あなたの腕に守られて













傍にいれば





温もりがあれば











それが紡ぐ糸がある
















……小さな安らぎの空間が


















悟空は寝相が悪い。
それは拾った頃から同じで、未だに治らない。
まぁ、無意識の事を何度注意しても、意味はないのだろうけれど。

けれどもその寝相の悪さに、一体何度眠りを妨げられたか。
故にいい加減に大人しくなれないのかと、どうしても言わざるを得ないのだ。


全く、いつもなんの夢を見てジタバタもがいているのだろうか。
起きたらあんな夢、こんな夢、と話して来るのだが、やはり基本的に遊びまわっている夢が多いらしい。

まったく、眠っていても忙しない子供だと思う。


そうして夢の話を聞いていたら、悟空は時折聞いてくる。



「三蔵はどんな夢見るの?」



返答はいつも「知らん」で通している。

実際、夢なんて下らないものだと思っているからか、あまり見ない。
見たとしても起きてしまえば忘れてしまうので、悟空のように話す内容を持った事はない。


いや、問題はそれではなくて、どうしたら悟空を大人しく眠らせることが出来るか、だ。
掛け布団を跳ね除けて、足を投げ出して、周りの迷惑を省みない寝相。
寝ている時に他人を気遣えと言うのが無理な話ではあるが、思わずにいられないのだ。
もっと大人しくしていろ、と。

起きている時でさえ、悟空は落ち着きがない。
眠っている時ぐらいじっとしていられないのか。


寒い寒いといって布団に包まるのに、途中で寝苦しくなるのだろうか。
起きた時には、布団は悟空から遠い位置にあって、風邪をひいた事も一度や二度の話ではない。


何故そんなにも落ち着かないのか、と何度か聞いた。
その時の返答は、しばし考えた後で。



「なんか、落ち着かないんだもん」



……それは、なんとなく判っている。
落ち着けるものなら、こんなに酷い寝相ではないと思うのだ。



「だってさぁ、なんか……なんかヤだからさ……」



悟空のボキャブラリーが豊かでない事は知っている。
自分が感じている事を、上手く言葉に出来ない事が多いのも。
これでも丸2年も傍に置いているのだから、判らない筈がない。

けれども、最近それが顕著に見られるのだ。
自分に特に関係ないのなら、三蔵だって口煩くはしないのだけど。




聲まで聞こえてきたら、おちおち眠れる訳がなかった。























衣擦れの音がして、足元を見てみる。

まだ足に当たってはいないが、そのギリギリの所で寝転がっている子供。
蹴飛ばして向こうにやっても、きっとまた此処に転がってくるのだろう。


執務机の横には、悟空が何処からか引き摺ってきた(多分部屋からだ)毛布がある。
大人しくしているから此処で寝させてくれ、と申し出てきた時の物。

其処まで準備万端にしているなら、どうせダメだと言っても聞かなかったのだろう。
三蔵としても目の届く所にいるなら余計な心配事をしなくて済むので、利害の一致から許可してやった。


しかし、これはこれで邪魔な気もする。



「……ったく……」



煙草の煙が篭るから、窓は開け放たれている。
空は素晴らしく快晴であるのだが、それに反して空気は少々冷えていた。
だから吹き込んでくる風も、少々肌寒さを運んでくる。

春だと言うのに、日によってはまだ冬のように寒い日がある。
今日はそれに及ばないが、薄着で出歩くには向かない気温だ。


しかし、悟空は基本的に厚着をしない。
遊びまわるのに邪魔だと言う事と、幾ら着こんでも派手に転んで汚すから、三蔵が手間を嫌っている事もあるからだ。
だから足元で眠りこけている今も、悟空はいつもの通りに薄着である。

窓を開けた部屋で寝るには少々辛いからと、持ち込まれた毛布。
けれどもそれは、結局役目を果たしていない。



「おい、悟空」



椅子に座ったままで屈み、頭を揺する。
愚図って身動ぎはしたが、目は開けなかった。



「起きろ、このバカ猿」



呼んでも返事はない。

繰り返し頭を揺さぶっていると、むずかっても嫌々をするように首を横に振った。
じゃねえよ、と頭を固い床に押し付けると、苦しそうに眉根が寄せられた。


全く、この子供は一度寝入ってしまうと中々起きないのだ。
その癖、三蔵が傍からいなくなると目を開ける。
何処にどんなセンサーが入ってるんだと思う三蔵だ。

だから此処から立ち上がってしまえば良いのだけれど、悟空の身体が邪魔になって椅子を動かせない。
其の為に、此処から移動するという事が出来ずにいるのだった。


根気良く頭を揺すっていると、流石に眠り続けることが苦しくなったらしい。
脳を揺さぶられると、やっぱり不快に鳴るのだろう。

悟空は目を開けると、ぼんやりとした顔で三蔵を見上げた。



「…………あれ…?」
「じゃねえ、バカ猿」



何があれ、なのか。

多分、自分でも知らないうちに移動していた事に対してだろう。
眠った時は三蔵の邪魔にならないように、けれど近くにいたいから、執務机の横で毛布に包まっていた。
それが目を開けてみれば、何時の間にか三蔵の足元にいるものだから。



