ドント・イマジン・モア・ミーニング
『ドント・セパレート・フロム・ミー』の続き


 ザックスがスコールを連れて来た店は、富裕層の中でも大衆向けをターゲットにしており、高級感よりも素朴な雰囲気を前面に押し出している店だった。
料理やテーブルマナーも格式ばったものはなく、大皿で出てきた料理を各人で取り皿にとって食べる、と言った形を取っている。

 店内は賑やかな客の会話の声で溢れており、中には昼間からアルコールを入れている者もいて、スコールにしてみれば、少々騒がしい。
ザックスはそんなスコールを連れて、個室へと案内して貰った。
個室の作りは、先にザックスが言っていた通り、宴会などにも使われるであろう大きな部屋を間仕切りで仕切ったもの。
それでも、壁代わりの仕切りや、他のテーブル席とは分けられているお陰か、スコールも比較的落ち着く事が出来た。

 スコールは店に向かう前に言った通り、店の中で一番高いメニューを注文した。
とは言え、大衆向けで金額も低く設定されている店であるから、高いと言っても、高級レストラン等のメニューに比べれば、遥かに安価なものだ。
しかし、手の込んだ飾り切りや盛り付けは、見た目も確かに値段に見合うもので、味も十分。
ボリュームに関して言えば、スコールには少しオーバー気味だったので、スコールが食べていた料理の残りは、ザックスが代わりに平らげた。


「ふー、食った食った」


 店を出て歩きながら、ぽんぽんと満たされた腹を撫で摩りつつ、ザックスが言った。
スコールもいつも以上に膨れた気がする腹を撫でる。


「今日はもう何も食べたくない…」
「スコールにはちょっと多かったみたいだな。でも、美味かっただろ?」
「……悪くはなかった」


 スコールの言葉は素っ気ないものだったが、黙々と食べていた事や、表情が嫌がっていない事を思えば、気に入ってくれた事がザックスには判った。


「さてと。腹一杯になったし───……どうする?」
「…どう…?」


 ザックスの言葉に、スコールがことんと首を傾げる。
どうするって何を、と無言で問う青灰色に、ザックスは眉尻を下げて言った。


「ほら、飯は食っちまったけど。今直ぐ帰っても、また暇なんじゃねえかなーと思ってさ」


 それは確かに、とスコールも納得した。
暇潰しも兼ねて誘いに応えた昼食は、これで終わり。
しかし、このまま神羅カンパニーのビルに戻っても、スコールはする事がない。
出掛ける前と同じように、一人時間を持て余し、何をするでもない時間を延々と過ごすだけ───それこそ無駄な時間だ。

 かと言って、あまり自分で外に出向かないスコールに、街にあるもので興味を引くようなものはなく。
もう帰って寝倒してしまおうか、と半ば自暴自棄気味にスコールが思っていると、


「な、スコール。あそこ、寄って行かないか?」


 あそこ、と言ってザックスが指差した先には、ショッピングモールへの入り口がある。
電飾でデコレートされた看板が光り、若者達が出入りしているのが見えた。


(…明日、多分、あそこに行くよな…)


 明日のシスネの買い物のルートには、きっとショッピングモールも入っているに違いない。
と言うよりも、メインのルートは此処だと見て良いだろう。
シスネが好きなファッションブランドを扱っているブティックも入っているし、スコールが贔屓にしているアクセサリーブランドの直営店もある。
シスネとの買い物で、このショッピングモールに行かない手はない。

 明日も行くのに、今日行く必要はない。
とは思うが、明日のスコールの予定をザックスが知る訳もないので、彼はスコールの暇潰しの為に、良かれと思って提案しているのだろう。


(見るだけ…)


 明日、シスネに買って貰う予定のアクセサリーが置いてあるのか、雑誌で見た新作デザインを直接目で見て確かめるだけでも良い。
とにかく今日は時間を潰す事が第一なのだ。


「……行く」
「おっ」
「見るだけ」
「判ってる、判ってる。でも、気になるものがあったら遠慮なく言って良いからな」


 そう言って嬉しそうに歩き出すザックスの背中を追いながら、単に自分が行きたかったのではないだろうか、とスコールはひっそりと思う。
しかし、後ろをついて来るスコールの存在を確かめるように度々振り返るザックスに、その思考は追い出した。

 ────それにしても、とスコールはふとした疑問を浮かべる。


(こいつも暇なのか…?)


