何もかもが初めての


 幼い頃から一緒に過ごしていると言っても、その記憶の大半は、深淵に埋もれてしまって思い出す事が出来ない。
特にスコールの場合、ジャンクション能力を使用している為、些細な記憶の殆どは霞んでしまい、完全に忘れている所も多かった。
サイファーの場合、自身がジャンクションを好まない事もあって、必要な時───例えば試験等のような、使用しなければならないと定められている場面───を除いて、G.Fとのリンクを切っている為、スコールよりは鮮明な記憶が残っている。
が、やはり時間の流れと言うものは避けようがなく、部分的な欠如があるのは否めない。

 それでも、物心つく以前から続く、因縁の関係である。
生活する場所がバラムガーデンに移ってからも、二人の距離は酷く近いものであった。
だから彼等が持つ思い出は、共通しているものが多い筈だった。
しかし、その記憶を有しているのは専らサイファーのみであり、スコールはジャンクションの影響で、彼の言う思い出を殆ど思い出す事が出来ない。
だから、スコールが経験がないと思うような事でも、実は幼年の頃に体験した事があり、サイファーは経験した事があると言う場面も少なくなかった。
記憶は経験の積み重ねと同じで、その厚みの差が当人の行動を左右する事も多い。
その点でサイファーは、自分が一つ年上であると言う意識もあって、スコールに比べ、経験豊富と言う自信があった。

 その延長からか、それともサイファーの生来のガキ大将気質からか。
サイファーは先陣を切るようにして、物事を決め、半ば強引に周りを引っ張っていく所がある。
スコールはと言うと、その後ろをついて行く事になるパターンが多い。
そうした一面を見てか、サイファーは常に、自分はスコールよりも前にいるべきだと言う意識があった。
そんなサイファーにスコールも反発や対抗意識を持たない訳ではなかったが、自分が彼のような、他人を強く引っ張って行ける性質ではない事は自覚している。
だから、記憶云々の件はともかくとして、自分よりもサイファーの方が、様々な経験をしていると言う指摘について、異論はない。

 ないが、こんな事はサイファーでも経験していない筈だ、と思う。



 ぎしり、とベッドの軋む音が鳴って、スコールは緊張していた肩を震わせた。
一枚壁の向こうでは、シャワーの音が響いており、其処にはすったもんだの末に恋仲となってしまった男がいる。
男の入浴中のシャワーの音など、意識するのも可笑しな話だが、今日のスコールには仕方のない事だった。

 これからスコールは、サイファーと肌を重ね合う。
そう言う約束を、彼としていた。

 魔女戦争を終えてから、恋人同士になって、それなりの時間が流れている。
ほんの数ヶ月前まで本気で殺し合っていたライバルと、こんな関係になっている事に首を傾げつつも、概ね充実した日々であった。
仕事に忙殺される事には辟易するが、リノアやセルフィに息抜きと称してバラムの街まで連れ出されたり、サイファーやゼルと訓練施設でアルケオダイノス狩で勝負したりと言う具合だ。
その傍ら、寮に戻ると、サイファーとキスをしたり、二人で酷く穏やかな時間を過ごしている。
何もない、緩やかな時間と言うものが、スコールは苦手だったのだが、最近はそんな日も悪くないと思えるようになった。
これは大きな変化であり、良い傾向だと言えるだろう。

 しかし、サイファーは些か不満があったらしい。
スコールと恋人同士となって以来、二人の付き合いは極めて清いものであった。
触れる事と言えば、キス以外には殆どなく、手を繋ぐだけでスコールが退いてしまう。
スコールが人一倍人目を気にする性格である事や、他者の体温と言うものを苦手に思っている事は、サイファーも知っている。
それでも触れたい、と思うのが恋人ってもんじゃないのか、とサイファーは言った。
その時の必死なサイファーの顔に、スコールは殆ど飲み込まれてしまい、彼の「明日、セックスするからな」と言う明け透けな一言を拒絶するのも忘れてしまった。

 それから二十四時間弱が経ち、今へと至る。

 先にシャワーを浴びたスコールは、脱衣所でサイファーと擦れ違う時、彼の顔が見れなかった。
自分がどんな顔をしているかも見るのが怖かったので、シャワールームでは鏡を見ないように努めていた。
それでも判る程、今の自分の顔は熱くなっている。


(こう言う時、どう言う顔で待ってれば良いんだ…?)


