オシリスの審判







円の外側の区画、その中でも特に人気のない場所に、その古びた建物はあった。
分厚い白い壁はあちこちが汚れ罅も入っており、相当な年季が入っている事が窺える。
元は倉庫にでも使われていたのか、窓は殆どないが、内部はひんやりとして涼しかった。

扉は強固で、壁と同じく分厚いものだったが、鍵は壊れその役目をとうに放棄していた。
打ち捨てられて長いのだろうが、人の出入りは頻繁であるらしく、埃はなく、古びた机や毛布が散乱している。


集まっているのは間違いなく、この男達だと悟空は思った。


冷たい床に座らされ、両腕は後ろ手にされて鎖で拘束され、時々擦れて痛い。
けれど一瞬でも弱みを見せれば相手に付け入れられる隙を作るから、悟空はずっと口を一文字にして黙していた。

最初はロープで縛られていたのだが、力任せに引き千切って脱走に失敗した後、鎖に付け替えられた。
あそこで失敗したのは本当に痛手だ。


現在この倉の中にいるのは、悟空とリーダーと巨漢の男、そして顔は見えない一人の中肉中背の男だ。

巨漢の男は此処まで悟空を担いで来た。
宙ぶらりんのままで、まるで掴まった猿か何かのようで腹が立った。
だがそうする事が一番逃げられないから、屈辱感も合わせて余計に悟空はムカついた。

リーダーの方はじろじろと悟空の顔を見ては面白そうに笑う。
虚勢を張っているとでも思っているのだろう、後で絶対に殴る、と悟空は心に決めた。

そして中肉中背の一人だが、こちらは最初から倉の中にいた。
街の中で声をかけてきた時にいた沢山の手下達は、今の所戻ってくる様子はない。
恐らく、この一人はアジトの見張り番なのだろう。

三人。
腕さえ外せれば、タイミングを間違えなければ、迷わなければ。
誰の手も煩わせる事無く、逃げ出すことが出来る筈だ。

さっきはタイミングを間違えた。
不意打ちさえ喰らわなければ、今度こそ、相手が大人数でも勝てると悟空は思っていた。



「怖がらねえな、坊主」



リーダーが言った。

手には細長い四角い酒瓶を持っており、アルコール度数が強いらしく、男の顔は赤みを帯びている。
床には他にも幾つも瓶が転がっていて、時折酒独特の匂いが悟空の鼻をついた。


べっ、と悟空は男に向かって舌を出す。



「強気だな」
「坊主じゃねえって言ってる」
「ああ、悪かったよ坊主」



名前を呼んで欲しいと思っている訳ではないが、そう呼ばれると腹が立つ。
昼間に散々子供扱いされたのを未だ引き摺っている気分もあるのだろう。



「でもな、もう逃げようなんて考えねぇ方がいいぞ」
「知らね。そんなのオレが決める」
「大人しく親御さんを待ってた方が、自分の身は安全だと思うけどなぁ」



親御、と言われて誰の事だろうと悟空は少し首を傾げた。
大人三人を示していることは判ったが、あれの誰が自分の親という認識に繋がるのだろうか。
彼等が聞いたら怒り出しそうな話だ、八戒だけは笑って聞き流すだろうけれど。

それよりも悟空にとっては、“大人しく助けを待ったらどうだ”と言われた事の方が気に入らなかった。



「三蔵達が来てくれるなんて期待してねぇもん。自分でなんとかする」



それが悟空を引き取ってくれた三蔵が、自分を傍に置いてくれる理由の一つだ。
彼は誰よりも強いから、悟空だって自分の身ぐらい自分で守れなければ。
弱かったら彼の傍にはいられない。

大体、彼等が仮に来てくれたとして、こんな無様な姿を見られるのも嫌だ。
五千歩譲って捕まった事は仕方がないとしても、助け出されるまで大人しくしているなんて出来るものか。


悟空のその言葉は決して嘘偽りではなく、虚勢でもない。
けれども悟空の気質を知らぬ男達にしてみれば、無鉄砲な子供の見栄でしかない。



「威勢のいい坊主だなぁ」



にやにやと笑いながら、リーダーが酒瓶を手に立ち上がる。
ゆっくりと近付いてくる足元は、アルコールが回っているのか僅かにフラついている。

いい具合に酒に酔った男は、悟空の前で目線を合わせてしゃがむと、顔を近付ける。
酒の匂いが間近で強く匂って、悟空は思いきり顔を顰めた。
果実酒等という甘い匂いは欠片もない、瓶のラベルを見れば“rum”と書かれている。
それを悟空は読めなかったが、隣に書いてあるアルコール度数に一瞬目を瞠った。


