いつかの日まで






暗くて冷たい寒い場所で


一人ぼっちで丸くなってた





此処はあそこと違うけど



暖かい手が届かない時はどうしてもやっぱり淋しくて











長い髪は、それを少しだけ忘れさせてくれたんだ
























拾われてから、四度目の春。


拾われたのがこの時期であったという理由から、4月の頭は悟空の誕生日となった。
しかし、誕生日だからと言って何事か特別な行事をする訳ではない。
悟空が在ることを祝う者など、この寺院の中では幾らもいないのだから無理もない。

唯一悟空を庇護する立場にある三蔵も、生まれた日であるからとそれを特別視した事はなかった。
けれども誕生日プレゼントというものがあると悟空が知ってからは、何か一つ、欲しいものを与えるようにしていた。

だが見た目や中身はどうでも、三蔵の肩書きは“三蔵法師”なのだ。
毎年その日に上手く休みが取れる訳もなく、唐突に面倒な仕事を押し付けられることの方が多い。
朝、悟空が目覚めた時には既に其処におらず、夜半になっても中々帰ってこない。
だから誕生日プレゼントが当日に渡される、ということも今までなかった。


不満はない。
嫌ではない。

三蔵が仕事で忙しいのはいつもの事で、長期不在で予定通りに戻って来れないのもいつもの事。
その間悟空は動物達と一緒に外を駆け回ったり、誰もいない寝室でぼんやりと時間を過ごす。
それは誕生日だろうが普通の日だろうが、変わる事はなかった。



けれど、それでも。




─────淋しい




そう、思わないと言ったら嘘になる。



























鳥の鳴く声が近くで聞こえて、目を覚ます。
ふわふわとした睡魔が去っていくまで、悟空は起き上がった姿勢のまま、ぼんやりと外を見つめた。


燦々と降り注ぐ太陽の光は既に南天まで上っていて、一日の折り返し地点に差し掛かっていた。
だが今の悟空にとっては、今が何時何分であるかなど如何でもいい話だった。
時間を聞けば頭の中で差し引きをして、後何時間、待っていればいいのか───…そんな事ばかり考える。

“待っている”と意識すると、余計に時間の流れを長いものに錯覚させてしまう。
だから悟空は、なるべく時間と言うものを意識しないように努めていた。


反面、今が何日であるのか指折り数えて溜息を吐く。



(……五日目……)



呟いた数字は、自分の保護者が不在になってからの日数。

仕事の内容は聞いてもいないし、聞きたいとも思わなかったので、知らないままだ。
聞いてもどうせ判らなかっただろうし。


行き先は以前悟空も行った事がある、この慶雲院程ではないが古い寺院だった。

だが古い寺院にある特有の堅苦しさとは少々離れていて、悟空は其処に行くのは割と気に入っていた。
三蔵よりも四倍は年上であろう僧正は、珍しく悟空の事を気に入ってくれて、悟空もお菓子を貰った事がある。
僧正の影響か、修行僧たちも悟空に優しく、悟空は小坊主と遊んだりもした事があった。

だから三蔵が其処に行くと言った時、悟空は真っ先に一緒に行きたい、と言った。
しかし如何いう訳か三蔵はそれを却下し、留守番を言いつけたのである。



(……理由ぐらい教えてくれたっていいのにな)



ベッドの上に再びころりと転がって、悟空は天井を仰ぎ思う。


前に行った時に何かしただろうか。
そう思って思い出そうと試みてみるが、何も思い当たる節はない。
小坊主たちに混じって境内の掃除を手伝って、後は大人しく三蔵の仕事が終わるのを待っていた。
物を壊したりなんてしていないし、喧嘩もしなかったし、言うほど迷惑をかけたつもりはなかった。

けれども、悟空がそう思っているだけで、無意識のうちに誰かを傷付けてしまったのか。
一番最後に見た別れ際の僧正は、とても優しい顔を浮かべていたと思うのだけれど。



(うー……)