 ベッドの端に腰かけた状態で、スコールはまんじりともしない時間を過ごしていた。
シャワーの音を意識する度、さっさと出て来いよ、と思うが、永遠に出てくるな、とも思う。
しかし、そもそも此処はサイファーの部屋である。
これから起こるであろう展開を本気で拒絶するのなら、サイファーがシャワーを浴びている間に、自分の部屋に帰って閉じ籠れば良いのだ。
いや、先ず最初からこの部屋に来る事なく、自分の部屋で眠ってしまえば良かったのである。

 結局の所、自分も望んでいるのだろうか。
そう思うと、スコールは顔が余計に熱くなるのが判った。
酷く不似合いな事を考えているような気がして、スコールは頭を振って思考を追い払おうとする。


(余計な事は考えるな。此処まで来たら、もう腹を括るしかないんだ)


 自分の心の在り処については、考えるだけ不毛な螺旋を周りそうなので、振り切る事にする。
それより、目の前に迫っている問題の方が大事だ。

 シャワーの音が消え、バスルームのドアを開閉する音が聞こえた。
途端、解れかけた緊張が再び襲い掛かってくる。
スコールは膝の上で握った拳に力を籠めて、努めて無表情を作った。
……が、そんな努力も呆気なく壊すのが、スコールのよく知るサイファー・アルマシーと言う男である。

 寝室に戻って来たサイファーは、ベッドの端に座ったまま動かないスコールを見て、口端を上げた。


「なーに緊張してんだ?」
「……誰が」
「お前だ、お前」


 心なしか嬉しそうなサイファーの声に、スコールの眉間に深い皺が刻まれる。
じろりと蒼が睨んだが、サイファーは応えた様子もなく、湿った髪をタオルでわしゃわしゃと拭いていた。

 サイファーはスコールの隣に腰を下ろして、しばらく髪を拭いていた。
小さな水滴が散るのを横目に見て、ちゃんと乾かしてから出て来いよ、と思ったスコールだが、自身も濡れた髪を不精にして過ごす事はよくある。
それを見たサイファーから、風邪ひくからちゃんと拭け、と乱暴に頭を拭かれたのは、一度や二度ではない。
下手に突いて返り討ちを食らいたくはないので、睨むだけに留めた。

 一頻り髪の水分を拭った後、サイファーは濡れたタオルを肩にかけた。
乾かしたばかりの金色の髪を、厚みのある手ががしがしと掻く。
不自然な沈黙が空間を支配するのを感じて、スコールは首を傾げる。
なんだ、この静けさは───と隣の男を見れば、丸い耳が、湯で温まったからと言うには些か不自然な赤みを灯している事に気付いた。
その理由をなんとなく察して、スコールの耳が伝染したように赤くなる。


(なんでそんな風になってるんだよ。あんたが言い出した事じゃないか)


 理不尽と言えば理不尽な怒りをこっそりとぶつけつつ、サイファーがあたかも自信満々な様子ではない事に、スコールは密かに安堵した。

 取り敢えず、どうやって口火を切ろう。
そんな事をスコールが考えていると、確りとした腕がスコールの肩へと回された。
抱き寄せるように力を籠めて引き寄せられ、スコールの頭がサイファーの肩にぽすっと乗る。
密着した体温に、俄かにスコールの顔が赤らんだ隙に、サイファーの唇がスコールのそれに押し付けられる。


「んっ……!」


 判ってはいたが、しかし唐突と言えば唐突な事態の動きに、スコールは目を瞠る。
ぬる、としたものが咥内に滑り込んで来て、びくっとスコールの肩が跳ねた。
身を捩ろうとすると、それよりも一瞬早く、強い力で体を抱き締められて、身動きすら出来なくなる。


