innocents the feel in love









悟空が起きたのは、三人が進むか否かで揉めてから一時間後。

荒野を抜けた先にあったのは、一変して川の多い、潤った街だった。
この一体だけが緑化に成功したのだと、観光地でもあるらしい為に設けられたガイドから聞いた。
が、正直街の生い立ちなど彼等にはどうでも良い訳で、さっさと宿を探すことにする。




悟空はジープを降りてから、何度も背筋を伸ばしている。


最初は座った姿勢で眠っていた悟空だったが、当然そのままの姿勢では辛い。
無意識でも体勢を変え、身動ぎしては中途半端な姿勢になっていた。
見兼ねた悟浄が横に寝かせてやったが、それでも中々落ち着かなかった。

大人しくなった時には、すっかり丸くなっていた。
狭いジープの上だから無理もない事ではあるが。



しばらくそうして背伸びしたり、上半身を捻ったりしていた悟空だが、ふとあるものが目に付いて動きを止めた。




「どーした、悟空」




隣にいた悟浄が問えば、返事はない。
悟空はある一点をじっと見つめていて、動かない。

どうしたのかと不思議に思いつつ悟空と同じ目線を辿ると、その先には。





「桜じゃねーか」





金と紅の双眸に映ったのは、舞い落ちる薄桃色の花弁。
風に揺られてふわふわと揺れるそれは、街を流れる川に沿って流れていく。



「此処は桜が有名で、それ目当てで観光に来る方もいるそうですよ」
「ふーん……確かにすげぇな、この数は」
「色んなとこにある……」



川岸に並木になっている桜。
その数は半端ではなく、この地方は今が満開らしい。

盛大に咲き綻んだそれらは、風に揺られて踊っている。



「テメェの場合は、花より団子だろうが」
「んなことないよ! オレ桜は好きだもん!」



保護者の一言に反論する悟空だったが、悟浄と八戒は笑うだけ。


悟空が桜が好きなのはよく知っている。
桜の下にいると、いつまでも飽きずにじっと花を見上げているのだ。

桜の下ではそれにしか意識が行かないらしく、何度呼んでも気付かない事もある。
それほどに桜は悟空の心に根強く残っているらしい。






────ふと、八戒が思い出したように手を叩いた。





「どしたよ、お前」
「僕としたことが、大事な事を忘れていましたよ!」
「あ?」




しまった、と言う顔で言う八戒に、悟浄が眉根を寄せる。
珍しい八戒の様子は悟空と三蔵にも聞こえたらしい。

悟空はまだ拗ねた顔をしていたが、八戒の方へと目をやる。


すると、同じく悟空を見ていた八戒と正面から目が合った。




「悟空、」













「誕生日おめでとう、孫悟空!!!」










バサッ














─────八戒の声を掻き消して響いた、声。
それと同時に、悟空の視界を覆いつくした、色とりどりの花。








「………へ??」







突然の事に目を白黒させる悟空。
そんな悟空の隣に立つ三蔵からは、露骨に不機嫌なオーラが滲み出ている。
八戒は中途半端に台詞を途切れさせられ、悟浄は眉根を寄せている。


先程の声を思い出しつつ、悟空はおそるおそる、顔を上げる。



すると其処にいたのは。






「………焔……何やってんの……」
「祝いに来た。今日と言う日だ、当然だろう?」





大きな花束を手に、嬉しそうに笑っているのは焔。
成る程、三蔵の機嫌が悪くなる訳である。



「今日は4月5日、お前が生まれた日だ。祝わずにいてどうしろと?」
「…じゃなくて………」
「やはりお前は花を抱くのが似合うな」



一応自分にという事だから、と花を受け取れば、こんな台詞。



「本当ならばこの世界中の花をプレゼントしたいぐらいだ」
「……いや、それはちょっと……」
「今はそれだけしかないが、直に全てをお前に捧げよう」



相変わらず話を聞かない焔に、悟空は戸惑ってしまう。
頼むから会話してくれよ、と。

ちなみに少し離れた場所では、紫鳶と是音が立っていた。
何故彼等は、自分の大将の暴走を止めようとは思わないのだろうか。
………止めても無駄だから、とは悟空にはまだ判らないようである。




いつもの事だが、焔は完全に悟空しか見えていない。




それに業を煮やすのは、やはり三蔵で。








「離れろ、このクソ神」
「……邪魔をするな、金蝉」







銃口を向けて睨まれた所で、焔に通用する訳もない。




「偶にしかない逢瀬だぞ。お前と違って。こんな時ぐらい気を遣うことも出来んのか」
「此処まで自己中に言われると、いっそ清々しいですね……」
「……じゃあその手の中の気功はなんですか、八戒さん?」




黒いオーラを醸し出しつつ、相変わらずの笑顔の八戒。
しかし、その手には光る直径20cmの気功玉。
そんな八戒を怖いと思いつつ、悟浄も止める気はない。




「邪魔はテメェだ、このクソ野郎! 悟空、テメェもそんなもん受け取るな!」
「オレが悪いの!?」
「いや、お前は悪くない。こいつが気が利かないんだ」
「帰れ!!!!」




…あくまで自分の唐突さの非は認めないつもりらしい。
ちゃっかり悟空の肩を抱きながら言う焔に、三蔵は血管が切れる寸前である。






「ブッ殺す!!!!」
「やれるものならやってみろ」

「わーっ! 三蔵タンマ、タンマ!!」





止めに入ったのは悟空。
三蔵と焔の間に割り込んで、両手を広げている。

こうなると、三蔵も焔も先に進めない。



だが止められた三蔵の方は思い切り機嫌を損ねたようだ。
傍から見ればキレた三蔵から焔を庇おうとしているようにも見える。
無論、悟空にそんなつもりはないのだろうけれど。

