はなふぶき







子供は遊び方を見つけるのが上手い。
新聞紙一枚であれやこれやと、自由な発想で遊び出す。
一つの用途に縛られる事がないから、大人が考え付かないような事を考える事が出来る。
それが傍目から見てどんなに意味のないものに見えても、子供にとっては面白い事なのだ。

それと同じぐらいに、子供は遊び場を見つけるのも上手い。
其処に辿り着くまでに獣道だの、危ない道を通ることは多く、大人ならばなるべく近付かないようにするだろう。
けれども子供の好奇心に勝るものはなく、結果、大人の知らない場所を幾つも見つけていたりする。


悟空は、子供だ。

言えば本人は頬を膨らませて怒るけれど、それでもやはり子供に分類されるだろう。
それは悟空が世間知らずである事も理由の一つで、けれど、多くは悟空自身の気質によるものだ。

無邪気と言う言葉がよく似合う、悟空はそういう子供だった。
大人よりも本能に忠実な子供、尚且つ悟空の五感は野生動物並みである。



ともなれば、大人が知らない場所も、普通の子供ならば辿り着けないような場所も、悟空ならば見つけることが出来る。



獣道を通り過ぎて、幅の広い深い川を石飛して渡った先。
場所は慶雲院の裏山だが、寺院に住まう僧侶は勿論、山篭りの修行僧でも早々辿り着かない場所。
動物達の気配の多い山道を通り抜けた向こうに、悟空の目当ての場所は在った。





「着いたー!」





子供と大人で、体力は違う。
断然、大人の方が勝る筈だ。

しかし、遊びにかける子供の体力は無尽蔵なものがある。

そもそも、悟空を普通の子供と比べてはいけない。
胃袋の補給が十分であれば、文字通り底なしの体力を誇る。


悟浄と八戒がそれに追いつけないというなら、人間の三蔵などは論外であった。
結果、案の定、その場所に着いた時には、大人三人は半ばグロッキーしていた。




「………っの……バカ猿……!」
「覇気がないですよ、三蔵」
「……無理ねえだろ、これじゃ……」




忌々しげに吐き出された三蔵の台詞は、向けた本人に全く届いていない。
散々山道を歩かされて疲れ切った大人達の事など知らぬ風で、子供は早速遊び出していた。




「元気ですねぇ、流石に」
「あー……そーね…」




─────花畑の真ん中で、悟空は無邪気に駆け回っていた。
その頭上を、ずっと悟空の肩に乗って羽根を休めていたジープが飛んでいる。

悟空が駆け回る度、足元の花弁がふわふわと散って踊る。
それは決して蹴られて散っての非難ではなく、子供を歓迎しているように見えた。


声を上げて楽しそうに笑う子供の足元、大地に花の絨毯。
時折悟空はしゃがんで、戯れに花に触れている。
ジープがそれを覗き込んで、顔を見合わせてまた嬉しそうに笑った。




「……ま、これも確かに花見だな」
「花を見るんですから、そうですよね」




悟浄の呟きに、八戒が同意した。


どさりと音がして振り返ると、三蔵が手近な木に背を預けて腰を落としていた。
さっさと取り出した煙草に火をつけて、紫煙を燻らせている。




「ったく、こんな所まで歩かせやがって……」




ブツブツと告げられる文句は、道中でも散々漏らされていたものだ。


三蔵は、悟空の行動パターンなど完璧と言って良い程に把握している。
悟空の遊びだの休憩だのに付き合えば、こうなる事も容易に想像できただろう。

特に三蔵の休憩も兼ねていると考えると、悟空が寺院の敷地内で収まる訳がない。
あそこにいれば何処からともなく僧侶の呼びつけがあって、三蔵は直に仕事に戻らなければならない。
そんな忙しい保護者をゆっくり休ませる事が出来る場所と言ったら、修行僧が追っても来られないような山奥ぐらい。
それも、人の気配など久しく感じさせない、山の中だ。


第一、本当に面倒臭いだとか思っていたなら(いや、思っていたのは嘘ではないだろうが)、
悟空が山に向かうと言い出した時点で阻止するか、参加を放棄するかすれば良かったのだ。
その時、悟空がどんな顔をするのかは、これまた想像に難くないが。

