SWEET PERFORMER



──────午前。



満足行くまで好きなものが食べれて、悟空は上機嫌だった。
その後ろをついて歩く悟浄は、ずっと胃がもたれたような感覚が拭えない。


二人は買い物の真っ最中だった。
急いで街を出るつもりはないのだが、今日は市が立っている。
安く仕入れるのなら、そうした方が賢い選択だ。

最初は八戒と悟空が一緒に行く手配だったのだが、悟浄が其処に割り込んだ。
「八戒は運転だとか家事だとかしているのだから、今日は休め」と、尤もらしい事を言って。
悟空もそれに賛成したので、結局買い物係は悟浄・悟空になったのだ。

出て行く前に余計なものは買うな、と散々注意された。
悟空に対してだけは言い方が甘かったように思うのは、きっと(いや絶対に)気の所為ではない。



「なあ悟浄、あれ何?」



言いながら悟空は、半歩下がって悟浄の服裾を引っ張る。
胃もたれの感覚を煙草で誤魔化しつつ、何、と悟浄は問い返した。

悟空は出店の一つを指差している。
珍しくも、それは食べ物系の店ではなかった。


が、どう考えても怪しい類の店である。



「……お前は知らなくていいよ」
「えー!? なんで!?」



よくもまぁ堂々と市の中に紛れ込めるものだと思う。
要するに、其処は“大人の店”だ。
大き目のテントに更に幔幕が敷かれてあるので、当然中は伺えない。

無断営業なんじゃないかと思いつつ、悟浄は煙草の煙を吐き出した。



「小猿ちゃんにはまだ早いってコト」
「悟浄は知ってんの?」
「そりゃ、まあな」
「じゃあ教えてよ、いいじゃんか。ずりぃよ、悟浄だけ知ってんの!」



教えて教えて、と。
悟空は悟浄に纏わりついてくる。

教えた時の反応がどんなものか、気にはなるのだけれど。
やっぱり死にたくないのも本音である。
好奇心にかられて無残な姿になるのは、真っ平御免だ。




「それよか、ほれ。あっちにいいもんあるぞ」



言って悟浄が指差したのは、アイスクリームを取り扱っている出店。

基本的に嫌いな食べ物はない悟空だが、甘いものは特に好きだ。
ぱっと顔を明るくすると、いいの、と言わんばかりに悟浄を見詰めてくる。


余計な買い物をするなと、八戒には口酸っぱく言われている。
こういう所で甘やかせば、後から三蔵に睨まれるのも判っている。

けれど。



「おう、いいぜ。今日は俺様、機嫌がいいのよ」
「ラッキー! やった、早く行こ!」



跳ね上がる勢いで喜ぶ悟空。
小猿そのものの様相にククッと笑って、悟浄はくしゃくしゃと悟空の頭を撫でた。
常なら子供扱いするなと怒るのだが、機嫌の良い今は大人しく甘受している。

朝飯だと称して、悟空が甘味物を大量に摂取していたのを忘れた訳ではない。
けれども、これは良いチャンスなのだ。
此処で見逃す手はないと、悟浄は内心、ほくそ笑む。


悟浄を引っ張って出店に辿り着いた悟空の目は、きらきらと輝いていた。



「なぁ、二段にしても良い?」
「おー、どーせだから三段にしちまえ。奮発してやるよ」



どうせ他人の金だし、と。
それは口には出さない悟浄である。



「バニラと、チョコと、あと……苺!」
「お子様……」
「なんか言った?」
「いんや」



耳の良い悟空だが、悟浄が呟いた言葉は汲み取れなかったらしい。
なんでもないと誤魔化しているうちに、三段に積み上げられたアイスが悟空に手渡された。
それだけで、悟空の表情はコロッと笑顔に変わる。

白と、茶色と、薄赤色。
三段アイスは、子供の夢だ。



「落とすんじゃねーぞ、勿体ねぇから」
「落とさないよ!」




悟浄の揶揄の言葉に少々ムッとしつつ、悟空は言った。

一番上に乗っている苺アイスを舐めた。
こんな所を保護者や保父が見たら、何を言い出すだろう。



「悟浄、ありがとな」
「おう」



これで風邪をひかれたりしたら、やはり自分の所為になるのだろうか。
と思った悟浄だったが、嬉しそうな子供の表情に、まあいいか、と結論を出した。

他の二人の報復が怖いのは確かだが、悟空のこの表情が好きなのも事実だ。



「でも珍しいな、悟浄がこんなの買ってくれるの」
「ん? ……ああ、まぁな。機嫌がいいからって言っただろ」
「ふーん……ま、いいや。悟浄も食う?」



ひょいっと差し出された、アイス。
ちょっとだけな、と言いながら顔を寄せて。

ぱくっと食べて。



「ごっそさん」
「あ! 食いすぎ!」
「食っていいって言ったじゃねぇか」
「舐めるだけにしろよ! あーあ、形崩れるじゃん」
「男が細かい事気にすんじゃねぇよ」



悟浄の食べ方が不満だったらしい悟空。
しかし適当にあしらう悟浄に、溜息を吐くだけで終わった。

悟浄の食べた部分から形を整えるように、悟空は周りを舐めている。
齧られた部分からやはり溶けるのが早い。
悟空はやっぱり不服そうに眉根を寄せながら、舐めている。



「あ、手についた」



溶けて流れ落ちたアイスが、悟空の持ち手に溜まる。
アイスを逆手に持ち直して、手についたアイスを舐めた。

ちら、となんとなく、その様子を伺うと。








「───────っっっっ!!!」










判っている。

悟空は子供だ。
性的なことなんて何も知らない。


エロ本なんて読んだ事もない。
それもこれも、徹底した保護者達の純粋培養のお陰だ。
悟浄としては、時々ヤバイんじゃないかと思う事がある程に。



だから、これは自分の錯覚だ。
悟空が意図している訳もないし、判る筈もない。



だけど。
だけど。

だけど!!



「悟浄?」



きょとんとして振り向くな!
手舐めるな、指舐めるな!
口の周りにアイスをつけるな!


お約束だ。
なんだか色々お約束な気がする。

本人がそれに気付いていないという事も。



「……何してんだ? 腹痛いのか?」



身長差が大きいから、見上げ見下ろす格好も当たり前で。
上目遣いになってしまうのも、最早見慣れたもの。

……の、筈なのだけど。









無知で無自覚は怖い。

ただ、それでも。




いいもん見せて貰いました。

そう思うぐらいには、心の余裕はあったようだ。