comrade?








何も知らずに笑うのが













……知らないうちに、心に居場所を作っていた
















何故、何故こんな事に。
何度考えても、答えは見つからない。

自分はただ、思うがままに行動していただけなのに。


驕りであったとは思っていない。
ただ、あの妖怪達とはやり方が合わなかったのだ。
だから抜けた方が得策であると踏んだ。

それを裏切りとみなしたのは向こうの勝手だ。
どうせ、自分の力が敵に回ることを恐れた結果だろう。


数にモノを言わせて、この己を負かそうとは。
その程度で、己が負ける訳もないと言うに。

……最も、空腹でまともな力が出てくれず、逃げていたが。




そして、あの存在に出逢った後。

……何故かこんな事になっているのだ。








あの憎き三蔵一行の、嘘八百の仲間扱いを受けて……












「なぁ、雀呂もあっちで一緒に喰おうよ」


その声で、思考の海に沈んでいた自我が現実に帰る。
帰して欲しくなかったのに、と思いつつ。
肩越しに振り向けば、透明度の高い金瞳がある。

幼い顔立ちをしたそれは、なんとも無邪気で。
この存在のお陰で、自分は命が助かったのだが。


「……いや、いい」
「なんで?」


事の次第を碌に把握していないのだろう。
この金瞳の小動物は、何故か雀呂に懐いている。

自分とて、命の恩人を無碍にする気にもなれず。
けれども、この後ろにいる者達と馴れ合う気もなく。
微妙な距離を保ったままである。


「一人で喰ってもつまんないよ」


ちゃっかり隣にしゃがんで、雀呂の顔を覗き込んで。

間近で見れば、金瞳が眩しいほど煌くけれど。
それは意外と、優しい光を放っていた。



子供が強請るように、雀呂の手を引っ張る、その手は。
きっと自分よりも、二周りぐらいは小さいのだろう。





金瞳の小動物の名前は、孫悟空。

行き倒れていた雀呂に食べ物を分けてくれた、命の恩人。
ついでに言えば、近くに流れていた川まで運んで貰った。


直後に自分を追っていた妖怪と対峙して。
バカな程に、雀呂の幻術にはまってしまって。
けれども、それさえ壊す意志の強さを持っている。

春の太陽のように暖かかった金色は。
爛々と光り、何よりも強い光を持った。


無邪気で、純粋で、無垢な魂を持つ存在。
此処まで揃うと、まるでやっかみのようにも思えるが。
不思議と、この存在にそんな感情は持てなかった。

背は低く、雀呂は見下ろさなければ悟空の顔が見えなかった。
幼い顔立ちはいつ見ても笑顔で、見ている者まで笑顔になる。


傍にいるだけで、安心させる存在。
そんな者が本当にいるのだと、雀呂は思った。

思った、けれど。







よりにもよって。

……あの極悪非道の三蔵一行の一人であったとは……










一緒に喰おうよ、と。
無邪気に雀呂の腕を引っ張る、小柄な手。

何故この少年は、こんなにも無垢なのだろう。
“あの”三蔵一行の一人だというのに。
他の面々とは、どうにも結びつかない。


「……俺は、部外者だろう」
「そんなの関係ねぇって」


この少年は、考え付かないのだろうか。
相手が、自分たちの首を取ろうとしているとか。
敵同士だと、未だに判らないのか。

追ってきた妖怪達が勘違いしていた事も。
それに便乗した三蔵一向にも。


真っ直ぐ見詰めてくる瞳に、光るのは。
確かな、信頼の色。

……裏切るのを、躊躇わせるような。





「なぁ、一緒に食べよ」






笑顔を浮かべて。
腕を引っ張って。

これが“あの”三蔵一行の一人だとは。
こんなのだから、気付かなかったのだ。
最初に逢った時に。


お陰で命が助かったけれど。


ガサ、と茂みを分ける音がして。
砂利を踏む音の後、聞こえてきたのは。


「放っとけよ、悟空。そいつは一人がいいんだと」


沙悟浄だ。

確かに、団体行動が好きではないけれど。
聞こえた声色は、明らかに面白がっていた。


自分が当惑していると思っているのだろう。
