santih






この手を放す事が


あってはならないと









この手を喪う事が


…あってはならないと












………だから必死で手を伸ばしてる
















夜闇と言うのは、思っているよりもずっと深いものだ。
月や星の明かりがあるならば頼りになるのに、それさえもないとなると、途端に世界は閉ざされる。

暗いだけならば、まだ良いかも知れない。
この時期になると突き刺さるような寒さが身を襲うから、それが孤独を更に助長させる。
いかに暖を求めてその身を丸くしても、そんな抵抗は容易く打破されてしまう。

そうして体中を襲う暗闇と寒さは、誰も頼るものがいないのだという現実を突きつける。



岩牢にいた頃に比べれば遥かにマシだと、悟空も判っていた。
だが一転して、ひょっとしたらあそこにいる方が楽だったのかも知れないと思う。

外界から断絶された世界ではあったが、最早孤独は当たり前のものになっていた。
慣れていた訳ではないけれど、それでも何処かの感覚が麻痺していた感はある。
太陽に手が届かないのは悲しかったけれど、無作為に何かに怯える事はなかったから。


一度温もりを、光を知ってしまったら、闇に戻る事は出来なくなる。
常に傍にあった筈の闇は、離れた途端に、酷く冷たくて恐ろしいものになる。
かじかむ手も、寒さに震える足も、暗闇だけを見詰める瞳も、何処かで懸命にそれを拒否しようとしている─────だって、怖いから。

だけれど、どうする事も出来なかった。
悟空はあの闇の中にいた頃のように、ただ蹲って、朝が早く来る事を祈る。




早く、早く、早く。
朝が早く来れば良い、早く陽が昇れば良い。

夜は、嫌いだ。
寒いのは、嫌いだ。
一人ぼっちは、大嫌いだ。










早く、早く、早く、早く、早く。


太陽に帰ってきて欲しかった。

















一人になると朝が遠い。
以前はそうでもなかった気がするのだが、最近はそう思えて仕方がない。

彼が傍にいる時は何も怖くない筈なのに、あの温もりがなくなると、途端に心は恐怖に囚われる。
あまりにも脆い己の心中に気付いていながら、悟空はどうする事も出来なかった。
ただ一人だという現実から逃げるように、膝を抱えて蹲って、頑なに瞳を閉じる。
そうして、僅かでも早くこの時間が過ぎ去ってくれればいいと思う。


明かりのない部屋、此処は時計すら置いていない。
空に月があればある程度の時間が判るのに、今日は新月で、それさえも頼りに出来ない。

だからだろうか、余計に時間の流れが遅いように思えてしまうのは。



三蔵は三夜前から不在だった。
帰って来るには、早くてもあと二夜はかかる。
この夜を足すと、三夜────……まだ半分もある。


本当は連れて行って欲しかったけれど、其処までの我侭は言えなかった。
大事な仕事の邪魔はしたくないし、それなら此処で、三蔵の気配が残る場所で待っていようと思った。

けれど、ベッドシーツに残っていた筈の煙草の匂いは消えて。
彼が寝巻き用に使っていた着物も、既に温もりは残っていない。


……やっぱり、一緒に行きたかった。
けれど、そんな事を言ってはいけない。

自分でよく見た事はあまりないけれど、己の持つ金瞳は良くないものなのだと聞いた。
格式高い場所では、それらを警戒し、厭うものが多いという事も。
それを押し切って悟空を傍に置いている三蔵に、これ以上の迷惑はかけられない。

だから、我慢する事を選んだのに。





……もう、心が悲鳴を上げている。








「……三蔵……」



名前を呼んだら、いつだって応えてくれた。
機嫌が良ければ素っ気無い返事があって、そうでなくても視線を向けてくれた。

けれど、今はそれもない。
判っていた筈なのに、それでも名前を呼びたくなってしまった。
後に待っているのは、途方も無い虚無感だけだというのに。


ベッドシーツを強く握り締める。
それで何が誤魔化せると言う訳ではないと言うのに、縋らずにはいられなかった。
何に縋るのか、それは判らなかったけれど……気休めにもならないものにでも、縋らなければ壊れてしまう気がした。

血の気が失せてしまう程に強く握って、枕に顔を埋める。
早く早く、時間が過ぎ去って行ってくれるように。



「………大丈夫…大丈夫」



あと少しすれば、彼は帰って来る。
此処で待っていれば。

気落ちするから、時間を長く感じてしまうのだ。
二日なんてあっという間だと、悟空は思考回路の転換を試みる。



「……さんぞぉ……」



最後に撫でてくれた手を覚えてる。
最後にかけてくれた言葉を覚えてる。

待っていろ、と。
そう言ってくれた瞳を、覚えてる。
迷い無く進んでいく大きな背中を、覚えてる。


だから、帰ってきてくれる。
もうすぐ、帰ってきてくれる。






………だからずっと此処で待っている。