記憶が刻む夢、ひとひら










逢いたい人がいるんです

傍にいたい人がいるんです



夢の中でも逢えるなら、ずっとずっと、一緒にいられるような気がした
































悟空は食べ物にしか興味がない、と言うのは少々間違っている。
彼の興味の殆どが食べ物の類に偏っているのは確かだが、それ“しか”興味がない訳ではないのだ。

食べ物以外で悟空が取り分け興味を持つのは、宝石類だ。
とは言え、ジュエリー系のアクセサリーに使われるような高価なものではなく、単純にきらきらと光を反射させて輝く物───『光モノ』と呼べる石である。
特に、磨かれた貴重な鉱石よりも、もっと安価な、ビー玉やおはじき等が好きだった。


悟空にとって、宝石が高価か安価なのかは関係ない。
降り注ぐ光を反射させて、その内外できらきらと輝く様が、純粋に好きなのだ。





寺院において、悟空の存在は忌むべき者として見られる事が殆どであるが、参拝客にとってはそうではない。
基本的に相手側から一方的に悪意を向けられなければ、悟空は人懐こい性格である。
持ち前の明るさと素直さもあって、悟空を愛でる参拝客は少なくなかった。

悟空は老若男女問わずに好かれるが、特に年配層に人気がある。
金山寺に身を置く最高僧もそうであるが、悟空は年配の参拝客から見れば孫に等しい年齢であった。
駄菓子を貰うと素直に喜ぶし、保護者の躾できちんと「ありがとう」も言えるから、非常に受けが良い。


そんな悟空が、参拝客の老婆から、ビー玉を貰った。
悟空はこれを気に入り、参拝客が帰るのを見送った後、一目散に三蔵の執務室へと駆け戻った。




「三蔵、三蔵!」
「煩ぇ!静かにしろ、バカ猿!」




蹴破らんばかりの勢いでドアを開けた悟空に、すかさず怒鳴り声が飛んできた。
普通の人間ならばそれで竦み上がったのだろうが、相手は養い子の悟空である。
三蔵の怒鳴り声など聞き慣れたものだったから、気にせず部屋に入った。

悟空は、ドアを閉めて執務机に駆け寄ると、貰ったばかりのビー玉を三蔵に差し出して見せる。




「見てみて、三蔵。すっげーキレイなの!」




三蔵は筆を動かす手を止め、ちらりと差し出されたものに視線を移す。


丸みの残る成長途中の子供の手には、直径1センチ程度の小さな球。
透明なガラス球体の中に、金平糖のような形をした金色が埋められているもので、窓から差し込む光を反射させて輝いている。

────成程、悟空が好みそうなものだと、三蔵は思った。




「……誰に貰った?」
「香琳のばあちゃん」
「礼は言ったのか」
「うん。ちゃんとありがとうって」




出て来た名前は、週に一度の頻度で参拝に訪れる老婆のものだった。
三蔵もこの人物についてはよく聞いている。


悟空は基本的に参拝者に好かれているが、其処には純粋な意味と、三蔵法師に近付く為に利用しようと言う意味の二つがある。
前者であれば何も問題はないが、後者になると、後々になって悟空にも三蔵にも厄介事になる可能性がある。
最悪の場合、参拝客と金山寺の修行僧が結託して何事か謀を巡らせる事もあるので、三蔵は可能な限り用心していた。
他人の私利私欲に振り回されるなど、三蔵は御免被る。

だが、今回はそうした用心は杞憂であったようだ。
香琳は齢八十を越した気の良い老婆で、参拝に来ては悟空に駄菓子を渡して行く。
三蔵のその場に居合わせた事もあり、その時、彼女は三蔵にまで駄菓子を寄越して行った。



悟空は嬉しそうに、香琳から貰ったビー玉を頭上に掲げて覗き込んでいる。
球体の中に埋められた金色がきらきらと輝く度、悟空の大きな金色が煌めいている。




「ふぁー……」




執務机に寄り掛かって、悟空はビー玉に夢中になっている。
と、思ったら、金色の瞳が三蔵へと向けられて、




「このビー玉、面白いんだって」
「…面白い?」
「うん。これ持って寝たら、夢の中で逢いたい人に逢えるんだって。ばあちゃんは、死んだじいちゃんに逢ったって言ってた」




悟空の言葉に、三蔵は眉根を寄せ、子供の手の中にあるビー玉を見る。
紫電に探る色が灯った事に気付いて、悟空がきょとんと首を傾げる。



────世の中には、奇妙な代物と言うものが山ほど転がっている。

三蔵が知り得る限りで、その最たるものと言ったら、数か月前に出逢った二人の男の下に飼われている小竜だろうか。
妖怪が跋扈する桃源郷とは言え、龍や麒麟の類は、伝説上の存在である。
それが存在している(厳密に言えば、あれは龍とも違うのだが)上に、鉄の車に変身する事が出来るのだ。
科学と妖術の合成によって生まれた小竜は、生命を持つものとは言え、やはり“奇妙な代物”であった。

