GUADRDIAN 守りたかった ……護りたかったんだ どんなに刻が流れても 明日になれば。 もう自分の命は此処に無い。 神と人間のハーフだから、長い寿命があるのは知っていた。 それが、終わりを告げようとしている。 悠久の時を越えても終わらなかった刻が。 死を受け入れていた筈なのに。 今になって足掻いていたいと思う。 ……まだ、約束を果たしていない。 ……まだ、約束を守っていない。 遥か遠い昔に交わした約束を。 だからせめて。 あの無垢な少年に、この約束を伝えたい。 それがあの優しい少年には、残酷な行為だとしても。 牛魔王の討伐を経て、どれだけ時間が流れたか。 周囲の風景は、遠い記憶とすっかり様変わりしていた。 立ち並ぶ高層ビルは、遥か昔は無かったもの。 ざわざわと人の波が、あちらこちらへ流れていく。 ……遥か昔、牛魔王という存在がいた事を。 それを討伐した者達の事を。 その中に消えていった、幾つもの命を。 覚えている者はもういない。 ───たった一人の少年を除いて。 人気の無い真昼の図書館。 置いてある本は、随分と年季の入ったものだった。 最近の青年達は堅苦しい文学に興味が湧かないのか。 最近新しく出来た本屋に通い詰める。 そんな中、20前後の一人の青年は。 「またこれを借りるのね」 貸し出し受付の女性が笑って言う。 この図書館に来る内、顔を覚えられてしまった。 青年は何も言わない。 「最近の人には珍しいわね。考古学でも勉強してるの?」 綻ぶように笑う女性。 「でも嬉しいわ。最近の人たち、あまりこの図書館に来ないし」 もう閉鎖が近いかな、などと女性は苦笑いした。 春を告げる桜が、風に流され花を散らす。 生まれて何度目の桜か、ぼんやり考えた。 青年は、家族を知らない。 気付くと養護施設で暮らしていた。 両親の事を施設員に聞く事はしなかった。 今は大学に通いながらマンションに暮らしていた。 そして大学帰り、この図書館に足を運ぶ。 人気の無い静かな場所は好きだった。 始めは時間を潰すために来ただけ。 ただ、ふっと手に取った本が。 青年をこの図書館に通わせるようになった。 青年の瞳は空のような色と。 ……遥か昔は禁忌とされた、金色だった。 立ち寄った公園は、閑散としていた。 平日の午後、よく見かける子供の姿は無い。 噴水の石壁に腰掛けた。 先刻借りた本を取り出し、ページを捲る。 何度も何度も、読んだ。 初めて見つけたあの日から、この本だけを。 他の幾つかの文学書も読んだ事はある。 けれど、何度も読み続けているのはこの本だけ。 遥か昔の事を書き示す歴史書。 この本も、随分古くぼろぼろになっていた。 探していたページに行き着いて、じっとそれを読む。 何度も読んだから、内容は覚えている。 けれど、何故だろう。 何か、大切な事のように思えて。 歴史だとか伝説だとか。 そんなものは誇張されていく。 そしてそのまま、美化されていくのだ。 事実を全て覆い隠すようにして。 だが、この歴史書だけは、そうでないと思えた。 まだこの地で、『妖怪』という名の化け物がいた頃。 描かれた絵は、人間と大差ないもの。 違うのは顔に記される文様と、鋭く尖った耳。 他の歴史書を読んだ時は、人外のものが描かれていた。 この本がいつ発行されたかは判らない。 巻末に書かれていた年代は、もう磨り減って消えていた。 だが、他の何より確かな事を記している。 知る筈も無いのに、青年はそう感じた。 『斎天大聖孫悟空』 何度も読み返した。 そしてその都度、目に止まる名。 その名を見る度、何かが脳裏に蘇る。 何処か……知らない何処かで。 この名を知っていた。 この名を何度も呼んでいた。 そんな事を思う。 読んでいくうち、その存在をもっと知りたいと思った。 こんな歴史書だけでは足りないと。 逢ってみたい。 この本によれば、何千年も昔消息を絶ったとある。 長い旅を終え、共に歩んだ仲間は命を終えた。 しかしこの存在だけは、そう記されていない。 普通に考えれば、もういないと思うだろう。 しかし青年は、感じられた。 生きている、と。 ふっと広げた本の上に影が落ちる。 青年が顔を上げると、一人の少年が立っていた。 俯いていて、顔は見えない。 「何読んでるの?」 変声期を迎えていない、ボーイソプラノ。 透き通るような声だった。 「……歴史書だ」 今日初めて、青年は声を発した。 少年はふーん、と小さく呟いた。 「面白い? オレはそういうの苦手だけど」 「そう美化されていないからな」 「判るの?」 「……なんとなく」 本を閉じて、青年は立ち上がった。 服についた埃を無作法に払う。 「何か用か?」 立ち尽くす少年に問い掛ける。 不意に少年が、青年の腕を引いた。 突然の事に驚いて、振り払おうと力を入れる。 けれど何故か、出来なかった。 少年はそのまま、彼に抱きついた。 何を、と言おうとして、言葉が出なかった。 少年の肩が、小さく震えていたから。 長い大地色の髪が、さらりと流れた。 その髪から、優しい匂いがする。 そっと青年が肩に手を置くと、少年が顔を上げる。 自分と同じ、金色の瞳。 蘇る、遠い記憶。 今ではもう判らない、遠い記憶。 変わらない世界で出逢った、妙な子供。 綺麗な輝きを宿して、無邪気に笑う。 独りを嫌い、誰かと一緒にいる事を望む。 太陽よりも眩しい金色を持って。 誰より眩しく笑う子供。 ───交わした約束。 ───『俺がお前を護ってやる』─────………… 「やっと逢えた……」 どれだけ刻が流れても 輪廻を何度廻っても あの約束だけは忘れない 『俺がお前を護るから』 W |