biorhythms crazy








突如響いた爆音。




それまで疲労と気だるさにうつらうつらとしていた悟空だったが、これには意識が一気に覚醒した。
露にしたままだった下肢を隠そうと、慌てて布団とズボンを手元に引き寄せた。

引き寄せた布団で下肢を包んだ直後に、部屋の扉が予告なく開かれた。





「おい、悟空!!」
「悟空、大丈夫ですか!?」





部屋の前で警護として不寝番をしていた、捲簾と天蓬だった。
二人は悟空の無事な姿を確認すると、ほっとしたように息を吐いた。


この城は壁面にも防護結界を張っている為、余程の事がなければ城が揺れるほどの衝撃が起きる事は無い。
結界内の内部爆破はあるとしても、その余波で城全体が揺れ動くなんてありえなかった。

けれども、その在り得ないと思われていた出来事が、今実際に起こった。
城の真下で地震が起きたのではないかと思うほど、爆音と同時に城は大きく揺れたのだ。
既に夜の帳が下り、息を潜めたはずの城内は俄かに慌しくなった。



「さ、さっきの、なに?」
「いや、俺達にも判んねぇ。けど、良くない感じはする」



不安そうな顔をする弟を宥めようとしてか、捲簾は悟空の小さな体を抱き締める。

天蓬が部屋の窓辺に走り、周囲を一度確認してから窓を開け放った。
突風と思うほどに強い風が部屋に入り込んで、悟空は寒さにふるりと体を震わせた。



「天蓬、どうだ!?」
「……下の方から煙が上がってますね。結構大きな穴が開いてそうです───っと!」
「わっ!」
「うおっ!?」



天蓬の言葉が終わるよりも一瞬早く、二度目の爆音。
今度は音だけでなく、天蓬の視線の先で強固である筈の防護壁も壁も含めて吹っ飛ぶのが見えた。
同時にまた激しい揺れに、悟空と捲簾は声をあげる。



「誰だよ、城内でドンパチやってんのは!」
「防護壁もろともぶち壊すぐらいの力持ってる人なんて、そうそういないでしょ!」
「そうだけど!!」



半ば自暴自棄で叫ぶ捲簾に、天蓬も同じ心境だったのか舌打ちする。
悟空はと言えば捲簾の腕の中で目を白黒させているだけだ。



「取り合えず、非難ですね。穴二つも開いてちゃ、何が起きるか」
「で、でも、城壊れちゃうよ!?」
「人命優先!城なんか生きてりゃその内また作れんだ。ほら、行くぞ!」



悟空の返事を待たず、捲簾は悟空を抱き上げようとした。
しかし。





三度目の、爆発。




今度は窓の直ぐ外で、部屋の壁も窓ガラスも全て破り去った。
窓辺にいた天蓬は咄嗟に頭を伏せ、捲簾は悟空を全身を以って覆う。

悟空は捲簾の体に視界を遮られたが、それでもあちこちで瓦礫が崩れる音がするのを聞いた。
すぐ近くから巻き起こる爆風に、飛ばされるんじゃないかと思う。
捲簾が強く抑えていてくれるから、まだ此処にいられるのだろう。
でなければ小さく軽い悟空の体躯など、あっという間に風に押し流されてしまいそうで。


風が幾らか止んでも、瓦礫の崩れる音は止まないままだった。



「ケホ…ケホッ」
「うっぷ…すげー埃……大丈夫か、悟空?」
「う、うん……ケン兄ちゃんがぎゅーってしててくれたから……ね、天ちゃんは…?」
「生きてますよー」



爆発の煙が晴れてきた頃に、床に膝を突いたままで手を振る天蓬の影を見つけた。
それにほんの少しほっとして、悟空は胸を撫で下ろす。



「それよか、早く逃げねぇと!」



この部屋の壁は、さっきの爆発で防護壁もろとも吹き飛んでしまった。
一切の防御する術をなくした場所に、いつまでも悟空を置いて置く訳にはいかない。

増してすぐ近くで起きた爆発ならば、それは明らかに悟空を狙ったものだ。
無防備な此処にいては、そのまま好きにしろと言わんばかりのものになる。
それは捲簾も天蓬も同じ思いだった。


だがまたしても、彼らのそんな思いは届いてはくれなかった。









「逃がすかよ」








爆発の名残の煙の中で、声が聞こえた。

捲簾と天蓬が悟空を背に庇い、声のした方向へ振り返り、戦闘姿勢を取る。
突風とは違う風が吹いたのはその後で、風は視界を覆っていた煙を全て取り払って行った。





そして現れたのは、金糸の獣。









何故それが此処にいるのか。
如何して此処に来たのか。
何故こんな事をするのか。

聞きたい事は山ほどある筈で、だけれど一つも言葉になる事は無かった。
だってそれよりも、また疼いてきた熱が苦しくてたまらなかったから。








金糸の獣の姿を見て、悟空がどんな表情をしているのか。
背中を向けたままの捲簾と天蓬が、それを知ることはきっとないのだろう。

また獣の視線が兄二人を通り越して悟空に向けられているのが判ったから、悟空は余計に熱を感じてしまった。
父から謹慎を言い渡されてから、毎日毎日、本当は獣の顔が見たくて堪らなかった。
躯の中で暴れ狂う熱を、収めて欲しくて。