その選択肢を選ばなかった時点で、三蔵の負けだ。
……否、悟空の花見に同意を示した、最初の選択しで、既に。



決して素直にならない、認めようとしない、子供に甘い保護者。
悟浄と八戒は顔を見合わせ、どちらともなく肩を竦めた────やれやれ、と。

そんな時、子供の呼ぶ声が聞こえた。






「さんぞー! ごじょー、はっかーい!」






元気に響き渡る声に振り返れば、花びらに埋もれた悟空がいた。
その頭上から、ジープが拾い集めたのだろう花弁をひらひらと舞い落としている。




「花見、しよ!」




その言葉に、悟浄がクッと笑い、




「もうやってんだろ」
「もっとすんの!」




悟空は頭上で飛んでいるジープの尻尾を掴み、引き寄せる。
ジープは少し驚いた声を上げたが、大人しく悟空の腕の中に収まった。

じゃれ合う小動物二匹に歩み寄ると、悟浄は随分下にある悟空の頭をくしゃくしゃと撫でた。
大地色の髪に、色とりどりの花弁が引っ掛かって、小さな花畑のように見える。




「あ、悟浄、此処で煙草吸うなよ」
「あん? なんでだよ」




三蔵に触発された事もあって煙草を取り出せば、悟空が顔を顰めた。

その表情に今度は悟浄も顔を顰める。
山道を登っている間、ゆっくり吸える訳もないので、控えていた。
そろそろヤニ切れが堪えてきた頃だというのに。




「火事になるじゃん」
「ンなヘマしねぇよ」
「じゃあ、どうして今朝も蒲団に煙草の焦げ跡があったんでしょうか?」




花畑の心配をしているのだろう悟空の言葉に、大丈夫だと言うと、後ろからにこやかな声と共にブリザードが吹いた。
油の切れた機械人形のようにギギギ…と振り返ってみると、想像通りの完璧な笑顔。
笑顔と言うのは人を安心させる効力を持つと言うが、これは絶対に違う破壊力がある。

にっこりと浮かべた笑みは見慣れたものだというのに、背後にドス黒いオーラが見え隠れする。
火をつけていなかった煙草がポロリと、花畑の中に落下した。




「ほら、御覧なさい。此処にいる間は禁煙ですよ」
「……三蔵も吸ってんじゃねえか」




道連れにしてやるつもりで、もう一人の喫煙者を指差す。




「三蔵は、言っても聞いてくれないし」




悟空のその台詞は、最もであった。


仕事中からこの山道まで、三蔵は煙草を吸っていなかった。
道中吸わなかったのはなんの気紛れか、当人以外は知る由もない。
本当にただの気紛れだった可能性もある。

とにかく、散々我慢してようやくありついたのだ。
悟空が騒いだとて、八戒のこの笑みがあったとて、手放すことはないだろう。




「それに、三蔵は休憩だから、いいの」
「……なんだ、その判り易いえこ贔屓」
「日頃の行いじゃないですか?」




悟空の言葉に不満げに眉根を寄せる悟浄だったが、横からの援護射撃にぐうの音も出ない。




「それよりさぁ、八戒」
「はい?」




悟浄を押しのけ、悟空が八戒の服裾を引っ張る。
座り込んでいる悟空に合わせて、八戒は目の前にしゃがんだ。




「八戒、花冠って作れる?」
「冠ですか?」
「んー…冠じゃなくてもいいけど、なんか、そういうの」




八戒は、悟空の隣に腰を下ろすと、手近な花を二つ摘み取った。
一つを軸に、もう一つを絡めてねじり繋ぐ。
また一つ花を摘み取って、同じように繋いで見せた。

それを悟空はじっと見ている。




「基本はこのやり方ですね。幾つも繋げて、最後に輪にして結んだら完成です」




まるで勉強を教える教師のように、八戒は結び目を見安いようにクルクル回しながら悟空に教えている。
悟空はクルクル回される花飾りをじっと見つめ、ジープのその腕の中から花を覗き込んでいた。


お世辞にも手先が器用とは言えない悟空だ。
同じ作業を繰り返していくだけなのに、どうしてか途中で歪みが生じてしまう。
八戒が作ったように綺麗な一連になっていかない花の綴りに、悟空はむぅと頬を膨らませた。

