The false world











閉じ込めて

何も知らないままでいられるように



目を閉じて

他の誰も見ないままでいられるように








僕が望むのは君だけだから


































「焔ぁ」






甘えるように名を呼ばれて、振り返る。

ベッドの上で枕を抱いて、退屈そうに寝転がっている少年。
気持ち程度に伸びた後ろ髪は項で括り、後れ毛がぴんぴんと飛び跳ねていた。
…焔の記憶の中にある長さになるには、まだ当分かかるだろう。


目の前に好きな人がいるのに構って貰えないのがどうにも不満らしい。
判り易い子供の表情に、焔は小さく笑った。

大して興味はないが気紛れに呼んでいた書物を閉じて、テーブルに放り投げる。



「おいで、悟空」



そしてそう言うと、悟空はぱっと表情を明るくして立ち上がる。
ずっと抱いたままだった枕を放り投げて、悟空は椅子に座っている焔に駆け寄った。
名前を呼ばれるだけで嬉しそうに笑う姿は、ずっと昔と何も変わっていない。


当たり前のように膝の上に上ってくる。
記憶にあるものよりも重くはなったけれど、それでも悟空はやはり細身だ。
子供特有の丸みは抑えられ、無駄なく筋肉がついているけれど、如何せん華奢なのである。
特に体格の良い是音と並んで立つと、それは誇張されるように見える。

膝上に上って、背中に回される腕。
其処から伝わる温もりは、どれ程の時間が流れても変わることはなかった。



「どうした?」
「どーしたじゃないよ」



見上げて言った悟空は、唇を尖らせて見るけれど、瞳の奥の輝きは誤魔化せなかった。
ようやく構って貰える、そんな思いがちらほら見えた。



「帰ったら遊んでくれるって言ったのに、本なんか読んでさ」
「俺が戻った時、お前が寝ていたからだろう?」
「起こしてくれれば良いじゃん」



焔が外から帰った時、悟空は布団に包まってぐっすりと眠っていた。
確かに戻ったら構ってやると約束してはいたが、相手が夢の中では仕方がない。
気持ち良さそうに眠っていたものだから、焔もなんとなく起こす気がひけてしまったのだ。

悟空が起きるまでの暇つぶしに本を読み始めてから、約30分後。
悟空はようやく目覚めたのだが、やはり起きてすぐはぼんやりと寝惚け眼のままだった。
しっかり意識が覚醒するまで待っていた焔だったが、どうやらその所為で機嫌を損ねたようだ。


悟空は意識が覚醒してからもずっと待っていたのだ。
焔の方から声をかけてくれるのを。

焔の方も、悟空が声をかけてくるのを待っていた。
結局折れたのは焔の方であったけれど。



ぷーっと膨れたまま、悟空はついと目を逸らす。
怒っているのだと、そんなポーズだ。

けれども焔の悟空を見つめる瞳は静かで優しいもの。
小さな子供を相手にしているような、実際焔にとっては似たようなものだったのかも知れない。
悟空の頭を撫でる手は少しだけぎこちないけれど、慈悲に溢れているようにも見えた。



「焔のうそつき。遊んでくれるって言ったくせに」
「ああ、悪かったよ」
「焔はオレより本の方がいいんだ」



小さな悟空のその呟きに、焔は思わず笑ってしまった。

なんとも可愛い嫉妬をしてくれる。
興味もない気紛れで開いていただけの書物を相手に、頬を膨らませたりして。
しかも悟空は至って真面目にそれを呟くものだから、余計に焔は可笑しかった。



「何笑ってんだよ」
「……ふ…いや、別に」
「…やっぱそうなんだ。オレより本の方がいいんだ」
「おいおい」



上目遣いに睨みながら言う悟空に、焔は眉尻を下げた。
それから悟空の顎を捉えて上向かせると、触れるだけの優しいキスを落とす。



「そう怒るな」
「……怒るよ」
「すまない」



悟空の嫉妬の幅は、思っていたよりも広いのだ。

先程の書物であったり、物言わぬ置物であったり────……、
焔の座る玉座にまで嫉妬した時には、是音や紫鳶がいるにも関わらず声をあげて笑ってしまった。
何故そんなに妬くのかと問えば、焔がそれを気に入っているからだと言っていた。

