記憶紡ぎの交わる日
NTストーリーネタバレあり


 “また呼び出された”と言う事に気付いた時、真っ先に感じたのは、憤りだった。
此方の都合も考えず、手前勝手に召喚されたのだから、この怒りは至極真っ当なものである、とスコールは考えている。

 SeeDは何故と問うなかれ、と刷り込まれるように育ち、それ故に何も知らされず、何も判らないままで進まされる事を是とされながらも、その影で行われていた事を知った時のショックと言うものは、スコールの心に深い根を下ろしている。
以前はそうした記憶もないも同然であり、思い出す頃には己が戦う理由と言うものが───外的要因により押し付けられた、逃れようとないものであったとしても───あったから、それに向かって突き進む事が出来た。
しかし、今回は以前のように記憶の欠落もなく、前回、更に言えばそれ以前に自分が投じられた戦いについても思い出す事が出来る。
その為、スコールが経験した記憶知識と言うものは須らく彼の中に刻まれており、同様に、その過程で得た感情も忘れ去られる事はなく、現在の“スコール”を形成する一部となっていた。

 傭兵として、必要を持って雇われたのであれば、報酬さえ相応するものであれば応える心積もりはある。
少なくとも、仕事上は、スコールはそう言う切り替えが出来る人間であった。
とは言え、だからと言って此方の都合も関係なく、応不応も厭わずに呼び出され、目的を達成しなければ帰しませんと言うのは、業腹にもなるだろう。
明日提出の書類が、明後日から任務が、明後々日には、と記憶の中で最も新しいスケジュールを思い出しながら、スコールは苛々とした気持ちを誤魔化す事もしなかった。

 ────が、嘗て共に戦った者達と、期せずして再び見える事が出来たのは、スコールにとって決して気持ちを尖らせるだけではなくなっていた。
スコールの戦う力には、代償が存在する。
代償となる記憶の欠如は、正しくは“喪われる”のではなく“思い出せなくなる”と言う事なのだと言われてはいるが、それも半分は建前だ。
切っ掛けがあれば思い出せる記憶は、切っ掛けがなければ仕舞われたまま、棚の鍵すら見付からなくなり、開かずの箱となって、最終的には取り出す事が出来なくなる。
異世界の出来事ともなれば、同じ世界を共有した人間が存在しない限り、いずれは忘れ去られてしまう可能性が高い。
神々の闘争の世界で過ごした記憶は、思い出せるその時まで、「そんな出来事があった」事すらも、埋もれてしまっていた。
その事にすら気付かないまま、代償を支払い続けていれば、遠からずスコールは神々の世界に喚ばれた事、其処で出逢った異世界の仲間達の事も、忘れていただろう。
その仲間達の中に、想いを通わせた者がいたとしても。
これは、嘗てスコールが時間圧縮の戦いの最中、守るべき少女の顔を思い出す事が出来ず、“帰るべき場所”を見失った事からも、既に可能性が否定できないものとなっていた。
そんなスコールにとって、夢のような残滓の記憶から思い出した仲間達との再会は、唐突な神々からの呼び出しに辟易していたスコールにとって、細やかながら清涼剤となっていた。

 今回、スコール達を異世界へと召喚した女神は、戦士達の知る神ではなかった。
どうにもたどたどしい様子の彼女に、スコール自身は色々と思う事はあるが、それらは飲み込む。
以前経験した世界と物事が共通しているのなら、彼女の望みを果たさなければ、元の世界に帰れない事は確か。
その為に何をするべきか、それすらも曖昧なままであったが、始めて見る顔触れも含めて挨拶混じりの遣り取りを過ごしている内に、グループは編成されていった。

 スコールに真っ先に声をかけて来たのは、やはりジタンであった。
以前の世界でも特徴的であった金色の尻尾をゆらゆらと揺らしながら、ジタンは「よっ!」と手を上げて気安く挨拶する。


