beast crazy









真っ暗な部屋の中で

あなただけが酷く鮮やかで




……キレイなあなたを独り占めしたくなったんだ


































古い石造りの床の上を歩いていけば、定期的に靴が硬質な音を立てる。
この足音を聞かれたら、きっと直ぐに上へと連れ戻されてしまうに違いない。



本当なら、此処から先、悟空は立ち入り禁止とされている。
父親にも兄代わりの人たちにも、近付くことさえ許されていなかった。
“穢れが伝染るから”────そう、強く言い含められていた。

けれど、下へ下へと延々と長く続く階段を降りていく悟空の足取りに迷いは無かった。
数メートル毎に揺らめく小さな蝋燭の灯火だけを頼りに、悟空は一段一段踏み締めるようにして進んでいく。


最初に此処に来たときは、ただ好奇心に駆られただけだった。
父が何をそんなに隠しているのか知りたくなって、一度見たらもう戻らない事だけを決めて、この階段を下りていった。

だけど自分で決めたその事項を自ら破って、悟空は今でもこの階段を下りていく。



だって、囚われてしまった。
この先に繋がれた、きれいなきれいな金色のケモノに。



こうして階段を下りていく間にも、悟空の心臓は早鐘を打っている。
このまま過呼吸にでも陥ってしまいそうで、膝も少し笑っていた。

この先にいるモノの事を考えるだけで、最近はそんな風になっている。
気持ちばかりが急いて、父や兄と話している時でも、あれの事が頭から離れない。
ふとした瞬間に声を思い出せば躯が疼いて、今すぐあれのもとに行きたくて堪らない。


きっと可笑しい事なのだとは思っていた。

けれど、理性よりも本能の上げる声の方が大きくて、何よりずっと魅力的で。
他の何をかなぐり捨てても良いから、あれのもとに行きたかった。




前に来てから一週間が経っている。
それに気付いた時、ああ、だからこんなに疼くんだ、と納得してしまった。

多い時は二日に一度の頻度で、悟空は此処を訪れていた。
それが一ヵ月後に控える悟空の19歳の聖誕祭の為、色々と準備に追われ、自分の時間を持てずにいた。
ようやく今朝落ち着くことが出来て────解放されてすぐ、悟空は此処へ駆けて来た。


一週間だ。
ひょっとしたら、自分の事なんて忘れているかも知れない。




そんな事まで考えて、悟空はそれを嫌だと思った。




























最後の一段を降りて、辿り着いたのはじめりと湿気った空気の、閉ざされた地下牢。
悟空は其処まで来ると震える躯を一度叱咤して、真っ直ぐに歩き出した。



この地下牢は表向き、何年も使われていない、とされている。

けれど本当は今も使われていて、一番奥に一匹のケモノが捕らえられていた。
此処の牢には特殊な術がかけられていて、捕らえたモノの力を抑制する効果がある。


そんな場所に捕らえられている存在がどれだけ危険なのか、悟空とて頭では判っているつもりだった。
特に一番奥は強い結界が張られていて、本来なら其処へ辿り着くことすら出来ないようになっていた。

けれど、悟空は歴代の血筋の中でも、突出した力の持ち主だった。
結界をものともせずに通り抜けた悟空は、まるで誘蛾灯誘われるように迷いなく其処へ辿り着いた。
そして其処で、あのキレイなケモノと邂逅したのである。



幾つも幾つも分かれ道のある道程を、悟空は迷いなく選んで進む。
初めて来た時はどうしてこんなに迷いなく歩いていけるのか不思議だった。

けれど、今はちっとも不思議に思っていない。




だって、彼が呼んでいると知ったから。




歩いて歩いて、多分最短ルートを無意識の内に選んで進んで。
辿り着いた最奥の鉄格子の向こうに、見つけた存在に悟空の躯が歓喜に震えた。

足音を聞いてか、それとも判っていて今ゆっくりと振り向くのだろうか。
小さな蝋燭の灯火さえ反射させる金糸が揺れて、深い紫闇が悟空を囚えた。
その途端に、悟空は弾かれたように床を蹴り、鉄格子に縋りつく。


与えられるのは、深い口付け。



「う…ん……ふぅ…っは……」



鉄格子の隙間から伸ばされた手が悟空の後頭部を掴む。
逃れることは許さないと言うように押さえつけられて、悟空は息苦しくなる。
けれど、決して悟空がこれを拒む事は無かった。

