comprnsation









笑いかけてくるその瞳は

例えば泣いたらどんな風に光るんだ?





それを見たいと思うだけで、理由は十分過ぎるほどだ




















「……あれ?」




違和感を覚えて、悟空は立ち止まった。
ついさっきから、どうも同じ場所をグルグルと回っている気がする。





現在一行が通過しようとしている森は、然程大きなものではなかった。
見通しもいいし、街道にもなっていて、通りも広い。
道沿いには川が流れており、穏やかな時間を演出している。

折角そんな場所にやって来たのだからと、八戒が休憩を提案した。
三蔵も今日は機嫌が良かったのか、珍しくあっさりと許可が出た。
外面はいつものように仕方がないと言う顔だったけれど、悟空には判った。


休憩と言われても、悟空が寝る時と食べる時以外でじっとぃていられる筈がない。


一人であちこち駆け回るようになるまでに時間はかからなかった。
勿論、保護者の許可を貰ってからであるが。

保父からあまり遠くに行かないようにと注意されて、悟空は皆が見える場所までを行動範囲にした。
木登りをしたり川を覗き込んだり、ちょっと木々の合間を通ってみたり。
時々悟浄の笑う声が聞こえたりもして、ジープも一緒に遊んだら良かったかなぁ、とも思った。


自分の居場所と、三人との距離を考えながら遊んだ。
妖怪の襲撃もないし、遊ぶ子供の姿は、他三人から見ても和むものだった。



そうやって、それなりに気を付けていたのだ。
自分が方向感覚に弱い事は一応自覚があった事だし。
逸れて置いて行かれるなんて絶対に嫌だし。

なのに。





「……三蔵?」




確かめるように呼んだ声は、返って来る事はなかった。

周囲を見渡してみれば、すぐ傍を流れていた筈の川が見当たらない。
後ろを振り返っても、休んでいる筈の彼等が見えなかった。
前を向けば、何処までも続く乱立した木々。


自分の血の気が引くのが判った。



「三蔵!悟浄、八戒、ジープ!!」



出せる限りの声を出して、悟空は周囲を見回す。
けれども少年特有の高い声は、静かな森の中に吸収される。

風が吹いて、枝々の擦れる音がする。
何時の間にか空は曇ってしまったのか、木漏れ日さえない。
森の遠くの方がどんよりとして見えて、悟空は顔を顰めた。


迷子は動かないのが鉄則だ。
だけれど、そうして置いていかれるのだって嫌だ。

反対方向に行けば戻れるはずだ。
幸いにも薄らと自分の足跡は残ってくれているから、これを辿れば良い。



くるりと踵を返して、再び歩き出した。





それを追う影があるとも気付かずに。

























あれぇ、と。
またしても悟空は立ち止まることになってしまった。

念の為と通った道標として、手近な木に傷をつけた。
其処から歩いて然程の時間も経っていないのに、悟空は同じ場所に戻ってきていたのだ。
確認するように木の傷に触れると、やはりそれは自分がつけたもの。


同じ場所を行ったり来たりしている。

もしも結界だったりしたら、悟空にはどうしようもない。
結界を潜り抜ける術も、見破る術も、心得ているのは三蔵一人だ。



途方もなくなって、悟空はその場に立ち尽くす。



「やべーなぁ……」



彼等が探し出してくれるのを待つしかない。
探してくれるかどうかも判らないのだけど。


印をつけた木に背中を預けて、空を仰ぐ。
街道に付近に比べて、森の奥は鬱蒼としていた。
木漏れ日がないだけで、随分と暗くなったように思う。

これからどうすれば良いのか、悟空には判らない。
一先ず、このまま此処で一晩明かすような事にならない事だけを祈る。



このループから抜け出すことが果たして出来るのか。
一生こんな訳の判らない場所で暮らすなんて事は勘弁願う。




……その時。









「お困りのようだな、少年」









聞こえた声にその方向へと振り返ってみれば、つい先日逢ったばかりの青年がいる。
行き倒れていた所を見付けた悟空と、追っ手らしい妖怪を返り討ちにしてやった。
何故か三蔵達と知り合いであったらしく、仲間になっていた。

しかし、気付いた時には彼の姿は見えなくなっていた。
不思議に思いつつも三蔵達は気にしていないようだから、悟空も気に止めていなかった。


幻術を得意とし、自分は強いのだと言い切っていた彼。

結局それらしい闘いを悟空は見る機会がなかったのだが、幻術だけは披露して貰った。
と言うか、ハマった。



幻術使いの雀呂。



面白い奴、という理由で、悟空は彼の顔と名前を覚えていた。



「雀呂!」
「おお、覚えていたようだな。偉いぞ」
「へへ、面白い奴は覚えてられるんだ」



知り合いを見付けた悟空の表情が俄かに明るくなった。
背を預けていた機から離れて、悟空は雀呂に駆け寄る。



「なんか結界に嵌ったみたいでさぁ、皆のとこ帰れないんだ」
「ああ、この近辺の妖怪が仕掛けたものなのだろう」
「この辺に妖怪っているのか?妖気、ちっとも感じないんだけど」
「そうか?しかし俺が張ったんじゃないからな」



無防備に近付いてきた悟空に対して、雀呂は笑顔だ。



悟空は、彼が三蔵達とどんな出会いをしたのかを知らない。


あの時、悟空は一緒にいた少年と目指していた街に着いていた。
対して三蔵達は妖怪の襲撃によって川を流され、八百鼡、独角児と合流し、その後雀呂が乱入してきたのだ。

幻術によって三蔵達が思いも寄らぬ苦戦を強いられたと、悟空は聞かされた事はない。
何より悟空だってあの時、期せずして紅咳児に苦戦していたのだから、あの時の話はあまり話題に上らなかった。
それぞれ悔しい思いは消えないもので、誰ともなく口を噤んでいるのである。


悟空が雀呂と顔を合わせてからもそれは変わらない。
だから悟空の雀呂への認識は、旅の最中で出来た友人の一人に過ぎない。



「ってか、それよりさ。雀呂、この結界どうにか出来ない?」
「壊して欲しいのか?」
「だってじゃないと皆のとこ帰れないもん。置いていかれるのヤだし」



自分一人でいる時に、こんな状況に陥った事はなかった。
それは今まで幸運であったのだが、いざ落ちてしまうとどうにもならないものだ。
せめて何かしらの方法を教えて貰っていれば、と今更思う悟空である。

言われた雀呂の方は、少々思案しているようだ。


しかしやや間を置いてから、にっと笑顔を浮かべる。



「良いだろう、少年。其処まで言うなら、俺が結界を破ってやろう」
「マジ!?」



ぱっと破顔した悟空に、雀呂は頷いた。





「ただし」





す、と雀呂の双眸が細められる。








とかく、悟空は一度気を許した相手に対して、警戒心が働き難い。
例外なのは一般的に“ライバル”と呼ばれるような関係である紅咳児ぐらいだ。

少しでも懐に入れる事を許した時、悟空は殆どその相手に対して無防備になると言って良い。
動物か幼い子供のように、本能で相手を見る悟空だが、やはり僅かでも優しさを垣間見ると絆されてしまうのだ。
何かあった時の対処はそれなりに心得ているつもりの悟空であるが、心はそれに追い付かない。
こいつだったら大丈夫───…そんな考えが消えなくなる。


それに裏切られた事だって、一度や二度ではなかっただろうに。
それでも悟空は信じることを止めない。



それが時として、付け入られる大きな隙になるとしても。