「久しぶりだな、スコール!」
「……ああ」


 久方ぶりの再会であはるが、スコールの反応は相変わらず少ない。
それも判り切った事だと、ジタンは特に気にしなかった。


「またお前と逢えるなんてな。他の皆も、元気そうで何よりだ」
「まあ……そうだな」


 息災であった事は、確かに喜ばしい事だ。
思いながら、スコールは秩序の神の後継者であると言う女神の拠点に集まった仲間達を見回す。

 殆どの仲間達は、スコールには見覚えのある者だ。
趣の変わった風貌の者も僅かにいるが、恐らく、元の世界で何かあったのだろう。
ジタンはと言うと特に変わった所も見られず、スコールの記憶にある通りで、スコールはその事に少し安堵していた。
この世界で目を覚まし、最初にスコールに声をかけた人物が、スコールの記憶に全く覚えのない者だった事もあって、見覚えのある人物と言うのは、スコールに細やかな安心感を与えていた。

 しかし、スコールは一つ気になる事があった。
それを頭に思い描きながら、もう一度、堂に介した仲間達を見回す。
見慣れない顔があり、その引き換えに足りないものがあるのかと思ってはいるのだが、前回だけでなく、前々回の闘争を過ごした者の姿もある中、“それ”だけがいないと言うのも違和感があった。

 辺りを見渡すスコールの思考を、ジタンは読み取っている。
と言うよりも、同じ違和感は彼も感じていたのだろう。


「スコール。やっぱ気付いたか?」
「…それは、な」
「あいつの事だから、風が呼んでる!とか言って何処かをフラフラしてても可笑しくはないけどなぁ」


 ジタンの言葉に、有り得る、とスコールは溜息を吐く。

 二人の脳裏に浮かんでいるのは、生粋の旅人である、バッツ・クラウザーだ。
以前の闘争の世界でも、好奇心旺盛で、神々の世界の有り様を風の向くまま気の向くままに駆け抜けた彼。
仲間達の技だけでなく、武器までも模倣して見せると言う他に類を見ない戦い方をしていた彼は、時にムードメーカーであり、時にトラブルメイカーでもあった。
それでも、締めるべき所はきちりと締め、厳しい状況ですら吹き飛ばして見せる清涼な風を持つバッツの存在は、スコールにとって忘れられないものとなっている。
無論、彼と共に───彼の相棒も含め───歩んだ道程も、スコールには忘れたくない記憶だった。

 バッツはスコールを何かと気にかけていたが、当時のスコールは徹底して単独での行動を貫いていた。
その傍ら、バッツが共に行動していたのは、ジタンである。
宝探し、クリスタル探し、面白い物探しと、何かとゲームめいた雰囲気で道中を楽しんだ仲間を、ジタンが忘れる訳もない。
この世界に来て、ジタンが最初に見つけたのは、フリオニールとセシルであったが、女神の下に全員が集った時に探したのは、勿論、以前の戦いで長く時間を共にした友人の顔であった。
その顔が一つ足りないとなれば、仲間想いの彼が気にならない筈がないのだ。


「あいつだけ今回は呼ばれてないのかなあ」
「……どうだろうな。さっきのスピリタスとか言う神からの通信、エクスデスはどうだったか……」
「ああ、さっきのな。クジャもいたし、ガーランドもいた。ジェクトもいた。他にも色々」
「…アルティミシアもいた。恐らく、俺達の対になる駒がスピリタスの下に召喚されているんだろう。あの場にエクスデスもいたのなら、バッツも何処かにいる事になるんだろうが……」
「うーん、割と一瞬っちゃ一瞬だったもんな。これだけ顔触れを揃えて置いて、あいつだけいないって言うのも変な気もするし」


 ジタンの言葉に、スコールも頷いた。
見えない顔が複数あるのなら、条件は判らないが弾かれたのだろう、と思う事も出来なくはないが、女神によって召喚されたのは、全部で14人。
その内、スコールの見覚えが無いのは3人だが、他は全て見た顔である。
10人以上の既知の顔が揃った中、特に共に過ごす事が多かった1人の顔がないと言うのは、どうにも落ち着かない気分だ。

