変革は突然に


 基本的にスコールは受動的である。
根本的な要因として、生来の極端な人見知りや、幼年期から少年期の後半と長らく弱気な性格であった事が挙げられる。
現在はそうした性格は形を潜めているが、それも感情を隠す仏頂面の裏に押し込められているだけで、本質の部分は変わっていない。

 兄弟であり、恋人であるレオンに対しても、それは変わらない。
身内なので人見知りが発動される事はないが、自ら彼に対して何某かのアプローチを行う事は稀である。
ただし、そうなる原因は、スコール自身の性格だけでなく、彼が何かを言う前に、レオンがそれを察して行動するから、と言うのもある。
社交的で観察眼に長けた兄は、年の離れた弟を溺愛し、スコールに関する事ならば本人以上に詳しい。
だから、スコールが無意識に物言いたげな表情をしているだけで、その瞳の奥が何をか言わんとしている事を察する事が出来る。
そんな兄兼恋人のお陰で、スコールは益々、積極性の必要を失くして行くのである。

 それでスコールに不満はなかったし、レオンも不満を言った事はない。
父に似てか、世話好きで構いたがりの節があるレオンは、スコールに構い付けるのを喜んでいるようだった。
そんな兄であり恋人に、スコールはむず痒いものを感じる事もあるが、それは決して嫌な感情ではないので、現状を変える必要はないと思っていた。

 しかし、現在17歳と言う多感な時期である少年の心は、期せずして撒かれた不安の種に、あっと言う間に支配されてしまう事もある。




 最近マンネリ気味なんだよね、とファーストフード店で女子高生が話しているのを聞いた。
女子高生の会話など、スコールにはどうでも良い事だったし、その言葉を聞いて暫くは、関係のない話だと聞き流していた。
キンキンと甲高い女子高生達の声に、煩いな、と胸中で愚痴を漏らしつつ、スコールはホットドッグを齧る。

 スコールの前では、ティーダとヴァンが取り留めのない話をしている。
昨日親父が帰って来てさ、と苦々しい顔で言うティーダの話の中で、ヴァンが生物室の標本が動くって噂があるんだ、と全く関係ない話を放り込んでくる。
話題を統一しろ、とスコールは思うが、それで議題を提案しろと言われると面倒なので、口には出さない。


「でさぁ、俺は今日、朝練があるから、昨日の夜は早めに寝たんだけど。起きたらリビングのあっちこっちにビール缶が転がってて。掃除ぐらいしてから寝ろっての。お陰で俺、スッ転んだもん」
「膝の痣はその所為か」
「そうそう」
「標本って、あれかなぁ。人間の体の中身の奴」
「…あれは標本じゃなくて、人体模型だ」
「えー、上手く行ってるって言ってたじゃん。何か不満な事でもあるの?」
「あるある。いーっぱいある。例えば、デートしてる時に友達から電話かかって来たって、そっち優先されてさあ」
「標本ってあれだろ?ビーカーみたいな入れ物に入ってるの」
「ホルマリン漬け」
「なんか漬物みたいだな。食えそう。カエルの標本とか、干物にできそうだよな」
「干物ねー。そういや、親父がツマミがないって言ってたっけ。自分で買いに行けよ、そんなの…」
「友達の電話優先とか、アンタもするじゃん」
「カレの前じゃやらないよ。況してデート中とかないって。まあ、かかってきた時に出るのは仕方ないと思ってるよ。急な用事だったら大変だし、あたしもそう言うの出る方だし。でもさあ、その後長電話し過ぎ」
「長電話はヤだなー」
「酒のツマミって柿ピー以外にあるのか?」
「色々あるだろう。コンビニにも売ってる」
「ヴァンの好きなチーカマもツマミっスよ」
「ああ、そっか」
「それとさあ、あっちの方もご無沙汰なカンジでさあ」
「バイトでお疲れなんじゃない?」
「そうでもないっぽい。寧ろバイトはシフトが減ってて、結構のんびり出来てるって。デートの時間も普通に取れるし。うちに泊まりに来る事もあるし、あたしがあっちに行く事もあるし」
「で、何にもないワケ?」
「そう。なーんにも」
「何かアンタに不満でもあるとか」
「不満って何よ」
「例えばぁ」


