ドント・ミスアンダースタンド・ミー
スコール in ZCCで、タークス見習いと言うパロディ。


 宛がわれた“休暇”が表向きの言葉だけである事は、何となく感じていた。
ソルジャーの失踪事件が相次ぎ、その犯人が行方を眩ませていたソルジャー1stだと判明した頃から、会社内でソルジャーの立場は非常に危ういものになっている。
一連の事件は、一先ず終息の形を迎える事が出来たものの、崩れた信用はそう簡単に回復されるものではない。
特に、ソルジャー1stと言う存在が、単純に“強化兵”としてではなく、“危険因子”になり得る存在として認識された今、神羅カンパニー内でのソルジャーへの風当たりは強くなる一方だ。
ソルジャー部門を統括するラザードが上層部を宥めるよう努めてくれているが、その効果も大して上がってはいなかった。

 それでも一応、“休暇”は“休暇”である。
任務に追われてあちこち駆け回る事もないし、日がな一日コスタ・デル・ソルの浜辺でスクワットして過ごしていても良いのだ。
勿論、可愛い女の子を探しても良い────のだが。


(この状況でナンパは無理だよな〜)


 浜辺に立てたパラソルの下で、太陽のお陰で鉄板の如く熱くなった白砂にピクニックシートを敷き、其処に寝転がった状態でザックスは思った。

 コスタ・デル・ソルは神羅御用達の保養地であり、世界的にも有名なリゾート地である。
だから大抵、どのシーズンでも観光客で溢れており、時には神羅カンパニーのお偉方が目撃される事もある。
一社員であるザックスとしては、折角の休暇に、頭の固いお偉方に見付かりたくはない。
どうせ見付かるのなら、開放的な水着を着た美人秘書とかをお願いしたい。

 しかし、現実は冷たいもので、水着姿の美人秘書なんてものは何処にもいない。
頭の固いお偉方がいないのは幸いであるが、望んだものが傍にいないのは、なんとも虚しいものである。
じゃあ水着の美人は探せば良いではないかと言われるかも知れないが、それが出来ないから、ザックスはまた虚しいのだ。


(せめてなぁ……この子がもうちょっと大人だったら良かったんだけど)


 ピクニックシートに寝転がったまま、ザックスはちらりと隣を見た。
其処には、パラソルの下で膝を抱くように抱え、丸くなっている幼い面立ちの少女が一人。
部署は違うが、同僚の後輩に当たる人物で、何の因果か、今回のザックスの“休暇”について来た人物だった。

 少女の名は、スコール・レオンハート。
神羅カンパニーの暗部───諜報、調査、勧誘、誘拐、暗殺や要人護衛を主な仕事とする、精鋭部隊『タークス』に籍を置いている。
ただし、その立場は正式なものではなく、“見習い”としての籍であった。
歳の頃はまだ10代前半で、身長も伸び切っておらず、顔付も頬が丸みを持っていたりと、幼さが色濃く残っている。


(コブ付でナンパは無理だよなぁ。だからって置いてったら、後でシスネやレノに何言われるか)


 コスタ・デル・ソルは世界有数のリゾート地である。
だから沢山の人が集まり、その分、不埒な輩も多い。

 スコールは、白のパーカーと、ジーンズのホットパンツと言う格好をしていた。
パーカーの袖からは白く嫋やかな細い腕が伸び、解れたジーンズ生地の裾からすらりと伸びる太腿は、まるで白魚のように滑らかだ。
肌はまるで雪のように白く、強い陽の下に出たら、溶けて消えてしまうのではないかと思えた。
加えて、慣れないリゾート地の高い気温に参ってしまったのか、スコールの頬にはつぅと汗の玉雫が伝い落ち、口を半開きにして気だるげな吐息を零す様は、年齢と不相応に艶やかであった。
パーカーの前は閉じられており、開けてしまえばもう少し涼しくなって楽になるだろうに、と考えた後で、それはそれで不味いよな、とザックスは思った。


