ケントの花


旅は道連れであるが、道連れるのか、道連れられるのかは、人それぞれだ。
そして自分は、道連れにされる方であると、スコールは考えている。

何処の誰とも知れない所か、何処の世界の者なのかも判らない戦士達と続ける、共同生活。
殆ど有無を言わせないような形で始まったそれを、スコールは余り快く思っていない。
そもそもの話、此方の都合を全く考えずに召喚され、陣営が負けそうなので勝つ為に戦って下さいと言われても、はい判りましたで納得する人間の方が可笑しい。
可笑しいのだが、集団行動のマジックとでも言うのか、誰もその流れに待ったをかける者はいなかった。
無論、その理由は単純な集団行動の規律効果だけではなく、戦わなければ死ぬだけだと言う事、戦わなければ喪われた記憶も戻らず、元の世界へ戻る道筋もない、と言う点を忘れてはならない。
しかし、だから仕方がないので命を懸けて戦います、と言う酔狂さは、スコールにはない。
それでも戦わなければならない事、それ以外に何も道さ見えない事は理解できてしまったから、スコールは「元の世界へ戻る事」を報酬とし、その為に秩序の女神の駒として戦う事を“契約”として自分自身を納得させた。
まだるっこしい事だ、と笑う人間もいるかも知れないが、スコールとて命は惜しい。
命を懸ける為に戦うだけの理由と言うものは、少なからず存在していてくれなければ、何の為に戦うのか判らないままになってしまう。
だからせめて『契約』『報酬』と言う縛りでもなければ、スコールはこの世界で戦う意味が見出せなかった。

戦う理由は自分で説明を付けたスコールだったが、必然的に始まった集団での共同生活まで許容してはいない。
共同生活と言う環境自体は、朧な記憶の中に残る、元の世界の自分の日常の中で普遍的に傍にあったので構わないのだが、問題なのは共に生活を送る顔触れだ。
ある日突然、何処とも知れない世界で会合した、常識も文明レベルも違う者達を集めて、一つ屋根の下で心置きなく過ごせる程、スコールは豪胆な性格ではない。
寧ろ見知らぬ者の事は総じて懐疑的に見る性質であるから、この共同生活はスコールにとって警戒心を強めるだけであり、心休まる時間など何一つなかったのである。
────其処には、僅かでも心を許した後で、幾つも考えられる最悪のパターンが起こり得た時、自分が遅れず誤らず最適な行動を取れる自信がない、と言う拙(おさな)い心もあるのだが、彼自身はそんな自分に気付いてはいない。

そんな状態で、常時数名は共に空間を共有する事になる拠点に、スコールが長く滞在する気になる筈もなく、必然的に彼は見回りや哨戒と称して出払っていた。
人が良いのか、警戒心がないのか、ともかくそう言った風な仲間達は、単独行動ばかりのスコールを止めたり咎めたり宥めたりとしていたが、スコールが頑なな態度を取り続けていると、ぽつぽつと離れて行った。
言っても聞かないスコールに呆れたか諦めたか、その辺りの事は判らないが、スコールとしてはその程度で良いと思っている。
敵である混沌の駒の襲撃を思えば、ツーマンセル、可能ならスリーマンセル以上で行動するのが安全策ではあるが、秩序の陣営の人数には限りがある。
対して混沌の陣営は、世界の何処かから湧き出るイミテーションと呼ばれる人形を駆使し、雑兵として操る事が出来ていた。
イミテーションは程度にもよるが壊す事が出来るものの、どうやら数に限りはないようで、これを使った物量戦で来られた場合、秩序の陣営は数日と持たずに崩壊するだろう。
その危険性を考えると、団体行動と言うのは全滅のリスクを上げるばかりとなり、回避するには単独行動と言うものも一方的な否定は出来ないのだ。
勿論、単独行動を取るに値する実力がある事は前提で、尚且つ、それをする者が秩序の女神を絶対に裏切らないと言う信頼も必要であった。
…単独行動ばかりの自分が、掛け値なしにそれを体現し得るのかと言えば、スコールは口を噤まざるを得ないのだが、「他の者が単独行動を取って裏切らない保証はあるのか」とも問う事が出来る。
そしてその問いに対し、スコールの結論は「否」である。
だからスコールは、周りの目からどう見られようと、自身は単独行動を貫いているのだ。

