SWEET PERFORMER






──────午後。



大方宿屋の主人から聞いたのだろう。
今日は町で一番大きな祭りがあると知って、悟空ははしゃいでいた。

三蔵と一緒に行きたい。
そう言われた時、彼等が心底苦々しい顔をしていたとは、この子供は知らないだろう。
そうして気付かずにいるから、今朝まだ持ち越された勝負が始まったのだけれど。



「三蔵、あれ! なぁ、あれ買って!」
「……ったく、仕方ねぇな…」



法衣の裾を引っ張って、悟空は屋台を指差す。
いつものように面倒臭そうに承諾すると、悟空は飛び上がる勢いで喜んだ。

悟空は三蔵と一緒にいるのが好きだ。
無条件に慕うその様子に、三蔵は油断すると口元が緩みそうになる。



「あとなー…あとー……」
「とりあえず、その手にあるものを先に片付けろ」



一つが終われば次。
そんな調子で、悟空は出店をきょろきょろ見回している。

その手には先程買ったばかりのリンゴ飴と、パックにしてある焼き蕎麦、たこ焼き、etc……
悟空らしいといえばらしいが、このまま物を増やすと纏めて全部落としそうだ。
どうにも要領が悪い小猿に溜息を吐きつつ、煙草を取り出した。


三蔵の素っ気無い言葉に、悟空は少し唇を尖らせる。
けれど、それだけだ。
折角甘えさせてくれるのに、機嫌を損ねるのは良くないと思ったのだろう。



「食った後でいいからさ、あそこの風車買っていい?」
「そんなもんどうすんだ、邪魔になるだけだろうが」
「いいじゃん、たまには。なぁ、ダメ?」



前に回って見上げて来る。
これは無意識にやっているのか。
意識してねだるなんて、そんな芸当は出来ないと思うが。

ひょっとしたら、知らぬうちに覚えこんでしまったのかも知れない。
こうされると、どうにも皆弱いものだから。



「……今日だけだぞ」







ほら、やっぱりこうなった。








悟空が手の中にあれだけあったものを平らげるのに、さほど時間はかからなかった。

約束どおり、ねだられた風車を買ってやる。
別になんの役に立つ訳でもないのに、悟空は嬉しそうに風車を回しながら笑っている。



「へへ、サンキュな、三蔵!」
「……別に」



至極嬉しそうに笑う悟空に、三蔵は素っ気無い返事。
それは今に始まった事ではない。
返事があっただけでも、悟空にとっては嬉しい事なのだ。

だから三蔵は返事をする。
それだけで悟空が笑うのを知っているから。



「あ、じゃあ次な、あれ!」



言って悟空が指差したのは、甘いチョコレートバナナ。

今朝も昼間も甘ったるいものを食べていたというのに、まだ食べるのか。
まったくこの子猿の胃袋は一体どうなっているのやら。


太る、なんて言葉は悟空には無縁の話なのだろう。
食った分だけ動き回るのだから。



「……一本でいいのか?」
「え?」



出店の主人から注文したものを受け取っていた悟空。
いつも三蔵や八戒が食べすぎは良くない、と咎めているからだろうか。
それだけでは足りないだろうに、買ったのは一本だけだ。

予想していなかった三蔵の言葉に、悟空はきょとんとした顔をして振り返る。



「どうせ後であれこれ食うんだろ。もう今日は好きに食え」
「いいの?」
「遠慮するには遅ぇぞ。それとも、ナシにして欲しいか」



嫌なら別に構わない、と言えば。
悟空は慌てて首を横に振って、破顔した。



「おっちゃん、あと三本ちょーだい!」







嬉々とした声は、はしゃぐ幼い子供そのものだった。








時々食べる? と三蔵を気にするように差し出されるチョコバナナ。
三蔵は饅頭ならばまだ食べるが、洋菓子の類は好んでいない。
判っていながら差し出すのは、別に嫌がらせでもなんでもない。

いらない、と言えば、悟空は特に気にした様子はない。


返事が欲しいのだ。
それだけの事。



「帰ったら歯ぁ磨けよ」
「うん」
「で、俺はすぐ寝るからな」
「えー……」



一本目を早々に平らげた悟空は、二本目にかじりついている。
風車は何故か三蔵が持つ羽目になった。
他の二人にこんな風景を見られたら、あとで笑い者然りだ。

それでも、悟空に甘い自分に三蔵は舌打ちする。
けれど今はこうでもするべきなのである。



「………美味いか、それ」
「うん!」



口の周りにチョコをつけながら、悟空は元気良く頷いた。



「あのな、一個白いの買ったんだ」
「……あぁ?」
「ホワイトチョコ!」
「……いちいち見せるな、胸焼けがする」



見せたがるのは、嬉しいからだ。
それは判っているのだが、今朝からずっとこれで流石に堪える。

満足そうに笑っている様を見るのは、決して悪い気はしない。
今朝や正午、八戒と悟浄にこの様を見せたと思うと少々腹立たしいのだけれど。
悟空にはそういった意識や知識がないのだから、仕方がない。



「あ、やべ、溶ける」
「そりゃこの人ごみだからな。考えて買え、馬鹿猿」
「だって食いたかったんだもん」



買っていいって言ったじゃん、と。
拗ねたように頬を膨らませている悟空。

ぱく、とホワイトチョコのついたバナナを口に運んだ。






その瞬間、三蔵は火がついたままの、指して短くなっていない煙草を地に落とした。






食べているのはチョコバナナだ。
それ以外のなんでもない。

昼間、ケーキの生クリーム塗れになっているのを見た。
あの時は顔に出ていなかったが、色々混乱していた。
それは悟浄も同様だったと思う。


エロい。
昼間は、そうだった。

今は、“卑猥”だ。




「む〜……あ、またついた」



溶けたホワイトチョコが、悟空の指に落ちる。
茶色いミルクチョコの上に、白が上塗りされる。

その上、バナナを咥えて。



「……猿」
「う?」



きょとん、として見返してくる瞳。
チョコバナナは咥えてままだから、くぐもった声しか発せない。



「あいつらと祭りに行くな」
「うぁ?」
「絶対だ!」
「???」



訳が判らない。
そんな顔をしながら、悟空はチョコバナナを口から離す。
ぷは、と言う声が漏れたのさえ、今は艶めいて聞こえる。



「その面、あいつらに見せんじゃねぇ!! 判ったな!!」
「え? え?」
「いいな!!!」
「は、はいっ!?」



射殺す勢いの三蔵に、悟空はひっくり返った声で返事をする。






悟空はやっぱり判らない、という顔でチョコバナナを食べ初めて。

三蔵は回りに二人がいないかどうか、警戒し始めたのだった。