stuff a bubbles









ふわふわ


ふわふわ


空まで昇れ











キミが詰め込んだ幸せが

弾けて飛んでいくように














高い高い空まで昇れ





















今日の天気は、快晴。
雲量は2程だと思う。

夏本番を迎え、蝉の声が煩く響き渡る。
空気は熱を含み、汗がベトつく。
本当に茶の一つぐらい出してくれても良いだろうに。


こんな日差しの下だ。
流石の子供も、ダウンしているかも知れない。

カキ氷でも持って来れば良かったか、と思いつつ。
どうせ道のりの半分もしない内に溶けて消えてしまうだろう。
次に来る時は、クーラーボックスでも持参しようか。

それを悟浄が八戒に言えば。
「あなたが食べたいだけでしょう」と笑顔で返された。


それでも、こんな炎天下の下。
悪くは無いだろうと言うと、八戒は小さく頷いた。

八戒特製のアイスを持参して、冷えたジュースも。
面倒だが、三蔵には麦酒を持っていこう。
修行僧の文句は、いつもの事だから無視すればいい。



そんな、事を話していたら。






小さな小さな透明な風船が、目の前を過ぎっていった。









シャボン玉、だ。



僅かに感じ取れる穏やかな風に乗って。
ふわふわと揺れながら、空から舞い降りてくる透明な風船。

それは悟浄と八戒が見つけた、その直後に。
フッと消えて、見えなくなってしまった。


寺院でそんなものは始めて見る。
一体出所は何処なのかと、二人は足を止めて。
空を見上げてみれば、同じような透明な風船が飛んでいて。

参拝にきた子供だろうか。
それとも────……いや、それは考え難かった。
あの子供がこんなものを持っているとは思えないし、保護者が買い与えるとも思えなかった。


しかし、ふわふわと揺れる風船を辿っていくと。
本堂だろうか、一際大きな建造物の天辺で。
屋根の上に座って、空を見上げている子供がいた。

その子供の周囲を、透明な風船は泳ぎまわっていて。
子供が何かを口に持っていった直後、それは数を増した。


大地色の髪が、風で尻尾のように揺れる。
それが時々、自分の頬や首筋を擽って。
少し鬱陶しそうに払いのけている。

その後は、また口に何かを運んで。
透明な風船を、ふわりと空に浮かべる。



─────………幸せそうに、見えた。


























執務室に入ってみれば、いつも以上の仏頂面。
理由を探るのは、いとも簡単だった。
机に詰まれた書類の量が、いつもの比ではない。

内容は取るに足らない、薄っぺらなものばかりだろう。
確かに、大事なものもあるのだろうが…


不機嫌全開で書類を見ていた紫闇が、こちらに向いた。
丁度いいとばかりに、三蔵は書類を置いて。
ついでに、片手に持っていた筆も置いた。

机の端に置いてあった煙草を咥え、火をつける。
よほど苛ついていたのか、煙を吸い込む時間が長い。




「頼まれた仕事、終わりましたよ」
「ついでにしょっぴいたんで、もう被害はないと思うぜ」




依頼された仕事は、コソ泥退治である。
そこそこ大きな組織だったのだが、中身は大したものでない。
悟浄と八戒の前では、赤子同然だった。

三蔵からの労いの言葉は、ない。
あっても正直、気持ち悪いだけなのだが。




「盗品も粗方、もとの場所に戻したぜ」
「金品類の幾つかはもう質に流れてましたけどね」
「そうか」




短い返事。

吐き出された紫煙は、空気を濁らせて消える。
眉間の皺はいつも三割り増し。
下らない書類に付き合わされ、機嫌の悪さは最高潮だ。



こんな時こそ、あの小猿がいればこっちとしても楽なのに。



幼い子供は、大人達の中で潤滑剤的なものになっていた。
勿論、あの子供にそんな自覚は欠片もないのだろうが。

自己主張の強い自分達が、割と上手くやっているのも。
何より素直な、幼い子供がいるからに相違ない。




しかし子供は、この部屋にはいなくて。
悟浄と八戒が見つけた本堂の天辺にいるのだろう。

其処まで思い出して、ふと。