「ん、ん……っ」


 ゆっくりと歯列をなぞられて、ぞくぞくとしたものがスコールの背を奔った。
どうにも慣れない感覚に、口付けられたままでスコールは頭を振ったが、サイファーは解放してはくれない。
咥内に侵入した舌は、スコールの舌を絡め取り、執拗なまでにくすぐって刺激を与えていた。

 キスに夢中になりながら、サイファーはスコールの肩を押した。
背中が柔らかいものに落ちたのを感じて、キスの愛撫で茹りかけていたスコールの理性が戻って来る。
はっとなったスコールは、自分の上に馬乗りになろうとしている男を慌てて押し返した。


「ちょっ、ちょっと待て!」
「あぁ?」


 ストップをかけたスコールに、サイファーは頗る機嫌の悪い声で反応した。
碧眼が凶悪さを滲ませているのが判ったが、それで怯む程スコールは小心ではないし、何より、このまま事の流れに身を任せるのは、スコールのプライドが赦さなかった。


「ひょっとして、俺が下なのか?」
「………はあ?」


 苦い表情で問うスコールに、サイファーは間の抜けた声を漏らした。
目を丸くするサイファーに、こうなると子供っぽい顔だ、と現状と関係ない事を考える。

 サイファーは数瞬停止していたが、その隙にスコールが体下から抜け出そうと試みているのを悟ると、素早くスコールの両肩を掴んでベッドに抑え込みにかかった。
ちっ、と舌打ちするスコールに、サイファーが米神に青筋を浮かべながら確かめる。


「なんだよ。不満なのか?」
「不満も何も、俺は男だ」
「知ってる」
「なのに、なんで俺が抱かれる方だって勝手に決まってるんだ」
「俺がお前を抱きたいからだ」


 きっぱりと言い返された言葉に、スコールの白い頬が赤くなる。
が、スコールは直ぐにそれを振り払って、


「俺の意見も少しは聞けよ。勝手に決めるな」


 スコールとて、男である。
性交渉の相手が同性である事については、今更言及してもどうにもならない事なので、良しとしよう。
だが、その際の役割分担については、スコールとしても色々と考えたい所があった。
どちらかが女役を担わなければならないのは仕方がない話だが、それを一方的に自分に課せられるのは気に入らない。

 しかし、サイファーの次の言葉には二の句を失った。


「だったらお前、俺を抱きたいとか思ってんのか?」
「え……」


 思いもよらなかった───しかし、流れを考えれば当たり前に出てくるであろう───サイファーの言葉に、今度はスコールが目を丸くする。
きょとんとして見上げるスコールの貌が、至極真剣に見下ろして来る碧眼に映り込んでいた。

 スコールが抱かれる事を拒否するのなら、役割は逆となり、スコールがサイファーを抱く事になる。
スコールは、自分に伸し掛かる男を見上げ、自分がこの男を抱く光景を思い描いてみた。
幼い頃から自分よりも体格が良く、ガキ大将で、その割には面倒見の良い兄貴質を備えた男。
幼い頃から散々自分を泣かして来た男を抱く、と言うのは、意趣返しとしては効果的かも知れないが、スコールにそんな趣味の悪さはない。
第一、意趣返しなら魔女戦争が終わってから十分してやっているので、此処で持ち出す話ではない。
そんな理由を抜きにしても、スコールは、目の前の男を自分が抱く、と言う図は、全くイメージ出来なかった。

 見上げたまま沈黙し、完全にフリーズしたスコールに、サイファーは深々と溜息を吐いた。
肩を押さえていた手を放し、濃茶色の髪をくしゃくしゃと撫でてやる。


「お前の言いたい事は判らない訳でもねえよ。お前も男だし、野郎にヤられるってのは抵抗あるだろうしな。俺だって逆の立場なら、今のお前と同じように、そりゃ待ったかけるに決まってる」
「………」
「無理強いしたい訳じゃねえし、お前を泣かしたい訳でもない。昨日から、まあまあ強引にこう言う事に持って行っておいて何だが……お前が本気で嫌なら、諦めるって事も、一応考えてる」
「……一応、なのか」
「…仕方ねえだろ。枯れたジジイじゃねえんだ、ヤりたいって思うのはどうにもならねえよ」


