mingle mind












掛け違えて

擦れ違って

離れて行って





─────ただ、恐かった






















突き放すような言い方とか。
切り捨てるような言い方とか。

そんなのは出逢った頃から変わらなかった。

遠慮も無しに殴るし、怒鳴る。
けれど、悟空はそれが嫌じゃなかった。
本気で怒られる時は、恐いと思ったけど。


寺院を離れて、西へ向かう旅に出て。
そんなに時間は経ってないかも知れないけれど。

今までの生活が一変したからだろうか。
何年も時を経たような気になる。
それは、悟浄や八戒も、少なからず同じようだった。




でも、悟空がそう感じる一番の原因は。
もっと違う……別のものだと、判っていた。






一人、ベッドの上で天上を仰ぐ。
安普請なベッドが、時折軋む音を鳴らす。

頭を横へと傾けてみれば。
もう一つのベッドが、静かに鎮座していた。
シーツの乱れも無く、そこを使う予定の彼は、今いない。



シングルはなかったから、ツインを二部屋。
今日は三蔵・悟空と八戒・悟浄の部屋割り。
宿に着く前のお仕置き、とか八戒が言っていた。

そう言えば、またナンパしてたっけ。
思い出しながら、悟空はまた天上を仰いだ。


一人でいるのは、退屈だけど。
八戒の火の粉は貰いたくないから、大人しくしている。

悟浄は生きてんのかな、などと考えながら。


もう一度、隣のベッドに視線を移した。
彼が帰ってくる様子は無い。



夕食を終えた後だったと思う。

一度二人で部屋に戻り、悟空はベッドに寝転がった。
彼も少しの間だけ、ベッドに座って新聞を読んでいた。


旅に出てから、いつも四人一緒。
なのに、宿屋で同じ部屋になる事は、滅多にない。
八戒と行き先に着いて相談をするからだ。

だから、久しぶりに同じ部屋になって。
嬉しかったから、ずっと三蔵を見ていた。
特に、何をする事も無いままで。



そして空が暗くなってきた頃に。
彼は、部屋を出て行ったのだ。




「ついて来んじゃねえぞ」と、冷たい声音で告げて。











時々、三蔵は夜に宿を出て行く。

最初の頃は煙草が切れたんだろうと思っていた。
それに、悟浄と大騒ぎしていたから、特に気に止めなかった。


けれど、いつだったか八戒が、悟浄と悟空の部屋に来て。
「三蔵、こっちに来てませんか?」と聞いた。

いないと聞いた二人は、特に疑問に思わなかった。
煙草を買いに行ったんだろうと、口を揃えたら。
八戒が、マルボロのケースを持っていたのだ。

まだ封を開けていない、新品のままで。


何も言わずに、宿を出たらしかった。
だから、八戒が探しに来たのだ。
今後の事について、話し合いが終わっていなかったから。





三蔵はそのまま帰らずに。
朝、知らない内に戻っていた。

何処に行っていたのかと言う八戒に。
「俺の勝手だ」と、煙草を吸いながら言った。
悟浄が何か文句を言っていた。


その時、二人は気付いていなかった。
多分、悟空一人だけが気付いていた。

三蔵すら、判っていたかどうか。


いつも煙草の匂いがしていた。
それを三蔵の匂いだと、悟空は言う。

けれど、その時は。
その、大好きな匂いが無くて。
鼻にツンと来るような、変な匂いがした。




『────この匂い、嫌いだ』




………それは、今も同じ。





静かに、部屋のドアが開いた。

その節にまた、あの嫌いな匂いがして。
悟空は、顔を顰めて起き上がった。


明りを点けていない、暗い部屋の中。

それでも、綺麗な金色は際立って。
深い紫闇が、ゆっくりと向けられた。




「……ガキは寝る時間だろうが」
「…ちょっとぐらい夜更かししても平気だよ」
「悟浄の影響か……ったく、ろくな事覚えねえ」




しっかりした足取りで、空いたベッドに向かう。
腰をおろすと、煙草に火を点けた。