他にも是音や紫鳶と話をしていても、悟空はよく割り込んでくる。
なんでも、焔を他人に奪られてしまいそうで嫌なのだと。


焔にしてみれば少しばかり心外だ。



何故なら。








「大丈夫。俺はお前しか見えないよ」









他に見向きなんてするものか。
他に大切なものなんてありはしない。



永遠にも等しい刻を過ごし待ち続け、ようやく手に入れることが出来た至高の秘宝とも言える唯一無二の存在。
この存在を知ったその瞬間から、焔の瞳には最早この子供しか映らなくなったのだ。
時に記憶を過ぎる面影に想いを馳せども、今己の心の向かう先はただ一つしかない。

嘗てのあの日、小さな子供が小さな手で花を差し出した時から、それは永劫変わるまい。
だからこそ永い刻を経た今でも想いは消えることはなく、溢れ出すまま止まらないのだ。


確かに、悟空の存在が新天地創造において不可欠な要素である事に間違いはない。
けれども焔が悟空を求めた理由はそれだけではない。
今思えば、“新天地創造”は大義名分にも似たものであったかも知れない。

この腕の中に閉じ込める理由があれば良かった。
“新天地創造”は確かに焔の求めているものではあるけれど、それでも。



一番欲しかったのは、世界なんかじゃない。

“悟空”だ。




だから。












「俺には、お前が在ればいい」











間近で真っ直ぐに射抜くオッドアイに、悟空の頬がほんのりと染まる。
焔の言葉に少し驚いたのか金の瞳は瞠目し、目の前の焔の顔をそのまま綺麗に映し出す。


悟空の後頭部に手を沿えて、今度は深く口付ける。
零れそうな大きな月が目の前にある事に、焔は胸中で笑んだ。

柔らかな唇の感触に酔いしれるように、焔は悟空の咥内を貪り続ける。
それにいつの間にか答えるように悟空は己の舌を絡め、ゆっくりと瞼を下ろしていく。
綺麗な金色が見えなくなるのは少し残念だったが、それでも焔は解放しようとしなかった。



「ん……ぅ…っふ…うん……っ」



くちゅ、という水音が聞こえて、悟空が躯を震わせる。
焔の羽織を掴む小さな手が震えているのが伝わって、焔は空いている手でその手を捕まえた。



「……っは……悟空……」
「ほ、む……う……んん…」



こうして口付けを交わす事だけでも、どれほど長い間望み続けてきたか。
正確な年月が判らなくなったのは、待つ日々があまりに長過ぎた所為か、それとも手に入れてしまった今だからか。
焔もよくは判らなかったが、どうでもいいとも思ってそれ以上考える事は放棄した。

