SWEET PERFORMER



──────正午。



昼飯時と言うこともあって、悟空は八戒にぴったりと張り付いている。
まるで餌をねだる仔犬のようで、それがまた八戒には堪らなく可愛い。

今朝はあれだけ食べたというのに、もう消化は終わったらしい。
昼ご飯は八戒の料理が食べたいと言う悟空の為に、八戒は部屋ごとに備え付けのキッチンに立っていた。
そのすぐ後ろを、横を、ちょろちょろと待ち遠しそうに悟空は動き回っている。



「もう少し待ってて下さいね、悟空」
「うん」



返事は良いのだが、傍から離れようとしない。

悟空の肩にはジープが乗っていて、二人(二匹)揃って目を輝かせている。
八戒はジープの喉を撫でた後、悟空の大地色の髪をくしゃくしゃと撫ぜた。



「何作るの?」
「お昼ですから、軽いもので」
「サンドウィッチ?」
「あれは結構時間がかかりますからねぇ」



もっと短時間で出来るもので、と。
そう言って八戒が選んだメニューは、ハニートーストだった。

これなら、さほど時間はかからない。
欠食児童を待たせることもないだろう。
そして甘いものが大好きな悟空を喜ばせるには、十分な要因だ。


三蔵と悟浄は、最早甘いものは当分見たくないのだろう。
キッチンから漂う甘い香りさえも嫌うように、宿の外へ出てしまった。

正直、八戒も今日は甘いものは作りたくない。
当分の多量摂取は身体にも良くないし。
けれど、それでもハニートーストを作る事を決めたのは、多分に悟空の為であった。



「蜂蜜舐めちゃダメ?」
「さすがにそれはちょっと……」



取り出した蜂蜜のビンを見て、悟空が上目遣いに八戒を見た。

どうにも、これに弱い自分がいる。
だけれど、今は少しだけ心を鬼にした。


八戒にダメと言われては、悟空も素直に引き下がるしかない。
どの道すぐに食べれるのだからと宥めれば、こくんと悟空は頷いた。



けれど、そうしてちょっと目を離している隙に。



「あ、ジープずるい!!」



言われてふっと八戒が振り向いてみれば。
テーブルの上に置きっ放しにしていた蜂蜜ビンを倒して、零れた分をジープが舐めて食べていた。

自分は食べれないのに、と悟空は不満そうにジープを抱き上げる。



「ダメですよ、ジープ。ご飯まで待っててくださいね」
「だってさ。ずりぃよ、オレはちゃんと我慢してるのに」



拗ねたような顔で言う悟空の頬を、ジープは宥めすかすように舐めた。
ほんのりとジープから香る甘い匂いに、悟空はう〜っと悔しそうな顔。



「ケーキも後で作ってあげますから。ね、悟空、いい子にしてて下さいね」



食べ物の誘惑と言うものは、悟空にとっては絶大な効果を発揮する。
こと甘いものに関しては。

八戒手作りのケーキ。
旅に出る前からそれを食べている所為だろう、悟空は舌は意外と肥えている。
その中でも特に気に入っているのは、八戒が作ったお菓子類だ。
やはり今回も、悟空はその誘惑に負けるのである。



「生クリーム一杯がいい!」
「はいはい。じゃあ、待っててくれますね?」
「うん! な、ジープも待ってるよな」



悟空の問いに、ジープも嬉しそうに鳴いた。


悟空とジープの舌は、似通っているのかも知れない。
そんな事を考えて、八戒はクスリと笑った。












「なあ、八戒」



思い出したように、悟空がケーキを頬張りながら名を呼んだ。
その横では、ジープも一緒になってケーキを突いている。



「なんですか?」
「今日は怒らないんだな」



主語を抜いた、端的な言葉。
これを聞いたのが悟浄であれば、突っ込むところなのだろう。


けれど何が言いたいのか、八戒にはなんとなく予想がついた。

甘いものを幾ら食べても、三蔵も八戒も怒らない。
怒るどころか、率先して食べていいと言っている。
好きなものを食べれるのは嬉しいだろうが、此処までくると流石に不思議に思うだろう。