 明け透けに欲求をぶつけるサイファーに、もうちょっと言葉を選べ、とスコールは思う。
ロマンチストを豪語する癖に、こういう所は雑な恋人に、密かに残念さを感じていたとは、顔には出さない。

 スコールの頭を撫でていた手が、額に移って、傷の上を滑る。
むず痒さに片目を閉じたスコールの前には、何処か楽しそうに傷をなぞるサイファーがいる。


「俺はお前とヤりたいし、お前を抱きたい。だからお前が下だ」
「……横暴だ」
「じゃあ、もう一回聞くが、お前は俺を抱きたいのか?」


 先と同じ質問をされて、スコールは先と同じくフリーズした。
どうにも想像の及ばない事である。
喘いでいるサイファーと言うのもいまいち想像出来ないし、出来たら出来たで、なんだか無性に気持ち悪い。

 其処まで考えて、スコールはふとした疑問が沸いた。


「あんた、俺がセックスで喘いでるのが見たいとか思ってるのか?」
「ああ」
「……気持ち悪くないか?」


 女が喘いでいる姿を見るのとは違うだろう、とスコールは言った。
男が抱かれて啼いている所を見て興奮するのは、ゲイであるとか、そう言う事情のある男なら、理解出来る。
しかし、サイファーはその気はない筈だし、その辺りは普通の健全な男子と変わらなかった筈だ。
それとも、魔女の洗脳でその辺りも何か変わってしまったのだろうか、と少々ズレた事を考える。

 サイファーはスコールの問いに、眉根を寄せて、しばし思考に耽る。
抜け出すなら今の内だよな、と馬乗りになる男を見上げ、諦め悪く考えたスコールだったが、結局は諦めた。
素振りを見せた途端、伸し掛かる男が噛み付いて来るのが想像出来たからだ。


「あー……」


 思考回路が一応の結論を出したようで、間延びした声が聞こえた。
さてどう出る、とまるで作戦任務の機を伺うようにスコールが身構えると、


「想像と現実は色々違うんだろうが、俺は結構興奮する」
「………」


 蒼の双眸が胡乱に細められ、軽蔑に似た眼差しがサイファーを見る。
そんなスコールに、お前が聞いて来たんだろうが、とサイファーの顔が不機嫌に歪められた。

 そのまましばらく睨み合っていた2人だったが、はあ、とサイファーが深い溜息を吐いた事で、牽制は終わった。


「っつー訳で、もう良いだろ。俺はお前を抱きたいんだよ。大人しくしてろ」
「な……ふざけるな!俺はまだ納得してない!」


 伸し掛かって来るサイファーに、スコールはじたばたと暴れはじめた。
舌打ちしたサイファーが抵抗を抑え込もうとするが、常時ジャンクション状態にあるスコールを押さえるのは、サイファーとて難しい。
この野郎、とサイファーが憎々しげに呟けば、蒼の瞳がじろりと睨んだ。


「お前の納得なんか待ってたら、いつまで経ってもヤれねえだろうが」
「顔近付けるな!やめろ!俺だって上になる権利あるだろ!」
「ざっけんな、なんで俺が下にならなきゃならねえんだよ!」
「その台詞、そっくりそのまま返すからな!」
「大体お前、俺を抱きたい訳じゃねえんだろうが。だったら俺が上になるのが順当ってもんだろ」
「横暴だ!」


 スコールの足がサイファーの腹を蹴り、サイファーが腕の力でスコールの肩を押さえ付ける。
凡そ恋人同士の甘い雰囲気とは程遠い、最早プロレスと化したベッドの上での遣り取り。
なんだこれは、と現状に苛立ちと疑問を覚えつつ、それでも力を緩めれば屈した事になる訳で、二人はぎりぎりと歯を食いしばりながら揉み合っていた。