「……おれ……」
「じっとしてられねぇのか、お前は」
「……してるつもりなんだけど」
「何処が」



思いっきり移動して置いてよく言える。
眠っている間の行動は無意識だ。
本人が大人しくしていようと思っても、その通りには動いてくれないものである。



「邪魔、した?」
「取り合えず、今止まってるから邪魔した事になるのかもな」



煙草の灰を灰皿に落として言えば、ばつが悪そうに頭を掻く悟空だ。



「やっぱり大人しくしてねぇじゃねえか」
「…うー……」
「今回は蹴飛ばしたりしてねぇからまだ良いものの…」



悟空がこうやって、三蔵の傍で眠りたがるのはよくある事だ。
その度に口約するのは、大人しくする、邪魔しない、というもの。

果たしてそれが最後まで守られた事は、今まで何度あっただろうか。



「……やっぱ、ダメ…?」
「もうちょっと離れて寝ろ。当たったら字が崩れる」
「…ん」



三蔵の言葉に不満そうに唇を尖らした悟空だったが、文句はない。
下手なことを言えば執務室を追い出されるからと学習しているのだろう。

床に放置された形になっていた毛布を拾って、悟空は壁の方へ行く。
そして先刻眠ったのと同じように、毛布に包まって其処に寝転んだ。



眠った最初は、大人しいものだと思う。
固い床の上で寝ているのだから、コロコロと転がってしまうのは、仕方がないとしよう。
実際、衣擦れの音がする程度で、然程気にもならないし。

けれども、これが最後まで維持された試しがないのだ。
気付いた時には転がって転がって、三蔵のもとまで来てしまうのである。



「全く……」



しかも近くに来ただけでは飽き足らず、くっつかなければ気が済まない。
一度そうなれば後はじっとしているのだが、三蔵にとってはそれも問題だった。

悟空は子供体温だ。
対して、三蔵の体温は低いと言って過分ない。
その温度差の所為で、三蔵にとって子供の熱は少々苦しいものになるのである。



「……動くんじゃねーぞ、猿」
「判ってるよ」



拗ねたような返事を聞きながら、きっと無理なのだろうなと三蔵は思う。
もう十分それは知り尽くした事だ。


一体何故、悟空はああも人にくっつきたがるのだろう。
起きている時もそうだが、眠っている時にまで。

しかも寝ているとなると、幾ら言っても制御できない。
意識があれば離れろ、我慢しろと言えば大人しくなるのだが……



(寝てるんじゃあな……)



無意識の行為、しかも深層的なものから来る行動。
何度言った所で、戒められるわけもない。



「……ぅ」



ごん、と音がして、子供の身体が床に落ちる。
遊んでいた訳でもないだろうに、寝付きはいい。

そう思った傍からころんと転がり、毛布から抜け出てしまった。



「……どうしたいんだ、お前は……」



毛布を持ってきたのは、寒いから。
それを手放してしまっては、意味がないと言うのに。

このまま放って置いても良いが、風邪をひかれると面倒になるのは三蔵だ。



「…ちゃんと被ってろ」



ここ2年の間で、ある筈もない世話癖がついてしまったらしい。
後が面倒だからだ、と誰にでもない言い訳をしつつ、椅子を立つ。
壁際で丸くなっている悟空に歩み寄り、毛布をかけ直す。

それから執務に戻る気もなく、三蔵は悟空の横に腰を下ろした。
灰皿を持って来損ねた為、煙草は吸えなかったが、諦めた。


机の上に積んである書類は、もう直に無くなるだろう。
それならばさっさと終わらせてしまえば良いのだが、どうせ後から追加が来る。

休憩と称して放棄する事に決定。



「むー……」
「……またか……」



ごそごそと毛布を手繰り寄せる悟空。
それから、傍らに落ち着いた三蔵に擦り寄る。



「……なんなんだ」



散々身動ぎしたかと思うと、やはりぴったりくっついた所で落ち着いた。
三蔵の法衣にしがみつくようにして、こうなると中々離れない。

譲歩している方だと、三蔵は思う。
これが例えば他の連中や子供であったら、近寄る時点で赦さない。
悟空が相手の場合、半ば諦めもあるのだが。


子供にしがみつかれていると、やはり暑い。
湯たんぽ代わりにするには、丁度良いのだろうが。

寝る時ならともかく、今は正直言って邪魔だったりする。



「面倒くせぇ……」



子供の面倒を見るのも。
仕事をするのも。

今は全部が面倒臭い。


子供だけは離れようとしないから、放置は出来ない。


自分は、こんな性格をしていただろうか。
しがみついてくる子供を見下ろす度に、いつも思う。


扉を叩く音がして、返事をするのが面倒で無視する。
どうせ返事をしようがしまいが、入ってくるのは目に見えている。

そうして案の定、しばしの間を開いてから扉が開けられる。



「三蔵様、こちらの………」



やはり思った通り、書類の追加。

机にいる筈の三蔵が見当たらず、僧は部屋を見回す。
それからようやく、床に座っている三蔵を見つけた。



「追加だったら、其処に置いとけ」
「は……」



見るからに珍妙な光景だろうなと思いつつ、それを顔に出さずに指示する。


座る三蔵の傍らに眠る悟空を見つけたのだろう。
僧は怪訝そうに眉を顰めたが、三蔵のいる前で悟空に何か出来る訳がない。
三蔵が自分で好きにさせているのだから、尚更だ。

書類を机に置くと、一礼して退室して行った。


悟空はそんな事にも気付かず、相変わらず眠っている。
時折もぞもぞと身動ぎして、恐らく同じ体勢を維持するのが辛いのだろう。
何度か身動ぎした後、やっぱり三蔵にしがみ付いて寝入ってしまう。



「うーぅ……」
「……暑いっつってんだろうが……」
「むぅ……」



文句は口だけで、実力行使には出ない。
出たところで、結果は同じだ。

疲れるだけなら、しないに限る。


もうこのまま、今日は仕事もサボってしまうか。
再び摩天楼と化した机上の紙を見遣って、三蔵は思った。