なぞなぞわかるかな 1


「お兄ちゃん、お兄ちゃん」


くいくい、とズボンの端を引っ張られて、レオンは洗い物の手を止めた。
視線を下に向けてみれば、絵本を腕に抱えて、楽しそうな表情で兄を見上げるスコールがいる。


「あのね、あのね。ガムはガムでも、食べられないガムってなーんだ?」


わくわくとした表情で見上げる弟の瞳には、期待の色が爛々と光っている。
それを見て、レオンはうーん、と考える仕草を見せた後、


「食べられないガムか」
「うん」
「ガム…ガム…ガムテープ、かな?」
「当たり〜!」


ぱちぱちと手を鳴らすスコールに、レオンはくすりと笑って、可愛いな、と思う。
最後の洗い物を終わらせて、水気を拭いた手でぽんぽんと柔らかいダークブラウンの髪を撫でる。


「じゃあね、じゃあね。えーっと……船は船でも、動かない船はなーんだ?」
「動かない船か……作っている途中の船とか?」
「はずれ〜」
「うーん」


首を捻って考える仕草を考える兄に、スコールはくすくすと楽しそうに笑っている。
いつも色んな事を教えてくれる、沢山の事を知っている兄が、答えを探して悩んでいる様子が珍しくて面白いのだろう。

スコールは今、なぞなぞに嵌っている。
子供向け番組を見ている時に出てきた問題を、見事全て正解した時の喜びが忘れられなくなったらしく、昨日も本屋に連れて行った時、なぞなぞ遊びの絵本を強請った程である。
絵本には1ページに5問のなぞなぞが並べられていて、20ページ程のページ数なので、全部で約100問。
前半は小学生の低学年レベルのなぞなぞだが、後半に行くに連れて難易度が上がり、高学年向きの内容になっている。
スコールは今年で小学1年生になったばかりだが、頭の回転が速く、幼さ故に且つ柔軟で自由な発想が出来るスコールは、既に3年生のレベルのものをクリアしている。

昨日の夜から、今日の今まで、スコールはまたなぞなぞ遊びに耽っていた。
が、一人で解き遊ぶのに飽きたのだろうか。
身近な人にも問題を出してみよう、と思い至り、早速兄の下へやって来たと言う経緯であった。

小さな子供が解けるなぞなぞは、大人のレオンにとって、子供騙し程度の難易度だ。
しかし、だからと言ってさっさと解いてしまっては、問題を出す方が面白くないだろう。
だからレオンは、焦らすようにうんうんと唸って、じっくりと考えて見せてから、うずうずとしている弟を見て、


「ちょっと判らないな。答え、教えてくれないか?」
「答えはねー、湯船!お風呂の事だよ」
「成る程。確かに、湯船は動かないからな」


納得したようにレオンが言えば、「そうそう!」と言ってスコールがはしゃぐ。


「スコールは判ったのか?このなぞなぞの答えがお風呂だって」
「わかった!」
「スコールは頭が良いな」
「えへへ」


くしゃくしゃと兄に頭を撫でられて、スコールは嬉しそうに頬を赤らめた。
買って貰ったなぞなぞの絵本を、宝物のように抱き締める。

甘えん坊の弟を抱き上げて、レオンはリビングに戻った。
リビングではテレビの電源がついていて、ソファの肘掛けから金色の突起が見えている。
兄弟と同居しており、レオンの恋人であるクラウドが、ソファの上に寝転がっているのだ。


「クラウド、行儀が悪いから起きろ……何を不貞腐れているんだ、お前」


背凭れ越しに恋人の顔を覗き込んで、レオンは彼の表情を見て顔を顰めた。

クラウドは普段、滅多に感情を表に出さず、表情を崩す事も少ないので、覇気がないように見える。
しかし何故か、不満や不服と言った感情だけは素直に顔に出て来る事が多かった。
今が正にそれで、クラウドは表情こそ常と大した変化はないものの、不機嫌なオーラがじりじりと滲み出ている。

クラウドは渋々と言う様子で起き上がると、レオンの腕に抱かれている子供をちらりと見遣り、


「俺に問題を出した時は、つまらないって言ったのに…なんでレオンだと楽しそうなんだ…」
「はあ?」


何を言っているんだ、と首を傾げるレオンに、スコールが言った。


「だってクラウド、つまんないんだもん」
「…何がどう詰まらなかったんだ?」
「なぞなぞ、僕が問題読んでるのに、直ぐ答え言っちゃうの。つまんない」


ぷく、と頬を膨らませたスコールの言葉に、ああ成る程、とレオンは納得した。

洗い物をしているレオンの所に行く前に、スコールはリビングで一緒に過ごしていたクラウドにも問題を出していた。
クラウドは快くそれに応じていたのだが、レオン同様、大人である彼に、小学生向きの問題は簡単すぎる。
問題や答えの出し方もパターン化しているものや、文中の単語から駄洒落をもじった答えになっている事が多く、大人は問題を一見(または問題を途中まで読む)しただけで答えを導き出す事も出来る。

だが、テレビ番組の早押しのようなクイズゲームならともかく、小さな子供の遊びに、大人の力を如何なく発揮させると言うのは、如何なものか。
子供は問題を読み、答えるまでの一連の流れ、その一つ一つ全てが楽しみなのだ。
最初は問題途中で正解を導き出す大人に、凄い凄いとはしゃいでくれるが、それが何度も何度も続いてしまうと、次第に飽いてしまう。
難しい問題を出して、相手が悩んでいる所も見てみたいのに、相手がその期待にちっとも応えてくれないとなると、良くも悪くも自分の思考で世界が一杯な子供は、答えてくれない相手に不満を持ってしまうものであった。


「……クラウド。お前が悪い」
「何故だ!?答えが判ったから答えただけだぞ、俺は。クイズはそういうものだろう!」


何が悪いのか、何が原因でスコールの機嫌を損ねたのか、彼は全く判っていないらしい。

レオンは一つ溜息を吐いて、拗ねた顔で抱き着いている弟の頭を撫でてやった。
スコールは兄の手に甘えながら、むーっと剥れた顔のままクラウドを見て、


「クラウドには、もうなぞなぞ出してあげない」
「え。ちょっと待て、スコール」
「つまんないもん」
「待て。リベンジだ。もう1問出してくれ、今度こそ」
「やだっ」


なぞなぞに嵌っているスコールが、「なぞなぞ出してあげない」と言う事は、「構ってあげない」と同じ意味と取って良い。
可愛がっている子供に冷たくされるのは、流石にクラウドも応えるらしく、ちょっと待ってくれとクラウドはスコールを抱き上げているレオンに縋り付いて来る。


「馬鹿、重い!邪魔だ!」
「スコール、もう1問。今度こそお前の期待に応えてみせる」
「やだっ」
「頼むスコール、俺を捨てないでくれ!」
「子供相手に何を寝惚けた事を言っているんだ、お前は!」


ごすっ!とクラウドの脳天にレオンの踵が直撃する。
躊躇のない一撃を喰らい、床の上で屍となった恋人を放置して、レオンは寝室へ向かうのだった。





2013/02/02