 全力で抵抗するスコールに、サイファーはじりじりとした苛立ちを感じていたが、先に彼に告げたように、スコールの気持ちが判らないでもない。
恋人同士と言う枠に収まったとはいえ、幼い頃、姉を失ったショックから、その身で覚えた温もりを失う事に恐怖に近い感情を持つ彼は、肉体的な関係よりも、精神的な繋がりに執着する所がある。
サイファーに対しても、無意識に同様のものを求めていたのは、想像に難くなかった。
だからスコールは、サイファーが求めているような肉体的な繋がりを、強く求めてはいない。
それなのに、サイファーの一存で突然こんな展開に遭遇して、混乱も収まらない内に行為に及ばれよう等と、幾ら流され体質のスコールでも甘受は出来まい。

 長らく膠着状態が続いた二人だが、我に返ったサイファーから「ちょっと待て」とブレーキがかかった。
スコールは警戒心を露わにサイファーを睨んでいたが、サイファーが掴んでいた肩を離すのを見て、自身もゆっくりと、押し退けていたサイファーの顔から手を離す。


「……あのな。こう言う事してぇ訳じゃねえんだよ」
「……だろうな」


 溜息交じりに言ったサイファーに、スコールもこれには大人しく頷いた。

 サイファーがスコールの上から退いて、ベッドに座る。
幸いとスコールも起き上がり、ベッドに密接した壁に背中を預けた。
ベッド端に座るサイファーと少しだけ距離が空いて、スコールはようやく強張っていた体から力を抜いた。

 がしがし、とサイファーが後頭部を掻いている。
どうやって言い含めてやろうか、と言う気配が見て取れて、スコールは絶対に流されない、と心に決めた。
サイファーには悪いが、元々碌な心の準備も出来ていないスコールには、この展開は余りにも急過ぎて、許容範囲を越えている。


「……おい、スコール」
「……なんだよ」
「先に断っとくが、俺はふざけてもねえし、この状況でお前を揶揄おうなんて思ってないからな」
「……?」


 前置きなどと言うサイファーらしくなく思える言葉に、スコールは眉根を寄せた。
それから数瞬の間を空けて、サイファーは振り返り、


「お前、女とヤったことは?」
「は!?」


 唐突に何を聞くのか、と思わず声を上げたスコールに、噛み付かれると思ったのだろう、サイファーが直ぐに続けた。


「もう一回言うが、揶揄ってるつもりはないからな。あのな、結構大事な事だぞ。女相手でも経験のない奴が、男を抱くなんて到底無茶な話だろ」
「そ、そんなの……だったら、あんたは経験あるって言うのか?」
「そりゃな。お前と違ってその辺は普通だから」
「人を普通じゃないみたいに……!」


 睨むスコールだが、サイファーは意に介さなかった。


「とにかく、俺の質問に応えろ。経験あんのか?」
「………!」


 重ねて問うサイファーに、スコールは顔を真っ赤にして黙り込む。
俯いたスコールの答えは“否”で、サイファーは「そりゃそうだろうな」と言った。
リノアと出逢うまで、異性との会話は疎か、他者と近しい関係になる事すら考えていなかったスコールである。
見目が良い事、頭が良い事など、遠巻きに憧れていた女子生徒は少なくなかったが、本人がそうした手合いには酷く鈍い上、対人恐怖症にも似た人嫌い。
相手がどんなに可愛らしい女子生徒であっても、告白されて受け取るとは思えないし、流されて付き合う事になっても、肌を重ね合う事を許容できるとは思えない。

 スコールとて健全な男子であるから、性欲がない訳ではない。
が、男の体と言うのは勝手の良いもので、相応の作業を行えば発散する事が出来た。
スコール自身、淡泊な方であったから、強い性衝動に駆られる事はなく、サイファーが言うように、パートナーを求める必要はなかったのだ。

 苦々しい表情を隠さないスコールに、サイファーは諭すように言った。


「経験もねえし、俺を抱きたい訳でもない。此処まで来て、まだ駄々捏ねるか?」
「…経験がないのは、あんただって同じだろ」
「だから俺は───」
「男と寝た事がある訳じゃないだろ」
「……まあな」


 サイファーの返事に、スコールは密かに胸を撫で下ろした。
此処で“経験がある”と言われたら、これ以上の抵抗も出来ないし、何より、先程から腹の底でじわじわと広がる名前に見付からない感情が、吹き出して来る気がする。