「そういや、猿は何してるんだ?」





突拍子な質問を投げかけてみれば。
三蔵がなんの事だ、と言うように眉根を寄せた。

どうやら、悟空が今何処で何をしているか、知らないらしい。
この男にしては随分と珍しい事だ。
それほどまでに仕事詰めにされていたのか。



「悟空、本堂の屋根の上にいましたよ」
「………なんだと?」



八戒の説明に、三蔵の声のトーンが下がる。


「別に遊んでた訳じゃなさそうだったぜ」
「じっとして、何かをしてるんですよ」
「何をだ」
「んー……ありゃ、多分……」




シャボン玉遊び。





それを聞いた三蔵は、ああ、と呟いた。
どうやら、合点が行ったらしい。



「今朝、参拝に来た老夫婦が渡して行ったんだ」



その老夫婦は、信仰熱心なのか。
週に二度程の頻度で、寺院に参拝に来る。

老夫婦は、孫の世代にあたる悟空をいたく気に入っていて。
時折こっそり、悟空に飴を渡したりしていた。
内緒だよ、といつも言われている悟空だが。
最早癖なのか、毎日三蔵にそれを報告に来る。



内緒の意味がないだろ、と言いそうになったが。
その時は悟空が嬉しそうなので、タイミングを外した。



今日も老夫婦は参拝へとやって来て。
悟空もすっかり彼らの顔を覚えたらしく。
子犬よろしく、飛びついていたのを三蔵は見た。

そしていつもと同じように、飴玉を貰って。
確かその後、一緒に何かを貰っていた。



貰ったのは、シャボン玉の遊び道具。
そう言ったものを、三蔵は悟空に与えていない。

仕方なく、遊び方を教えてやったら。
悟空はすっかりそれの虜になったようで。
今日一日はこれで遊ぶ、と宣言までしていた。





「ああ、それで……」
「結構楽しそうだったぜ。やっぱガキだな」
「嬉しかったんでしょうね」





悟浄と八戒は、顔を合わせて笑うが。
反して、三蔵は溜息を吐いていた。

悟空が大人しいのに、何を思う事があるのかと思えば。



「本堂の上にいると言ったな」



確認する三蔵に、八戒が頷くと。
三蔵は煙草を灰皿に押し付け、立ち上がった。

そのまま部屋を出て行く三蔵に。
悟浄と八戒も、慌てて後を追い駆ける。


部屋を出た直後、修行僧の一人に出くわした。
腕に抱えているのは、大量の書類。
三蔵が青筋を立てたのが、後方の二人にも判った。

何処へ、と言いどもる修行僧を綺麗に無視。
三蔵はさっさと廊下を歩いていってしまう。


ご愁傷様、と若い修行僧に言って。
悟浄と八戒も、三蔵を追って廊下を進む。




「誰が見ても同じだろうが……」




ブツブツ言いながら、三蔵は煙草を取り出す。
が、一応マナーでも気にしているのか。
いや、多分後で煩い連中がいるのだろう。
火をつけることはなく、咥えるだけだ。

それを見た悟浄も、煙草を取り出して口に咥える。
癖でライターに手が伸びたが、途中で止めた。



「今日は最っ高に機嫌が悪いみてぇだな」
「悟空とは正反対ですねぇ」



嬉しそうに、空の下で笑っていた悟空と。
部屋の中で苛々と書類と睨み合っていた三蔵。




三蔵が悟空の所へ赴くのが、八つ当たりでなければ良いが。




寺院の広い庭へと出て。
三蔵は真っ直ぐに、大きな本堂へと向かう。

その手前で立ち止まり、上を見てみれば。
ふわふわと空を漂う、無数の透明な小さな風船。
大小様々なそれは、太陽光に反射して虹色に光る。


辿ってみれば、やはり子供は其処にいて。
こちらに気付かないで、シャボン玉を作っている。

シャボン玉に囲まれて。
一体何に笑いかけているのか判らないけれど。
ただ、幸せそうなのはやっぱり先刻と変わらない。





邪魔をするのが、なんとなく忍ばれる。

子供は、新しい玩具に夢中になっている。
大好きな保護者にも気付かない程に。



シャボン玉の一つが消える頃には。
また、次のシャボン玉が作られている。

揺れるシャボン玉は、空へと昇って行くものもあれば。
重力に従い、大人達の下へ降りてくるものもある。
緩やかな風に煽られ、街の方へ流れるものもあった。










其処だけが、


時間が止まったように見えた。