敵である筈の存在に懐かれて。
どうしていいのか、判らないのだと。

……悔しいけれど、その通りだ。


「でも」
「いいからお前はこっちに来い。全部喰っちまうぞ」
「それはヤダ! ほら、行こうぜ雀呂!」
「だから放っとけって」


何処まで人の話を聞いていないのか。
自分は行かないと言った筈だし。
悟浄も放って置けばいいと言ったのに。

どうしてこの少年は、一緒にいたがるのだろう。
まるで一人が良くない事であるかのように。



「ほら、行くぞ、猿」



悟浄がひょいっと悟空を片手で抱え上げる。
じたばた暴れる悟空だったが、それも虚しく。

雀呂を一人残し、本来の仲間達の下へと戻って行った。













途端に周囲に静けさが戻った。

何故かそれが落ち着かない。
一人でいるのだから、当たり前であるのに。



淋しいだとか。
そう言う事は、思わないけれど。

煩いはずの声が、束の間に離れて行き。
馴染んだはずの静けさが、どうしてか邪魔で。
どうしろと、と自分に問うけど、答えは出ない。


彼らのいる場所に行くつもりもないけれど。
この沈黙の中にいるのも、居心地が悪い。




いや、そんな事を考える暇があるのなら。
絶好のチャンスだと思えば良いではないか。

このまま、懐いた子供の相手をしていれば。
その内、奴らも隙を見せることだろう。



今日しばらく見ていて、判った。
“あの”三蔵一向は、金瞳の少年に甘い。

つまり、弱点はあの子供なのだ。





幸か不幸か、自分はあの子供に懐かれた。
ならば、利用してやれば良いではないか。

今まで、どれほどの妖怪が彼らを狙ってきたか知らないが。
舐められているのか、それは知らないけれど。
きっと誰よりも好機だと見ていいだろう。




そうだ、これはチャンスなのだ。





そうと決まれば、動かねばなるまい。

意気込んで、雀呂は立ち上がった。
今のうちにそれなりの信頼を勝ち得なければ。
自分に対しての警戒心を薄めて置かねば。


そうだ、何を悩んでいたのだ。
これ以上の機会はない。

極悪非道な他の三人はともかく。
あの少年さえ手懐ければ、後は容易い事だ。
自分の力を持ってすれば、なんとでもなる。


その為には、先ずは彼らの所に行かねば。


「あ、雀呂ー!」


しかし茂みを掻き分けて行けば。
何故か一人でこちらに戻って来る少年がいて。


「雀呂がこっち来ないなら、オレが行こうと思ってさ」
「い、いや……それは」
「なんか気不味いんだろ? 無理しなくて良いよ」


さっきはゴメン、と律儀に謝って。
悟空は雀呂の手を取り、雀呂がもといた場所に歩を進める。

まぁ、これはこれでいいか。
いずれにせよ、このまま懐かせてしまえば。
単純だから、適当に騙されてくれるような気もするし。



「飯貰ってきたから、一緒に喰おうな!」







……騙されて、くれるような気もするし。






雀呂が元いた場所まで戻ると。
悟空は先に、その場に腰を下ろした。

手に持っていたプラスチックパックには、サンドウィッチ。



「八戒が作ったんだ。美味いぞ」
「そ、そうか…」



妖怪に対して容赦しない“あの”三蔵一行の手作り。
少々顔が引き攣ったが、これも今後の為。

受け取ると、悟空は満足そうに笑って。
自分も早々に、サンドウィッチを口に運んだ。
瞬く間に、悟空の顔が幸せに満ちていく。


「……そんなに美味いか?」
「うん!」


口の端にマヨネーズがついている。

そんな幼さに、何処かで呆れつつ。
雀呂もサンドウィッチを頬張った。



「…む……悪くはないな」
「だろ? もっとあるから、一杯食えよ!」



そう言って悟空は、大量のサンドウィッチを見せる。
誰がそんなに食べるんだと思ったが。
雀呂が突っ込む前に、悟空はまた食べ始めていた。

育ち盛り、とでも言うのだろうか。
年齢なんてものは、一切覚えていないけれど。


こんなのだから、“あの”三蔵一行とは思えない。
これを考えたのも、今日で何度目だっただろう。