終わらない紡ぎ唄


























いつも同じ涙ばかり 流し続ける





失くさなければ 気づかないから









































三度目はきっと、“会った”とは言わないんだと思う。
遠くで見て、手を伸ばしたくて、結局出来ないままで別れたから。











退屈なだけの、つまらない天帝の誕生祭。
下でざわざわと騒いでいるのを見下ろしながら、那托は冷めた瞳のままだった。


この誕生祭は何度も経験しているから判っているつもりだったけれど、やはり何度見てもつまらないだけだ。
天帝のスピーチが始まってからは、余計にそんな気がしてならない。
あの天帝が何を喋ったところで、それは那托の心に響くことはなく、言の葉の欠片さえ頭に残らなかった。

それよりも那托の心を縛って話さないのは、背後にいる自分の父親の視線。
その視線がもたらすものが良いものか否かさえ判らないけれど───……今は、後者である事だけは間違いない。




本当に、さっさと終われば良いのに。
何もかも。




その時、俄かに見下ろす先が慌しくなった。
それまでただ傍観していただけの警備の男たちが、一点へと集結しようとしている。

こんな事は今までに殆どなかったと思う。
特に内容らしい内容はない聖誕祭だけれど、それでも天帝を主とした祭りなのだ。
疎かにしては後で何をされるか判らないのだから、よほどの馬鹿か自意識者でもいたのだろうか。


高台の手摺に手を置いて、なんとなく警備の男たちの行く先を目で追ってみる。
天帝はまだあれこれと喋っているけれど、多分もう殆どの人間は聞いていないだろう。



不意に、高らかな声が聞こえてきた。
それは天帝のスピーチよりもよく通る声で、まるで宣言でもしているようだ。






「日頃っから俺に恨み持ってる奴ぁまとめてかかってきな!!」






警備の他、数名が円になってぽっかりと空いている人ごみの中の隙間。
その中心で腕を点について振り上げている男は、まるで子供のようだった。
身に纏う黒は確か、西海軍の何処かの隊のものではなかっただろうか。

その横には呆れたように佇んでいる、白衣の男。
何かを庇っているようにしていたけれど、何を庇っているのかまでは彼の影になって見えなかった。


挑発されてか、回りの人々が黒服の男に向かって突進していった。
あんなに四方八方囲まれてどうするのかと思っていたら、男は避けもせず、けれどそれらを甘んじて受け止める事もしなかった。
当てられる前に当てて───……数瞬後に立っているのは、たった一人の黒服の男の方。


円の空間は次々崩れて、黒服の男に向かって突進していく。
けれども男が地に伏すことはなく、盛大に大立ち回りし、暴れてどんどん屍──無論、心ではいないだろうが──を作っていく。

白衣の男の背後から、一人の男が突進して行った。
しかし直後、突進した方が地に伏し、またしても屍が増える。



其処からはもう、誰も彼も体裁など繕っちゃいない。

この派手な大立ち回りを止めようと割り込んだ警備さえ、男は張り倒して黙らせた。
そんなものだから、止める人間だと何処にもいないのだ。




(………すげぇ………)




他の者が戦う姿など、那托は殆ど見た事がない。
戦場に出て戦うのはいつも自分ひとりだったからだろうか。

初めて見た他の者の戦う姿。
少なくとも、彼等はとても生き生きとしているように見えた。
黒服の男に至っては、本当に楽しそうに笑っている。




(……あ…?)




二人の大人の大立ち回りの中に、何かすばしっこい小さなものが飛び込んだ。
白衣の男に迫っていた者を蹴り飛ばし、小さい身体はそのまま跳ねて、黒服の男の傍に降り立った。

小さな存在はまた駆け出して、向かってきていた男の窮鼠に蹴りをお見舞いした。


その、小さな存在は、他の何よりきらきら綺麗なイキモノで。





(あいつだ!)





思うよりも先に、那托の口元が綻んだ。

あんなに生き生きしてる。
あんなに。


俺も、あそこに行きたい。




しかし、聞こえてきたのは冷たくて暗くて、なのに逆らえない声。










「──────下らんな」









聞こえた声に、那托は自分の肩が跳ねた事に気付いた。



「品性下劣な馬鹿共が多くて嘆かわしい事だ」



そうは思わないか、と同意を求める声。





違う。
違う。

あいつはそんなのじゃない。


だってあんなにきらきらしてる。
だってあんなに光ってる。
だってあんなに。

あいつはそんなのじゃない、違うんだ。
あいつはすごくきれいなんだ。



悲鳴にも似たその想いは、声に出てはくれなかった。






「………ええ」





どうしてだろう。
本音を言うぐらい、容易い事じゃないんだろうか。
あの子はあんなに真っ直ぐ、自分の想いに応えてくれるのに。


此処から飛び出したい。
此処から飛び出して、あいつの所に行きたい。

想いばかりが膨らんで、那托の足はまるで戒められたように動かなかった。
少し腕に力を入れて、床を蹴ってこの手摺を乗り越えるだけだ。
自分の身体能力を持ってすれば、それは造作もない事。




なのに、足は動かない。

足だけじゃない。











手を伸ばすことも叶わない、



……手摺の向こうの、自由な世界。







































………夢の中で会うのって、回数に入るのかな。
入るんだったら、あれで四回目になるんだけど。


















『誰も知らない隠れ家とか、
木苺が沢山生ってるトコとか。



────────行こうな、一緒に』







走ってる後ろをついてくるのは、同じ年頃の子供。
裸足なのは二人とも同じで、違うのは後ろをついてくる子供の両手足の枷が鳴る事ぐらい。

目指しているのは一本の木で、指差すと二人で走る速度を上げた。
もうずっと走り続けているのに、不思議なことに少しも疲れなくて、息が上がる事もない。


木の下に辿り着いて登り始めたら、子供も躊躇う事無く一緒に登って来た。
それが嬉しくって恥ずかしくて、那托は紅くなった顔を見られたくなくて、上だけ見て登って行った。



天辺の近くで登るのを止めて、一本の太い枝に移った。
ついて来た子供は那托よりも一つ上にある枝に登って、落ち着いた。

そして那托の移った枝の、幹から分かたれた根元の部分。


其処には、今生まれようとしている鳥の卵。









『いつか、きっと』









頭上にいる子供を見上げれば、同じようにこちらを見ている金瞳とぶつかった。
なんだか照れ臭くなって……でも、やっぱりその瞳から目が離せない。

ああ、やっぱり、もっとずっと見ていたい。




だけど、呼ぶ声がする。













『いつか……────────』















帰りたくない。
戻りたくない。

お前といたい。
ずっとずっと。


俺を呼ぶのは、お前だけで良いんだから。
お前だけが呼んでくれたら、俺はそれで良いんだから。


なぁ、お前だけで良いんだよ。
あの時みたいに、傍にいてよ。
起きてもずっと、手繋いだまんまで。

なぁ、帰りたくないよ。
お前がいない所になんて、行きたくないよ。




ずっとお前といたいんだよ………