 目の前にいる友人達の声よりも、遠い筈の席から聞こえて来る女子高生の声の大きさに、スコールの眉間の皺は段々と深くなっていた。
ファーストフードの店なので、多少賑やかに過ごしても問題はないだろうが、それにしても声が大きい。
序に、今している話題は、こんな場所で大っぴらにするものではないだろう、とスコールは思う。
スコール達と女子高生達以外に客の姿は見えないが、この後も客が来ない訳ではないし、店側の品性も疑われるのではないだろうか。

 この時点で、スコールは女子高生達の話そのものは特に気にしていなかった。
フライドポテトで奪われた水分を水で潤して、ホットドッグの最後の一口を食べる。
指に付いたケチャップをペーパーナプキンで拭いて、帰宅する為に席を発つ。


「帰るんスか?」
「晩飯の用意をしないと行けない」
「レオン、今日は早いのか」
「ああ」


 鞄を肩にかけ、皿とゴミの残ったトレイを手に、ゴミ箱に向かう。
捨てればそのまま店を出るのが判っているので、「また明日なー」と友人達の声がして、スコールは「ああ」とだけ返事をした。

 ゴミを紙類とプラスチックに分け、ダストボックスに入れる、その時だった。


「ねえ、偶にはアンタから誘ってみるとかどう?」
「ええ?」
「いつもカレシの方からしようって言われてるんでしょ。寧ろそういう事しないから、カレシの方がもう誘うのも面倒臭いとか思ってるのかも知れないよ。マンネリ解消したいなら、アンタから大胆になってみるのもアリでしょ」
「ないない!そんなの出来ないって!そんな恥ずかしい事!」


 パブリックスペースでこんな話を大きな声でしている方が恥ずかしい事ではないだろうか。
スコールはモラルハザードだのと堅苦しい事を思う程ではなかったが、少なくとも、場所はもう少し鑑みるべきだと思う。

 空になったトレイと皿をそれぞれ指定の場所に置いて、スコールは内心で呆れつつ、無表情のまま出口へと向かう。


「頑張ってみなって、絶対喜んで食いついて来るよ。男ってああいうの好きだから」
「無理!」
「もー……正面切って誘えないなら、水着でも裸エプロンでもして、カレシに襲って貰えばあ?」
「だからぁ、ないってそんなの!」


 あんた達の話の方がない、とスコールは思いつつ、戸口を潜る。
夕暮れの街を帰路へと進む道すがら、夕飯のメニューについて考えていた────筈だった。

 スコールとレオンは恋人同士で、肉体関係もある。
それは当然、周囲の人間には秘密であった。
生活は二人暮らしなので、逢えない時間が云々と言う事はあまりないが、社会人と学生とあって、生活時間の擦れ違いは否めない。
それでもレオンは仕事を早目に済ませ、早い時間に帰宅できるように努めており、スコールとの時間を可能な限り捻出していた。
スコールの休みの前日であれば、夜半まで身体を重ね合せている事もあり、時には明け方まで長い情交に及んだ事もある。
しかし、最近はレオンの仕事が忙しく、早く帰れても明日は明朝に出社、と言う事も多く、久しく熱から遠ざかっていた。

 平時、スコールをベッドへと誘うのは専らレオンの方で、スコールは自分が劣情を催した時でも、彼が誘ってくれるのを待っていた。
物言いたげに見詰める弟の胸中を、レオンは直ぐに悟ってくれる。
それがスコールにとって当たり前の光景で、それに甘んじる事もまた、当たり前のものと無意識に認識していた。

 しかし、若しも。
若しも最近のレオンの忙しさが、実は方便であり、スコールに構い付ける事に飽いただとか、何に置いても自分から能動的になる事がないスコールに対し、退屈さを感じていたりしたら。
顔を合わせれば笑いかけてくれるので、飽きられている事はないと思いたいが、スコールには自信がなかった。
幼い頃から自分は兄の後をついて歩くばかりで、知らず知らずの内に彼の自由を奪い、束縛していたのも事実。
今現在も続くその関係に、彼が密かに辟易していたとしても、可笑しくはない。

 ───恋仲と言う関係になっている時点で、そうした思考も意味を成さないものであったが、不安に取りつかれた思考は止まらない。
長らく彼と躯を重ねていなかった事も、スコールの不安を煽っていた。