 もしもバッツが孤立した場所に召喚されているのだとしたら、性格的にも精神的にも破綻している者が目立つ混沌の軍勢に目を付けられるよりも先に、合流させなければならない。
スピリタスと言う男神が何を考えているのかは判らないが、孤立している者を悪しように利用する輩があちら側に多いだけに、存在の有無の確認、引いては合流も急ぐ必要があるだろう。
此処は、女神に聞くのが一番手っ取り早いか。
しかし、スコールの脳裏に浮かぶのは、つい先程見たばかりの、どうにも要領を得ない女神の言葉。
ウォーリアやライトニングと言った、きっぱりと物事を口にする面々の質疑に対し、彼女の反応はいまいち鈍かった。
嘗て秩序の戦士達を導いた女神に比べると、幼さの目立つ彼女に、スコールは安易に信用を置く事が出来ない。


「………」
「おーい、スコール?」


 眉間に深い皺を寄せて沈黙しているスコール。
ジタンが彼の前でひらひらと手を振り、蒼灰色が苦い色を灯してちらりと向けられるのを見付けると、やれやれ、と肩を竦めて見せる。


「バッツの事、ちょっとあの子に聞いてみるよ。此処にいるのかどうかはともかく、喚んだかどうかの確認位は出来るだろ」
「……ああ」


 ジタンの申し出はスコールには有難いものだ。
確かめたくとも、猜疑心が強いスコールでは、良くも悪くも裏を勘繰ってしまう。
秩序の女神の後継者───マーテリアが問いに答えたとしても、スコールはそれを額面通りに受け取れなかった。
そんなスコールが行くよりも、コミュニケーションに抵抗を持たず、口が回って交渉に長けるジタンが行った方が良いだろう。

 任せた、と言うスコールに、ジタンはひらりと手を振って、ウォーリアと話をしているマーテリアの下へ駆けて行った。




 嘗て共に戦った異世界の仲間達と、再び逢えた事を喜んでいる者は多い。
初めて呼び出された事や、終わった筈の戦いにまた巻き込まれた事、どうも判然としない事が多い召喚主の言動に眉を顰める者は少なくなかったが、それでも二度と逢えなかった筈の仲間達との再会は、確かに喜ばしい事であったのだから。

 また、再度呼ばれた者の多くには、以前の闘争とは違う雰囲気をまとった者も少なくなかった。
特に判り易かったのは、クラウドである。
ティーダに「イメチェンした?」と言われたクラウドだが、それそのものの否定はしなかったが、闘争の世界から帰還したのが既に二年前の出来事となっている事を告げると、雰囲気が違うのも当然であるとティーダも納得した。
どうやらクラウドの他にも、闘争を終えてから若干の時間が経過している者はいるらしい。
とは言え、年齢を数える程の時間が経過しているのはクラウドだけだったようだが。

 二年と言うのは、数字にすれば短いが、体感した本人の記憶には酷く長い時間であった。
その間に様々な出来事が起きたと言う事もあり、異世界の仲間達の事も記憶の奥底に埋もれていたと言っても良い。
其処で共に過ごした、恋人の事さえも。
其処には、もう二度と逢えないと言う諦念もあり、期せずして再召喚されたと気付いた時でも、もう仲間達にも、恋人にも、忘れられているかも知れない、と思っていた。
しかし、それぞれ元の世界に帰還してから過ごした時間の長さは違えど、共に生死の境界を潜り抜けて来た仲間達の存在を忘れる事はなかった。

