しあわせをさがして











意外と、皆気付かないけど















幸せは、すぐ傍にあるんだよ


いつだって





























瞼の裏に映るチカチカとした光。
ふと浮上した意識がそれを確認すると、急に眼球が痛くなった。

眼を閉じているはずなのに、認識した光。
それはちらちらと翳ったりもするけれど、眩しい事に変わりはない。
一度感じてしまったそれを簡単に拭い去る事は出来なくて、那托は渋々目を開けた。


開けた瞬間、網膜が焼かれるんじゃないかと思った。
勿論、そんな訳はないのだけれど。


暗闇に目が慣れていた訳ではないけれど、やはり寝起きに日差しを浴びるのは少々辛いものがある。
目を擦りながらゆっくり起き上がろうとして、出来ない事に眉根を寄せた。
子供特有に大きな瞳ではあるけれど、そうすると幼さよりも生意気さが目立った。

何故起きれないんだろうと思い出そうとしてみる。
置きぬけの脳みそはまともに活動してくれない。



一先ず、状況確認をしよう。



そう決めて、那托は自分の腕がどうなっているのか考えた。
少しぶらぶらと振ってみて、安定した位置にある訳ではないと気付く。
足も片方が宙ぶらりんになっていた。

だが、別に中空に浮いている訳ではないだろう。
背中は何かごつごつとしたものに当たっていて、場所によっては少し食い込んで痛い。

ダルさを覚える己に叱咤しながら、どうにか腕を動かした。
背中に当たるそれを、手の触感で確認してみる。
ざらざらして、背中に当たるのと同様にごつごつし、所々で洞がある。



……ああ、木の上だ。



ようやく其処まで思い出した。
自分が寝転んでいるのは、太い木の枝の上だ。
暖かい日差しと吹き抜ける風に誘われて、眠ってしまったんだった。

落ちてしまうとは考えない。
だっていつもの事なのだ。


さて、それでは何故起き上がれないのだろうか。



簡単。





「……なんでいっつも俺の上で寝るんだよ……」






悟空が、腹の上で寝ているからだ。





自分が知っている限り、この天界で子供は己と悟空しかいない。
他は皆大人ばかりで、悟空の周りにもやはり大人の姿しか見た事はなかった。

那托にとっては、生まれてからずっと当たり前の光景。
だけれど、やっぱり知らないうちに淋しさや物足りなさは募るもの。
他に同じ存在を知らぬ子供達が繋がり合うのは、必然だったのかも知れない。


那托の腹の上に上半身を乗せて眠っている、小さな子供。
那托も子供であるが、彼よりも一回り小さな身体。

悟空の下半身はちゃんと枝の上に乗っている。
微妙にズレ落ちそうな不安な体勢だが、寝相の悪い悟空にしては大人しい方だ。
なのにいつも上半身だけは、那托の腹の上に収まってしまっているのだ。
猫じゃあるまいし。




「……苦しいんだけどなー……」




木漏れ日の空を見上げながら、那托は呟く。

別に悟空に向けて呟いた言葉ではない。
ただの独り言だ。




「………そんなに寝心地良いのかな?」




俺だったら無理だなぁ、とまた呟いた。
だって自分の頭の下で、他人の腹が上下しているのだ。
呼吸の為だと判っていても、あまり落ち着けるものではない気がする。

だが以前、そんなに寝易いのかと聞くと、悟空は躊躇いもなく頷いた。
なんでも、鼓動の音がして、それが安心するのだと。


那托には、そんな感覚は判らない。
まぁ、そんな感覚に落ちるような事も今までなかったから、と言えばそうなのだけど。




「……いつ起きるかな……」




起き上がる事も出来ないし、なんだか起こすのも悪い気がする。
自分の腹の上で寝息を立てている悟空は、なんだかとても幸せそうだ。
きっと木苺を食べる夢でも見ているのだろうな、と思った。

自分はと言えば、何をする事も出来ず、ただぼんやりと木漏れ日を見上げるしかない。


そういう時間を持つようになったのは、此処暫くの事だ。

その事に気付いて、那托は目を細める。
悟空と出会ってから随分長い時間を過ごしているような気持ちになっていた。
だけど実際は、半年だって時間は過ぎていないのだ。



悟空に逢ってから、何もかもが初めてだ。
見上げる木漏れ日を、眩しいなんて思った事さえも。






悟空はよく寝る。
そんな気がする。



逢えば一緒に遊んで、誰も知らない、誰も来ない場所で二人で駆け回る。
その時は元気一杯で、もっともっと遊んでいたいと思う。
それは那托だって同じ事だ。

だが一度足を止めてのんびりとした時間を過ごすと、悟空は直ぐに舟を漕ぎ始める。
寝ていないのかと何度か聞いたが、毎晩きちんと眠っているのだという。
何せ保護者が煩いものだから。

なのに舟をこぎ始めると、そのまま眠ってしまうのだ。


不思議だな、と思ったのは一度や二度の事ではない。

腹が減って帰る頃には目覚める。
帰らないと、二人とも大目玉を食らう訳で、それは遠慮願うところだ。







「……今はどんな夢見てんだ? お前」



返事がないと判っていながら、那托は問う。
起こしたくないから身動ぎ出来なくて、空を見上げたままで、だ。


悟空がすぐに眠ってしまうのは、ひょっとして夢の所為ではないだろうか。
楽しい夢を見るから、もしかして夢の続きを見たくて眠ってしまうんじゃないか。

俺ってこんな事考える奴だったっけ。
今まで抱いた事のなかった感情に、小さく笑いながら思う。
きっとこいつの所為だ、と感じながら。





「いい夢、だよな」





でなければ、寝たくなんてならない筈だ。


少し、羨ましい。
だって寝るのが楽しいなんて、今まで一度もなかったから。

光のない、誰もいない場所で一人眠るのがいつもの事だった。
傍に温もりがあるなんて事はなくて、夢だって見ていたかさえ判らないぐらい。
無機質な呼び声に目を覚ませば、やっぱり其処には冷たい孤独があるだけだ。

眠るのも目覚めるのも、どうでも良い事だった。
ただ生きて行く上のサイクルだというだけで。



だから、良い夢見てるなら、






今日だけ、それを分けて欲しい。