 ソルジャー部門は現在、統括していたラザードが行方不明になり、その前に起こっていた1st失踪事件と合わせ、会社内からかなり風当りがきつくなっていると聞く。
今は古株であり、1stであるセフィロスが統括変わりを務めていると言う。
ならば、同じ1stである筈のザックスも多忙なのではないかと思うのだが、こんな所で油を売っている所を見ると、それ程忙しくはないのかも知れない。

 何処かうきうきとした足取りのザックスを追いながら、スコールはぼんやりとそんな事を考えていた。
そんなスコールの前で、ザックスが不意に立ち止まる。


「…ザックス?」


 ザックスは、通路の脇に並んだ店舗の一つをじっと見詰めていた。
スコールがその視線を追うと、ファンシーショップと言うのだろうか、パステルカラーで彩られた世界が広がっている。
どちらかと言えば女性客をターゲットにしているであろう店の前で立ち止まったザックスに、こういうのが好きなのか?とスコールは首を傾げた。
人の趣味にとやかく言うつもりはないが、ソルジャーと言う、どちらかと言えば武骨そうな男と、ふわふわとした可愛らしいグッズ類は、なんともミスマッチに思えてならなかった。

 もしも好きなら、寄ってみたいのかも知れない。
女性客の姿が目立つファンシーショップに、男一人で入るのは少し勇気がいる事だろう。
でも、今ならスコールがいるから───ザックスのあの“勘違い”が今も続いているのなら、ザックスにとって、堂々と店に入る良いチャンスと言える。

 ザックスの勘違いについては、色々と癪になる事もあるが、今日は昼食も奢って貰ったし、暇潰しに付き合って貰っている恩もある。
ただ店に入って歩き回る位なら、付き合っても良いだろう。
等と考えていると、


「スコール。此処、寄ってくか」
「……」


 やっぱり来た、とスコールは思った。
“勘違い”をしているザックスに、知らず眉間に皺が寄ったが、今日は口を噤む事にする。

 ザックスは、何も言わないスコールの手を引いて、店舗に入った。
所狭しと並んだ、可愛らしい動物やキャラクターのぬいぐるみ、クッションが二人を迎え入れる。
他にも、ピンクや水色、黄色などのパステルカラーのハートをあしらった小瓶に入った香水や、アロマキャンドル、メイク用品など、様々な商品が並んでいる。

 自分達がいるには、場違いな場所だ、とスコールは思った。
きょろきょろと辺りを見回すザックスは言わずもがな、タークスの制服である黒衣のスーツを着ている自分も、この可愛らしい空間で浮いている。


「えーと……」


 だが、ザックスは落ち着かないスコールの様子に気付かず、店の中を進んで行く。
スコールは、周囲からちらちらと自分達に向けられている視線がある事に気付いていた。
目立ちたくないスコールにとって、これは針の筵も同然である。

 ザックスが足を止めたのは、アクセサリーが並ぶスペースだった。


「おっ。これ、結構いいな」


 そう言ってザックスが手に取ったのは、白い花をアクセントにした、小さなヘアピン。
そんなもの買ってどうするんだ、とスコールが溜息を漏らして呆れていると、


「スコール、ほら、これ。見てみろよ」
「…見えてる」
「こっち来て見てみろって」


 距離を取っていたスコールを、ザックスは手招きする。
スコールは仕方なく、ザックスの傍へと歩み寄った。

 人一人分のスペースを開けてスコールが立ち止まると、焦れたようにザックスが近付く。
思わず後ずさりかけたスコールだったが、ザックスの腕が伸びる方が早かった。
ザックスはスコールの濃茶色の前髪に、白い花を宛がう。


