終わらない紡ぎ唄




















大切な 祈りが 届くように

今日も歌い続けてゆく









探してた 答えは きっとあると










そっと教えてくれる












































もう、六回目って言えないのかな………あれが最後だったから。










いつも通りの軍の出動命令。
此処のところ、やけに数が多いと誰かが言っていたけれど、那托にはそんな事はどうでも良かった。


後ろに控えている父親の存在が嫌で嫌で堪らなくて、それなのに拒絶することが出来ない。
いつだってこの男は自分の背中にいて、まるで戻る道を断とうとしているような気さえした。
それなのに二人きりになると途端に目の前に来て、目尻を下げたりして……

どちらか一方であれば、自分はもっと違う自分になれたのだろうか。
こんな事を考えるのも、これで何度目になるのか最早判らない。



一番嫌いなのは、拒絶も何も出来ない自分。
愛情を錯覚していると判っていながら、それを手放せない自分。






……ふと、広い部屋の外が騒がしくなった。
調印の最中に珍しい事だと思っていたら、呼ぶ声と一緒に扉が開かれた。





「那托っ!!」




振り返れば、何処からか走ってきたのだろうか、息を上げている子供がいた。



「お前……」



名前を呼ぼうとして、それしか出てこなかった。
ああ、そういえば、まだ名前を教えて貰ってないんだった。


二度目に会った時にはもうあったのかも知れない。
けれど、二人とも再会した事に夢中で、そのまま眠ってしまったものだから。
夢にだってその顔は出てきたのに、そう言えば一度だって呼んだ事はなかったのだ。

あの子供は、こんなに何度も何度も、名前を呼んでくれるのに。
那托は一度だって、彼を呼ぶ事が出来なかった。



どうして、此処にいるんだろう。
この子供は、軍とは何も関係ないのだと思っていた。
無邪気に笑って駆け回る姿は、そういう血生臭いものとは無縁のものに思えていたから。

だけれど、この子供は此処にいる。


どうして、と呆けたままで突っ立っていたら、子供は那托に駆け寄って、両の肩を捕まえた。




「───ウソだよなっ!?」




詰め寄る子供に、一体何のことだろう、と判らなくて瞠目した。

真っ直ぐ見つめるきらきらの金瞳が、なんだか酷く困惑して、悲しそうな色をしているような気がした。
その表情を見たのは決して初めてじゃなくて、この手に応えられなかった時も、同じ顔をしていたと思う。





「オレの事殺すなんて……ウソだよな、那托!」





ウソだよな。
ウソだ。
ウソって言ってよ。



見つめる金瞳が、その言葉を欲しているように見えたのは、きっと間違いではない。
だけれど何故か那托の喉は引き攣ったようで、欠片の音さえ出てくれなかった。

いつもそうだ。
肝心なはずの言いたい言葉は、いつも喉で引っ掛かって音にならない。
その手に、その瞳、その声に応えたいのに、まるで戒められたように動けない。


黙ったままの那托に何を思ったのか、悟空は呆然として立ち尽くす。
触れていたはずの小さな手が重力にしたがって、今度は父の手が肩に触れた。













「殺せ」










今、この場で。
人々が見ている前で。

この不浄なる者を、不浄なるこの手で。




二人の子供の間だけが、時間が止まっているようだった。
子供は那托を見ていて、那托は子供を見ている。
けれど、二人の交わった瞠目した瞳は、何も語ってはいなかった。





嫌だ。
嫌だよ。

そんなの嫌だ。


他の事ならなんでもするから。
他の奴ならきっと出来るから。

お願いだから、こいつだけは。





それも、言葉にならない。






「────っのヤロ……!」





動いたのは、子供の方だった。


床を蹴ると那托の直ぐ横から、背後に控えていた父の顔を殴り飛ばした。
小さな身体は思いのほか強い力を備えていたようで、父はそのまま背中から床に墜ちた。



「お前が悪いんじゃんか……!」



父が、悪い。
それを聞いた時、動いちゃいけない歯車が動いたような気がした。



「お前が那托にそーやって……変な事ゆーから……」



其処まででも、子供は精一杯声を絞り出しているようだった。

もう一度、小さな拳が握られ、振り上げられる。
其処からは思うよりも先に────否、勝手に、躯が動いて。



きっと色んな気持ちの詰まったその手を、那托はしっかり掴んでいた。
………いつかの捕まえるような気持ちは、何もないままに。



「……な…た……?」



どうして止めるの、と。
そう言いたげな瞳が、那托に向けられる。

那托自身にも、よく判らなかった。
どうして子供の拳を止めたのか、この父親はちっとも優しくなんてなかったのに。
時には嫌で嫌で、早く解放されたくて堪らなかったのに、どうしてこんな事をしているのだろう。


それまで正常に回っていた歯車の中に、一つ小さな歪んだ部品を組み込むと、たちまちそれは回転を止める。
無理やり回ろう回ろうとするその歯車は、異物を巻き込んだままで再び回り始めている。
それは何処かで必ず異常を来たし、望まぬ結果をもたらすものだと判っている筈なのに。





