innocents the feel in love

















生まれてきてくれてありがとう





キミの大好きなもの全てにありがとう
















僕らと出会ってくれて、ありがとう



































「なーんかよ………」





空を見上げながら、悟浄が呟いた。

その隣では、悟空が退屈を持て余してか、うとうとと舟を漕いでいる。
ジープの揺れも然程激しいものではないから、眠るまでは時間の問題だろう。


悟浄の呟きに耳を向けたのは八戒だった。
三蔵は相変わらず、眠ってはいないのだろうが、眼を閉じたままで煙草を吹かしている。




「どうかしました?」
「んー……なんつーか、退屈っつーかよ…」




空は快晴。
けれども決して熱くはない。

日付の感覚が殆どないような生活を続けているが、季節はある程度判る。
気候の良い春先は昼寝するのには申し分ない。
ジープに揺られる悟空が眠ってしまうのも無理はない。



そういえば、悟空は寺院にいた頃も春先はよく眠っていたような気がする。
三蔵が遠方への仕事で預かった時も、拗ねているのとは違ってよく眠っていた。
動物は冬眠から目覚める時期じゃないのかと突っ込んだのは悟浄だ。

寺院では三蔵の寝室か執務室。
裏山なら木漏れ日の下や、川辺。
悟浄の家では、一番日当たりの良い場所。

何処でも気持ち良さそうに寝ているから、食事時になっても起こそうか迷ったのは八戒だった。


今日はそんな空気。
きっと桜は満開の頃だろう。

花見なんて随分してないな、と思ったのは、今から一時間ほど前の事。
目の前には荒野しか広がっていないから、それはちょっとした現実逃避だった。



しかし、悟浄が気にしているのはそれではない。




「……暇だよな」
「良いじゃないですか。たまにはこんな日があっても」
「いや、そりゃ俺だって良いけどさ。暇だけど」
「…結局何が言いたいんですか?」




中途半端に言葉を区切っているような悟浄に、八戒がバックミラー越しに目をやった。


悟浄はそれを甘んじて受けながら、煙草を取り出す。
火をつけ大きく吸い込んでから、一秒の間を持って、吐き出す。

紫煙は風に流されて、直ぐに消えた。









「………平和だよな」



気持ち悪いぐらい。









空を見上げて呟く悟浄の顔は、当然八戒には判らなかった。

けれど変わりに、一応話は聞こえていたらしい三蔵が目を開ける。
悟浄同様に煙草の煙を吐き出して、確かに、と小さく呟く。



「だよなぁ。朝からずーっと静かだぜ」
「刺客が一匹も来てねぇからな
「でもタイムロスしなくて、僕としては楽ですよ」
「けどよ、やっぱり気持ち悪くねぇ?」





三蔵が言う通り、今日は一つも妖怪の襲撃を受けていない。
最近は天界から降りてきた闘神の軍勢もいるのだが、今日は至って平和である。

休む間もなく来られても鬱陶しいのだが、ぱたりと止むと不気味なものだ。
一体何を企んでいるのか、そう疑ってしまうのも無理はないだろう。
だがその勘繰りも無駄であるかのように、今日は平和な時間が続いている。


闘神の軍勢の方は気紛れな感があるが、牛魔王サイドが静かなのが気掛かりだ。
こうやって静かな時間が続いた後に、何か仕掛けられていても可笑しくはない。

いや、寧ろそう考えるのが普通と言って良いだろう。



しかし幾ら考えたところで、理由は何一つ見当たらないのだ。



平和なのは良い事だ。
足止めされる心配もなく、順調に旅は進んでいる。
特に時間のロスを嫌う三蔵にとっては、好都合だろう。

だがそれは、僅かな疑念を抱いてしまうと休む気さえなくなる。
何せ不自然すぎるのだ、無理もない。





「こいつだけは暢気だけどな……」



隣でついに緩やかな寝息を立て始めた悟空を見て、悟浄は呟く。


春の陽気とジープの揺れと、退屈の所為で眠ってしまった子供。
相変わらず、この子供は眠る時、幸せそうに寝ると思う。

大方食い物の夢でも見ているのだろうと思いつつ、悟浄は視線を前の二人へと戻した。




「やっぱ怪しいよなぁ、此処まで暇だとさ」
「っていうか、疑う事でもしないと何もする事がないんでしょう?」
「……ま、否定はしないけどよ」




だって本当に暇だし。

言っている間に、煙草の煙は風に流されていく。
いつもなら、わざわざそれを意味もなく目で追うような時間もない。



「この先の街でなんか仕掛けられてるとか」
「まさか、あちらさんまでする事がない訳じゃないですよねぇ」



ちらりと二人で三蔵に目をやれば、此方も同じ考えらしい。



「どうします?」
「どう、と言うのは?」
「先に進みますかって事ですよ」
「……止まる理由もねぇだろうが」
「そりゃそうだが、進むのも怪しいだろ?」



そんな事を言っていればキリがないのだが、やはり疑心は晴れない。


それでも、やはりジープは進んで行った。