……しかし、スコールが幾ら単独行動を貫こうとしても、相手がそれを全く意に介さない事もある。
良く言えばお人好しの集まりのような秩序の陣営にあって、そう言ったメンバーは少なからず見付かるのだが、特筆すべきはプリッシュだろう。
猪突猛進と言う言葉を体現したかのような勢いがある彼女は、何も隠さず明け透けに曝け出す。
空腹を覚えれば飯を強請り、眠くなれば寝床を欲しがり、退屈な時間に飽きれば遊びたがる。
こうして羅列するとまるで小さな子供のようであるが、常にバーサーカー状態のように人の話を聞かない訳ではない。
恐らく、他者が空気を読んで口を噤もう、と思う所を、彼女は気にせず、正直に自分の気持ちを口にするのだろう。
正直に言って、この手合いはスコールが苦手としている所で、出来る事なら彼女とは余り二人きりになりたくない、と思っている。

思っているのだが、ふとした折に道中を共にすると言うのは、この世界では珍しくなかった。

適当な理由をつけて秩序の聖域を離れ、山間の森の中にある歪を確かめて回っていた時だった。
記憶にあるポイントを効率よく回るべく、木々の間を抜けて進んでいたスコールの前に、プリッシュは頭上から降って来た。
枝葉の擦れる音を警戒してガンブレードを構えていたスコールだったが、眼前に着地して目を丸くしている彼女を見て、なんであんたがそんな顔をしているんだ、と胸中で突っ込んだのは言うまでもない。
それから話を聞くと、どうやら次元城での戦闘中、足元の空に生まれた歪の出口にスポッと落ちてしまったらしく、排出されたら此処だった、との事。
この闘争の世界に置いては、珍しくはない現象であるから、スコールはそれ以上は気にしない事にした。
そして改めて歪の見回りを再開させたのだが─────


(……なんでついて来るんだ?)


ガンブレードを片手に、黙々と足を進めるスコールの後方約2メートル。
紫髪の少女が、きょろきょろと辺りを見回しながら、スコールの歩いた軌跡を辿っていた。

今日のプリッシュの予定と言うものをスコールは知らないが、少なくとも、此処で油を売るようなスケジュールではなかった筈だ。
誰かと同行していたのなら、其方との合流を考えて動くべきで、そうするのならスコールの後ろをついて歩く事に意味はない。
スコールは今日はずっと一人で見回りをするつもりで、今現在も誰かと行動を共にしている訳ではないのだ。
まるで雛鳥のようについて来るプリッシュに、スコールはその思考回路が読めず、辟易とした気分になっていた。


(…戦力として考えるか?そう思えばかなり有益だ。でも……)


見た目の可憐さとは裏腹に、拳と聖魔法で戦うプリッシュは強い。
見るからに剛腕と判るジェクトと、近距離で撃ち合って競るのだから、戦士としては相当な実力だ。
基本的にジャンクションと言う力を使い、身体能力を底上げしているスコールにしてみれば、この世界で出会う者は全員規格外の強さを持っているようなものだが、プリッシュはその中でも上位に当てて良いだろう。
そんな人物が仲間として同行しているのなら、戦闘はかなり楽になる。

だが、それはそれとして、スコールはどうにも落ち着かない。
同行者がいると言うだけでも少々ペースが乱れるのだが、相手がプリッシュだと言うのがまたスコールの苦手意識を誘う。


(……このまま、会話もなければ。それか、飽きて帰るなら、それでも良い)


他者とのコミュニケーションを得意としないスコールにとって、お喋りな相手と言うのは面倒でしかない。
一方的に喋って此方の反応を気にしていない者ならまだ良いが、大抵はスコールから某かの反応を引き出そうと、質問を投げかけたり話題を振ったりするから厄介だ。
プリッシュは余りそう言ったタイプではないのだが、話しかけると返事をするまで何度でも名前を呼び続けるので、あれは勘弁して欲しい。