(……絶対、変な虫が寄ってくるだろ。でもって、シスネ達の事だから、スコールが俺と一緒にいる事も知ってるだろうし、スコールもきっと俺の事をあいつらに報告するだろうし。って事はだ。此処で俺がスコールを置いてって、スコールがナンパされたり、ロリコン的なおっさんに連れて行かれたりしたら、そういう事は全部あいつらに伝わって………明日にはコスタ・デル・ソルが廃墟になってるだろうな)


 神羅カンパニーの暗部を担うタークスの影響力は大きい。
各個人の戦闘能力は勿論の事、社長・副社長直々のバックアップがあるので、武力装備も並大抵のものではない。
ザックスは実際に、彼らが村一つ、街一つを地図から消すのを見た事がある。

 そんな彼らが溺愛するのが、スコール・レオンハートと言う、“見習い”籍の少女である。
タークスのリーダーであるツォンや、レノ、ルード、そしてシスネと言った神羅カンパニーきっての最強メンバーが、まるで姫のように可愛がっている。
その可愛がり振りと言ったら半端なものではなく、ほんのちょっと姿が見えなくなるだけで、メンバー総出で探し回る始末。
ザックスはそんな彼らを半ば呆れた目で見ている事が多かったのだが、


「……あつい……」


 隣から聞こえた呟きに、そりゃそうだろう、とザックスは思った。
幾らパラソルの下で直射日光は避けられているとは言え、熱波まで遮ってくれる訳ではないし、今日は潮風も拭いて来ない。
その状態で、スコールはパーカーの下にもシャツを着込んでいた。
ちなみに、昨日と一昨日に至っては、ボトムは薄手のスラックスと言う状態だった。
流石にこれは暑いと思って考えを改めたようで、今日になってようやくホットパンツに替えたようだ(それはそれで別の問題が浮上しているが、彼女はそれに気付いていないらしい)。

 もっと開放的な格好をすれば楽になるだろうに、彼女は頑なにパーカーを脱ごうとしなかった。
パラソルから出たら、更に篭るのが判っているだろうに、フードも被ってしまう。
折角のリゾート地に来て、何故そこまでガチガチに防御力を上げているのかと聞いたら、「日焼けしたくない」と言うシンプルな一言が返って来た。


(……まあ、女の子だしなぁ……)


 これには、気持ちは判らなくもない、とザックスも思った。
ザックスは日焼けだのシミだの雀斑だのと気にした事はないが、やはり女性にとって紫外線は肌の大敵である。
それに、スコールは雪のように白い肌をしているから、日焼けをすると黒くならず、肌が炎症を起こして赤くなるタイプかも知れない。
何れにしろ、年頃の女性が日焼けを嫌うのは理解できる。
けれども、それで熱中症にでもなられたら、其方の方が大事だ。

 仕方ない、とザックスは一つ溜息を吐いて、起き上がった。
それまで何をするでもなく寝転んでいた男が動き出したのを見て、抱いた膝をじっと見詰めていたスコールも顔を上げる。


「此処でじーっとしてても、暑いばっかだし。腹も減って来たし。其処のロッジに行こうぜ」
「……財布、持って来るの忘れた」


 暑さの所為だろう、見上げる青灰色の宝玉は、心なしかぼんやりとしているように見える。
うだる暑さに白旗状態なのは、誰の目にも明らかだ。
だから、財布云々と言うのも、恐らく、暑さで移動するのが面倒臭い事への体の良い言い訳なのだろう。

 しかし、ザックスはそんな事は気にせず、


「そんなの気にするなよ。俺が奢ってやるからさ」


 そう言ってザックスは、少女のダークブラウンの髪をくしゃくしゃと掻き回した。
柔らかい髪がぴんぴんと跳ねる。

 スコールがぶんぶんと頭を振るって、撫でる手を嫌がるように払った。
ザックスが手を放すと、じろりと睨んでくる双眸があったが、気にせずに細い腕を掴んで立ち上がらせる。
ふらふらと覚束ない足が落ち着くのを待って、ザックスは繋いだ手をそのままに歩き出した。