「おお、似合う似合う」
「───っやめろ!」


 ばしっ、とスコールはザックスの手を打ち払った。
眦を吊り上げて睨めば、魔晄の碧色がきょとんとした表情でスコールを見下ろしている。


「こういうの、好みじゃないか?」
「好みだとか、好みじゃないとか言う問題じゃない。何度も言っているだろう。俺を女扱いするな!」


 眉尻を吊り上げて声を荒げたスコールに、ザックスは困ったように眉をハの字にする。
そんな顔をしたいのは自分の方だ、とスコールは思う。

 ───ザックスは、スコールを“女”だと勘違いしている。

 スコール自身、自分が年齢の割に細身で、男と言うには華奢である事に自覚があった。
幼い頃は、シスネやレノに女児と変わらぬ格好をさせられ、「似合う」「可愛い」と言われた事もある。
だが、スコールは正真正銘の男であって、自意識も明確になった今、己が男である事にプライドを持っている。
しかし、そんな心の成長とは裏腹に、身体的な男らしさにはどうにも恵まれていないらしい。
それでも、男女の境が曖昧な年齢は脱しており、成長期の真っ只中である事から、これから鍛えればレノやルードのように男らしい体つきになれる筈だと信じている。

 そんなスコールを、ザックスは、出逢った当初、「お嬢ちゃん」と呼んでいた。
それは今から一年ほど前の話で、スコールが今よりも華奢で、背も低い時だった。
それに加えて、レノがスコールを「お姫様」と呼んでいるのを聞いて、益々ザックスの勘違いは深まってしまった。
スコールが断固として嫌がったので、「お嬢ちゃん」と呼ぶ事は改めたものの、彼の根本的な勘違いは訂正されていない。

 スコールは何度も自分が女ではない事を主張しているのだが、ザックスはそれを、思春期の一種の反発心程度にしか思っていないようで、真剣に受け取らない。
任務によって、スコールとザックスがコスタ・デル・ソルのホテルで一週間の同居生活となった時も、彼はずっとスコールを女性として扱い、スコールが自分の前で服を脱ごうとすると、大慌てでそれを制し、部屋の外に出て行くと言う徹底振り。
一度トラブルでシャワーを浴びているスコールの所にザックスが入って来た事があったが、それでも尚、ザックスの勘違いは直らなかった。

 業腹な話であるが、スコール自身、女扱いされたり、子供扱いされたりと言うのは、よくある事だった。
スカーレットやハイデッカーにはいつも子供扱いされて馬鹿にされるし、パルマーには女と勘違いされてセクハラされた事もある。
リーブも出逢った時はスコールを女だと思っていた。
最も、リーブについては、今ではスコールを男だと信じており、それ相応に接してくれる(子供扱いはされるが、悪意のあるものではないので、スカーレットやハイデッカー程気にはならない)ので、彼に対しては特に反発心染みたものはない。

 初対面の人間には、必ずと言って良いほど、女だと勘違いされる。
腹は立つが、それを訂正しても中々信じて貰えないので、最近は閉口する事も増えた。
もう少し身長が伸びて、筋肉もついて、声変わりも始まれば、女だと勘違いされる事もない筈だ。
だから最近のスコールは、その日を今か今かと待ち侘びて、周りの勘違いについては黙殺する事にしていた。

 ……しかし、何故だろうか。
ザックスの勘違いだけは、どうにも無視する事が出来ない。
女扱いされる事は勿論、子供扱いされるのも、酷く癪に触る。

 暇潰しに付き合って貰った恩から、今日は勘違いについては口を出すまいと思っていたスコールだったが、今のは我慢が出来なかった。
可愛らしい花のヘアピンが似合うだなんて、スコールにはとんだ屈辱だ。
ザックスに悪気がない事は判っているが、それだから余計に性質が悪いと思う。

