SWEET PERFORMER





【譲れないもの】


なんてものは




世の中、そうそう転がっている訳ではないだろう




で、あるならば










今のこの状況は、なんだ?



















胸やけがする。
そう思ったのはきっと自分だけではない筈だと、悟浄は思う。

事実、向かいの席に座っている八戒も珍しく限界を来しているようであるし。
その隣に座っている最高僧も、いつも以上に不機嫌だ。
そんなに嫌なら止めれば良いだろうと思うのだが、それが出来ない辺り、自分たちがこと彼に対して甘いのだと実感する。


事の原因は他でもない、自分の隣にいる存在。

いつもならそろそろ止められるだろうに、好きにされている。
腹一杯食う事が何よりの幸せに繋がるから、今はきっと至福の一時だろう。

それを自ら壊そうとしない自分も、大概この子猿には甘いのだ。



「あ、あとね、あとこれも食っていい?」
「え…えぇ、いいですよ……ね、三蔵?」
「………ああ」



一行の決定権を持ち、ゴールドカードの私有者(用は財布であるか)の三蔵が許可する。
そうすれば殆どの意見はまかり通ってしまうものなのだ。
流石にそろそろ止めたらどうだと思う悟浄も、結局何も言わずに煙草を吹かしている。

ウェイトレスを八戒が呼び止め、悟空が矢継ぎ早にメニューを読んでいく。
必死でそれをメモに書き止めるウェイトレスが少し不憫に見えた。
注文を繰り返していけば、それを聞いている悟浄はますます胸の辺りが気持ち悪くなっていた。


ただ悟空だけが、いつまでも上機嫌だ。



「……まだ…食べるんですね」
「うん! だってこんなチャンス、滅多にねーもん!」



にっこりと無邪気に笑って言う悟空に、八戒は引き攣った笑みを浮かべる。
終始非の打ち所のない笑みを浮かべる彼にしては、珍しい事だ。



「あ、なぁ悟浄も食べる?」
「……いんや、いらね。お前のモンだろ、さっさと食えよ」
「じゃあ三蔵、饅頭食べる?」
「……いらん」



見ているだけで腹一杯だ。
って言うか、そろそろ解放して貰いたい。

だが、此処で引き下がるわけには行かないのだ。







昨晩の勝負の決着がつくまでは。











昨晩。


相変わらず、一同は部屋決めで揉めていた。
一同と言っても、揉めていたのは大人三人組だけであったが。

悟空は遊び疲れて、ジープと一緒に二つのベッドの片方を占領し、すっかり夢の世界の住人になっていた。
この街に辿り着くまで野宿続きで、少なからずストレスもあっただろう。
折角眠ってしまった子供を起こすほど、大人達も無粋ではなかった。

だから悟空は、この夜、何を原因で、いや揉めていた事さえも知らないのだ。



争っていた理由は簡単。
誰が悟空と同室になるか、だ。

常ならば悟浄が同室になるのだが、今後のルートを急いで決めるつもりはない。
だから三蔵と八戒が抗議を上げて、寝ている子供を横に見て、牽制を始めたのである。


悟浄と一緒だと、明日の朝が煩い。
何が原因か知らないが、とかく騒がしく目覚めて部屋から出てくるのだ。
宿の苦情を一手に聞く羽目になる八戒に言われて、悟浄はぐうの音も出ない。
そもそも、口で八戒に勝てる相手などいないのだ。

やっぱり自分と一緒の方が朝ものんびり出来るだろう、と言い出したのは八戒だ。
八戒が相手なら、悟空も朝から騒がしくしたりはしないだろう。
だからと言って其処で易々と譲るほど、他二名の意思も弱くはない。

訳もなく自分であると言ったのは、やはり三蔵だ。
傲岸不遜を地で行くような男だ、言い分も何もあったものではない。
ただごく当然であるという口ぶりは、当然、他二名の反感を買った。


口では幾ら牽制しあっても効果はない。
誰もそんな柔な神経をしていないのだから、当たり前だ。


手っ取り早いのは、悟空を起こして希望を聞くこと。
だがそれで一番有利なのは、やはり保護者である三蔵なのだ。
無条件に信頼を寄せられている者にとって、それは嬉しい事なのだろうが。

第一、すやすやと眠っているのを妨げる気にはなれない。
結局この提案も流れてしまった。



揉めに揉めて、話は段々と横道に逸れていく。
今まで溜まっていた鬱憤の発露も、此処に辿り着いてしまった。



悟浄は移動時に悟空にくっつき過ぎ。
八戒は悟空に対して甘やかし過ぎ。
三蔵はとにかく信頼され過ぎていてずるい。

子供の喧嘩のような、そんな低次元の争いだ。
けれども、本人達はいたって真剣なのである。








それならば、いっその事────────決めてしまおうではないか。


この譲れない存在が、一体誰を選ぶのか。













……悟空は、果たしてこれで何個目になるのだろうか。
甘い生クリームの乗ったケーキを美味しそうに頬張っている。

その横顔は実に幸せそうだ。
時折不思議そうに大人達を見回すものの、何も言わない。
何か言って機嫌を損ねてしまうのを避けての事だろう。
だってこんなに甘い物を食べて怒られないのは、滅多にない事だから。


実を言えば、三人三様に限界なのだが、それを表に出すのを堪えているだけだ。
三蔵はいい加減止めろとハリセンを取り出したいだろうし、八戒も身体に悪いからと制止したいだろう。
悟浄だって出来る事なら、目の前に陳列している甘味を返却してやりたい。

けれどそれをしたら、きっと悟空にとってマイナスイメージに繋がる。
悟空にとって“食べる事”は至極大きな事なのだから。



「あとー……」
「……本当によく食うな、お前…」
「ん。でもこれで最後にする」



言って悟空が頼んだのは、これまた甘いチョコレートパフェ。
これだけ食べて、まだ甘い物を食べるのか。
後から別腹でしょっぱいものが食べたいとか、また八戒に強請るのだろう。

八戒は最早心の準備は出来ているらしい。
その隣で三蔵はと言えば、眉間の皺を誤魔化すように煙草を燻らせている。



「へへっ、美味そー」



テーブルに置かれたパフェに、悟空は嬉々とする。

太るんじゃないかと思うのだが、不思議に悟空の体重は増えない。
小柄な見かけを裏切る事無く、確かまだ50s代をキープしていた筈だ。
…世のお姉様方にとっては、さぞかし羨ましい事だろう。



「……後でちゃんと歯ぁ磨けよ」
「はーい」



保護者な台詞をさらりと言ってしまった生臭坊主。
いつもならそれに誰かが突っ込んでいる所だが、今日はそんな気力もない。







やっぱり悟空は、そのチョコパフェも、ぺろりと平らげてしまったのだった。