rational collapse













ただあなたの笑った顔が見たいだけで


それだけなのに、何故こうも神とは意地悪なのだろう











あなたの笑った顔が見たいだけで















どうしてこんなにも紅が流れていくのだろう












































「八戒、もう良いよ!!」






半ば叫び、懇願に近い声だった。
それを聞いてもしばらくの間、自我は帰って来なかったと思う。








沸騰した頭の片隅で、嫌に冷え切った箇所がある。
けれどもそれは決して冷静だと言うものではなく、ただ客観的に眺めているだけの思考回路。
煮え滾った部分は感情だ理屈だというものよりも本能を優先している。
きっとそれを止める為に冷え切った箇所があるのだろうけれど、その為に機能する事はなかった。


固形物にぶつけた右手がじんじんと鈍痛を脳に伝えてくる。
痛いな、という考えだけは浮かんでくるのだけれど、ぶつける筋肉の動きは止まらなかった。

自分と同じ形状をしている物質を、地面に押さえつけた。
叩き付けた時の振動がそのまま腕に伝わったけれど、手がそれから離される事はなかった。
見上げて来る黒の球体が何かを訴えても、やはり解放する事はない。



助けてくれ、と呟かれたような気がした。
けれど、無視する。



そうしている内に、段々とその自分と同じ形状をしている物質は、びくびくと不恰好に跳ねるようになった。
かつて顔という名で呼ばれていたであろう部署は、最早数分前の面影を失くしている。

其処までしても、まだ煮え滾った部分が収まらなかった。
冷え切った部分は相変わらずで、まるで好きにすれば良いと言っているようだ。


一つの躯に、二つの頭は要らない。
だから結局、沸騰した部分も、冷え切った部分も、きっと考える事は一緒なのだ。
そうでなければ、そろそろ人としてのブレーキが利いても良い頃だ。

……己を人として分類して赦されるべきかは、定かではないけれど。





「八戒!!!」




ああ、あの子が呼んでいる。
それでも、まだ足りない。

子供の呼び声が足りないのではない。
目の前に転がっている物体への制裁が足りないのだ。
この程度では、罰にもならない。


だけれど、そろそろ帰らなければ。
あの子の泣き顔は見たくないから、早く帰って頭を撫でてあげないと。



だけれど。




「いい加減にしろ、八戒ィ!!!」




後ろから羽交い絞めにされて、それでも数秒。
きっと自分の理性の意識は、きっと殆ど働いていなかったと思う。

それでも、振り向いて睨みつけるギラついた瞳の光に、僅かに動きが止まってしまった。







「八戒………!!」






そうしてしがみついて来たのは、何よりも心地良い温もり。
見下ろせば小さな肩が震えていて、破れた服が目に付いた。
確かこの服は、この間買ってあげたばかりだったと思うのだけど。

金色の綺麗な光は見えなかったけれど、それは今だけは構わなかった。
だってきっと濡れているから、見たくない。



子供の肩に手を置こうとして、ようやく視界に己の手が入った。
きっと少し前まで清潔だったその手は、面影なくドス黒い紅に染まっていた。
悟浄の紅ってあんまり血っぽくないかもなぁ、と関係ない事を考える。
だって彼の紅は綺麗な色で、こんなにくすんだ色じゃない。

それとも、自分の手についたからこんな風に変色してしまったんだろうか。
そういう化学反応ってあるのかな、とぼんやり思った。


───……とにかく、このまま子供に触れる事は出来ない。
だってこの子は、汚しちゃいけない。










ただ縋り付いてくる熱に身を委ねて、そのまま意識を手放した。