ふるりと震えた悟空の変化を悟ってか、獣が口端を上げて笑う。
いつもの暗闇の中ではなく、月の下で笑むそれが酷く扇情的で、悟空は背筋をゾクリとしたものが走るのを感じた。



「悟空、下がってろ!」
「……とっくに逝ったものだと思ってたんですけどね」



悟空の変化など知る由もない二人は、獣に向けて刃を向ける。

普段は“気のいい兄”“物知りな兄”である二人だけれど、それでも一国の王の両翼である。
国を担う者の血筋の者ではないにしても、彼らの持つ力も相当なものだった。




それを思い出した瞬間に、悟空は獣の身を案じてしまった。
自分を守ろうとしてくれる二人よりも、この場にいない父よりも、先に。





「待っ────」




止めようとした悟空の声は、彼らに届くことは無かった。


獣が突き出した手から波動が放たれるのとほぼ同時に、天蓬が防護壁を張る。
防護壁と波動がぶつかり、天蓬の脚が床を摺って交代したが、天蓬は防護壁を張ったまま姿勢を崩さなかった。
二つの能力は衝突しあったまま押し合いを繰り返す。

その天蓬の斜め後ろで、捲簾の右手が放電を始めていた。
過去に何度か見た事のあるその術法の威力を思い出し、悟空は一気に血の気が引いたのを感じた。



そんな事したら────



彼らが何故そうしようとしているのか、判らない訳ではない。
あの獣がいたのは深く暗い地下牢の奥底で、それは彼が大罪人であるという証。
手段は知らないが歴史上初めて脱走したそれを、再び捕らえようと───或いは、始末しようというのは当然のこと。

悟空を守りながら戦う彼らに、寸分の迷いなどあってはならない。


けれど止めなければ、と悟空は思ってしまった。
手を伸ばせば、捲簾に届く距離。

止められる、筈だと。




けれども、金糸が呟いたのが聞こえた。









「問題ねぇよ」









波動が消えると同時に天蓬も防護壁を解除し、捲簾が前に出た。
そのまま捲簾が放電する腕を突き出した、直後だった。




「─────なっ……!?」




上ずった捲簾の声が聞こえたと思った直後、人の大きさの二倍もある波動が捲簾と天蓬を飲み込んだ。

途端に眩しいほどの青白い光に視界を覆われて、悟空は顔を隠して目を閉じた。
けれども青白い光は悟空の間近まで来ると、熱の余韻を残したまま、ふつりと途絶えて消えてしまった。


あれ程の勢いと巨大な波動がぷつりと消えるなど。
まだ力の制御の仕方を知らない悟空にしてみれば、信じられないことだった。


恐る恐る目を開けてみれば、悟空自身の体に異常はなかった。
三度目の爆発でも捲簾の保護あって無傷なままだった体には、火傷の痕も残っていない。

そっと顔を持ち上げて前を向いてみれば、捲簾と天蓬が全身に火傷を負った状態で倒れていた。
彼らの服は、物理的なものに対しても、術法に対しても強い防護が働くように出来ている。
だから多少の術法の攻撃では彼らに届くことはない筈だった。
───けれども、彼らは意識をなくして其処に伏している。



「ケン…兄ちゃん………天ちゃ………」



その時になって初めて、今この場で悟空は彼らの身がどんな事になっているのか考えた。
あれ程に巨大な波動を正面から喰らって、彼らとて無事でいられる訳がなかった。



「ケン兄ちゃん、天ちゃん!」
「……っつ…」
「────ぅ……」



声を張って名を呼べば、二人が呻くのが僅かに聞き取れた。
だが痛みに顔を顰める二人は、起き上がるどころか指一本動かせない状態だった。


その二人の横を、まるで存在を認識していないかのように素通りして近付いてくる、金糸の獣。

ベッドの上に座り込んだまま、悟空は見下ろす金糸の獣を見上げた。
暗がりの中以外で初めて見た獣の顔は端整で、父とよく似て、でもやはり違っていた。
月の光に照らされて反射する金糸も、やはり父と似ていて違った。



真っ直ぐに見下ろしてくる深い紫闇は、あの暗がりの中で見上げていたものと同じだ。
綺麗で強いその紫水晶に見つめられていると思うだけで、熱が篭る。

こんな時に、と思ってはいる。
けれど、短い間に注ぎ込まれた熱は偽りようの無いものだった。
そして獣によって仕立て上げられた躯は、最早悟空の意思とは関係なく欲しがるようになり、
今となっては最後の砦である意思さえも崩折れていってしまう。



「………っあ……」



ふるり、と震えた躯を隠すように、悟空は自分の躯を掻き抱いた。


下肢が疼く。

ほんの少し前まで、自分で弄っていた、下肢が。
穴がヒクついて、欲しがっているのが判る。



(─────オレ……やっぱり、サイテーだ……)



獣の後ろで伏している二人が、見えていない訳じゃない。
この場にいない父が無事でいるのか、心配じゃない訳じゃない。

でも。




鉄格子越しじゃなく、伸ばされる腕を、













「来いよ………──────悟空」














拒むなんて、出来なかった。