 山盛りになった焼き蕎麦を掻き込むザックスに向き合う位置で、スコールはかき氷を食べている。
鮮やかな赤色のシロップがかかった氷を、ゆっくり、少しずつ。


「……溶けちまうぞ?」


 口の中に入れていた焼き蕎麦を飲み込んで、ザックスは言った。
スコールは、さくさくと氷を崩していたスプーンストローを止めて、氷を見詰めていた目をちらと上目使いにザックスへ向けた。


「…一気に食べたら、頭が痛くなるだろ」
「ああ、キーンって奴?あれが面白いんだろ〜。きたきたーって感じするし」
「……」


 冷たいものを一気に食べた後の、頭に響くような感覚。
ザックスはあれを嫌いではなかったが、無理に体験するようなものではないのは確かだ。
スコールは沈黙してしばしザックスを見詰めた後、またストローでさくさくと山削りを再開させた。

 そのまま、二人はしばらく黙って食事をしていたのだが、ザックスが山盛りの焼き蕎麦を半分まで食べた所で、同じように───スタートの数値が違うので、同じと言うのも奇妙な話だが───半分までかき氷を食べたスコールが、食べる目的以外で口を開いた。


「あんた……泳がないのか」
「ん?」
「だから、その……泳がないのかって聞いてるんだ。あんた、今日も昨日も、ずっと浜辺でごろごろしてるか、スクワットしかしてないから」


 スコールの言っている事は事実である。
休暇の初日こそ、砂浜に海にとはしゃぎ倒したザックスであったが、翌日からそんな姿は形を潜めた。
浜辺で一心不乱にスクワットをしているか、ジュース片手にパラソルの下で寝転がっているか。

 折角の休暇、折角のリゾート。
他の海水浴客と同じように満喫すれば良いだろうと、スコールは言っているのだ。


「あー、いやー、うん。まぁ、そうだ、なぁ」


 がしがしと頭を掻きながら、ザックスは曖昧に返事をした。
そんなザックスの態度に、スコールは些か眉を潜めたが、かき氷を食んだだけで何も言わない。


(俺もそうしようかなーとは思っちゃいるんだけどなぁ。スコールを放っておく訳には行かないもんなー)


 “表向きの休暇”を存分に楽しむなら、スコールの事は気にしないに限る。
スコールは常にザックスの姿を追っているが、別にザックスが何をしていても、邪魔をする事はなかった。
時折、呆れたような視線が向けられているような気はしたが、そんなものはザックスが気に留めなければ良いだけの話だ。

 しかし、そうなると、この少女の保護は誰が勤めるのか。
彼女の上司・先輩───要するに保護者的立場の人間───は、此処にはいない。
彼女の知り合いはザックスしかおらず、そうなると、やはり自分が面倒を見ない訳にもいかないだろう、とザックスは思うのだ。
明日のコスタ・デル・ソルの平和の為にも。

 ザックスは、箸で焼き蕎麦を突きながら、ちらりと正面に座る少女を伺った。
かき氷のシロップの着色料が、少女が口を開く度に覗く舌を、より一層赤く染めているのが見えた。
それが時折、唇や指を舐め取るのが、なんとも─────


(いやいやいや!俺がそんな目で見ちゃってどうするよ!!)


 ぶんぶんと頭を振って思考を追い出すザックスに、スコールが首を傾げる。

 スコールのきょとんとした表情は、常の年齢以上に大人びた雰囲気とギャップがあって、そんな顔もするのか、とザックスに思わせた。
そうした少女の一面を垣間見る度、彼女がまだ幼い子供である事を実感させられる。


「ザックス?」


 溜息を吐いたザックスに、スコールが怖々と声をかける。
なんでもない、と言おうとしてザックスが顔を上げると、ひたり、と細くて白い手が額に当てられた。


「……熱いな」
「…そりゃあ、まあ。周りも暑いし」


 額に当てられているのがスコールの手だと気付くまで、少々の時間を要した。

 触れた場所から伝わる少女の体温は、冷たかった。
かき氷を食べていた所為もあるだろうが、元々彼女の体温は低い方だ。
先刻、手を繋いだ時も、やはり冷たく感じた。

 ちょっと気持ち良いな、と思っていたら、手が離れて行く。
少し「勿体ない」と考えている自分がいる事に、ザックスは気付いていた。
そんな自分に、違和感があるような、そうでもないような、────ぼんやりと考えていると、ずい、と目の前に何かの影が突き出された。