 荒野を抜けて辿り着いた、新たな拠点となる塔で、今回の世界に召喚された目的を聞いた戦士達は、それぞれグループを形成しつつ、出発を明日にすると決めた。
女神の力を受け継いだマーテリアは、敵対する関係であると言うスピリタスと言う男神について対抗意識にも受け取れるような言動を取っていたが、それはそれとして、戦士達は以前のような憔悴には囚われていなかった。
以前と違い、自分自身を形成する記憶と言うアイデンティティが確立されている事もあってか、「神に従う以外に道がない」とは思う者は少ない。
現状として彼女の指示を主軸とする以外に、世界の有り様を知る事も、元の世界へと帰る道筋も立てられないので、結果的にはそれに応じる事にはなるのだが、その前に出発の準備と言うものは必要だ。
特に、今回初めて神々の世界に召喚された者もいるので、そのメンバーに世界のあらまし───以前の記憶が適用されるかどうかはさて置いて、一先ず考えられる注意点等を主に───を説明しておく必要があったからだ。
次いで、それぞれ微妙に違う座標に召喚された所為か、幾人かは遠くから徒歩で拠点を目指す以外になかった為、その疲労が幾らか影響した所もある。

 ティーダを始めに、フリオニール、セシルと言った、前回との闘争の世界で共に過ごす事が多かった面々と会話を交えた後、クラウドはある人物の下へと向かう。
鎧や魔力をまとった貴金属、法衣と言ったものに身を包む者が多い中、自分と同じく比較的地味でシンプルな服装をした少年───スコールの下へ。

 スコールは、ジタンと話をしている所だった。
以前の世界でも彼等はよく行動を共にしていたから、その気安さでジタンの方から声をかけたのだろう。
尻尾を揺らしながら、手振りで話すジタンに対し、腕を組んで直立不動で話をしているスコールは、クラウドの記憶にある二年前の姿と変わっていない。
どうやら、彼は元の世界で然程長い時間を過ごしていないようだ。

 近付くクラウドに先に気付いたのは、ジタンだった。
ジタンはクラウドが来ている事に気付くと、スコールに後ろを見るようにと促したようだった。
蒼い瞳がクラウドを見て、一瞬訝し気に眉根を寄せた後、緩む。


「じゃ、オレはこれで。スコール、頼んだぜ」
「ああ。判っている」


 ひらりと手を振って、ジタンはスコールから離れる。
ブループラネットがちらりとクラウドを見て、ごゆっくり、とばかりにウィンクされた。
相変わらず、よく気の付く奴だ、とクラウドは思う。

 スコールはジタンを見送った後、俯いた。
他人と目を合わせたがらない所は、クラウドの記憶にある恋人の姿と何も変わっていない。
常に何かに急き立てられるように張り詰めた空気を醸し出していた以前に比べると、心なしか雰囲気が和らいでいるようにも見える。

 そのままスコールは暫くの間、立ち尽くしていた。
視線を彷徨わせ、唇を噤んでいるスコールを見るに、このまま待っていても彼が口を開く事はないだろう。
そもそもスコールは進んで喋る方ではない為、こう言う状況で自分から会話を始める事は先ずない。
クラウドも同じ傾向はあるのだが、放って置けば黙ったまま心でばかりお喋りをする恋人と話をするには、自分から切り出すのが一番だと言う事は学んでいる。


「取り敢えず……久しぶり、だな」
「……ああ」


 無難な所から、先ずは挨拶だと投げかければ、予想通りの簡素な反応が返って来た。
それだけでも、スコールの心なしか強張っていた肩からは力が抜け、ようやく蒼が碧と向き合う。


「……クラウド」
「なんだ?スコール」


 名を呼ばれたのも二年振りか。
感慨を得るように思いながら、返すように名を呼べば、スコールの瞳が微かに閃く。


「あんた、なんか……雰囲気、変わったな」
「ああ。前の戦いから、二年も経っているからな」
「…二年……そんなに?」
「お前は、そうでもない?」
「……一年、経ったかどうか。多分それ位しか」
「そうか。やはり、俺が一番時間が経っているみたいだな」


 この差異には何か理由があるのだろうか。
少し考えてみたクラウドだったが、判らないものは判らない。
考えても仕方がないか、とクラウドは疑問は追い出した。
それよりも、召喚された仲間達がこの拠点に集まって間もなくから気になっている事がある。