「さっきもさ、アイス奢ってもらったし」
「さっき?」
「悟浄と買い物行った時」



買ってくれたんだ、と悟空は上機嫌に笑う。

そうですか、それは良かったですね、と言いつつ、目が笑っていない八戒だ。
別に無断で余計な買い物をしたとか、そういう事を咎めるつもりはない(言っても無駄だし)。
ただ腹が立つのは……



(先手を取られましたね……)



チッと心の中だけで舌打ちする。
だが悟空に向ける笑顔は、いつもと何ら変わりない。


買い物の相方を奪われただけでも、八戒は少々腹立たしかったのだ。
休んでいろと尤もらしい事を言っていたけれど、それで易々譲れるポジションではない。

案の定、悟浄は悟空に大好きな甘い食べ物を買ってやって、ポイントを上げている。

しかし、此処でそれを悟空に覚られてはいけない。
いつも通りの穏やかな笑顔で対応を努める。



「それ食べたら歯磨きしましょうね。虫歯になったら食べられなくなっちゃいますから」
「うん。あ、ジープもしような」



一緒になって食べているジープの頭を撫でて、悟空は言った。

ぽろ、とフォークに指しているケーキが崩れて落ちたのはその時だ。
あ、と二人が一瞬呆けている間に、それは落下した。

悟空の服の上に。



「あっちゃ〜……勿体ねぇ」
「タオル持ってきますね」



至極残念そうに言う悟空に苦笑しつつ、八戒は席を立つ。

三蔵と悟浄は、まだ帰ってこない。
甘いものはもともと好きではない二人だから、この甘い香りがなくなるまでは戻って来ないだろう。
その予想に思わず頬が緩んだ八戒だった。


料理が出来るという事は、悟空の評価が高い。
食べる事が何より好きだから、バリエーションが豊富だとまた良い。
こういう時ばかりは、自分の器用さが嬉しくなる。

甲斐甲斐しく世話を焼くのも、ポイントの一つ。
なんだかんだ言ってもまだ子供の感が抜けないから、甘えさせてくれる人に、悟空は弱い。

今朝まで持ち越された勝負の結果を予想しつつ、八戒はタオル片手に振り向いた。


そして。



「……何してるんです? 悟空……」
「ん?」



またちょっと目を離した隙に、とも思った。


悟空は服についてしまった生クリームを勿体無いと思ったのだろう。
意地汚く見えるからするなと前々から言っているのに、悟空は手で生クリームをすくって食べている。

お陰で指には白いクリームがべっとりとついている。
形を崩しているから綺麗に食べられなくて、口の周りにもそれは同じ。
手についた生クリームを舐め取る舌も、いつもの快活さとはそぐわなくて。



(………これは……………)







どうにも、堪らない光景である。









人肌で温くなったのだろう。
生クリームは徐々に溶けているように見える。

僅かに液状に戻ってしまったそれは、悟空の手や頬を滑る。
勿体無い、と言いながらそれらを舐め取っている悟空の顔。
上気しているように見えるのは、八戒の錯覚だろうか。



(……どーしましょう)



目の保養。
でも理性には悪い。

固まってしまっている八戒に、悟空は気付いていない。


生クリームだ。
白くて、溶けると少し液状になって。
悟空は一所懸命、それを舐めていて。

子供なんだから、他意はない。
あって溜まるか。



「八戒ぃ〜」



べとべとになってしまった現状に、悟空は当惑したように八戒を呼んだ。


立っている八戒と、椅子に座っている悟空。
身長差も歴然としているから、見上げる形になるのは当然。

いつもはそれに、何を思う事もない。
だって見慣れた光景なのだから。


でも、今は。




白で汚れた手と顔。
まだ口の中に残っている溶けかけのクリーム。
どうしていいか判らないと、頼るように見上げる瞳。






「悟空っっっ!!!!」
「ふぇっ!?」


「「何やってんだ、テメェ!!!」」








図ったように帰ってきた二人を駆除しようと決意したのは、この時だった。

彼等も彼等で、この後同様の道を辿っていたが。