ぼんやりと、部屋の中が照らされる。

置かれていた灰皿に、灰が落ちる。
ジジ……という小さな音が聞こえた。




「さっさと寝ろ」
「眠くねえもん」




三蔵を見つめながら、悟空は言った。
それを、紫闇が見返してくる。

眉根を寄せた悟空の顔。
ずっと漂う匂いに、鼻が曲がりそうになる。
握った拳が、骨の軋む音を立てた。




「三蔵、何処行ってたんだよ」




ストレートに、言葉をぶつける。
絹着せるような事なんか必要無かったからだ。

大嫌いなこんな匂いを纏わせて。
近付くことも許さないで。
いつも、何処に行っているのか。




「───ガキは知らんでいい」




暗に、そういう場所なんだと、聞こえた。




「香水だろ、多分」




翌日、悟浄と買い物に行って。
その事を言ったら、そんな答えが返ってきた。




「……こうすい?」
「知らねえのかよ? ま、匂いのする水かな」
「…なんだよ、それ」




悟空が続けて訊ねてみると。
いささか言い難そうな顔をされた。

昨晩の三蔵との会話で、覚悟はあった。
自分にとって、不快を伴う話だろうと。
でも、今のままでいるのは嫌だから。




「なあ、何?」




悟浄の袖を引っ張って、答えを促す。

小さく溜息を吐いて、悟浄が立ち止まる。
それに習って、悟空も立ち止まった。




「此処で泣いたりすんなよ。喚くなよ?」




悟空はそれに頷いた。

絶対だぞ、と念を押す悟浄に。
悟空はまた、同じように頷いた。




「移り香だろうな。三蔵がそんなもんつけると思えないし」
「……なんでそんなの、移って来んの?」
「……そりゃ、多分……女じゃねえかな」




やっぱり。
薄々、そんな気はしていた。

そっちについて、特に知識は無い。
けれど、いつだったろうか。
酒場で三蔵に絡んできた女が、似たような匂いだったから。


俯いた悟空に、悟浄は言葉を紡げずに。
泣いたり喚いたりされない方が、困る事を知った。




「……あくまで、俺の勝手な推測だぜ?」




宥めるように言われた。




「……聞かない方が良かったんじゃねえか?」
「……別に…オレなんにも言ってないじゃん」
「そういう顔してるからだよ」




俯いてるのに、何故判るのか。
言いたかったが、声に出なかった。

薄々、感じてはいた事だけど。
改めて言われると、不快感が増した。
喉の奥が、焼け付くような渇きを持った。




「……お前、三蔵が好きなんだよな」




突然何を言い出すのかと思った。
けれど、それに躊躇いも無く頷くと。




「俺に乗り換えねえ?」




少しして、言われた事を理解してから。




「ぜってーやだ」
「……だろうな」




茶化すように笑う悟浄を見て。
本当に、乗り換えられたら良かったのに。
そんな事を何処か遠くで考えた。


持っていた荷物袋を、悟浄が抱え直す。
同じように、悟空も袋を持ち直した。

袋の中には、マルボロやハイライトもあった。




「早く帰んねーと、飯喰い損ねるな」
「あ! そうだった、悟浄急げよ!!」
「だっ! こら、待て猿!!」




雑踏の中、悟空が走り出すと。
数秒遅れて、悟浄も駆け出した。

時々誰かにぶつかったけど、気にしなかった。










宿が見えてきた所で、悟空は足を止めた。
それと同時に、悟浄も立ち止まる。

悟空の金瞳は、ある一点だけを映していた。

綺麗な金糸。
深い紫闇。
大好きな匂い。

いつもなら、笑って飛びつくのに。
それが出来なくて。


一瞬、視線が交わった気がした。
けれど、それを確認する暇も無く。
三蔵は宿の中へと、入っていった。

悟浄がこちらを見ているのが判った。
けれど、悟空は顔をあわせず、歩き出す。





『俺に乗り換えねえ?』





─────ソレガ出来タラ良カッタノニ。












後編