shine at reach










ほんの少し、温もりが離れただけ



ほんの少し、繋いだ手が解かれただけ

















それだけでこんなに怖くなるのは、どうしてだろう





















目が覚めたら、其処に眩しい太陽は無かった。

悟空はぼんやりと目を擦りながら、起き上がる。
窓からは陽光が差し込んでいるのだが。
それは悟空の望む光とは、異なるものだった。



「……さんぞぉ…?」



眠る前は傍にあった筈の光。

被っていた布団には、自分しかいなくて。
けれどあの光は、温もりは確かに傍にあった。
素っ気無いけれど、本当は優しいから。


自分が寝転んでいた布団を、手で叩く。
彼の温もりを探す為に。
けれど、それは見つからなかった。



「…あ……遠出なんだっけ…」



呟いた悟空の声は、静かな部屋に反響した。









昨晩、三蔵は夜遅く帰ってきた。
悟空はそれを、うつらうつらと待っていて。
部屋に戻ってきた彼に、「おかえり」と言った。

それに三蔵が、返事をする事は無い。
代わりに、頭を撫でてくれるのが常だった。




仕事を終えた三蔵は、些か疲れていて。
悟空は相手をして欲しかったが、我慢した。
自分の我儘で、また大好きな保護者を困らせたくは無い。

ただ、それでも。
一緒にいたいという思いは、抑えられなかった。


疲れの所為か、三蔵は早々に眠りについた。
悟空も自分の布団の上で丸くなっていたが。
少しとしないうちに、起き上がる。

三蔵の傍に行く為に。





三蔵の布団へ潜り込んで。
触れた温もりが嬉しかったから。
緩い力で、自分だけの太陽に抱きついた。


直後、頭部に当たったハリセン。


右手は抱きついたまま、左手で頭を抑えて。
顔を上げると、其処には深い紫闇があった。




「犬猫かテメェは、この猿が」
「犬じゃねーし猫じゃないし、猿でもないもん」
「どうせ動物だろうが」




言って三蔵は、悟空を布団から蹴落とす。
ころんと悟空は床へと転がって。

それでもまた、布団の中に潜り込む。



「ガキじゃねえんだろうが、大人しく寝やがれ」
「だって一緒がいいんだもん」



三蔵にしがみ付きながら、悟空は言った。

そんな悟空に、三蔵は溜息を吐いて。
それは、いつもと同じ反応で。
違うのは、それから後の事。


三蔵の腕が動いて、悟空の頭上に上がって。
殴られるかと思って、金色の瞳を閉じた。
けれど、痛みはいつまでも訪れなくて。

代わりに大きな手が、大地色の髪を撫でて。
悟空は不思議そうな面持ちで、三蔵を見ていた。



そして発せられた言葉。







「しばらく出かけるからな」







悟空はなんで、と言いそうになって。
慌ててその言葉を飲み込んだ。
『三蔵』である事を思えば、ごく当然の事だから。

けれど、悟空が感情を隠しきれる訳も無く。
まして相手は、三蔵なのだから。



「バカ面してんじゃねえよ」



三蔵の言葉に、一体どんな顔をしているのか。
そんな事を思いながら、悟空はじっと三蔵を見て。
言葉無く、いつ帰って来るのかと問う。




「二日か三日程度だ」




そう告げる三蔵の腕にしがみ付いて。

二日か三日。
その間、ほんの少しの間だけ。
けれどその時間が、悟空にはやけに長くて。

三蔵がいない間は、一人でいなければならない。
悟空が頼れる人間など、三蔵以外にいない。
けれどその三蔵自身は、いなくなるから。




「……あんまり遅くなっちゃヤだよ」




それからずっと、三蔵にしがみ付いて眠った。















三蔵にしては、珍しい事だったと思う。
しがみ付いてきた悟空を、好きにさせていたから。
多分、自分をあやしていたのだろう。


三蔵が悟空一人を残し、遠出するのはよくある事。
けれど悟空は、未だにその時間に慣れない。
仕方ないと頭で判っても、心は納得してくれない。

三蔵は素っ気無くても、それに気付いてくれるから。



「……やっぱ…だいすき」



彼が聞いたら、「沸いてんのか」と言われるだろう。
けれど、本当に思っているのだから。

離れなければならないのは、寂しいけれど。
帰ってきたら、いつものように抱きついて。
おかえり、を言うんだと、悟空は決めた。








三蔵がいない間は、あまり人前に出ないようにする。
人前と言うか、僧侶たちに逢わないように。
自分がよく思われていないのは知っているから。

早ければ明後日、遅くてもその次。
それだけ待てば、三蔵は帰ってくる。
その間位は、大人しくしていよう。




以前、三蔵がいない間に僧を殴った事がある。
原因は修行僧の一人が、三蔵の事を罵ったから。

悟空自身が貶される位なら、我慢した。
でも三蔵が言われるのは、我慢ならなくて。
感情に任せて、殴り飛ばした事がある。


その後、帰ってきた三蔵にこっぴどく叱られた。
あの時はまだ、怒られる意味が判らなかったのを覚えている。