 苛々とした表情で睨むスコールの瞳には、怒りと悔しさが綯交ぜになっている。
しかし、そんなスコールに対して、ザックスは相変わらずの反応しか返さない。


「そう言う事言うなって。よく似合ってるからさ」


 ぽんぽん、と大きな手がスコールのダークブラウンの頭を撫でる。
スコールは噛み付かんばかりの凶暴な眼で、ザックスを睨んでいた。


「だから、止めろって言ってるだろう。俺は女じゃない」
「じゃあさ、これとかどうだ?猫ついてんの。可愛いじゃん」


 黒猫をあしらったヘアピンは、確かに、可愛らしいものだとスコールも思う。
思うが、そんなものを身に付けたいとは微塵も思わない。

 眉尻を吊り上げたまま、睨み続けるスコールに、これも違うか…とザックスは呟いて、商品を棚に戻す。


「ヘアピン、嫌いか?」
「……」
「あ、ピアスの方が良いか?スコール、いつもピアスしてるもんな」


 ザックスの手が伸びて、スコールの耳にかかる横髪を除け、白い耳朶に指先が届く。
其処には銀色の小さなピアスがあって、ザックスの指先はそれに触れていた。
その指が、微かにスコールの耳にも触れていて、太く少しかさついた感触と、ほんのりと伝わる体温があって、────どくん、と何かがスコールの内で跳ね上がる。


「────おわっ!?」


 どんっ、とスコールの両手がザックスの胸を押した。
思わぬ事にザックスが後ろに蹈鞴を踏み、スコールの耳から彼の手が離れる。

 ふらふらとバランスを保とうとするザックスから、スコールは逃げるように歩き出した。


「おい、スコール!」


 広くはない通路を、走るように通り抜けて行ったスコールを、ザックスが呼んだ。
しかし、スコールは立ち止まらず、振り返る事もしない。

 耳が、異様に熱くなっているような気がした。
それも、ザックスの指が触れていた場所だけが。
それに触発されたように、頬も首も熱くなって行く気がして、更には頭が沸騰したかのよう。
胸の内はどくどくと煩い鼓動が鳴り、口から心臓が飛び出してしまうのではないかと思った。
どうしてそんな事になっているのか、スコールには判らない。
ただ、ザックスの傍にいてはいけないような気がして、頭で考えるよりも先に、彼の下から逃げ出していた。

 帰ろう。
もう帰ろう。
暇潰しは十分出来たし、いつまでも外を歩き回っていても疲れるだけだ。
シスネ達が帰ってきた時の為に、コーヒーでも作って、それが済んだら、雑誌を見て、明日シスネに買って貰うシルバーアクセサリーを選ぼう。
シスネの事だから、明日はきっと色々なものを買うだろうし、彼女に付き合う為にも、体力は温存しておくべきだ。
だから、帰ろう。

 足早にショッピングモールの外へと向かうスコールだったが、後ろから呼ぶ声に、びくっ、と細い肩が揺れた。
近付いて来る気配から逃げようとするように、走り出しかけた体が、腕を掴まれて引き留められる。


「待てって。揶揄ってた訳じゃないんだって、怒るなよ」


 腕を掴んだのは、他でもない、ザックスの手だった。
痛い程ではないけれど、確りとした力に捉まえられて、スコールが叶う筈もなく、止むを得ず逃げるのを止める。

 俯いたまま振り返らないスコールに、ザックスは困ったように眉尻を下げて頭を掻いた。


「その……ごめん」
「何が」
「何がって…えーと……」


 何に対して謝っていたのか、ザックスも判っていないらしい。
スコール自身も、何に対して謝って欲しいと思っているのか、自分でも判らなかった。


「なんか、その…あれだ。嫌な思いさせたみたいだったから、それは、本当に悪かった」


 そう言ったザックスの声は、真摯なものだった。
はっきりとした理由は判らずとも、スコールに不快な思いをさせた事を、彼は心から悔いている。

 スコールは、逃げようと強張らせていた体から力を抜いた。
それを感じ取ったのか、スコールの腕を掴んでいたザックスの手が解かれる。
離れて行く熱を無意識に追い駆けようとして、スコールは自分の腕を背中に隠して押し留めた。


「……」
「まだ怒ってるか?」
「……別に……」
「そっか。ありがとな」


 是とも否とも言っていないが、ザックスは好意的な方向で受け取ったらしい。
くしゃくしゃと頭を撫でられて、スコールは眉根を寄せたが、振り払う事はしなかった。
なんとなく、出来なかった。