大好きな匂いの霞んできたシーツに頭を埋め、悟空は小さく呻いた。
初めの日はあんなにも煙草の匂いがしたのに、流石に五日目ともなると消えてしまうようだ。


─────……一度だけ、煙草を吸ったことがある。

三蔵が毎日吸っているから、美味いものなのだろうかと気になって、三蔵が煙草を手放している時に一本だけ失敬した。
不慣れにライターで火をつけ、結果は周りに人がいれば予想通り、ムセてしまっただけ。

煙草の何がいいのか、悟空は結局判らないままだったが、ただ一つだけ嬉しく思ったことがある。
煙草を吸えば煙と一緒につきものの匂いが付着して、少しの間、三蔵といつも一緒にいるような気がした。
その匂いのお陰で煙草を吸ったことがバレて、しこたま怒られたのだけれど。


不味いし怒られるしという二重苦で、悟空はそれ以来、煙草を吸おうと思った事はない。
けれども、保護者がいない時に感じる無性な淋しさを誤魔化してくれる匂いを如何しようもなく欲しいと思うのは、こんな時。



「あーあ」



わざと大きな声を出して声を漏らせば、思う以上に静かな部屋に反響する。

なんだか酷く泣きたくなって、クリアだった視界が一気にぐにゃりと歪んだ。
手元のシーツを引っ張り寄せて、悟空は唇を尖らせる。



「暇!!」



文句を言う相手は、此処にはいない。
いたところで、言うことはないのだろうけれど。

いつだって彼は自分の話なんて聞いてくれなくて、優しい言葉なんてくれる訳もなくて。
そんな保護者が誰よりも好きで、ずっとずっと一緒にいたいと思うのは可笑しいだろうか。
外で聞く“保護者”というのは、もっと優しくて暖かくて、包んでくれるのだと聞くけれど。


でも、そんな風に真っ直ぐで譲らないから、悟空は三蔵の事が好きなのだ。
何より彼が周りの言葉に逐一耳を傾けていたら、悟空は拾われて直ぐに傍を離れる事になっていただろう。
あの傲岸不遜でわが道を行く性格だからこそ、周りの煩い聲を無視し、悟空が傍にいる事を赦しているのだ。

そう思ったら、やはり文句らしい文句は悟空の頭の中に幾らも湧いて来なかった。
現状に淋しさや物足りなさを感じる事はあっても、それが判然とした不満に繋がることはないから。



「……帰ったら思いっきり遊んでもらお」



寝ている間に絡まってしまった長い髪を手繰り寄せた。



「山行って、魚獲りして、木の実取って食べて、それから……────」



髪の毛先を弄くりながら、指折りつらつらと考えてみる。
きっとどれも楽しいのだろうな、とその情景を想像しながら。


けれどもその半面で、半分もそれが叶えられる事はないだろうと思う。
長期の仕事から帰った三蔵は、大体疲れた顔をして、養い子の相手なんてろくにしてくれない。
体力が無尽蔵である子供の相手など疲れるだけなのだから、無理はない。

結局彼が帰ってきても、まともな休みが取れるまでは、悟空は一人で過ごさなければならないのだ。


もっと我侭になれたら、こんなにも淋しい思いをしなくて済むのだろうか。
子供の我侭を聞くのは親の仕事なのだから気兼ねをするな、と誰かに言われたのを思い出す。
三蔵が向かった寺院の、あの優しい顔をした僧正だっただろうか。

でも、これ以上我侭になって三蔵に迷惑をかけたくなかった。
だから結局、悟空は一番言いたい言葉を飲み込むのだ。



「うー……ぅ……」



ベッドシーツにぐりぐりと顔を埋めれば、薄らと香る煙草の匂い。

これも今日一日のうちに消えてしまうかもしれない。
そう思うと余計に淋しくなって、手が白くなるぐらいに強い力で自分の髪を握る。






「さんぞぉ……」









ずっと、ずっと一緒にいたいのに。


繋いだ手がいつも届く距離でいたいのに─────……