上手ですよと八戒は拍手まで添えて褒めて見せたが、当人は納得が行かないらしく、折角綴ったそれを解いてしまった。
しかしそうすると、綴る前は綺麗に真っ直ぐ伸びていた茎が折れたり千切れたり。
小さな花弁も散ってしまって、寂しい茎と葉だけが残り、悟空は益々剥れてしまった。




「ぶきっちょ猿」
「煩いやい!」




すかさず悟浄が揶揄えば、がうっと犬が吼えるように言い返す。




「はいはい悟空、口ばっかりのエロ河童は放って置いて。さ、続きしましょう」
「おいコラ八戒………」
「あながち間違ってもいねぇだろ」




八戒の台詞に悟浄が引き攣ると、一人花畑の端、木の下で煙草を吹かす三蔵から援護射撃が入った。

悟空に対して一つ揶揄いを向ければ、保護者と保父から五倍返しを食らう。
毎度の事だ、悟浄は舌打ちうして口を噤んだ。


やり返された悟浄を見て気分が晴れたのか、悟空はクスクス笑ってまた花を摘んだ。




「なぁ八戒、冠と首飾りって、作り方違うの?」
「いえ、基本的には同じですよ。違うのは大きさぐらいですね」




勿論、繋げ方にも色々ありますけど────、と、八戒はそのまま薀蓄を始めた。

悟空はしばらくふんふんと聞いていたが、やはり長話には慣れない子供である。
しばらくすると適当に相槌を打ちながら(恐らく中身はもう聞いていない)、作業を再開させた。



それを横目に、悟浄は手の中の煙草を吸おうか吸うまいか悩んでいた。
悟空から吸うなと言われた手前、吸い辛い状況である事は確かだ。
しかしそんな悟浄を尻目に、もう一人の喫煙者は遠慮なく煙を吹かしている。
ヘビースモーカーにとって、禁煙する気のない悟浄にとって、これ程辛い場面はない。

悟空は花飾り作りに夢中になっているから、火をつけてもしばらくは気付かないだろう。
火種を花畑の中に落とさないように気をつければ、何も咎められる事はない筈だ───多分。


だが。
そんな悟浄の心中を察しているかのように、先ほどからジープが目の前に鎮座しているのである。
「吸うんだったら火をつけてあげるよ」とでも言うかのように、じっと悟浄の顔を見つめて。


この小動物、やはりなりは小さくても竜は竜。
おまけにこれで科学と妖術の合成で生まれた生き物である。
ジープに変幻できると言うなら、火を吐くなどお手の物。

……煙草に火をつけるだけなら、大きすぎる火炎を。




「……吸わねぇよ」




言うと、本当に? と言うようにジープは小首を傾げる。
どうも信用されていないらしいので、悟浄は溜め息を吐いて煙草をポケットにしまった。

ようやく納得したらしいジープは、ぱたぱたと羽ばたいて悟空の所へと戻って行った。




「ん? ジープもする?」




悟空が言うと、ジープは嬉しそうに足元の花を摘んだ。
口と足だけでどうやって作るのか、と大人達は思ったが、悟空は微塵も不思議ではないらしい。

意外と手先(足先か口先と言うべきか)の器用なジープは、するすると花を綴っていった。




「スゲー! ジープうまーい!」




ぱちぱち拍手を鳴らす悟空に、ジープは照れ臭そうに喉を鳴らした。


悟空はジープの頭を撫でて、自分も負けじと飾り作りに取り掛かる。
繰り返していくうちに少しは慣れてきたのだろう。
一度目、二度目に作った時よりは、綺麗に花が連なっていた。

それでも、やはり子供らしく要領の悪いところがある。
世話心を擽られた八戒が手を出そうとすると、悟空はむぅと膨れ面になった。




「八戒、触っちゃ駄目」
「どうしてですか?」
「オレ一人で作るの!」




だから駄目だと言う悟空に、八戒は直ぐに折れた。
素直な所は素直だが、頑固な所は頑固なのだ。








奮闘する子供を三者三様に見守りつつ、穏やかな時間は流れて行った。