「……お?」


 ぱちりと瞬き一つして、よくよく見ると、それはスコールが食べていたかき氷のカップだった。
中身はもう殆ど溶けていて、底の方にシロップの中に幾許かの氷が浮いているだけになっていた。
それでも、氷が入っている分、シロップは冷たく保たれている。


「……あんたにやる。倒れられたら、面倒だし」
「いや、そんな心配される程のもんじゃねえって」
「いいから、やる。俺はもう良い。これ以上食べたら、腹が冷える」


 ああ、それは良くない、とザックスは思った。


(女の子が体冷やすのは良くないよなー)


 暑がっている様子のスコールの為に買ったかき氷だが、本人がもう良いと言っている上、体調的な事を考慮するなら、無理にこれ以上食べさせる訳にもいかない。

 ザックスが差し出されたカップを受け取ると、スコールは席を立った。
おい、とザックスが声をかけると、じろりと睨む蒼灰色。
不機嫌を滲ませる瞳に、ザックスが慄いたように言葉を失っていると、彼女はロッジの奥へと入って行った。


(……あ。シャワーとか…かな?)


 海には入っていないものの、熱気の所為でスコールは汗だくだ。
かき氷で冷えたとは言え、流した汗の所為で肌はべとついているだろうし、気持ち悪いのかも知れない。

 ザックスは、スコールから貰ったかき氷の残りを掻き込んだ。
残っていた氷を食べきった所で、米神にキーンと突き抜けるような痛み。


「っく〜!来た来たっ」


 米神を抑えながら、ザックスは痛みが引くのを待つ。
この感覚がどうにもクセになる。

 痛みが引いた後、残ったシロップを飲み干して、ザックスは残りの焼き蕎麦も平らげる。
空になった皿を通りがかりの店員に預けて、ザックスはピッチャーの水をグラスに注ぐ。
その横を水着の女性が2人、長い髪をなびかせて歩き去って行った。
その健康的かつ魅力あふれる体を、思わず目で追ってしまったのは、男の性と言うものだ。

 2人の女性はカウンター席に座って、トロピカルジュースを飲んでいる。
水着姿の彼女達の肌は、しっとりと濡れていて、恐らく海で一頻り遊んで来たのだろう。
伝い落ちる水滴は勿論の事、水着姿になっていると言うだけで、随分と開放的で涼しそうに見える。

 それに対して、────丁度ロッジの奥から戻って来た少女を見付けて、ザックスは目を細めた。
もう少し涼しい格好になれば良いのに、と。

 思った後で、


「………ん?」


 ロッジから出てきたスコールが、シャワールームに続く廊下を忌々しげに睨んでいる。
足取りも怒っているように早くなっていた。

 シャワールームに行く以前にも、スコールは不機嫌な顔をしていたが、露骨に怒ってはいなかった筈。
シャワールームで何かあったのかと、ザックスがその場でスコールが戻ってくるのを待っていると、廊下から出てきた2人の男がスコールに声をかけた。


「ね、いいじゃん。ちょっと付き合ってよ」
「しつこい。ついて来るな」
「そんなにつれなくするなって」


 男達がナンパ目的でスコールに声をかけていると言う事は、遠目に見ていたザックスにも、直ぐに判った。


(うーわー……予想通りっちゃー予想通りだけど)


 一人でいたらきっと……と想像してはいたものの、此処まで想像通りになるとは。
ザックスは軽い頭痛を感じながら、このままにしてはおけまい、と腰を上げる。


「ほんのちょっとだけだって」
「煩い」
「君みたいな子、1人でいたら危ないぜ?だから俺達がボディーガードしてやるからさ」
「そんなもの必要ない。鬱陶しい、さっさと失せろ」
「だからぁ、」


 一貫してけんもほろろな態度を取るスコールに、二人の男が焦れたように声を低くする。
男達の空気が変わった事に気付いたのだろう、スコールが眼光鋭く男達を睨み付ける。
それで男達が退いてくれるような、根性ナシなら良かったのだろうが、残念ながらそれは叶わなかった。
黒く日焼けした大きな手が、スコールの対照的な細い腕を掴む。