「さっきジタンと話をしていたのは、ひょっとしてバッツの事か?」


 総勢で14名と言う、以前の闘争の際の数以上の戦士が揃った訳だが、その中に足りない顔がある事には、クラウドも気付いていた。
クラウドは彼───バッツと旅路を同行する機会はそう多くはなかったが、年若い者ばかりが集まっていた秩序の戦士達の内、ウォーリアやセシルも含め、“成人組”と言う枠で酒を飲み交わした仲である。
彼がスコールに対して疑似保護者のような立場を取っていた事もあり、会話をする機会は決して少なくはなかった。
そんな相手がいないとなれば、クラウドとて気付かない訳もなく、同時に彼とよくパーティを共にしていたスコールとジタンが無視する筈もないと判る。

 クラウドの指摘に、スコールは小さく頷いた。


「あいつの事だから、何処かで一人でフラフラしてるとも考えられなくはないんだが…」
「そもそも、バッツはこの世界に召喚されているのか?」
「それは、さっきジタンがマーテリアに直接確認した。召喚そのものは行っているらしい」
「それなら、何処かにいる筈だな。コスモスは俺達のいる場所に思念体だけを見せて会話をする事も出来た筈だが、そう言う事は無理なのか?」
「それは判らないが、ジタンが聞いた所では、バッツがこの世界の何処かにいる、としか感じられないらしい。俺達が此処に集まるまで、マーテリアの方からコンタクトを取られた人間もいないようだから、多分出来ないと考えて良いんじゃないか」
「…つまり、マーテリアからバッツ本人にコンタクトを取る事は難しい、と言う事か」


 ふむ、と唇を噤むクラウドの頭には、幾つかの可能性が浮かんでいた。
殆どの戦士が揃ったと思われる今の時間になっても、一番足の軽そうなバッツが顔を見せないと言う事は、彼が動けない状況にいるか、他の戦士達と違い、拠点から極端に離れた場所にいるか。
さもなければ、自分が嘗ての闘争の世界に再び召喚されたと気付かず、風来坊宜しく旅をしている可能性もゼロではない。
バッツの本来の世界と言うものがどういうものなのかクラウドには判らないが、若しもこの荒野のような光景に似た世界であるとすれば、異世界と気付かずに過ごす事もあるかも知れない。


「何にせよ、この世界にいるのなら、合流は必要だな」
「ああ。カオスの連中もいるようだから、急いだ方が良いだろう」
「それで、ジタンが“任せた”と言っていた訳か?」


 先に聞こえたスコールとジタンの会話について、その意図する所を指して見せると、スコールは面倒だと言いたげな溜息を吐きながら頷いた。


「誰かが回収しに行かないといけないだろう。だから俺が行く」
「お前一人で探しに行くのか?」
「その方が効率が良い。やる事は幾らでもあるんだからな」


 スコールの言う事は最もであった。
以前の世界では、クリスタルを手に入れると言う方針が定められており、方法は判らずともそれが一本の道筋ともなっていた。
しかし、今回はそれぞれに思う所もあるようで、マーテリアの言葉に率直に従う者もいれば、疑問や抵抗を感じる者もいる。
故に何を目的として動き出すか、気持ちを共有するのが誰になるかと言う事もあって、グループは以前よりも細分化されていた。


「……お前がバッツの捜索をするとして。ジタンはどうするんだ?」


 以前の闘争では、スコール、ジタン、バッツがセットで行動している事が多かった。
それを鑑みるに、バッツの事が気になるのは、スコールだけではない筈だ。
自分の事よりも仲間の事を優先するジタンの事、スコールがバッツを行くと言うのなら、彼も同行を臨みそうなものだった。