この男がいつからこの酒を飲んでいるかは知らないが、どう見ても性質の悪い酔っ払い方だ。
明らかに面白い事を思いついたという顔をして、悟空は嫌な予感がして眉根を寄せる。



「お前、ちょっと来い」



悟空の顔に自分の顔を近付けたまま、男は言った。
誰かが立ち上がる音がしたのは悟空にも聞こえたが、視界がリーダーの男一杯で確認が出来ない。

睨んでいると、呼んだ者が傍に来たらしく、ようやくリーダーの男は顔を離した。


酒の匂いが遠退いた事にホッとしつつ、悟空は顔を上げる。



「覚えがあるか?こいつらに」



言ってリーダーが指差したのは、先程読んだらしい中肉中背の男。
最初からこの倉庫にいた一人の顔は、殴られた青痣やら、鼻血の痕やらと悲惨な状態だ。

それをしばらく見つめた後で、悟空はぼんやりと思い出す。
男の顔にはやはり明確な記憶はなかったが、昼間、絡まれた悟浄と八戒が殴り飛ばしていた男の事を。
三蔵の方も何事か言われてキレていたし、悟空も声をかけられたが、それに応酬したのは他の三人だった。
悟空にとっては暇な連中だな程度の認識だった。


だがこれでようやく納得した。
男達の顔に微妙に見覚えがある気がしたのは、彼等にぶっ飛ばされた者達だったからだ。
特に手酷くやられた者もいたようで、この男はその一人なのだろう。

明確に記憶には残らなかったものの、そういう“出来事”は覚えていた。



(……ってか、これってオレ、とばっちり?)



この男達をぶっ飛ばしたのは殆ど保護者達三人であって、悟空は何もしていない。
自分に絡まれた時は鬱陶しかったので殴ってやろうかと思ったが、先に悟浄が済ませてしまったので無用となった。

男達が三人にやられた事を逆恨みしているのであれば、狙うのは彼等であって、悟空ではない筈だ。
恐らく自分を餌に彼等を誘き出し、報復するつもりなのだろうが、そのどちらもが無駄な行為としか思えない。


折角楽しみにしていた遠出だったのに(仕事だけれど)、これでは台無しだ。
これなら宿で大人しくしていた方が良かったかも、と今更考える。
誘惑に負けてしまった自分が悪い、これだけは反省した。

だが目の前の男たちの所業と逆恨みについては、自分はとばっちりであると思う。
確かに彼等と一緒にいることはいたけれど、こんな事をされる謂れはない。



「思い出したみたいだな」
「……顔は覚えてないけど。三蔵達がブン殴った奴」
「正解。いい子だ」



嬉しくない。
即座にそう思った。


リーダーが持っていた酒瓶を持ち上げ、悟空の頭上に掲げる。
殴られるのかな、と思いながら金属の鈍器の痛みを覚悟しつつ、その酒瓶を目で追い駆ける。

丁度、瓶を追いかけて悟空が上を向いた時だった。
酒瓶の口が下を向き、液体が零れ落ちてくる。



「わっぷ!」



咄嗟に顔を伏せて顔面を守るものの、後頭部から流れる液体が顔の輪郭を伝う。
リーダーの男の口から匂ったばかりの、強い酒の匂いが鼻をつく。

その匂いに顔を顰めていると、途端にぐるりと視界が回った。
まだアルコールに対して耐性のない悟空だ、強い度数では匂いだけで酔ってしまう。


空になった瓶を放り投げ、リーダーの男は酒に濡れた悟空の頭を掴んで引っ張り上げる。



「うえ……けほっ……」
「どうだ、うめぇだろ?」



言葉を返すことが出来ず、悟空は咽た。
そうしている間にもアルコールは匂いから脳に入り込み、思考回路を麻痺させる。


髪を鷲掴みにされて、横に控える青痣男に向けて放り投げられた。
受身など取れない状態の悟空を受け止めて、その青痣の男にやりといやらしく笑う。



「俺は見てるからな、お前らで楽しめよ」



リーダーの男はそう言うと、くるりと悟空に背を向け、木箱の上にあった酒を取った。
それにも先程捨てた瓶を同じラベルが貼られており、男は片手で蓋を開けると一気に煽る。