「そうツンケンするなってぇ」
「離せ、この…!」


 成長途中の、幼さの残る少女の力が、体格の良い男に敵う筈もなく。
振り払おうと腕を捩るスコールだったが、男達はにやにやと卑しい笑みを浮かべて、少女の身体に手を伸ばす。

 その腕を掴んで、ザックスは力任せに捻り上げた。


「いっ……ででででで!!」
「はいはい、その辺にしてちょーだい。じゃねえと、明日どころか今晩の飯も食えなくなるぞ?」


 ザックスの手の中で、丸太程はあろうかと言う太い腕が、ぎしぎしと軋んだ音を立てている。
もう少し力を入れて、ザックスが手首を捻れば、男の腕はあらぬ方向へ曲がってしまう事だろう。

 骨の痛みと共に悲鳴を上げる男を、不思議な虹彩を宿した碧眼が睨み上げる。


「見ての通り、こいつは俺の連れなんでね。ナンパなら余所行ってくれよ。これ以上付き纏うなら、腕一本じゃ済まない事になるぜ」


 これ以上、この少女に付き纏うつもりなら、男達の命はない。
比喩ではなく、本当の意味で。

 魔晄を宿した眼光に、男達が戦慄する。
男達が顔を引き攣らせたのを見て、ザックスは手の力を緩めた。
男はザックスの腕を振り払って、我先にと足を縺れさせながら逃げて行く。


「……ったく。大丈夫か、スコール」


 背中に庇っていた少女を振り返ると、彼女は自分の手首を掴んだ格好で俯いていた。
白い手首に、くっきりと手の形が赤らんで残っている。
どれだけ力任せに掴んでいたのか、とザックスは溜息を吐いて、俯いているスコールの顔を覗き込む。
すると、薄らと濡れた青灰色の瞳が其処にあって。


「────見るな!」


 怒号にも似た尖った声と同時に、ザックスの腹にスコールの足がめり込んだ。
腹筋の固さにはそれなりに自信のあるザックスだが、如何せん、無防備だったのが悪かった。
細身とは言え、的確に人体の弱点を突くようにと仕込まれているスコールの蹴りは、見た目に反して結構な威力がある。

 内臓に響くダメージに、ザックスは腹を抱えて蹲る。
食べたばかりの焼き蕎麦が逆流するかと思ったが、それは気合いで飲み込んだ。


「おま……!うっぷ…!」
「煩い!あんたが悪い!」
「心配したんじゃねーか……」


 痛む腹を宥めながら、ザックスはよろよろと立ちあがった。
スコールはザックスに背を向けて、ごしごしと目元をパーカーの袖で擦っている。
……それを見たら、ザックスはこの件でこれ以上スコールに文句を言う気はなくなってしまった。


(そりゃそうだよな)


 幾ら神羅カンパニーの精鋭部隊タークスに籍を置いているとは言え、まだ10代の少女なのだ。
大の男に囲まれて、怖くない訳ではあるまい。
シスネのように表面的にでも余裕のある態度が取れる程に経験を積んでいる訳でも、一貫して無視できる程に我慢強い訳でもない。
本気で振り払おうと思えば出来たのだろうが、下手に大騒ぎに発展させれば、彼女の保護者的立場であるタークスの面々に迷惑をかける事になる。
故に、暴れる訳にも行かず、無視も出来ず、どうすべきかと迷っている間に男達に迫られ、────ザックスが乱入してようやく解放された、と言った所か。

 いつも冷たく、時に強気に睨んでくる青灰色は、今は見れない。
背中を向けた少女の肩が小さく震えている。
ザックスはこっそりと、小さな笑みを浮かべて、ダークブラウンの髪をくしゃりと撫でた。


「人、多くなって来たから、そろそろホテルに帰るか」


 あんな不埒な連中が、またのこのことやって来る前に。
怖い思いをしたであろう少女を安心させるべく、ザックスは出来るだけ柔らかな声でそう言った。