飽きて帰るのなら、戦力的には痛いが、スコールの心情的には有り難い。
一人でいる事が、スコールにとっては安息なのだから。

────が、プリッシュはまだスコールの後をついて来る。
目指している歪のあるポイントが此処から少々遠いのもあって、スコールは今からうんざりとしていた。
スコールの不必要に繊細な神経がキリキリと軋み、いっそ走って振り切るかと思ったが、脚力はプリッシュの方が上である。
意味のない事を考えた、とスコールはこっそりと溜息を吐いた時だった。


「あ!」
「っ!」


後ろから聞こえた突然の声に、思わずスコールの肩が跳ねる。
そんな自分に舌打ちしつつ、敵襲を警戒してガンブレードを握る手に力を込めたが、


「良いモン見っけ!」
「は……?おい!」


先行していたスコールを追い越して、プリッシュが前方へと全速力で走って行く。
無防備も無防備な、余りの出来事に、スコールは一瞬フリーズしたが、復帰すると急いでプリッシュの後を追った。

追って、其処にあったものを見付けて、一気に脱力する。
プリッシュが駆けた先には、真っ赤な実をぶら下げた大きな樹が鎮座していたのだ。


「これは……」
「見ろよ、スコール。美味そうなリンゴ!」


プリッシュの言う通り、樹に成っているのはよく熟れたリンゴだった。
樹は一本だけではなく、四本程がまばらに植わっており、色付きは微妙に違うものの、総じて赤い実を抱いている。

こんな所にこんなものがあったのか、とスコールは目を丸くして赤い宝石を見上げる。
その傍らで、するすると樹を上って行くのはプリッシュだ。
樹は中々の大木となっており、実が成っているのは地上から三メートル弱と言う高さで、一番低い所でも地上から楽に取る事は出来ない。
プリッシュはその高さをあっという間に登って行き、幹から手頃な場所に成っていたものを一つ採る。


「ほら。これ、絶対に美味いぜ」
「……」


枝に上半身を引っ掻けて、下にいるスコールに収穫したばかりのリンゴを見せるプリッシュ。
スコールは呆然とそれを見上げているだけだ。

試しに一口、とプリッシュは躊躇わずリンゴに齧り付いた。
しゃくっと良い音が聞こえて、甘酸っぱい蜜が果肉の隙間から溢れ出してくる。
プリッシュはその味に満足げに「ん〜っ」と喉を鳴らした後、枝の上に登って、手近な場所にあった実を採った。
そして両手にそれぞれリンゴを持って、ひょいっと枝から飛び降りる。


「よっと。ほら、スコールの分」
「…あ…ああ……」


ずいっと差し出されたリンゴに、スコールはやや気圧されつつそれを受け取った。
受け取ってから、どうすれば、とリンゴを見下ろしている間に、プリッシュは自分のリンゴをしゃくしゃくと齧る。

離れていても煌々とした色が判る程、リンゴは綺麗に紅く染まっている。
スコールが知っている、中々高級と評判のリンゴと種類が似ているような気がしたが、はっきりとは判らなかった。
誰が手入れをする訳でもないのだから、野生で育ったのは間違いないが、それでも立派な実ではないだろうか。
スコールの片手にずっしりとした重さを感じさせる大玉のリンゴは、農家が育てたとしても、早々お目にかかる事はあるまい。

じっとリンゴを見詰めていたスコールだったが、隣から「食わねえの?」と言う声が飛んで来た。
見ればプリッシュは既に半分まで食べ進めており、スコールを見上げる表情は、食べない事を心の底から不思議がっていた。
スコールとしては、あんたと同じ行動が取れると思わないでくれ、と言いたい所であるが、プリッシュには言っても意味はないだろう。
それよりも、手の中のリンゴの行き先だ。


(……捨てるのは勿体ない、な)


プリッシュの言う通り、リンゴは確かに美味そうな色をしている。
この世界に置いて、こうした代物に出逢えるのは稀有であるから、見付けた者が率先して恩恵を受ける権利がある。

スコールはリンゴをシャツに少し擦り付けて、気持ち程度に磨かれた所に歯を立てた。
表面の皮が少し固いような気もしたが、しゃくっと齧ってしまうと、口の中では程好い触感になる。
その触感を楽しみながら咀嚼していると、噛む度に甘酸っぱい果汁が溢れ出し、スコールの喉を潤していく。