 ザックスは一頻りスコールの頭を撫でると、背を屈めて、俯いているスコールの顔を覗き込んで言った。


「嫌な気分にさせちまったお詫びって事で、何か欲しいものないか?買ってやるよ」
「……」
「さっきの店…は趣味じゃないんだっけ。じゃあ、えーと……」


 欲しいものなんかない、と何度も言っているのに、ザックスはどうしてもスコールに何かを買い与えたいらしい。

 きょろきょろと辺りを見回すザックスに、スコールもそっと顔を上げる。
周囲には、ブランド服やバッグ、雑貨などを売っている店舗が沢山散りばめられている。
しかし、並んでいる店の殆どはレディースもので、男のスコールが気を引くようなものはない。
場所を変えた方が良いかな、とザックスが呟いた。
その方が良いかも知れない、とスコールも思ったが、とある店と店の隙間にある、他の店舗の半分もない小さなスペースに、嵌め込むようにして掲げられている店を見付けて、あ、と思わず小さな声が漏れた。


「スコール?」


 ふら、と誘われるように歩き出したスコールに、ザックスもついて行く。

 小さなスペースに宛がわれていたのは、シルバーアクセサリーの店だった。
他の店に比べて、ひっそりと、まるで隠れるように存在しているその店を、スコールは見た事がなかった。
前に来た時はなかった筈、と店の中を覗き込んでいると、


「こんなトコにこんな店あったのか。知らなかったな」


 どうやら、ザックスも初めてこの店を見たらしい。
最近入ったものだろうか。

 いらっしゃいませ、と髭を蓄えた若い男が、店の奥から声をかけた。
スコールはその声を気に留めず、並べられたアクセサリーに目を向ける。


(あ)


 リングケースに陳列しているものを見て、スコールの瞳が輝く。
其処には、スコールが好んで集めているブランドのリングが置かれていた。
それも、既に生産が終了していて、もう手に入らないだろうと諦めていたもの。

 失った宝物を見付けたかのように、じっと指輪を見つめるスコール。
その隣に立ったザックスは、スコールの視線を追って、


「これか?」


 ザックスの指が、スコールが見詰めていた指輪を指す。
それを見て、スコールははっと我に返った。


「あ……」
「こういうのが好きなのか」


 ふぅん、と言って、ザックスは指輪をリングボックスから取り出した。
天井のライトに翳し、まじまじと指輪を見つめるザックスに、スコールはいや、とか、あの、とか途切れ途切れの言葉を紡ぐ。

 このブランドは、値段はピンからキリまであるが、限定品や、特別細工の凝ったものは、それ相応の値段になる。
タークスはその仕事内容に見合った給料を貰っており、“見習い”であるスコールも給金を与えられてはいるものの、その額はシスネ達からの“小遣い”と言うのが正しく、高額ブランドを気軽に買える程、懐に余裕がある訳ではない。
だからシスネやレノが“ご褒美”と称して、何か好きな物を買ってくれると言う話になった時、真っ先にシルバーアクセサリーが頭に浮かぶ。
それでも、特に高いものを可惜に強請れる程、スコールは図太い神経をしていない。
───相手が身内であるタークスメンバーでもないともなれば、尚更。


「ザックス、それ、」


 見ていただけだから、と言おうとしたスコールだったが、ザックスは聞かなかった。
ザックスは指輪を握って、店奥の店員の下へ向かった。


「これ、宜しく」
「ありがとうございます。サービスで、リングの内側に名前を彫る事が出来ますが、どうされます?」
「どうする?スコール」


 カウンターで振り返って訊ねて来たザックスに、スコールは慌てて駆け寄る。


「ちょっと待て。俺、それが欲しいんなんて言ってない」
「ん?じゃあ別の奴だったか?」
「いや……そうじゃなくて」
「なんだ、遠慮してんのか?気にするなって言っただろ。これでも一応、1stなんだから、これ一個買う位どうって事ないって」


 くしゃくしゃと頭を撫でられて、スコールは閉口した。

 正直な気持ちを言うと、凄く、欲しい。
だが、指輪につけられていた値段票に記されていた数字は、おいそれと簡単に手が出せるようなものではなかった。
だから、ザックスが買ってくれると言うのは、本当はとても嬉しいのだけれど、そんな高い物を他人に買わせるのは…と言う罪悪感にも似た気持ちが頭を擡げる。