 レオンが夕方に家に帰る事が出来たのは、随分と久しぶりの事だった。
本当は定時には上がって、愛しい弟の待つ家に帰りたかったのだが、仕事が押していてはそうも言っていられない。
期日までにノルマと宛がわれたものを終わらせる為に、会社に篭ってパソコンと向き合う日々。
同僚の中には、自宅に仕事を持ち帰っている者もいるが、レオンはそれはしたくなかった。

 レオンが新卒社会人であった頃、何度か仕事を家に持ち帰った事がある。
慣れない社会生活で疲労を隠す事も忘れていたレオンに対し、スコールはあれこれと気を遣い、それまで共同で担っていた家事を全て引き受け、レオンが仕事も休息も気兼ねなく得られるようにしてくれた。
反面、仕事が忙しいが故に、兄弟としても恋人としても触れ合える時間が減り、生来から寂しがり屋のスコールには随分と我慢をさせてしまっていた。
僅かな時間を作って触れ合おうとしても、スコールはレオンを気遣って休むように促し、求める心を押し隠そうとした。
いじらしい弟の心遣いは、当時のレオンにとって有難かったが、同時に酷く申し訳なくも思った。
何より大切にしたいのは彼なのに、それが出来ないもどかしさを、繰り返したくはない。
だからレオンは、極力家に仕事を持ち帰らないようにしているのだ。

 だからレオンは会社で残業をしているのだが、単に場所が変わっただけで、弟と過ごす時間が削られているのは変わらない。
早くやるべき事を済ませ、思う存分、彼を可愛がってやりたかった。
ようやく、それが叶うのだと思うと、無意識に口元が緩む。

 今日で仕事が一段落する事は伝えてあるので、今日はスコールの夕飯を彼と一緒に食べる事が出来る。
食事が終わったら、一緒に風呂に入って、他愛のない話をして、ベッドに入る。
明日はスコールの学校も休みだし、レオンも早出の必要が亡くなったので、気兼ねをする必要もない。
箍が外れないようにだけは注意しないと、と思いつつ、レオンは自宅のドアを開ける。


「ただいま、スコール────」


 奥のリビングか、或いは寝室にいるであろう弟に向けて、レオンは帰宅の挨拶をした。
が、それを受け取るべき相手は、思いの外近い場所に立っていた。
レオンの思いも寄らない形で。


「お……お帰り……」


 日焼けの出来ない白い頬を、まるで林檎かサクランボのように真っ赤に染めて、スコールは其処にいた。
外の冷気も遠からず届くであろう玄関に、裸の足を冷たさから逃げるように爪先立ちにしている。
紺色のエプロンの胸元を掴んで、寄せるように引っ張り上げているその手の影に、薄い胸板が見えた。
蒼い瞳は忙しなく彷徨い、レオンをちらと見ては逸らされて、心なしか泣き出しそうにも見えた。

 レオンはじっと、目の前の人物を見詰め、スコールだよな、と自問した。
改めて頭の天辺から足の爪先まで観察し、間違いなく弟である事を確認する。
具に見詰めるレオンの視線から逃げを請うように、スコールは「うぅ……」と唸りながら、もぞもぞと落ち付きなく身を捩っている。
恥ずかしがっているのが明らかなその仕草に、可愛いな、と思うのは条件反射のようなもので、そうした思考とは別に、冷静な頭の隅では、何がどうしてこうなった、と答えの見えない疑問が支配する。


「………」
「………」


 数秒を見詰め合った蒼と蒼だが、スコールが先に目を逸らした。
頭ごとレオンの目から逃げた為、赤い耳や項が見える。
レオンは片手で目許を覆い、幻覚か、自覚している以上に疲れが溜まっていたのかも知れない、と思い、会社で酷使していた目頭を指で押さえる。
結構の促進を促そうとぐりぐりと刺激を与えた後で、改めて目を開ける────先と変わらない光景が其処にあるのを見て、どうやら幻でも夢でもないらしい、とようやく把握した。


「…取り敢えず、奥に行くか?此処は寒いだろう?」
「……ん……」


 なんとも居た堪れない空気に包まれつつ、レオンはスコールにリビングに戻るように促した。
スコールは小さく頷くと、走ってリビングへと逃げて行く。
その後ろを姿を見て、レオンは絶句した。