「父上から離れろ……父上は、俺の主君だ」





自分が何を言っているのか、よく判らなかった。
頭と躯が全く別物になって動いている。




「何を言われようと、何をされようと……父上が俺の存在理由なんだ」




……それはきっと間違っていない。
父がいなければ自分は今此処にはいなくて、父がいなければ何もない空っぽな存在。

どんなに冷たくされても、どんなに優しくされても、父が父である事に変わりはない。


だけど。
だけど。

本音はきっと、それじゃないんだ。




「父上を傷付ける者は誰であろうと」




すぐ、離れて。
すぐ。

嫌だから。
ホントは、嫌だから。


声にならない声は、誰かの耳に届いてくれるわけもない。










「殺す」









躊躇いなく、真っ直ぐ振り下ろした聖龍刀の刃。

だけれど、間に割り込んだ黒服の男がそれを受け止めて、子供に届くことはなかった。
逃げろ、と庇った子供に言っているのが聞こえたのに、那托は刃を下げようとはしなかった。



「邪魔立てするか、捲簾大将!! 好都合だ!」



父が何か言っている。
続く言葉は一つだけ。





「そいつも殺せ、那托よ!!」






黒服の男。
あの時、割り込んできた男。

覚えている。
なのに、何も思わないのは何故だろう。
躊躇いもなく力を使えば、男の体躯は人ごみへと吹っ飛んだ。



「ケン兄ちゃん!?」



男を呼んだ子供の声。



「やめろよ、那托っ!!」



自分を呼ぶ、子供の声。
繰り返して呼ぶ、高い声。


黒服の男がまた向かってくる。
言われた通りに排除する為だけに、筋肉が動くのが判った。

その表情に、子供だけが知っている無邪気な少年の顔はなく───……黒服の男が見た、大人びた少年の顔さえ其処にはない。
まるで感情さえも忘れたように、言われたまま、操り人形のように動く自分の筋肉。
何処か冷めた頭でそれを意識しながら、男の身体目掛けて刃を振り下ろしていく。






「ヤだよ、こんなの!!!」





泣いて叫ぶ子供の声が聞こえる。


そんな子供の声も掻き消す、卑下た大人達の声。
闘神の気迫を目の当たりにして腰を抜かしている者もいれば、逃げ出していった者もいた。
那托の瞳はそれらを一切追う事無く、目の前の抹殺対象だけに向けられている。

その最中で、高らかに笑う父の声が聞こえた。
だけれど、其処に錯覚するものは何一つなく───……それでも、今は那托は何も思わなかった。


ふとその父の顔を見てみると、背後に迫る白衣の男を見つけた。
刀が振り被られた瞬間に、那托は目の前にいた黒服の男を弾き飛ばし、床を蹴った。
意外にあっさりと父と白衣の男の間に潜り込むと、力の限りを持って弾き飛ばした。



「天ちゃん!」



心配げに駆け寄る子供に刃を向けるけれど、それらを庇うように黒服の男が立つ。
白衣の男も立ち直ると、黒服の男同様、自分たちの背に小さな子供を隠した。






「もう引き返せねぇな」
「いつだって引き返す気はありませんよ」





那托を真っ直ぐに見据えたままで交わした、言葉。




引き返す気はない。
引き返す道がないのではなくて。

いつだって前を見ている、その瞳。


前を見て、前へ進んで、自分の意志で歩いていける人達。


羨ましくて、妬ましくて……───────だけど、嫌いじゃない筈で。




己の氣を刀へ集め、躊躇う事無く一気に振り下ろす。
脆い訳ではないだろう床に亀裂が入り、衝撃波と同時に床が崩れた。
勢いを殺さぬまま、それは黒服の男と白衣の男の二人を切り刻む。


血塗れになった二人の後ろに庇われていた幼い子供だけは無傷なまま。
床に屑折れる二人に縋り付いて、何度も何度も名を呼んでいる。

その幼子を押し退け、二人はまた自分たちの影に隠す。
一番最初に抹殺の対象になった子供は、傷一つ負わないまま、二人の大人に守られている。
やめてくれ、と何度も子供は言うけれど、二人は引き下がろうとはしなかった。

……きっと、判っているのだ。
此処で己が退いたら、あの子供がどうなるのかを。


立ち上がった黒服の男が、那托と同じように氣を溜めて放つ。
聖龍刀で弾けばそれは見当違いの方向へ向かい、天井にぶつかって破裂した。

右と左でそれぞれ襲い掛かってきた刃を下がって避けると、横一線に薙ぐ。




瞬間、紅が弾けた。






「天ちゃん…ケン兄ちゃん!!」
「…逃げろ……っ早く…!」
「ヤダッ!」




嫌だ、嫌だ、と。
幼い子供のように首を横に振る子供。


今なら、容易くその首を跳ねることができる。
思った刹那、筋肉が動き、その子供に向かって走っていた。

頭の中を巡るのは、父から下された命令だけ。
ごくごく単純なその三文字の言葉を実行するのに、少しの躊躇いもない。
だって、自分の存在理由は、父しかいないのだから─────……































………………………嫌だ