青痣男が返事をし、すぐに悟空に向き直る。



「─────うぁっ」



地面に乱暴に押し付けられて、一瞬呼吸が出来なくなった。

アルコールが回っている所為で自分がどの方向を向いているのか判らなくなる。
ぼんやりとした視界に見えるのは見下ろす男一人と仄暗い天井だったが、それもまともに認識できない。


自分の体重の下敷きになっている腕が圧迫されて痛い。
鎖が腰の後ろに食い込んで、それにも悟空は顔を顰めた。

腹筋だけで起き上がろうとすると、肩を押さえつけられて叶わなかった。
酒の所為で意識にも霞がかかり、脳が現状把握をしようとしない。
ただヤバイ状況である事だけ曖昧に感じていた。



「服濡れたな、坊主。こりゃもう駄目だ」



青痣男が言い、悟空の肩を片手で押さえ、もう片手は悟空の服にかかる。
酒浸しになったその服を、男達は無残にも引き裂いて行った。



「な…なに、す…っ……」
「このまんまだと風邪ひいちまうだろ?」
「る、さい、…離せっ…!」



押さえつける男をどうにか跳ね除けようと、自由な足をばたつかせる。
が、それを別の手が押さえつけた。
先程まで不気味な程に静かにしていた、巨漢である。

がっしりと強い力で掴まれて、加減のないそれに足首の骨が悲鳴を上げている気がした。
下手に動けば躊躇なく折られてしまいそうで、悟空は唇を噛む。



「そうそう、大人しくしてろよ。怖い事なんざねえんだから」



卑下た笑いを浮かべた青痣男に、悟空は青筋を立てた。

だったら最初から拘束なんて真似するな。
腕も足も駄目なら、自由な口で唾を吐くと、それは青痣の頬に当たった。



「誰が……っ怖がるか、バーカ!」



臆した時点で負けだから、悟空は意地でも怖がるもんかと思った。
しかしその姿勢は貫き切れば確かに見事だが、この状況ではただの無謀でしかない。

唾を吐きかけられた青痣がぶるぶると震え出す。
キレ易い性質なのか、あっさりと怒りが頂点に達したようで、暗いこの場所でも判る程に瞳孔が開いた。



「黙ってろ、ガキ!!」
「黙らねえ!!」



真上からの怒鳴り声に、悟空は出せる限りの声で言い返す。
アルコールの所為で焦点は定まらないし、気分は最悪だったが、それでも屈することは嫌だった。

あくまでも反抗する姿勢を取る悟空に、青痣がサディスティックな笑みを浮かべた。


上等な生地で誂えられていた服が、青痣の手によって無残なものになっていく。
露になった肌は滑らかで木目細かく、遊び盛りの子供らしく日焼けしている。

その胸にある果実を、青痣は強く抓り上げた。



「───────ッ!!!」



悟空の肩がビクリと跳ね、痛みに眉が顰められ、躯が弓形に仰け反った。

悟空の反応に青痣男は喉で笑い、ずいっと悟空の顔に自分の顔を近付ける。
リーダーの男と同じく酒気を帯びた匂いがして、悟空は顔を背ける。



「だったら黙らなくていいぜ、鳴かしてやるよ」
「だれが泣く……う、あっ!」



男は喉で笑い、ぐりぐりと悟空の胸の果実を指先で抓り、捏ね回す。



「いっ…う、……んぅっ!」



悲鳴だけは上げるもんかと歯を食い縛る。
耐える為に強く目を閉じると、乳首を抓る男の手の形を感じてしまう。



「黙らなくていいっつってんだろ」
「あ、がっ」



顎を捉えられ、強引に口を開けられた。
指を咥内に突っ込まれ、一瞬それが喉奥を突いて、悟空は嘔吐感に噎せ返る。

生理的に浮かんだ涙を見て、男はにやにやと厭らしく笑い、益々強く悟空の乳首を抓り上げる。
お世辞にも手入れをしているとは思えない伸びた爪先が食い込むのも痛かった。



「あっ、う、い……うぁ、やめっ…!」
「ひひっ……そうしてる方がよっぽど可愛いぜ?」
「あが……っ」



咥内に侵入した指が舌の形をなぞるのが不快で。




「──────いってぇ!!!」



噛み付いたのは、殆ど反射的な行動だった。
指を食いちぎろうとはでは思わなかったが、発達した顎の力はかなりのものだ。
慌てて引き抜かれた男の指からは血が溢れ、悟空の咥内にも鉄の味が残っていた。


