終わらない紡ぎ唄





























散りゆく花びらが 街を彩るけど





さいごの時なのと 風が教えてくれた

































五回目は………ああ、きっとこれで嫌われるんだって、思った。












討伐から戻った時、一番に顔を見たのは父親だった。
よくやった、と言われたけれど、それは不思議と心の中に響いて来る事はなかった。
嫌だと思う事もないし───……嬉しいと思うことも、なかった。


天帝の口上を聞いている間も、那托の心は其処にはなかった。
何処にあるのかと問われても自分でもよく判らなかったが、天帝の言葉が聞こえてさえいないのは事実。
父親が何かいったけれど、心の中だけで悪態を吐くだけだった。

もしも此処で、例えば反抗なんてものが出来たなら、もう少し自分の世界は変わるのだろうか。
この変わるものなど何もない世界で、もう少し世界は輝いて見えたりするのだろうか。

……結局どれも、仮定にしかならないのだけれど。



父に背中を押されて、立ち上がって館へ続く道へ向き直る。
その一本道を作っているのは顔も覚えていない部下達で、向けられる瞳は相変わらず冷たかった。

そんな中で、少しだけ違う瞳を見つけるまで、それほど時間はかからなかった。


黒服の男と、白衣の男。
白衣の男は朧気に、黒服の男ははっきりと見覚えがあった。

あの黒服の男を忘れるなんて、那托には出来なかった。














『────お待ちください』





出陣を命令された時、割って入った声の持ち主。





『西方軍西海竜王配下、軍大将・捲簾と申します』




その時も、那托はぼんやりと覚えていたのだ。
あのつまらない天帝の聖誕祭の時、派手に大立ち回りしていた男。
金髪の男と、白衣の男と、この黒服の男────それらは、あの子供と一緒に去って行ったから。

何故あの子供と一緒にいる男が此処にいて、この場で割り込んでくるのか判らなかった。
固唾を呑んで見守っていたら、彼は言った。




『畏れながら申し上げます。お見受けしたところ、那托大使は先の牛魔王討伐の折に負われた傷が、未だ完治されていない御様子』




彼の言う事は、確かに正しかった。
衣服に覆われた那托の肌は、未だに包帯も解かれていないまま。
その包帯に覆われた下には、完治とは程遠い傷痕が残っている。

動く分には申し分なかったが、戦闘となると話は違う。
それでも退く事は許されないのが那托の立場だった。


しかし、彼は続けて言ったのだ。




『此度の出陣、我が軍に拝命賜りますよう、お願い申し上げます』




どうして、そんな事をするのか判らなかった。


派手に大立ち回りしていた男。
楽しそうにケンカをしていた男。
きらきらのイキモノと一緒にいた男。

あの子供と似て生き生きしている男が、どうしてこんな真似をするのか。



那托の代わりが務まるのかと言われ、男は臆面もなく続ける。
蓑に隠れて無傷で帰って来るような輩よりはマシだ、と。
激昂したのは那托の軍の部下と、恐らく上司にあたるらしい男。

今度割り込んだのは、父親だった。




絶対的な声。
絶対的な言葉。

絶対的な、存在。


いつもそれに縛られる。



泣き出せたら、楽になるんだろうか。
嫌だと言えたら、世界は変わるんだろうか。

愛されているなんて思ってない。
だけど、嫌われているとも思えない。
どうしてなんて、判らないけれど。







あの返事は、殆ど無意識だったんじゃないかと思う。







下がっていいと言われて、言われるままに退室を決めた。
これ以上、この空気に当てられるのが嫌だったから。

振り返ったら、立ち尽くしたままで見つめる黒服の男がいた。


きらきらとは違う。
けれど、同じようなものを感じた気がした。





さんきゅ。





それが精一杯。

擦れ違い様、拳をぶつけるだけ。
それで、精一杯。
















…………その男が、目の前にいる。
何故だか瞳は嬉しそうに細められていて、隣にいる白衣の男も同じだった。

大人の視線はどれも冷たいものだと思っていたのに、どうして彼等は違うのだろう。
あの時、自分は黒服の男が差し伸べた手を、確かに拒絶した筈だ。
なのにどうして、彼等はあんな目で見つめてくるのだろう。


あの子供と一緒にいるから?