「…気にならない訳ではないと思う。だが、あそこも気になるらしい」
「あそこ?」
「…ティナとライトだ」


 スコールが指差した先には、ティナ、ライトニングの会話に混じっているジタンの姿。
共に過ごした友人は気になるが、それでもフェミニストとしては、女性二人の組になりつつあった彼女達を放って置けないと言う事か。


「ライトがいるから大丈夫だと俺は思うが、……ティナは此処に来てから、召喚獣の気配がすると言っていた。カオスの連中もこの世界にいると判ったし、また戦闘が起こるのなら、召喚獣の力が借りられれば心強い。逆にあちら側に付かれても厄介だ。その前に、こっちが召喚獣を見付けて、力が借りられそうなら話をつける。だから、あの班が探しに行くのは召喚獣だ。人数は多いに越した事はない」
「召喚獣、か……確かに、それなら人手は多い方が良いが……」
「だから、バッツを探しに行くのは俺だけで良い」


 ただの迷子探しなのだから、とスコールは付け足した。
迷子とは酷い言われようだ、とクラウドは苦笑しつつ、


「事情は分かったが、それなら、俺が行った方が良さそうだな」
「……?」


 クラウドの言葉に、スコールが眉根を潜めて首を傾げる。
どういうことだ、と無言で問うスコールに、クラウドは続けた。


「召喚獣探しには人手がいるだろう。三人でも足りないかも知れない。効率も感がると、場合によっては、其処から更に分担した方が良いと言う事も起こり得る。そう言う時の為に、四人はいた方が良いんじゃないか」
「……それなら、あんたがあの三人と一緒に行けば良い」


 あくまでも自身がバッツを探しに行こうと決めている様子のスコールに、こういう頑固さも相変わらずか、とクラウドはこっそりと笑う。


「いや、俺が行こう。迷子を捜すだけなんだ、暇な人間が行った方が良いだろう?」
「暇って、あんた。そんな悠長な事を言っている時間は────」
「まあ、確かにないんだが、それでも暇なんだ。チームに混じらせて貰えそうな雰囲気もないし」


 ちらりとクラウドが仲間達に目をやれば、スコールも倣って視線を送る。

 以前の闘争の世界で、クラウドがよく行動を共にしていたのは、ティーダ、フリオニール、セシルの三人。
マーテリアの話を聞いた後、それぞれの動向を確認する為に話し合いも行われたが、その中でティーダはずっと苦い表情をしていた。
フリオニールと共に聞いてみると、どうやらスピリタス側に父の姿があった事、前回の闘争の中でようやく親子の決着が着けられたと言うのに、再び敵対しろと言うマーテリアの言葉───直接的にそうしろと言った訳ではないが、スピリタスを敵と断じたマーテリアは、それに組する形で彼に召喚された者に対しても、敵対意識があるように見受けられた───に納得がいかないらしく、この世界では戦いたくないのだと言った。
以前のように、戦えば元の世界に戻れると言う訳でもないようで、余計にティーダは戦う理由がないらしく、女神の言葉に応じる事に否定的だ。
フリオニールはそんなティーダの気持ちに共感しているようで、戦わずに済む道があれば良いのに、と考えており、ティーダと共にその方法を探してみたいと言っていた。
帰る方法についても、マーテリアが濁しただけで、何処かにあるのかも知れない、と。
セシルはと言うと、今回初めて召喚されたと思しき、ノクティスと言う青年が気になるのだと言っていた。
クラウドから見て、非現実的なファンタジー色の強いこの世界だが、どうやらノクティスにとっても感覚は同じようで、この世界の構造には戸惑いばかりであるらしく、一つ一つの事に驚いたり、また帰り道をマーテリアに聞いたりと、この世界のあらましについて判っていない事が明らかだ。
何処か青臭さが残る様子も相俟って、誰か説明の出来る者が傍にいてやった方が良い、と言うのは、クラウドも同意見だ。
ノクティスは最初に合流したウォーリアと共に行動するつもりのようだが、良くも悪くも言葉が少ない上、何処か常識的な知識に抜けた所があるウォーリアでは、世界のあらましを異世界から来た者に詳しく説明をするのは無理だろう。
なんでもノクティスは元の世界では一国の王子らしく、そう言った立場の近さも相俟って、セシルが説明役を引き受けるつもりのようだ。
他に共に時間を過ごす事が多かったのはティナとルーネスだが、ティナは既にライトニングと話をしており、ルーネスはヤ・シュトラと言う新顔の女性に付き添うと決めているようだ。
因みに殆どの戦士が面識がなかったシャントットと言う小柄な人物は、その可愛らしい井出達に反して、何か逆らい難い力を感じるので、触らぬ神に祟りなしと意図的に避けられている節がある。
彼女は彼女で、マイペースに塔の中を見回っており、この世界について戸惑いもないようなので、きっと気にしなくても大丈夫なのだろう。
かくて、現在最も目的がない───と言う訳ではないが、個人的な指標が立っていないのは、クラウドのみなのである。