もう片方の腕は悟空の背中に回されて、悟空の躯を完全に拘束した。
悟空も鉄格子の隙間から牢へと腕を差し入れ、食いついて来る金糸のケモノに縋りついた。



「あ…は……ぅん、ん……」



全てを貪るような激しい口付けに、悟空は呼吸さえも奪われる。
時折隙間を開けてはくれるものの、その瞬間に取り込む酸素だけでは足りなかった。


舌を絡め取られ、口内を好きに蹂躙される。
飲み込みきれなかった唾液が零れ、息苦しさから溢れた涙が頬を伝った。

ようやく唇を解放されると、零れた唾液と涙を舐め取られる。
それだけで悟空の体はふるりと震え、耐え難い熱が湧き上がってくる。



「あっ……」



するりと背中から滑り落ちたケモノの手が、悟空の形のいい尻を撫でた。

一週間ぶりに与えられる快感に、悟空は甘い声を上げる。
まだ行為そのものを始めてもいないのに反応する悟空に、ケモノがクッと笑った。



「随分長い間来なかったな……」
「は…あっ、あ…んっ……」



後頭部を押さえつけていた手が離れ、服越しに悟空の胸を円を描くように撫でる。



「どれくらいだ?」
「…い…一週間……あっ…」
「そんなに経ってたか」



薄い生地の上から与えられる愛撫。
それに刺激されながら応えた悟空に、ケモノはあまり興味なさそうに呟いた。

この地下牢には、無論光など差さず、一日の時間を知らせるようなものものない。
地上ならば響き渡る時刻を知らせる鐘の音も、こんな地下深くまでは届かなかった。
だから悟空が日時を告げる以外で、このケモノが時間を知る事は無い。



「ああっ……!」



きゅ、とケモノの指が悟空の胸の果実を服越しに摘む。
ピクンと跳ねた悟空に、ケモノは面白そうに口元を歪めた。



「随分と淫乱になってきたな……」
「っは、はぅっ…あんっ……だ、めぇ…」
「ヤられに来といて今更だな」



弱々しい、中身を伴わない拒絶の言葉。
それが金糸のケモノを煽るなど、悟空は気付いていない。








悟空はこの金糸のケモノに囚われるまで、行為と言うものがなんなのかすら知らなかった。
周りが進んで教えようとしなかった事もあるし、悟空自身に行為に対して興味が無かったのが原因か。
キスだって知識としてのものしか知らず、自分がそういう事をするようになるとも思っていなかった。

それを打ち壊したのが、この金糸のケモノ。
逢った瞬間に囚われた悟空の全てを、このケモノは当たり前の事のように暴いたのである。


ただの好奇心に駆られて、途中からは何かに呼ばれるように誘われて。
辿り着いた此処で最初に金糸のケモノを見つけた時は、ケモノは悟空を酷く警戒していた。

此処にいるという事は、危険な力を持つ存在だという事。
判っているのにその綺麗な金糸に誘われた悟空は、躊躇いもなく鉄格子に駆け寄り、声をかけた。
一体どんな声をしているのか知りたくて、悟空はケモノが警戒を解くまで、毎日通った。
無論、父や兄に見付からないようにこっそりと。

あまりに真っ直ぐ向けられる瞳に邪気がないと毒気を抜かれたケモノが近寄ってくるまで、数日かかった。



最初の頃は本当に話をしに来ていただけだった。



悟空にとってこのケモノが何者であるかなど関係ない。
ただきらきら輝く金糸の心を奪われて、もうその時、悟空はまともな判断が出来なくなっていたかも知れない。

その日一日の出来事を話したり、過保護な兄の愚痴であったり、そんな他愛も無いものばかり。
ケモノは相槌も殆どしなかったけれど、黙るとこちらに目を向けてきたから、聞いてくれているのだと判った。


なんだか自分だけの友達を持ったようで、悟空は嬉しかったのだ。
父も二人の兄も優しいし、愛してくれるけれど、それと比べていいものではないと悟空は思った。
この金糸のケモノとこうして話をするのが自分だけだと思うと、キレイなものを独り占めしている子供のように嬉しくて。

それに、父も二人の兄も忙しくて、滅多に悟空と一緒の時間が作れない。
その空虚な時間を埋めるように此処に通って、一ヶ月の時が経った頃だろうか。



珍しく体調が思わしくない様子のケモノを見て格子越しに呼んでいたら、突然口付けられた。
訳も判らないうちに悟空は全てを暴かれ、貫かれ、身も心も囚われた。

手酷く扱われたのに、いつも行為の後は優しかった。
だから余計に雁字搦めにされて、悟空は此処に通うのを止めようとは思わなかった。


此処に来るたびに犯されるようになって。
そして優しく撫でられて、見えない鎖で繋がれて。

それでも、悟空はこのキレイな金糸のケモノが好きだった。