天帝の聖誕祭で、金糸の男と、白衣の男と、黒服の男と……そして、小さな子供が連れたって去っ行ったのを見た。
あんな風に、当たり前にあのきらきらしたイキモノと一緒にいるからなんだろうか。

よく、判らない。
判らない、けど。


嫌じゃない。









「那托!!」








不意に聞こえた、声。
すぐ後ろに父がいる事は判っていたけれど、それでも目が探すのを止められなかった。

大人達の隙間が、ごそごそと動いている。



「那托、こっちこっち!」



其処に目をやった時、人ごみの中に埋もれていた影がひょこっと顔を出した。

きらきら輝く、綺麗な瞳。
其処だけ、鮮やかな色がついたような気がして。








「おっかえりー!!」








初めて言われた気がする、その言葉。


呼ぶ名前はまだ知らなかったけれど、もうすっかり覚えてしまったその顔。
夢にだって出て来るようになった、きらきら光るその輝き。

迎えに来てくれたんだと気付いた時、俄かに心の中が暖かくなった。
父に迎えられた時だって、そんな感覚を抱いた事はなかったのに。
大人達の中に埋もれて手を振る姿を見つけた瞬間、那托は言いようのない高揚感を覚えた。



「お前…」



来てくれた。
なんで此処に。
ただいま。

言いたい言葉は、沢山あった。
だけれど、それはどれも音になる事はなく。


肩を掴んだ父親によって、遮られて。



「父上……?」



一体何を、と言おうとして、それ以上那托の喉から音が出る事はなかった。




「───あの子供……下界で生まれた、異端の幼児だな?」




確認するように言われた言葉に、瞬く間に那托の表情は強張っていく。

たった一人の父親の見下ろす眼は、深く、暗く、冷たいものに見えた。
そして、何処かの歯車が狂ってしまったように、可笑しな刻み方をしているようにも見えて。










殺せ。













……なんて、言った?
なんて、言われた?

あのきらきらしたイキモノを、どうしろって。




「私には判るのだよ」




何が。
何が、判るって。

あんたは、あいつと話もした事ないじゃないか。


きらきらして、きれいで、笑ってるんだ。
こっちに向かって手を伸ばしてる。

あの手は、俺に応えてくれた。
此処にいろって言った時、捕まえた手。
俺が生まれて初めて捕まえた、手。


あの手を、どうしろって。




「あの存在は、いずれ脅威となる」




脅威って、なんの話。
あいつの何がそんなに悪いの。
あいつは、すげぇいい奴なのに。

俺の名前を、あんなに一所懸命呼んでくれるのに。
あんなに一杯、手を振ってくれるのに。


あいつは、この世で一人っきゃいないのに。
あいつの代わりなんていないのに。




「そうなる前に、消すのだ」




消すって、何。
モノみたいに言うなよ。


あいつはきらきらしてるイキモノなんだよ。
約束だってしたのに。

モノみたいに言うなよ。
消すなんて、殺せだなんて。
そんなの、嫌だ。









「“不浄な者”は、天界(ここ)に二人といらんだろう?」









金瞳。
異端の。

違うよ。
あいつはそんなのじゃない。
あいつは、きらきらしてるんだ。



思っている言葉は一つも、音になってくれない。





「──────那托?」





ゆっくり、子供の前を通り過ぎる。
伸ばされた手に、手を伸ばそうとは、しなかった。



「なたくっ!!」



悲痛な、呼ぶ声。

あ、その声、嫌かも。
いつもと違って、なんだか胸の奥が痛い。
呼ぶならもっと、暖かいのが良い。



「オレだよ、忘れたのかよっ?」



忘れてなんかいない。
忘れるなんてない。

だけれど、手を伸ばせない。
その伸ばした手に、応えられない。


お前は、応えてくれたのに。





「那托ってば!!」













最後の呼ぶ声は、扉を閉める音が煩くて、ちゃんと聞こえてこなかった。