小さな躯の温度が上がっていくのが伝わって、それは焔にも伝染していく。
紅い顔をして焔の口付けに答える子供の姿に、焔の熱は下半身に厭が応にも集中して行った。



「ぅ、ん、…ほ、むら……ぁぅん…っ」
「……うん……?」
「もう…苦し……ん、はっ…あ……っ」



離れる間際に、悟空の唇を舌で舐めた。
生き物のように動くそれに悟空はピクンと震えて、艶の篭った呼吸を漏らした。


先程まで悟空が寝転んでいたベッドに、再びその小さな体を横たえる。
顔の真横に両手を付いて覆い被されば、悟空は甘えるように手を伸ばす。

実際、悟空は甘えていた。
己を翻弄する熱からの解放を求めて、同時に更なる快感を求めて。


焔の首に腕を廻してそろりと舌を覗かせる悟空に、焔は欲情する自分を自覚する。



「も……苦しいよ…キス……長い、もん……」
「だが、好きだろう?」



覗く悟空の色付く舌に、焔は己の舌を重ねた。
口付けを交わすのとは違う感覚がする。


戯れを続けながら、焔は悟空の服を脱がしていく。
悟空の服はラフなもので、重ね着もしていないから脱がせば直ぐに肌が露になった。

部屋の中は薄暗かったが、色付く胸の果実の色は誤魔化せない。
其処を指先で弄ると悟空の躯がひくっと跳ね、淡い艶声が漏れた。



「焔…ぁっ…ん、あぅっ……」



爪先で引っ掻くように弄ると、直ぐに乳首が固くなっていく。
潰すように指先で押しても、離せばすぐにピンと天を突くように跳ね返る。



「可愛いな……」
「あ、んっ…あっ、やぁ……っは…あ…」



絡み合っていた舌を離せば、名残のように銀糸が光る。
それがプツリと切れてしまうのを勿体無いと思ったのは、恐らく二人同時だっただろう。



「可愛い…って…んっ……言う、なあ……っは…あ…!」
「何故だ?俺は事実を言っているだけだ」
「んっく!あ、や、はんっ!」



右の果実を指で弄ると同時に、舌先で左側の果実を舐めて転がす。

悟空の手が抗議のように焔のダークの髪を引っ張るが、其処にまともな力は入っていない。
拙い反抗をしてくれる悟空に、また可愛い、と思ってしまう。



「可愛い…って…あ、んっ!女に…っは…言う、セリフ……だってぇっ」



途切れ途切れに言う悟空の言葉に、焔はしばし黙っていた。
その傍ら脳裏に過ぎるのは部下の眼帯の男で、彼は何かと悟空に色んなことを吹き込んでくれる。
外に出られない悟空の気を紛らわせてやっているのだろうが、どうして時折いらないことまで教え込むのか。

愛撫に頬を染めながら睨む悟空に、焔は小さく嘆息する。
それを呆れたと思った悟空が憤慨する前に、胸の果実を一つ強く吸い上げた。



「やっん!」
「最近は男にも言うらしいぞ」
「そ、ういう意味じゃなくて…あっ!」
「可愛いものは可愛いんだ。他にどう言えと?」
「あ、んんっ!やん、あっひゃっ、あぁっ!」



右の果実を弄る指先は、悪戯に爪を引っ掛ける。
同時に左の果実にも歯を立てて軽く噛んでやれば、悟空はいやいやと頭を横に振り乱した。



「だ、ってぇっ!お、オレ、女じゃっ…んっ…ないぃ……」
「知っている。俺は、お前だから可愛いと思うんだ」



悟空が男でも女でも、焔にとっては関係ない。
悟空が“悟空”という存在であるからこそ愛しさが募り、可愛いと思うようになる。

女のような膨らみがなくても、焔からすれば大した意味の違いはないのだ。
愛撫に、口付けに堪えるこの躯が、存在が、魂が愛しい。



「是音の言う事は気にするな」
「っは、あんっ…!う、んん……!」
「お前の反応を面白がっているだけだ」






─────焔が悟空に対して“可愛い”という事は、実は頻繁な事であった。
何をしていても可愛いと思うものだから、ついその言葉が口を突いて出る。

意外と自分が正直な性格をしていると知ったのは、悟空とこうやって過ごすようになってからだ。
それ以前の自分がどんなものだったかなんて、興味もなかったから碌に覚えてはいないけど。


“可愛い”と言う度、悟空は頬を染めて恥ずかしそうに笑った。
その顔がまた可愛くて、そんな会話の堂々巡りが続いたことも何度かある。
「あまり言うな」と怒られたことも少なくないが、焔はそんな事は気にしなかった。


そんな二人を口の軽い部下が揶揄うのはいつもの事だ。
しかし焔の方は動じない上にてんで相手にしないから、矛先は自然と悟空に向かった。
素直で判り易い反応をしてくれる悟空の方が、確かに揶揄って面白いだろう。

お陰で部下から何事か聞いた悟空が、拗ねて口を利かなくなった事もある。
途端に参った様相になった大将に、是音が情けないなと面白そうに笑っていたのを焔はまだ覚えている。



今回もそれと同じことだ。
何を言えば悟空がどんな反応をするのか、判り易いから皆知っている。

きっと今頃、吹き込んだ張本人は楽しそうにしている事だろう。