face painting










ささやかで



だけどそれが大切で






楽しくて



だからその瞬間が大好きで












ほら、また笑顔





























そろり、そろり。

足音を消して進んでいく小さな影が二つ。
その向かう先には、うっかり立ったまま居眠りを始めてしまった見張りの男。



眠る男の一メートル前まできて、小さな影は一度立ち止まった。
ぴこぴこ動いて男の周りをくるりと回ってみるけれど、男からの反応は一つとして見られることはなかった。

連日立ち続け、目立って何が起きるでもないだろう天界の日常に飽きが来たのだろうか。
この状態を上司に見られれば間違いなく大目玉を喰らうだろうに、男は構わず瞼を閉じたままだ。
放っておいたら花提灯も膨らみ出すんじゃないかと思うほどの眠りっぷりである。


相変わらず変化のない天界の気孔は、年中と何ら変わる事無く春の陽気。
特に今日はそのふわふわとした陽気が幾分多く成分に含まれているような気がした。


それでも立ったまま寝るなんて、なんとも器用だ。
自分だったら絶対に床に倒れてしまう、と男をじーっと観察しながら思う。

そのまま見張りの男を眺めていてもいいのだが、それだけでは直ぐ飽きてしまう。
更に言えばそんな事をする為に、抜き足差し足忍び足で此処まで来た訳ではないのだ。



と、言う事で。




「よし、やるぞっ」

「おうっ」








───────活動、開始。










































角一つ向こうから聞こえた怒鳴り声に、一瞬だけ子供達は身を竦める。
しかしそれもほんの数秒の間だけの話で、次に浮かんでくるのは悪戯成功に喜ぶ子供の顔。


「貴様ぁあああっ! それはなんの悪ふざけのつもりだっ!!?」
「はっ!? ぐ、軍大将殿…あの、何が?!」


腹の底から吐き出されているであろう怒鳴り声と、対照的にひっくり返った部下の声。

部下は先ほどまで立ったままで居眠りをしていた男である。
そしてその彼はつい先ほど、角一つ向こうに身を隠している子供達の悪戯の被害者となったのだ。


今此処で自分達が角から顔を出せば、間違いなく二人に見つかってしまうだろう。
だから部下がどんな顔をしているのか判らないのは少しだけ残念だが、
それでも思った以上に悪戯は成功したようで、子供二人は十分に満足していた。


藤色の瞳の銀髪の子供が、右手を上げる。
それを見た金瞳の大地髪の子供が、ハイタッチ。
高らかな音が響くことはなかったけれど、それで子供達には十分だったのだ。

ついでに二人の左手を見れば、黒と赤一本ずつのマジックペン。
しかも極太。



「だいせーこーっ」
「よし、次だ次っ!」



まだ角向こうから聞こえてくる声をすっかり無視して、二人は駆け出す。


“闘神太子”那托と、“異端の子供”悟空。
彼らは今この瞬間そんな肩書きやレッテルなど忘れた、ただの悪戯好きの子供であった。

二人一緒に廊下を駆けて行く姿は、歳相応の幼い子供でしかない。
其処に肩書きやレッテルなんてものは無粋なだけだ。
誰と一緒にいるよりもきらきら輝く子供達の瞳は、無頼者の侵入などきっと跳ね除けてしまうだろう。



「ね、次は誰にする?」
「んー……天帝のジジイももう済ませちまったもんなぁ」
「今行ったら絶対捕まるよな」
「大犯罪人だぜ、俺達!」



那托の大袈裟すぎる言葉に、悟空はけらけらと声を上げて楽しそうに笑う。



「でもホントに間抜け面してんだなー」
「だろだろ?」



呟く二人の脳裏に思い出されるのは、
この天界で最も偉いらしい(らしい、ではなく事実そうなのだが子供達の中ではその程度の認識なのである)男の顔。
この悪戯大作戦が始まったのも、そもそもはその偉いらしい男が原点なのだ。





起因となる物事まで遡れば、丁度悟空と那托が初めて出逢った時の話になる。
あの時悟空は重要書類を折り紙にして、那托は天帝の顔にヒゲを落書きして隠れる場所を探していた。
そして偶然か必然か、隠れようとしたのは同じ部屋で、その時二人は初めて邂逅したのである。

その折に那托が隠れた理由──寝ている天帝の顔にヒゲを描いたという──を聞いた悟空は、自分も見たいと言って笑った。
那托も写真を撮っておけば良かった、なんて言って、それが二人を意気投合させたのだ。


そしてあれから何日が経ったかなど覚えていないが、二人はそれを実行した。
流石に写真に収めることは出来なかったが、再び昼寝中の天帝の顔に落書きを決行したのである。

以前はヒゲだけを書いた那托だったが、やはり一人でないとなると調子に乗ってしまうものだ。
それぞれが持った赤黒の二本の極太マジックペンで、あれこれ顔に落書きをした。
ちなみに落書き内容はなんとも幼稚な、子供ならではのものである。