 正面から見ていた時点で、まさかとは思っていたが、そのまさかだった。
逃げて行った弟は、文字通り裸にエプロン一枚を身に付けていただけで、白い背中も、小振りな尻も、引き締まった太腿も丸見え。
せめて下着ぐらいは履いているだろうと思っていたレオンの考えは甘かったようだ。


(誰に何を吹き込まれたのか、ちゃんと確かめないとな…)


 スコール一人であのような奇行に走るとは思えないので、必ず何か理由はある筈だ。
取り敢えず、レオンは心当たりになりそうな人物を頭の中で数えつつ、スコールを追ってリビングへ向かう。

 リビングに入り、ダイニングテーブルの指定席に座っているスコールを見て、レオンは眩暈を覚えた。
玄関から此処へと向かう間、レオンは不自然にならない程度にゆっくりと時間を取って、リビングに来たつもりだった。
そうすれば、スコールが急いで服を着る程度の猶予は持てると思ったからだ。
しかし、スコールは先と同じ格好のまま、委縮するように肩を縮こまらせて椅子に座っている。
椅子にはクッションが施されているので、裸身で座っても冷たくはないだろうが、しかし他に問題は幾らでも目に付く。

 レオンはスコールに聞こえないように溜息を漏らして、脱いだジャケットを細身の肩に被せた。
きょとんとした表情で見上げるスコールの頭を撫でてから、レオンは彼と向かい合う位置に座る。


「取り敢えず……着替えないのか?」
「え……」


 先ずは此処からだろう、とレオンは言った。
するとスコールは、まるで叱られたように落ち込んでしまう。
順序としては間違っていない筈だが、と思いつつ、レオンは傷付いたように俯くスコールを宥めるように、柔らかい声で続ける。


「そのままだと風邪を引くだろう。暖房は効いてるようだが……」
「……ん……」
「………」
「………」


 レオンは、てっきりスコールがパニック状態にあって、服を着る事すら忘れているのだと思っていた。
冷静そうに見えて、混乱すると周りが見えなくなってしまうスコールである。
そう言う事もあるだろう、とレオンは思っていたのだが、どうやらスコールは自らの意思で今の格好をしているらしく、その場から動こうとしない。

 仕様がない、とレオンは頭を切り替えた。


「それで、どうしてそんな格好をしているんだ?」
「う……」


 回り諄い事はせずに、ストレートに聞いてみると、スコールは赤らんだ顔を益々赤くした。
ジャケットを羽織らせた肩が微かに震えているのが見えて、まるで叱られる事に怯えているようだとレオンは思う。

 スコールは目線を右へ左へと彷徨わせ、もぞもぞと居心地悪そうに身動ぎしながら、小さく口を開いた。


「レオン、は……」
「うん?」


 俺が原因か?とレオンが首を傾げると、


「……レオンは、こういうの…好き、か?」
「………ん?」


 質問されたその意図は勿論の事、自分が質問されたとすら、レオンは一瞬理解出来なかった。
数拍の間を置いて、傾けていた首を反対側に傾ける。
そんな兄の反応に、スコールは耳も首も真っ赤にして俯いてしまう。


「……こういう、とは…その格好の事か?」
「………」


 改めて訊ねると、スコールはもう反応を返さなかった。
レオンは弟の余りにも赤い顔に、このまま爆発するか溶けそうだな、と思いつつ、この問い掛けは少年に追い打ちをかけている事を察した。


「……好きか嫌いか、と言われてもな。考えた事もないな…」
「……そう、か……」


 レオンの正直な返答に、スコールはどんよりとした空気を放つ。
自分が思っていた反応とは違う事が、より彼を追い詰めたようだ。

 帰宅してから続いていた困惑が一段落した所で、レオンは改めてスコールの有様を眺めた。
スコールの現在の服装は、所謂“裸エプロン”と言うものだ。
紺色のエプロンは、普段からスコールが使用しているもので、所々に落し切れなかったコーヒーや油のシミが残っている。
ヒラヒラと着飾られたような物ではなく、日常的に使用している代物である事が、妙にリアルさを助長させた。
鎖骨を浮かせた首下や、肩の骨の形が判る華奢な輪郭が、いつものように隠すものがない所為で剥き出しになっている。
平時、レオンがそれを目にするのは、一緒に風呂に入った時と、ベッドの中での事。
それを思い出すと、俄かに体の芯に熱が浮かんだ。