「ティーダは自分の気持ちを整理する時間が必要だから、横から理論的な話で口を出されたくはないだろう。その点、フリオニールは優しいし面倒見も良いから、あそこの組はそれで良い。セシルは心配するだけ野暮だ。ノクティスは俺も気にはなるが……セシルとウォーリアなら、戦力的にも精神的にも、概ね問題ない。そう言う訳で、他に何処か人手が増えた方が良い場所があれば、其処に入れて貰おうと思ったんだが、迷子がいるならそっちを迎えに行こうかと思ってな」
「…じゃあ、あんたがジタン達と行ってくれ。バッツは俺が探しに行く」


 頑なに自分がバッツを探しに行く、と言うスコール。
話が堂々巡りしているな、とクラウドは頭を掻いた。


(俺としては、お前を一人で行動させる事の方が、また心配が増えるんだが……)


 それを言えばきっと怒るよな、と二年前に体験した闘争の世界での記憶を辿り、スコールの人となりを思い出しつつ思う。
目の前の少年は、あの頃よりは幾らか丸い雰囲気を帯びてはいるが、何処か背伸びしたがる空気は変わらない。
仲間を一人で探しに行こうと言うのは、以前のように極端に集団行動を嫌っている訳ではなく、危険を伴う可能性もあるから、自分がそれを引き受けようと言う気持ちから来ているのだろうが、それはそれでクラウドは心配だった。

 何せスコールは、一人で全てを背負い勝ちなのだ。
仲間に対してぶっきら棒な態度を取り、言葉は的を射てはいるが辛辣な事も多く、他人を突き放してばかりだが、その裏側には“危険は自分が引き受ける”と言う自己犠牲に似た意識がある。
事の効率を優先し、自分がそれに適している、或いは他のメンバーにそれは不適であると言う判断は必ずしも間違ってはいないのだが、スコールのその思考の根底には、他者に危険や責任を負わせる事に強い抵抗が存在している。
恐らくスコールは、バッツを探す為に誰か一人を行動させる事で、その人物が危険───混沌の軍勢からの襲撃等に遭う事を危惧しているのだろう。
それは自分も同じなのだが、『誰かに任せて後悔する位なら、自分で引き受けた方が良い』と言う結論で、自分が行くと言っているのだ。
この予想は、強ち的外れではない筈だ、とクラウドは考える。


(……お前は相変わらず、自分が誰かに心配されるとかは考えないんだな)


 思いながら、そう言えばこいつはまだ子供だった、とクラウドはこっそりと笑う。
自分が闘争の世界から帰り、現実に二年と言う歳月が経過している所為か、どうにも他の者との時間感覚が狂う。
スコールはあの出来事からまだ一年も経っていないと言った。
元の世界の記憶が手許にある事で、多少なり雰囲気も柔らかくはあるが、根本的な所が変わるには時間が短いのだろう。
クラウドとて、二年と言う時間が経ち、その間に自分を振り返り、他者を振り替えり、考える時間があったからこそ、今に至っているのだ。
元々、見た目や年齢よりも何処か幼い心を持っているスコールが、一朝一夕で成長出来得る筈もない。