昼寝中の天帝の顔に落書きなんて、なんと恐れ多いことか。
大人たちならば誰もが───否、一部そうでもないか───そう思うだろうが、生憎二人は子供だ。
おまけに悪戯盛りのやんちゃ盛り、物怖じなんて言葉はとっくの昔に遥か彼方に放り投げて捨てた。

勿論、この事実が保護者に知れ渡ればただでは済まされない。
けれども今はそんな事は頭の中になくて、ただこの楽しい時間にどっぷり浸かっていたかった。





那托曰く、普段エバり散らしている天帝の間抜け面に、念願の落書きが出来た悟空は実に嬉しそうだ。
悟空がそうやって楽しそうに笑うから、那托もそれが伝染したように顔の筋肉が緩んだままで戻らない。



「さっきの奴も間抜けな顔してたな」
「寝ると間抜けな顔になんのかな?」
「じゃあ俺達もしてんのかな?」



そろそろ走らなくてもいいだろう、と速度を落としながら二人は考える。



「さっき宿舎で寝てた奴らも結構間抜けだったよなぁ」



天界軍の一兵卒が寝泊りしている宿舎に侵入したのも、ほんの少し前の事。
正面からは当然入らせてはくれないので、二階の開いていた窓から侵入させて頂いた。

悟空には見慣れた軍服を着ていた男達は、皆揃いも揃ってぐっすり寝ていた。
修練疲れか、気配を隠しもせずに子供達が近付いても、彼らは無防備だったのだ。


ちなみに、今では彼らも子供達の悪戯の被害者である。
……気付いているかは、まだ判らないが(何せ本当に揃って爆睡していたものだから)。



「あの制服って西方軍だよな」
「よく判んない。でもケン兄ちゃんと同じだったぞ」
「じゃあ西方軍だ。稽古って誰がつけてんのかな」
「ケン兄ちゃんじゃないの?」
「うーん……」



粗暴な見た目を裏切って面倒見のいい軍大将。
軍大将と言うよりガキ大将だな、と那托は胸中でこっそり呟いた。



「違うかなあ……」
「傲潤とかじゃねえの?」
「………誰?」
「あ、知らねえんだ」



聞きなれぬ名前に首を傾げる悟空に、那托が短く説明する。
捲簾や天蓬の上司だ、と簡潔にそれだけを。

これ以上細かい説明をしたところで、悟空もきっと理解できないだろう。
那托も判るように説明が出来るとは思っていない。


悟空はふーん、と言ってそれ以上は興味がないようだった。



「それよりさ、次だよ、次。何処行こっか」
「那托は何処行きたい?」
「お前ンとこの保護者とか」



そう言った那托の声は冗談である事を示していたが、素直な悟空はそれを真正直に受け取ったらしい。



「えー!? ヤだよ、後で怒られんのオレなんだよ!」
「いやでもさぁ、あの仏頂面がどんな顔になんのか見てみたくねぇ?」
「う……」



口ごもった悟空に、那托はくくっと面白そうに笑う。

すぐさまダメだと言い返さなかった辺り、興味はあるらしい。
いつも仏頂面で怒ってばかりの保護者の端麗な顔に落書きをしたら、どんなものになるのか。
はっきり言って未知の領域に近いものがあるな、と那托は思った。


悩むようにうんうん唸った悟空だが、それでもやはり保護者の怒りは怖いらしい。



「や、やっぱヤダ、ダメ! 金蝉にぶたれんのすっげー痛ぇんだぞっ!」
「マジで? どんくらい痛ぇの?」
「こ────んくらいっ」



両手で大きく表現して見せる悟空に、そりゃ大袈裟だろ、と思いつつも。
キレると加減を知らなそうな気も確かにして、那托もやっぱり止めようか、と呟いた。
そうしてようやく、悟空がホッと息を吐く。

まぁ、それに。
悟空は意外と面食いなのだ、大好きな綺麗な保護者の顔に落書きなんて本心は嫌だと思っているだろう。



「じゃあ何処行こうかなー」



赤黒一本ずつのペンを手の中で弄びつつ、那托はきょろきょろと辺りを見回す。
適当なターゲットはいないかと、悟空もそれに倣うように首を回した。



「いいの、いないな」
「天ちゃんはどうせ寝てるし」
「落書きしてもあんまりリアクションなさそうだよな」
「…って言うか気付かないとか」



悟空の言葉に、在り得る、と那托が頷く。



「やっぱこういうのはリアクション見てこそ楽しみがあるよな」



そうは言っても、バレてしまった時の事はやはり怖い。
そういう訳で、まともに見たリアクションと言ったら仕掛けた悪戯の数に比べると半分にも満たないのだが。
けれども先ほどのような出来事も起きる訳で、それはそれなりに二人は満足しているのだ。

見れるものなら見てみたい、悪戯が成功した時のリアクション。
やっている事はなんとも幼稚な行為であるが、これが意外と子供達のツボであった。



「いいリアクションしてくれそうなの、いねぇかな〜」
「でもって描けそうなのいないかなー」





似たようなことを二人で言いながら、子供達は二人手を繋いで廊下を進んで行った。