泣きながら三蔵に言った。
三蔵の悪口言ったから、と。
それに彼は、下らん理由だと呟いた。

それでも、悟空にとっては嫌だった。


一頻り泣いた後も、悟空はずっと愚図っていた。

三蔵が悪く言われたのが、嫌だっただけ。
幼い理由だったが、悟空に取っては大事な事だった。



そして後日、その所為で三蔵が責任に問われて。
悟空は三蔵の養い子という立場にいるから。
子供の行動は、保護者である三蔵の責となる。





以来、三蔵に迷惑をかけないようにと。
彼がいない時は、人目のつかない場所にいる。











けれど悟空は、独りというものに不慣れで。
悟空に優しくしてくれる人は、寺院内にはいない。
一人でいなければならないのは、仕方の無い事で。



そんな思いを抱えながら、悟空は蹲る。
昨晩彼と一緒に過ごした、布団の中で。

夏場もこうやって過ごす事がある。
暑苦しいと思わない訳ではない。
それでも、彼の気配の残る場所が、一番安らぐから。


一日に三度、食事を運ぶ僧以外は部屋に入って来ない。
その僧侶と話はせず、相手も悟空をどうする事も無かった。
三蔵がそう言いつけているから。

やっぱり彼は、遠回しに優しいと思う。





二日経っても、三蔵は帰ってこなかった。
期待を抱いていた悟空は、僅かに落胆して。
それでも、明日になれば帰って来るのだから。

もう一日だけ、大人しくしていればいい。
けれど、過ぎる寂しさは否定できなかった。



(……大丈夫だよ、明日になれば帰ってくるんだ)



誰にとも無く、自分に言い聞かせて。
悟空は二日ぶりに、部屋から出て行った。

外に出る気がしなかったから、ずっと潜り込んでいた。
少し背筋を伸ばすと、痛みを伴う。
眠りっぱなしというのも、意外と疲れるものだ。



(今日はどうしようかな……)



広がる青空を眺めながら、悟空はぼんやりと考えた。






















三蔵に猿と呼ばれる由縁ではないが。
悟空が向かったのは、寺院近くの山だった。

それほど高い山ではない。
同じく、傾度も大したものでは無かった。
ただ、野生動物は至る所に見かけられる。


その山の中腹辺りだろうか。
悟空は少し開けた場所に座っていた。
野兎や野リスが、彼の周囲をくるくると回る。



「あたたっ、頭に乗っかるなよ!」



そう言った悟空の大地色の髪には。
子供らしい野兎が、短い爪を髪の毛に引掛けて乗っていた。


何処からとも無く、野良猫まで出て来て。
悟空の長い後ろ髪で、じゃれて遊んでいる。
時折爪が引っ掛って引っ張られてしまう。


猫に髪を引っ張られた拍子に、後ろに倒れ込むと。
動物たちが慌てて避けるのが視界の端に映った。

それでも、悟空が地面へと倒れこんで。
動かないまま、じっと空を見上げていると。
心配そうにまた集まってきていた。




「……なんでもないよ」




笑ってそう言ってみる。
ちゃんと笑えているかと思いながら。
動物たちに向けていた視線を、空へ戻す。


深い蒼空と、目映く輝く太陽。
瞳が少し痛くなって、悟空は目を擦る。

でも、幾ら眩しい光を見ても。
あの瞬間を思えば、まだ平気な方だと。








「……あんな綺麗なの見たの、初めてだったもんなぁ」









「初めても何も、テメェ記憶無かったろうが」







急に、太陽の光が遮られて。
同時に降って来た、聞き慣れた低い声と。
空の光よりもっと眩しい、金色。

ずっとずっと焦がれていた唯一つの光。
その光を持つ人物は、たった一人しかいない。



「……帰ってたの?」
「さっきな」



言って三蔵は、悟空が寝転ぶ横に座る。
野生動物たちが、突然の乱入者を前に散っていく。

悟空がそれを気に止める事は無かった。



「明日帰ると思ってた……今日の朝、いなかったから」
「なんで朝じゃなけりゃならんのだ」
「そしたら、一日一緒にいられるもん」



悟空の言葉に、疲れてんだよ、と三蔵は短く呟いた。
いつものようなハリセンは振って来ない。



「ねーね、三蔵」
「なんだ、煩ぇぞ猿」



悟空は寝転がったままで。
その隣に座る三蔵を、真っ直ぐ見上げる。

法衣の裾を、小さめの手が握る。
三蔵はその手を、好きにさせていた。
だから悟空も、それに甘えさせて貰う。


そっと三蔵の傍へと身を寄せて。
暖かい日差しの中で、小さな声で口にした。






「……やっぱり、三蔵と一緒がいいな………」








大きな手が、大地色の髪を優しく撫でた。

















一度でも掴んでしまった光だから

一度でも掴んでしまった温もりだから



離れるだけで、酷く不安になってしまう










だから今だけは


………一緒にいるだけでいいから、離さずに














この唯一つ焦がれた、太陽の光だけは……────












FIN.

後書き