非日常空間の日常
[平日、とあるアンティークカフェにて]の続き



蒼く澄んだ光に包まれて、二人で歩く。
何処か非現実的な雰囲気は、きっと周囲の環境が齎す、一つの副次効果なのだろう。
その空気はとても心地良く、ゆるゆるとセフィロスの心を潤い流すように過ぎて行く。

隣を歩く男───レオンは、物珍しいものを見る目で、きょろきょろと辺りを見回している。
こう言った場所自体にあまり足を運ぶ機会がないようだから、と言うのもあるが、こんな場所がこんな所にあるなんて、と言う驚きもあるのだろう。
セフィロスもそれは同じで、話に聞いてはいたが、まさかこんなにも大規模で本格的だとは思わなかった。
ビル自体が大きく広く、複数のコンテンツが混在する大型商業施設なので、期待値もなくはなかったが、しかし普通はこんな場所にこんな物を作るものじゃない、と言う常識的な発想が浮かぶ。
それを打ち壊した代物なのだから、入場料が少々高いのも、致し方ないのかも知れない。

都心の中心に聳える巨大なビルの中に作られた水族館は、中々凝った趣向を凝らしていた。
平時から客足が絶えないその水族館は、夏休み真っ最中の今でも人で溢れているのだろうと思っていたのだが、案外と空いているように見える。
噂程に流行っていないのか、ピークが過ぎているのか、偶々なのか。
理由は色々とあるのかも知れないが、セフィロスにとってはどうでも良い事だ。
気まぐれに入ってみたら思いの外空いていたと言うのは、余り人混みが得意ではない二人の男にとって、幸運だった。
どうせもう一度来る機会があるかも怪しいのだし、のんびりと見れる内に回ってみよう、と言う話になり、二人で順路通りに展示を楽しんでいる。

大きな水槽の前で足を停めた二人の前を、悠然と泳いでいく生き物は、体長1メートル程のアザラシだ。。
透き通った水の中で獲物を探す為、大きく発達した瞳に、水面から透き通る光の波がゆらゆらと反射している。
時間になればショーにも使われると言う広めの水槽を、数頭のアザラシ達が楽しそうに泳いでいた。


「気持ち良さそうだな」


水槽の前で立ち尽くして、レオンが言った。
独り言のようにも聞こえたが、ああ、とセフィロスが返事をすると、レオンは少し嬉しそうに頬を緩ませる。


「…3時からショーがあるようだが、見るか?」
「さて……どうするかな」


セフィロスの言葉に、レオンは肩を竦める。

広いホールとなっている其処の出入口には、動物たちのショーのスケジュールが書かれていた。
時刻はまだ1時を過ぎた所で、ショーが始まるには随分と間がある。
時間を思えば、今は昼食と休憩で、客が飲食スペースに集まっているのかも知れない。
しかし他の所を周ってから戻ってきたら、見栄えの良い場所は他の客に奪われていそうだし、何よりその時の人の多さを想像すると、レオンは余り気乗りしなかった。


「止めておくか?俺はどちらでも構わない」
「俺もそうなんだ。見た事がないから興味はなくもないが……割と今日は空いているようだけど、ショーとか時間が決まっているものがあるなら、その時だけ集まる人も多そうだし。子供も増えるだろうしな」


折角来たのだから見て行けば良いのに、と此処にいない友人達の声を聴いた気がしたが、それとこれとは別なのだとセフィロスもレオンも思う。
どうしても見たいと言う訳ではなかったし、それなら客が此処に集中している間に、比例して人が少なくなるであろう通路展示をゆっくり見ても良い。

行くか、と言ったセフィロスに、レオンは頷いた。
のんびりとアザラシを眺めているのも悪くはないが、他の展示も気になっているのだろう。
歩き出したセフィロスの後を、レオンは素直について来た。

立地条件の所為もあるのだろう、海岸沿いにあるような有名な水族館に比べると、巨大な水槽と言うものは少ない。
代わりに展示方法に趣向が凝らされており、動物の生態に合わせて、客が目を引くような行動を取るようにと工夫がしてある。
しかし、セフィロスとレオンが最も興味を示したのは、特集として特別展示されている、深海生物を主とした変わった生態を持つ生き物群だった。
見た目も変わった物が多いその展示水槽を眺めて、レオンが呟く。


「深海生物か……一時、随分と流行っていた気がするな」
「ああ。特には、こいつか。俺もニュースで見た事がある」


そう言ってセフィロスが指したのは、真っ白なダンゴムシのような生き物だ。
しかし海の中にダンゴムシがいるなんて聞いた事もないし、第一これはダンゴムシではない。
形状だけはよく似ていて、だが比べものにならない程大きく、顔の詳細まではっきり見えるのを見て、レオンは首を傾げる。


