GUADRDIAN









覚えているか?



あの時交わした約束を













どんな孤独からも護ってやると




















大地色の長い髪。
小さな身体。
大きな金色の瞳。

走ってきたのか、肩で呼吸を繰り返す。
黄色い華の間から、泥で汚れた足が見えた。



「どうした? 悟空」



焔が優しく問う。

見れば瞳は、微かに潤んでいた。
この花畑でよく逢うが、こんな顔を見るのは初めてだった。
いつも無邪気に笑っているから。

そんな悟空が、こんな泣きそうな顔をする等思いもしなかった。



保護者が遊んでくれないと言う事はある。
友人が出陣でいないと言う事はある。
友達と話が出来ないと嘆く事はある。


けれど、今は、何も言わない。


優しく頭を撫でてやった。


この子供と出逢うまで、こんな行為は知らなかった。
鈴麗にすら、触れる事を躊躇った。

けれどこの小さな子供には、躊躇わない。
触れていたいと思うから。






ぐい、と枷を引っ張られた。
金属のぶつかる音が、静かな花畑に響く。
音はすぐに止んだ。


「どうかしたか?」


聞いても、悟空は答えない。
この子供らしからぬ様子に、焔はいぶかしんだ。


なんだか泣きそうな表情だ。
いや、まるで泣き腫らした後のようにも見えた。
そして今、泣いているようにも。





「金蝉に何か言われたのか?」



この子供に、こんな表情をさせる一人の男。
けれど悟空は、緩く首を振るだけだった。








今度は突然抱きつかれた。
まるでしがみ付くかのように。


悟空、と名を呼ぼうとして声が出なかった。
自分の服に皺を作る小さな手が、震えていた。

何も言わずに抱き締めてやる。
そうする事が、この子供を安心させてやれるから。



悟空の顔は見えない。
だから、涙を流しているかは判らない。
ただ、小さな身体の震えを止めてやりたかった。












いつも自分は、暗い闇の中にいた。


闇の中に見えるのは、時折揺れる蝋燭の灯火。
音無き闇に聞こえるのは、何処か遠くの笑い声。
冷たい闇に感じるのは、闇の門番の嘲笑の視線。

その視線を感じながら思った。



『いっそ殺してくれて構わない』



こんな闇の中で、一生を終えるのならば。
誰の温もりも知らず、一人老いて行くのなら。
母の顔すら、知らない子供は、いらないだろう。




『だから母は、俺の前に姿を見せない』




子供はいらないものだから。





だけど、この子供はどうだろう。
腕の中の存在は、どんなものより暖かい。

金瞳が禁忌だとか。
そんな下らない事を、一体誰が言い出したのか。





こんな子供の何処が、危険な存在だ?
神は怖れているだけだ。
己らの知らない災厄が降りかかった時の言い訳を、この子供に押し付けようとしているだけ。






災厄を起こすだけならば。


この子供は、どうしてこんなに暖かい?
どうしてこんなに眩しい?
どうしてこんなに愛される?





災厄を巻き起こす子供など、此処にはいない。
いるのは、たった一人の綺麗な子供。


だから、守りたい。







悟空はまだ震えている。
それでも、少しずつ収まってきていた。
悟空の震える手も、僅かに落ち着いていた。



小さな手に、焔は自分の手を重ねた。



「…怖い夢でも見たか」



自分はこんな風に言われた事は無い。
けれど、悟空に対しては。
知らない優しい言葉がついて出る。

悟空がゆっくり頷いた。
言葉も出ないほど、怖い夢だったのか。


そんなものを見たことの無い焔には判らない。
けれど、悟空が脅えているのは確かだった。



「金蝉には言ったのか?」


ゆるゆると首を横に振られる。
それに、僅かながら優越を覚えた事は否めない。

悟空が顔を上げた。
その金瞳には、透明な雫が浮かんでいる。




「あんね…あんねぇ……」




ぐす、としゃっくりを漏らす悟空。
焔はあやすように撫でてやる。

子供はぽつりぽつりと話す。









金蝉が最近相手をしてくれない事。
天蓬と捲簾も、ずっと折り合いが悪い事。
那託とずっと話をしていない事。


一人で眠って、怖い夢を見る事。



……目が覚めたら、隣に誰もいない事。
怖くて───怖くて、泣いても誰も隣にいない事。








独りぼっちを嫌う子供を抱き締める。
悟空は声を上げて泣き出した。










「大丈夫だよ」



小さな声で囁いた。
零れんばかりの金瞳が、じっと見詰めてくる。



「独りが…嫌なんだろう」



悟空が小さく頷いた。
そう、この子供は独りを嫌う。
誰かの温もりを求めている。





「俺がいる。何があっても傍にいる。ずっと───ずっと」






どれだけ時間が流れても。








「俺がお前を護ってやる」








全ての闇から。

















あの時約束した



どれだけ刻が流れても、共にいる

悠久の刻を流れても












『俺がお前を護ってやる』





















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