「…男相手にやった事がないなら、俺と条件は同じだろ」
「同じじゃねえだろ。俺はお前とヤりたいし、お前を抱きたい。お前が啼いてる顔が見たい」
「ばっ……!」


 重ねられた言葉に、スコールは俯けていた顔を上げた。
何を言って彼を黙らせようとしたのかは、スコールにも判らなかったが、このまま彼を喋らせていたら、とんでもない事まで聞く羽目になると思ったのだ。

 しかし、待っていたのは言葉だけではなかった。
ベッド端に座っていた筈のサイファーの顔が間近にあって、スコールは思わず息を飲む。
自分とは逆の線を奔る傷のある顔が、今までにない程近い場所にあって、逃げるように体が後退する。
直ぐに壁に行きあたってしまったスコールの体を、サイファーは自分の体で挟んで、腕の檻に閉じ込める。


「サイ……!」
「黙れ。もう聞かねえ」


 そう言うと、サイファーはスコールの唇を己のそれで塞いだ。
逃げを打つスコールだったが、胸を押しても肩を叩いても、腹を蹴っても、サイファーの体はびくともしない。

 絡められたスコールの舌の上を、サイファーの舌先がなぞりくすぐっていく。
ビクッ、とスコールの体が震えて、サイファーの胸を掴む手に力が篭った。
無駄な肉のない薄い肩が怯えるように震えているのを横目に見て、サイファーはその腕を掴んでベッドへと倒した。


「ん、ん……っ」


 口付けられたまま、スコールが緩く頭を振る。
嫌だ、と言っているのが判ったが、サイファーは離そうとしなかった。

 スコールの口の中で、二人分の唾液が交じり合う。
酸素を求めてか、息苦しげな声が時折喉の奥から漏れていた。
サイファーは一瞬だけ唇を離して、スコールが息を吸った事を確認すると、また直ぐに重ねる。
ゆっくりと歯列をなぞり、愛撫してやれば、次第にスコールの体の強張りが解けて行く。

 スコールの肩を押さえ付けていた手が離れ、シャツの裾から中へと侵入する。
肌の上を滑るかさついた手の感触に、スコールの体がもう一度強張った。
サイファーの胸に押し付けられた手が震え、訴えるようにシャツを引っ張っているのを感じて、サイファーはスコールの唇を離す。


「っは…はぁっ……!」
「…悪いな。もう止まんねえし、止める気もねえよ」
「ちょ……」


 スコールが事態に追い付いていないのを判っていながら、サイファーはもう彼を待とうとはしなかった。
腹を撫でた手が胸に届いて、頂きの膨らみを指先でグリグリと潰す。
胸部からの慣れない痛みにスコールが顔を顰めた。

 頭を振るスコールの首筋に歯が立てられ、ビクッ、とスコールの体が跳ねた。
宥めるように舌が這うと、ぞわっとスコールの背中を悪寒に似たものが奔って、


「や、だ…!サイファー、やめろ、バカ!」


 遮二無二暴れ始めたスコールは、首筋に唇を寄せているサイファーの髪を掴んでぐいぐいと引っ張った。
頭皮を力任せに引っ張られ、サイファーの眉間に皺が寄る。
強引に事を押し進めている手前、抵抗されるのは仕様のない事と割り切ってはいるが、それに伴う痛みまで寛容する程、サイファーは出来た人間ではない。

 抵抗の仕返しに、胸の膨らみを強く摘む。
と、スコールの体がビクッ!と跳ね上がり、整った眉がぎゅうっと顰められた。


「い…た……っ!」
「お前が暴れるからだ」
「暴れ、る…に、決まってる、だろ…っ」


 顔を赤らめて睨むスコールだったが、サイファーは構わず、摘まんだ膨らみを転がして遊び始めた。
じりじりとしたものが上って来る感覚に、スコールは頭を振って嫌がるが、腰を抱く腕が逃げを許さない。