「俺も見た覚えがある。うちの班の女性が可愛いと言っていたような気がするんだが……可愛いか?」
「さて、俺には判らん。一応、可愛くしたものもあそこにいるぞ」


そう言ってセフィロスが指差したのは、物販コーナーに詰まれたぬいぐるみ。
フォルムをよく再現しているが、デフォルメも施されており、何よりもふもふとした布綿の雰囲気もあってか、可愛いと言えば可愛い……かも知れない、とレオンは眉尻を下げた。


「……流行と言うのはよく判らないな」
「同感だ。まあ、そう言うものはザックスやクラウドに任せておけ。あいつらの方がこう言う話は向いている」


同僚であり後輩である、仲の良いコンビの名前に、そうだな、とレオンは頷いた。
元々流行に興味がない上、流れの速いそれに乗って情報を追うのを、レオンもセフィロスも得意とはしていない。
仕事に必要となれば色々と調べはするものの、平時からそれを終始追う癖はついていなかった。

展示をルートに沿って一通り見終わった時には、時刻は3時を周っていた。
アザラシのショーが始まるな、とセフィロスは言ったが、レオンは困ったように苦笑するだけだ。
入った時には静けさもあった館内だったが、客足が戻って来たのか、ショー目当てなのか、子供の声がよく聞こえる。
ショーを見に行く気もない二人は、静けさを求めて退館する事にした。

エレベーターでビルの中層まで降りて、少し座れる場所を探す。
客入りのピークを過ぎたフードコートがあったので、コーヒーと軽食を頼み、一服する為に席を取った。


「こう言う所も、偶に来るのは良いかも知れないな」
「同感だ。次に来る事があるかは判らんが」


セフィロスの言葉に、確かに、とレオンはくすくすと笑う。
今日は本当に、何も予定がなかった事や、偶々この場所を訪れたから、行ってみようかと言う話になっただけだ。
そもそも二人とも出不精な性質があるから、こうやって二人で街を散策する事も滅多にない。
そんな奇跡のような事が二度も三度もあるとも思えず、また意図的に起こす気もないので、今日と言う日がまた訪れると言う予感は全くしないのだった。

セフィロスはコーヒーを傾けて一口飲むと、薄いな、と呟いた。
昼にカフェで飲んだものと比べれば、仕方のない事だとレオンが宥める。
セフィロスはさっさとコーヒーを空にして、のんびりと軽食を楽しむレオンを眺めながら言った。


「気まぐれに入ったようなものだったが、知らない物を知るには良い機会だったな」
「ああ。あの動物があんなに大きいとは思っていなかった。皆が可愛いと言っているから、もっと小さいものなのかと」
「深海生物と言うのは、総じて大物が多いそうだ。体が大きい方が体温を逃がさずに済むと言う考えもある」
「だが、体が大きいと言う事は、その体を維持する為にのエネルギーも増えるだろう。餌が少ない深海で、それは非効率な進化に思えるな…」
「水圧に耐える為に巨躯になった、と言う考えもあるらしい」
「それなら……理屈としては判るか」
「後は、餌が少ない故に巨大化した、とも。生物は体が大きい程、新陳代謝の効率は下がる。そうなれば、大きくなるほど、エネルギーの消費量が抑えられると言う事だ」
「その上で餌を自ら能動的に探さない、流れて来るのを待つ習性を持つ生き物なら、食料が少なくとも長く生きる事は可能になる、と。熱の放出や、新陳代謝の効率を求めた進化の形は、陸上の動物とそれ程違いはないんだな」


成程、と納得した顔をするレオンに、セフィロスは例外も少なくはないがな、と付け加えた。


「…深海は宇宙よりも未解明の部分が多いと言われているそうだ。研究している学者でも判らない事が多いと言うし、俺も別にそれ程興味がある訳でもないから、実際の所は何も知らない」
「その割には詳しい方に思えるが。そう言えば、生物科学科にいたんだったか?」
「ザックスにでも聞いたか?生物科にいたのは初年度だけだ。教授が気に入らなくて辞めた」
「そんな事があったのか」


セフィロスの告白に、意外だ、と言いながら、レオンはくすくすと笑った。
何事も完璧に、まるで天啓でも持っているかのように卒なく物事をこなしている男でも、若気の勢いと感情で行動する日があったのか。
見た目の美丈夫ぶりもあり、何処か人形めいて見えるセフィロスの、時折見せる人間臭さが、レオンには面白い。
其処には、滅多に自分の事を語らないセフィロスが、過去を細やかながら教えてくれたと言う喜びもあった。

コーヒーと軽食を済ませて、さて次はどうする、と二人は顔を見合わせた。
そろそろビルを出て他に行こうかとも思ったが、真夏の現在、外は陽炎が上る程に暑い。
窓の向こうでぎらぎらと光る太陽を見て、せめてあれが沈むまでは外には出るまいと思う。