 そんなスコールの葛藤に気付く様子のないザックスは、店員と気楽に会話をしている。


「やっぱ彫った方が、世界に一個って感じするよなぁ」
「そうですね。ただ、刻印をしますと、サイズ違いでの取り替えが出来なくなってしまうので、それだけご了承して頂きたく…」
「これ、サイズ違いあるのか?」
「一点だけですが、ありますよ。これより大きいものなんですが」
「うーん……スコール、ちょっと手ぇ貸して」


 ザックスの手がスコールの手を捉まえ、持ち上げる。
何、とスコールが目を丸くしている内に、ザックスはスコールの中指にリングを通した。
スコールの手を握るザックスの手は、手に巻かれた包帯に触れないように、柔らかな力をしている。
指輪は、まるで誂たかのようにスコールの指にぴったりと嵌る。
ザックスは、指輪をしたスコールの手を店員に見せた。


「どうだ?」
「落ちたりはしませんか?」
「大丈夫じゃねえかな。隙間もないし」
「抜く時はどうですか?」
「んー……あれ、ちょっときついか?」
「では、他の指はどうです?」
「…おお、此処なら平気だな」


 ザックスの指に誘われて、軽い抵抗感の後、するり、とスコールの中指からリングが抜け、隣の指へ。
スコールは、何処か他人事のように、自分の指にリングがもう一度嵌められ、そして抜き取られて行くのを見詰めていた。

 大丈夫そうですね、と言う店員の言葉を聞いて、ザックスはリングをカウンターに置いた。


「刻印にする名前を、此方にお願いします」
「はいよ。ほい、スコール」
「え……」


 差し出された紙とペンを、ザックスはスコールへと渡した。
反射的に受け取った後で、スコールは戸惑った顔でザックスを見上げる。
その顔が遠慮から来ているものだと察して、ザックスはにかっと歯を見せて笑い、


「良いから書けって。俺、もう買ってやるって決めたから」


 スコールが断っても、指輪は買って、スコールに贈る。
そう決めていると言うザックスに、スコールは眉根を寄せた。
が、ザックスがそう決めているなら仕方ない、と誰に対してか判らない言い訳を胸中で呟いて、スコールは手に持っていた紙に自分の名前を書いた。


「文字は13文字までが限界なので、名字はイニシャルになりますが、宜しいですか」
「……ん」
「良いってさ」
「ありがとうございます。では、先にお会計をさせて頂きますね」


 店員がレジを打ち、改めて表示された金額に、スコールは本当に良かったのだろうか、と今更ながら思案する。
しかし、ザックスの方は平静とした表情で支払いを済ませている。

 それから10分弱を店内で商品を眺めて過ごした後、刻印の出来上がった指輪を受け取って、店を出た。


「ほら、スコール」


 ザックスが指輪の入っている小さな袋を差し出す。
スコールは、おずおずとそれを受け取って、そっと中を覗き込んだ。
黒のシンプルなリングケースを取り出し、蓋を開けてみる。
銀光がひらりと閃いて、スコールの蒼灰色の瞳の中で、それは星のようにきらきらと輝いていた。

 スコールは指輪をケースから抜いて、リングの内側の刻印を覗き込む。
細い指に通すと、少し厳つく見えるデザインであったが、スコールは気にしない。
それよりも、欲しくて仕方がないのに諦めていたものが手に入った事が嬉しくて仕方がなかった。

 アクセサリーの光よりも、きらきらと輝いている青灰色を見て、ザックスは小さく笑みを浮かべる。
いつも年齢よりも遥かに落ち着いた態度を取っているスコールが、まるで小さな子供のように喜んでいる。
判り易くはしゃぐ事こそないものの、言葉以上に雄弁に語る瞳を見ていれば、スコールの心が如何に喜びに打ち震えているかが判る。


「…あの……ザ、ザックス…」


 スコールは、指輪に視線を落としたまま、口を開いた。
ん?とザックスが先を促すように返事をすると、


「……あ、ありが、と、う……」


 そう言ったスコールの表情は、俯いていて長い前髪が目元を隠している所為で、ザックスが伺い知る事は出来ない。
しかし、白い耳が酷く赤くなっている事に気付いて、ザックスは無性に照れ臭さくなった気がした。