 爪先で先端を引っ掻くようにくすぐりながら、合間に慰めるように指の腹で撫でられる。
妙に慣れているような手付きに、スコールは無性に腹が立った。
経験の有無は確かにあるが、それを自分の体で、こんな形で体感する日が来る等と。
多分、誰の所為でもない事は判っていたが、燻る苛立ちは誤魔化せなくて、スコールは掴んでいたサイファーの髪を引っ張った。


「ってぇな……」
「俺の方が痛い……っ!この下手くそ!」


 痛みやら、正体の知れない苛立ちやらで、スコールは叫んだ。
途端、馬乗りになっている男の雰囲気が変質したのを感じて、ぎくり、と肩を強張らせる。


「……言ったな、テメェ」


 そう言った男の顔は、笑っていたが、凶悪だった。
犯罪者顔ってきっとこれの事を言うんだ、とスコールは逃避するように考える。

 スコールの腰を抱く腕に力が篭り、サイファーはスコールの腹に体を乗せた。
重みにスコールが顔を顰めていると、ぬる、としたものが胸をくすぐる。
見ればサイファーは、摘まれていた所為で膨らんだスコールの乳首に、赤い舌を這わせていた。


「ばっ…!やめ、気持ち悪い…っ!」
「暴れんな。ヤり辛ぇ」
「やめろって言って……んんっ!」


 生温かいものに乳首が包まれて、スコールは堪らず息を飲んだ。
撓らせた背中がシーツから僅かに浮いて、胸を突き出すような格好になっている事に、スコールは気付いていない。
両手は何かを堪えるようにベッドシーツを握り締め、ふるふると小刻みに震えていた。

 ねっとりとしたものが胸の上を這うのを感じて、スコールは唇を噛んだ。
背を昇ってくるのは、悪寒のようで、違うようで、正体を考えるのが怖い。
丹念に、形を確かめるように胸を、乳首をなぞられて、スコールは篭る吐息を口の中で押し殺していた。


「ん、ん……う、…っ…!」
「…声殺すのも良いけどな。窒息すんじゃねえぞ」


 それだけ言うと、またサイファーはスコールの胸に舌を這わせた。

 腰に回された腕が脇腹を擽るように滑るのを感じて、スコールは身を捩る。
足先が何度もシーツを蹴り、ぎしぎしとスプリングが軋む音を鳴らしていた。
サイファーはスコールの足の間に体を入れ、足でスコールの太腿を押し開かせる。
ぐりっ、とスコールの股座をサイファーの膝皿が押した。


「っ……!」


 びくっ、とスコールの体が怯えたように跳ねる。
サイファーの所為で自由にならない体を、それでも縮こまらせようと、スコールの背中が丸くなる。
唇を噛んでふるふると頭を振るスコールに、事態が性急すぎる事を自覚するサイファーだが、此処まで来て止める事は出来ない。
この機を逃せば、スコールが警戒して近付かなくなるのが判っていた。

 乳首を舐め、食んで甘く歯を当てて刺激しながら、サイファーは空いている手を下肢へと下ろして行く。
スコールは胸から与えられる慣れない感覚に意識を捉われており、悪戯な動きをする手には気付いていない。
サイファーは腰を抱いていた腕を解いて、空いている乳首を摘んだ。
左右それぞれから与えられる刺激に、スコールの体がビクッ、ビクッ、と跳ねる。


「ふ、うっ…!んっ……!」
「痛いか?」
「……ん、ん……っ」


 スコールからの返事はない。
ぞくぞくとしたものが背中を行き来する今、口を開いたら、酷い声が出て来るような気がした。

 ふぅ、ふぅ、と噤んだ口から零れる、熱の篭った呼吸。
素直になれば良いのによ、と思ったサイファーだが、スコールと言う人間には無理難題である事は判っていた。
だからスコールから本音を聞きたいのなら、此方が彼の作る壁を壊してやらなければならない。

 胸への愛撫を続けながら、サイファーはスコールの腹を撫で、その下へと手を滑らせた。
下着の中に入り込んだ手に、流石に気付いたのだろう、スコールの眼が見開かれる。


「サ…そこ、やめ…触るな……っ」


 身を捩り、不自由な躯でじたばたともがくスコールだったが、意味のない抵抗だった。
サイファーの手はあっさりとスコールの中心部へと辿り着き、下着の中で窮屈そうにしていた雄を握る。