「……少し店を見て回ってみるか。何か気になるものはあったか?」
「そうだな……ああ、確か下のフロアに水族館のグッズや土産物を並べた店があったな。館内の物販は人が多くて見れそうになかったし、そっちで見てみるか」
「弟への土産か。今度来るんだったか?」
「友達と一緒にプチ旅行、らしい。うちに泊まって行くんだ。少し付き合わせるが、良いか?」
「構わない」


席を立つセフィロスに、ありがとうと礼を言って、レオンも椅子を引いた。
空のトレイをフードコートの指定の位置に返して、二人はエレベーターへと向かった。




ザックスとクラウドがそのビルに足を運ぶ機会は多い。
食事の為だったり、季節物の新しい服を買う為だったり、単純に暇なので行こう、と言う事もある。
スタイリッシュな外観を売りにしている所為か、中の店舗施設も選ばれているのだろう、余りアングラな雰囲気の店は入っていなかった。
メジャーで名のあるブランド店は、こぞって出店しているから、主にはそれを目当てしている。
上層にある水族館は、家族連れや若いカップルの憩いの場所になっているそうで、ザックスも恋人と来る時には其処に向かう事もあった。
しかし今日の連れ合いはクラウドなので、エレベーターは中層止まりである。

今日の二人のお目当ては、贔屓にしているアクセサリーブランドの限定商品の回収だった。
受注生産とされるそれは、受付が始まった時に予約も支払いも済ませているので、受け取る日を間違えさえしなければ、誰と喧嘩をする事もなく悠々と手に入れる事が出来る。
個々で注文した二人が今日を受け取りにしたのは全くの偶然だったのだが、それなら気の合う者同士、ついでに遊んで帰ろうと言う話になり、連れたって来たのである。

目当てのフロアに到着した二人は、早速と意気揚々とした足で店に向かおうとした。
が、その前にエレベーターホールの直ぐ傍にあった店で、クラウドが足を止める。


「どした?クラウド」
「あそこに珍しいのがセットでいる」


店を指差すクラウドに、ザックスがその先を見ると、可愛らしいフォルムの水族館グッズが並べられた土産コーナーがある。
上層にある水族館は、物販コーナーが客で溢れる事もある為、客足を散らす為、館外にも店が出ているのだ。
大抵、其処にいるのは水族館帰りの家族連れか、海洋生物が好きな者なのだが、そのどちらにも当て嵌まらない背中が並んでいた。

背の高い濃茶色の髪と、それよりも頭半分程高い位置から始まる、腰まで伸びた長い銀髪。
まず間違いなく職場の同僚二人と判る後ろ姿だが、こんな場所で先ず見る事のないものを見付けて、ザックスは今年一番驚いた。
二人はザックス達の視線には気付かず、真面目な顔でぬいぐるみを触っている。
社内でも顔も頭も良いと評判でトップ成績を持つ二人が、ダンゴムシのぬいぐるみを抱えて顔を埋めたりする図は、なんともシュールであった。


「……おお。なんだあれ」
「何って、デートだろう。多分」


驚きが過ぎて思わず呟いたザックスに、クラウドは言った。
あの二人が一緒にいるのだから、そうだろう、と。
それを聞いて、そうか、デートか、とザックスも納得した。

どちらが言い出したのか知らないが、彼等にこんな所にデートに来る発想があるとは意外だった。
普段、仕事で共にしている事は多いが、余り甘い空気もなく過ごしている二人を知っているだけに、こんな所でどんな会話をしているのだろうと、ちょっとした興味も沸いて来る。

しかし、アザラシのぬいぐるみを抱えたレオンは、くすぐったくも楽しそうだ。
良くも悪くも真面目過ぎると言われるレオンが素直に笑みを零している場面は、とても珍しい。
セフィロスも冷たく見られ勝ちな頬が緩んでいるし、これは割って入るのは野暮と言うものだろう。
ザックスはクラウドを促して、彼らに見付かってしまう前に、その場を離れる事にした。


───明日、お前達を見かけたぞと言ったら、彼らはどんな反応をするだろう。
一人は赤くなって、もう一人は涼しい顔で流すのであろう場面が想像できて、ごちそーさま、とザックスは一人笑うのだった。




2019/08/08

『セフィレオ』のリクを頂きました。
去年のセフィレオを気に入って頂けたようでしたので、続いてみた。と言うか書きたかった。

傍目に見ると楽しいのか?と思うような雰囲気や会話でも、本人達は楽しんでます。
そんなに甘い雰囲気もなく、真面目な顔で真面目な話をしてるけど、楽しんでます。
本人たちはデートだと意識してないけど、どう見てもデートです。
そんなセフィレオです。