そして、三蔵の双肩にある経文も、奇妙と言えば奇妙な代物であった。
強力な力を封じ込めた天地開元経文は、由緒正しき経文だが、その価値や力を知らなければ、“奇妙な代物”“不思議な巻物”と言う、身も蓋もない一言で片付けられるものだろうから。


握って眠ると、逢いたい者に逢う事が出来ると言う、不思議なビー玉。
これもそんな類か、と一瞬考えた三蔵だが、直ぐにその思考は自身によって打ち消した。

こういうものは、一種の自己催眠に近い。
実際にはビー玉の力などではなく、眠る間際に強く意識した人物が、自分の夢の中に現れると言うものだ。
香琳が逝去した夫の夢を見たというのも、そう言う仕組みだったのだろう。



向けられる紫電を悟空はしばらく見返していたが、ふと、はっとなってビー玉を自分の背中に隠した。




「ダメ!オレが貰ったんだから、オレが先に試すの!」
「………」




誰が寄越せって言った。
一所懸命に自分の権利を主張する子供を見て、三蔵は呆れた。




「勝手にしろ。俺はそんなモンは興味ない」




取り上げる気など更々ない、と言っても、悟空は未だに疑いの眼差しで三蔵を見ている。
三蔵はそれを無視して、止めていた筆の手を再開させた。
それでようやく、悟空も三蔵の言を信用したらしく、ほっとしたように肩の力を抜いた。


悟空は執務机から離れ、部屋の隅の壁に背中を預けて座る。
床に座るな、と言う注意は何度言っても聞かないので、三蔵は何も言わなかった。

悟空は先程と同じように、ビー玉を光に翳して覗き込んでいる。
夢云々の真偽はさて置くとしても、悟空はビー玉をとても気に入っていた。
金色の金平糖越しにガラス玉の世界を覗き込めば、球体の中で煌めく光が、外に零れ出しているように見えて、悟空は見える世界がきらきらと輝いているように見えたのだ。


悟空は、陽の光を反射させるビー玉を覗くのも楽しかったが、夜が待ち遠しくもあった。
夢の中で、逢いたい人に逢える────それを試したかったのだ。

特別に夢の中で逢いたい人がいる、と言う訳ではなかったけれど、もし本当に見れるのなら、自分が見たい時にその人の夢を見る事が出来るのだ。
三蔵が遠出していて、悟空一人が寺院に残された時にも、夢の中で大好きな金色に逢える。
目覚めれば終わってしまう泡沫だとしても、そては一時の寂しさを紛らわしてくれるものに思えた。




「へへっ」




きらきらと輝く、小さなビー玉。
陽の光を受けて、世界に沢山の光を散らばらせる、光の金平糖。

夜になったら、どんな風に光るのだろう。
どんな夢を見せてくれるのだろう。


今から楽しみで仕方がなくて、悟空は溢れる笑みを堪え切れなかった。






























今直ぐ、逢いたい人がいる訳ではない。
いない訳でもないけれど、逢いたい人は、今は現実で傍にいる。

それだと駄目かな、と思ったが、他に“逢いたい人”が思い浮かばない。
数か月前に知り合った二人や、最近彼らの下に住みついた小竜もいるが、彼らは逢おうと思えばいつでも逢える。
“逢いたい”と強く願う事はない、と言って良い。



悟空は、床に敷かれた布団に寝転んで、傍らのベッドで眠る人物を見た。
窓から零れる月の光が、細い金糸を透き通って、光を返す。

陽光とは違う、心なしか淡い、優しげな月色の金糸も、悟空は好きだった。
初めて三蔵を見上げた時のように、強烈な印象となって根付く訳ではないけれど、じっと見ていると、何かに包み込まれるような気がするのだ。
“何か”が“何”であるかは判らないけれど、それは決して厭うものではなかったから、悟空は素直に心地良さに身を委ねる。


悟空は布団を抜け出して、そろそろと床を這ってベッドの上を覗いた。
三蔵は背中を向けており、静かに眠っているようで、規則正しい寝息が微かに聞こえて来る。

そっと手を伸ばして、金糸に触れる。
接触を嫌う三蔵だから、こんな時でなければ三蔵の髪に触れるなんて出来ない。




(やっぱりきれい)




毎日のように見ている金色だけれど、悟空は何度見ても飽きなかった。
寧ろ、毎日目にしないと落ち着かないから、三蔵が遠出をした時が酷く寂しくて堪らない。

だから、三蔵と一緒にいられない時に、夢の中でだけでも見る事が出来たら。




(よし。実験しよ!)




夕方に三蔵から言われたが、こう言うものは当たるも八卦、当たらぬも八卦と同じだと言う。
絶対に見れる訳でもないし、見れないと決められる訳でもない。
運が良ければ見られるし、運がなければ見られないし、見られたとしても覚えていない可能性もある。

悟空もそれは判っている。
だから、見られなかったとしても、それはそれだ。


悟空はベッドを離れ、布団に戻った。






枕元に置いていたビー玉を握って、目を閉じる。

直ぐ傍にある、金色の事を考えながら。