八戒もちゃっかり気功を放とうとしていたが、目敏く悟空に見付かってしまった。
悟浄も止めてよ、と言う悟空だったが、言われた方は出来る訳ないと胸中で呟くばかりだ。





しかし焔一人は、素直に牙を納めていた。






「仕方ない、悟空が言うならな…」
「あ……えっと…ありがと、焔………」
「お前だからだよ、悟空」





引き下がってくれた焔に、戸惑い気味に礼を言う悟空。
焔はそれに優しく微笑んで、悟空の頭をくしゃくしゃと撫ぜた。





「それに、お前の誕生日だと言うのに、血を流すのも無粋だな」
「っつーか、なんでお前が悟空の誕生日を知ってんだよ?」
「今更何を言う、捲簾」




それは俺の名前じゃない。
悟浄の言葉を焔は綺麗にスルーした。





「俺と悟空は500年前からの絆がある。知らぬ事など何もない」
「それを世間ではストーカーって言うんですよ」
「お前たちには判らないだろう、俺達は500年前から繋がっているんだからな」





八戒の言葉も見事に無視し、焔は悟空を見つめながら語る。

しかし悟空の方は若干引き気味で、どうして良いのか判らない。
すっかり熱が入ったらしい焔の目は、少々現実から逸脱しているように見えなくもない。
最早(いつもの事と言えばそうだが)悟空のことしか見えていないと言って良いだろう。




500年前の花畑での出会い。
一度見ただけで判った、同じ存在だと言うこと。
少しずつ近付いていった、互いの距離。

そして一目を忍んで、花畑で繰り返された逢瀬……



延々と語り続ける焔だったが、残念ながら悟空は半分も聞いていない。
昔の事を幾ら聞かされても、記憶のない悟空には判らない事ばかりである。

しかしそれを言った所で、




『俺が覚えているから良いんだよ』




と、抱き締めて囁かれ、また再開されてしまう。

…其処で終われば少しは良い話になるのかも知れない。
しかし焔が気が済むまで喋らなければ、これは終了にならない。






「…いや、やっぱお前ストーカーだろ」
「絶対に日記とかつけてますよ…観察日記」
「悟空、こっちに来い。変態がうつる」




言われてようやく、悟空はそろそろと焔の傍から離れた。
すっかり自分の世界に入り込んでいるらしく、焔はその事に気付かなかった。



そんな焔を尻目にして、遠目に見ていた是音と紫鳶が近付いてくる。

是音はバツの悪そうな顔をしていて、紫鳶はいつもと変わらない。
が、やはり紫鳶も少々披露した感があるのは否めなかった。
この人たちはついていく人物を間違えたのでは、とふと思った八戒だ。



是音は常と同じく魔神銃を所持しているが、背に負われたままだ。
戦う気がないのは判ったから、悟空たちもそれほど警戒する事はなかった。

いや、それよりも。

少し、不憫に思ったりもするのだ。
……上司が“ああ”だから。




「……悪いな、騒がせて」
「…ん、別に」
「……良い子だよなぁ、お前」



悟空を見下ろしながら、是音はしみじみと呟く。

色々疲れたりはするけれど、戦う気はないのだから、ムキになっても仕方ない。
焔の言う事は一先ず聞き流すのが良いのだろうと、悟空もそろそろ学習してきた。
周りはそれでは収まらないが。



「まぁ、あれだ。お前の誕生日祝いに来たってのは、嘘じゃねえからさ」
「…これ、どうしたらいい?」
「花だったら……そっちで適当にしてくれや。邪魔になるだろうしよ」



くしゃくしゃと悟空の頭を撫でながら、是音が言う。


全く、戦っている時以外は、まるで敵らしくない。
それは焔や是音と紫鳶だけではなく、紅咳児にも言える事だ。

別に、そういう空気は嫌いじゃないけど。




「一先ず、今日一日はゆっくりして頂こうと思っていますので」
「そういう訳で、今日だけだが襲撃はなしって部下に指示したから」
「……それで朝からなーんか平和だった訳ね」




疑って損した、と呟くのは悟浄だ。


この街に着く直前まで、悟浄は他の二人とそんな話をしていた。
何処からでも襲撃が出来るような荒野にいたというのに、流れていた静かな時間。
悟空なんて暇を持て余し、春の陽気に誘われて眠ってしまった程である。

結局この街に着くまで一度も襲撃はなかった。
牛魔王サイドがどうしているかは知る由ではないが、半分はこういう配慮もあったと言う事か。




「なんなら、ボディガードでもしてやろうか?」
「どうやって?」
「ほら、牛魔王のトコの奴ら。近くにいたら相手しといてやるからよ」
「今日は貴方にゆっくりして頂くようにと、焔からの命令ですから」
「……そういう事に命令って使っていいのか…?」




悟空の素朴な疑問は、是音が笑って流してしまった。


とにかく、休ませてくれるというなら、それに甘んじてもいいだろう。
悟空は両手一杯の花束を抱えなおしながら、ありがと、と小さく呟いた。





「でも、其処までしてくれなくても大丈夫だよ」
「いや、寧ろやらせて欲しいぐらいだな。後で大将になんか言われそうだから」







ちなみに、その大将は未だにトリップしたままである。






「……っつーか、それならまず、あんたらの大将持って帰ったら?」
「非常に公害なんですけど、あれ」




段々帰れなくなってるんじゃないのか。
そう思うほどに、焔の語りには熱が篭っている。





「……まぁ、程ほどで…な……」
「大変なんだな、是音と紫鳶も…」
「…もう慣れたかな、流石に」
「そうですね」




意外な苦労を知ったと言う悟空の言葉に、なんだか泣きそうになる是音だった。