 向い合せになっている為、今は見えないが、背中は隠すものはほぼない。
エプロンリボンが腰の後ろで蝶結びにされているだけで、背骨の筋のある白い背中も、肉の薄い脇腹も、何もかもが晒されていた。
普段、肌の露出を一切許さない彼の、惜しげもなく露わにされた格好は、レオンに長らく抑え込んでいた凶暴性を刺激する。

 一頻り眺めた所で、レオンは今一度、スコールの質問を反芻した。
この格好───裸エプロンが好きか、否か。


「うん。案外、嫌いじゃないかもな」
「……!」


 レオンの言葉に、スコールが顔を上げた。
零れ落ちんばかりに見開かれた蒼が、兄を見詰め、ぼんっ、と顔が真っ赤になる。
ただでさえ赤くなっていると言うのに、まだ赤くなるのか、とレオンは思った。

 スコールはぱくぱくと口を開閉させた後、俯いて肩を震わせていた。
泣いているのではなく、恥ずかしさがピークを振り切ってしまった所為だろう。
そのまま羞恥死しそうなスコールに、レオンは苦笑を漏らしつつ、話を元に戻す。


「それで、俺がこういうのが好きだと思ったから、そんな格好で出迎えてくれたのか?」
「う…い、いや…その……」


 スコールの視線がまた右へ左へと彷徨った後、おずおずとレオンを上目遣いでレオンを見詰め、


「……その…いつも、あんたから、だから……」
「…セックスの話か?」
「う、う……」


 レオンが明け透けな単語を使えば、スコールが睨んだ。
紅い顔で睨まれても可愛いだけなんだが、とレオンは胸中で苦笑する。


「それで、その格好で俺を誘おうと?」
「……偶には、こっちから誘わないと、誘う方は疲れて飽きたりするって……」
(……何処からの情報だ?)


 あり得ない話だな、とレオンは思うが、口には出さなかった。
スコールが傍にいるだけで、レオンは心が和む事もあるし、劣情を煽られる事もある。
恐らくスコールは何某かの不安に駆られて、こうした行動に出たのだろうが、そんないじらしさも含めて、レオンはスコールに益々惚れている。
飽きるだなんて絶対にない、とレオンは思ったが、超が着く程の恥ずかしがり屋のスコールが精一杯の努力で誘おうとしてくれているのを見ると、悪い気はしない。

 レオンは柔らかな笑みを浮かべて、じっとスコールを見詰めている。
スコールは視線をうろうろと彷徨わせながら、時折ちら、ちら、とレオンを見遣る。
しばらくはそんなスコールを眺めて楽しんでいたレオンだが、ぐぅ、と腹の虫が鳴ったのを機に、二人の意識は現実へと戻った。


「そう言えば、夕飯……」
「作ってあるのか」
「い、一応」
「その格好で作ったのか」
「違う!ちゃんと、その、普通の格好で…」


 こんな格好で出来る訳がない、と言うスコールに、確かに、とレオンは頷く。
レオンが帰るまで此処にはスコール以外に誰もいなかったが、問題はそう言う事だけではないだろう。
料理をするに当たって起こる事故等、怪我をしない為にも、衣服は着ない訳には行かない。

 と言う事は、夕飯の準備を終えた上で、この格好になったのか。
もうエプロンを身に付ける必要もないのに。
そんな事を考えて、レオンは緩む口元を、手を当てて隠した。

 食卓を整える為に、スコールが席を立つ。
が、彼が向かうのはキッチンではなく、リビング奥の寝室だった。


「夕飯、用意するんじゃないのか?」
「直ぐにやる。着替えてから───」
「良いんじゃないか、そのままで」


 レオンの言葉に、寝室のドアに手をかけていたスコールの動きが止まる。
その背中を、レオンはのんびりと見詰めていた。

 振り返ったスコールの目が、胡乱に細められている。
レオンは気にする事なく、にっこりと笑いかけた。


「折角なんだし、そのまま用意してくれ」
「な……!」
「偶には、良いだろ?」


 にこやかな笑みで、とんでもない事を言う兄に、スコールは絶句する。
冗談じゃない、馬鹿なのか、と全力で抵抗を試みるスコールだったが、どちらが敗北するのかは、考えるまでもなく決まっていた。