皮膚の破れた指を見て、青痣男は言葉を失ったようだった。
だがすぐに我に返ると、転がっていた酒瓶の一つを手に取り蓋を開ける。
瓶の中身はもう幾らもなかったが、傾けると溜まるぐらいには残っていた。

それを青痣男は、僅かに隙間の開いていた悟空の口に押し込む。



「ふぐっ……う……ぅ…!」



流れ込んでくる液体を吐き出そうとするが、青痣男は瓶を押さえつけて抜こうとしない。
上から押さえつけられる所為で頭が重力に従って傾き、液体は悟空の意に反して喉を沈下した。

一気に喉と胃が熱くなる。



「う…あ……っは……!」
「なんだ、酒は慣れてねえのかよ」
「ぷ、はっ……う……」



先に頭からかけられただけで、アルコールの匂いだけで酔いそうになったのだ。
飲んでしまっては余計に酒が回る。

ちらりと見遣った瓶のラベルは、リーダー男が飲んでいるもの程ではなかったが、やはり強いもの。
アルコール摂取という行為自体に慣れ親しんでいない悟空の躯は、すぐに火照った。
頬に赤みが浮かび、慣れぬ酒に思考回路を奪われ、金色の瞳がとろりと揺れる。


青痣男は大人しくなった悟空に気を良くし、もう一度強く乳首を抓り上げた。



「あぁっ!」



ビクンと跳ねた躯に笑い、肩を抑えていた手を外し、両方の乳首を捏ね回す。



「ひ、い…っや…っ…あっ、う!」
「────あまりそいつを煽らない方がいいぞ?サドっ気あるからなぁ」
「あっあっ!や、やだ…!痛……!」
「ああ、もう遅いよな」



見ていたリーダーの言葉は聞こえていたが、悟空は反応できなかった。
ぐりぐりと乳首を刺激され、喉を突いて出るのは悲鳴に近い喘ぎ声。

出すまいと堪えていた声は、アルコールの所為で簡単に看破されてしまった。



「う、や、やだっ……あっ!」



青痣男の舌が胸の果実を突き、生温い滑った感触に悟空は躯を震わせた。



「や、やだ、離せ…離せっ……!」
「へへ…今更怖くなってきたか?」
「だっ…誰がっ……」
「息が上がってるぜ」



それは酒が回りつつある所為だと、言うに言えない。
言ってしまえばそれも弱みにされるから、此処は意地の方が上だった。


青痣男は左手と舌で悟空の胸の果実を弄りながら、右手で躯のラインをなぞる。
未だ発展途上の躯は、女のように柔らかくはないが、細身で中世的だった。

男の手が下肢に辿り着こうとした時、補助するように巨漢が掴んでいた足を開いた。



「なっ!?」
「気持ち良くしてやるから、可愛く鳴けよ」
「何言って……あっ!」



ズボンの上から自身の雄を握られて、悟空は目を見開いた。
自分でさえ用足しの時にしか触れない場所を、まさか他人に乱暴に握られるなんて思ってもいない。
増して寺育ちで過保護な保護者達のお陰で、性的な興味など悟空は皆無である。
悟浄が時々面白がってエロ本を見せようとするが、他二名に捕まってしまうのがオチだった。
よって悟空の性的な知識は、悟浄からの話で聞いた程度のものしかない、幼稚なものとも言える。


知らなくても、刺激を与えられれば若い躯は反応する。
男は地面に横たえていた悟空の躯を抱え起こすと、自分は背中に回った。
片手で乳首を弄るのを止めないまま、下肢に降りた手もそのままだ。

巨漢に掴まれ、広げられた脚の間、ズボンの上で男の手が悟空の中心の形をなぞる。
いやらしい動きをするそれに、悟空は気持ち悪さを感じた。



「や、やだ…ん……やだ、離せって、ば……あ……」
「酒も廻ってきてんのか?いい声出すじゃねえか」
「な、にが……ひ…う……んんっ……!」



項に舌を這わされ、艶の篭った吐息が漏れる。



「敏感だな」



そう言ったのは、木箱に腰掛けて眺めているリーダーの男だった。

青痣男が楽しそうに笑っているのが見えて、悔しくて悟空は歯噛みする。
腕を拘束するものが鎖でなければ、酒なんて飲まされていなければ────そう思えてならない。