 と、久しぶりに逢えた恋人が、変わらない事に安堵しつつ、今はそれでは宜しくない、とクラウドは思考を切り替える。


(悪いが、俺はお前を一人で行動させたくない)


 戦士であり、傭兵であり、その事にプライドを持っているスコールに、こんな心配は失礼かも知れない。
だが、それでもクラウドは、彼を心配せずにはいられなかった。


「スコール、お前がバッツの捜索を引き受けたいのは判るが、お前はあそこの三人と一緒に行った方が良い」
「……何故?」


 判り易く眉間に皺を刻み、不満を隠さない表情で問うスコール。
これにはクラウドも少々意外だった。
てっきり、無言のままで睨み、頭の中だけで愚痴めいた事を言うものだと思っていたからだ。
恐らく、頭の中は同じ事が始まっているのだろうが、それでも無言ではなく口に出して疑問をきちんと聞いてくれる辺り、クラウドの知らない所でスコールもやはり成長していると言う事か。


「何故、か。一番は、ジタンとの連携はお前が一番慣れていると言う所だが……後は、俺はどうにもライトニングに警戒されている気がするんだ」
「あんたがライトに?……そう言えば、あんたって確か、前の前の戦いの時は───……」


 蒼の瞳が窄められる。
微かに険の宿る瞳に、其処まで思い出されているか、とクラウドは苦笑を浮かべ、


「そう、俺は元々“あちら側”だった。それが前の戦いで、どうしてコスモスの側になったのかはよく思い出せないが……俺がライトニングと顔を合わせているのは、恐らく、前々回の時までだ。彼女がいたのもそれ位だった気がするし。その所為か、此処で最初に逢った時には、露骨じゃないが少し睨まれたような気がする」


 気がするのであって、それはクラウドが勝手に感じた妄想なのかも知れない。
クラウドと同じ立場は、ティナにも言えるからだ。
クラウドの記憶によれば、彼女は混沌の神に呼ばれた直後から、狂った道化師の操り人形にされていた。
クラウドはそんな彼女と、何も言わずにただ同じ時間を過ごしていた記憶があるので、彼女が始めは混沌側にいたのは確かだと言える。

 しかし、そのティナはと言うと、今はライトニングと話をしている。
和気藹々と言う訳ではないが、柔らかな雰囲気を持つティナに対し、ライトニングは特に警戒している様子はない。
今はジタンも其処に混じり、他愛もない話をしているらしく、ティナがくすくすと笑っている。
ライトニングは特に表情を緩める事はなかったが、空気は柔らかいように感じられた。

 ティナが平気なんだから、あんただって、と言いたげな瞳がクラウドへと向けられる。
しかし、ジタンとの連携については、スコールも納得している。
過去に何かと行動を共にする事が多かったから、彼の戦闘スタイルは頭に入っているし、素早さを売りにしたジタンの動きについていくには、クラウドよりもスコールの方が適している。

 戦術の話になると、スコールは理性的だ。
物言いたげな瞳は相変わらずだが、バッツを迎えに行く事に拘る様子はなくなった。
あと一押し、と判じて、クラウドは徐にスコールの手を握る。
ビクッと驚いたようにスコールの肩が跳ねるのを見て、接触が苦手なのは変わらない事に笑みを零し、顔を近付けて囁く。


「真っ当な理由はこれ位にして、本音を言おうか。────折角再会した恋人が、他の男と二人きりになりに行くなんて、我慢できる訳がないだろう?」
「……は……!?」


 唇が触れ合いそうな程の距離で囁くクラウドに、スコールはぽかんと口を開ける。
それからクラウドの言葉を理解して、馬鹿な事を、と逸らされる蒼。
その後、もう勝手にしてくれ、と投げ槍な言葉が聞こえ、これで割り振りは決まったとクラウドは笑った。