコールはびくっと身を固くした。
ぎゅうっと力一杯兄にしがみついて、顔を隠す。


「あら」
「スコール」
「…ふぇ……」


兄が咎めるように名を呼んだけれど、スコールは挨拶どころではなかった。
じわじわと目の周りが熱くなってきて、喉が引き攣って、怖くて怖くて仕方がない。
ぶんぶんと頭を振って、怖い気持ちを訴えるように兄の制服に皺を作って抱き着く。


「…すみません。人見知りが激しくて」
「そうなの。何歳?」
「7歳です」
「二年生?」
「いえ、一年生です」
「いや〜ん、かわいい〜。抱っこしたいなぁ」
「おいでー、怖くないよー」


女性スタッフは膝を折って、にこにこと柔らかい笑顔でスコールに声をかけるが、スコールはレオンにしがみついたまま離れようとしない。

無心に弟に頼られるのは、兄として嬉しいことだ。
けれど、このままでは仕事にならない。


「スコール、大丈夫だ。怖い人は此処にはいないから、そんなに構えなくて良い」
「………」
「ほら、ちゃんと顔を見てごらん。怖い人、いるか?」


レオンに促されて、スコールは恐る恐る、周りを見回した。
自分達を囲む大人は、皆優しい笑顔を浮かべていて、兄の言う通り、怖い人じゃないんだと判った────が、


「おーい、早く始めようぜ。後が詰まってるんだから!」


撮影セットの前でカメラの調整をしていた男が振り返る。
男は無精髭に磁石式のサングラスをしていて、ミリタリー系のジャケットを着ている。
声は煙草の所為であろう、しわがれた声は余り通りが良いとは言えない為、広いスタジオでは必然的に大きな声を出さなければならない。
ついでにその口調は、お世辞にも品が良いとは言えず。

落ち付きかけていたスコールの目に、大粒の雫が浮かび上がる。
おーい、と男がもう一度声を出し、その声が殊の外スタジオ内に響いたのが決定打になった。


「うえぇぇええぇええん!」
「おい、スコール。大丈夫だ、大丈夫だから。な?」
「ひっ、ふぇ、えっ、おにーちゃ、おにいちゃあぁあん!」
「お兄さんの言う通りよ〜、あのおじさん怖いのは見た目だけだから!」
「ほらほら、飴あげる!おいしいよ〜」


泣き出したスコールをレオンが抱き上げ、ぽんぽんと背中を叩いてやる。
女性スタッフ達も、テーブルに置いていた飴やジュースを差し出して、小さな子供を慰めようと必死だ。
最早、仕事を始める所の話ではない。

期せずしてスコールを泣かせてしまった原因となってしまったカメラマンは、これにより暫く女性スタッフ総勢から睨まれる羽目となり、後日トレードマークだった髭を剃ってサングラスも外す事となった。



≫3
2012/10/30