「んっ…!」
「……おい。お前、コレ半勃ちしてねえか?」
「……っ!」


 手の中で僅かに固くなっている感触に、サイファーがにやにやと笑みを浮かべて言えば、スコールは赤い顔で目を逸らす。


「なんだかんだ言ってたが、感じた訳だ」
「違う…っ、も、触るな…っ!離せよ、このバカ!」
「やだね。折角お前もその気になってるんだから、止める訳ねえだろ」
「あっ…!」


 サイファーが握ったものを扱き始めると、スコールの喉から思わずと言った甘い声が漏れた。
輪を作った手で全体を刺激してやれば、スコールの腰がびくっ、びくっ、と戦慄く。

 膨らんでいく中心部の感触を確かめながら、サイファーはまたスコールの胸に舌を這わす。
泣き出すのを堪えるように目を閉じて、頭を振るスコールの汗ばんだ頬に、一筋の髪の毛が張り付いている。
上目に見たその光景に、サイファーはむくむくと自身の熱が煽られるのを感じていた。


「や、ひっ…うぅっ……んん…っ!」


 スコールは身を捩ってサイファーの手から逃れようとしたが、段々と腰から下の力が抜けて行く。
膨らんでいく自身の昂ぶりを堪えようと、血が滲む程の力で唇を噛んだ。

 他者との繋がりなど殆ど持った事がないスコールである。
他人の手によって自身を愛撫されるのも、当然、初めての事だった。
サイファーの手が絶えず与える刺激と熱に、未だ嘗てない程のものを感じている自分を自覚して、困惑する。
同時に、休息に昂って行く自身を押さえる方法が判らなくて、スコールは天井を仰いで荒い呼吸を繰り返すしかなかった。


「はっ、はぁっ…!あ、あ…っ!」
「いい声が出て来たな」
「んん……っ、あっ…!うぅんっ…!」


 雄を刺激する手が強くなり、裏側に浅く爪を立てられて、びりびりとした感覚がスコールを襲う。
鼻にかかったような自分の声に、無性に恥ずかしくなって、スコールはダークブラウンの髪を振り乱して頭を振った。


「ふっ、んっ…んぁっ…!や、だ…サ、イファー……っ」


 泣き言染みた声を漏らし始めたスコールに、サイファーの表情に笑みが浮かぶ。
手の中に包んだものは、すっかり体積を増し、切なげに震えている。
シーツを握っていた手は、知らず知らずの内に縋るものを求めたか、サイファーの肩を掴んでいる。
拒絶ではなく、求めるように掴まる手に、サイファーは言い知れない喜びを感じていた。

 膨らんだ乳首にぐりぐりと舌先を当ててやれば、スコールは背を撓らせて熱の篭った吐息を漏らす。
はっ、はっ…と短いリズムで呼吸を繰り返すスコールの顔は、火照りで真っ赤になり、飲み込めなかった唾で濡れた唇が扇情的だった。
サイファーは、事を進める前にスコールと交わした遣り取りを思い出し、想像以上に興奮する、と独り言ちる。


「あ、あ…!ひぅ……っんん…!」
「イくか?」
「うう……っ!」


 サイファーの問いに、スコールは肩を縮こまらせた。
頷く事も、首を横に振る事も出来なくて、ただただ体を震わせる事しか出来ない。

 サイファーは手の中のモノを激しく扱き始めた。
根本から先端までを万遍なく擦られて、スコールは体の奥から競り上がってくる熱に振り回されるように、大きく体を撓らせる。


「ひっ、あっ、あぁ……────…っ!」


 声にならない声を上げて、スコールは絶頂を迎えた。
細身の四肢が強張り、どろりとしたものがサイファーの手の中に吐き出される。
サイファーの肩を掴む手に力が篭り、爪が皮膚を食い破ったが、サイファーは僅かに眉根を潜めただけで、悪い気はしなかった。

 他人の手で絶頂を迎える事など、初めての事だ。
自身で慰めている時よりも何倍も強い快感に、スコールは頭の芯が溶けて行くのを感じていた。