leave me .... V







望みを聞けば満足か?

願いを聞けば満足か?



―――――そんな容易いものじゃないだろう













望みが叶えば満足か?

願いが叶えば満足か?



―――――――それでお前は、笑えるのか?














































聲が煩かった。

早く帰って来て欲しいと。
一人は嫌だと。





だから予定より早く帰路に着いた。
煩わしい連中の止める言葉を無視して。
そんなものより、音のない聲が煩かったから。

そしていつものバカ面に出迎えられて。
いつものようにハリセンでどつくんだろうと。


小猿を拾ってから、定着してしまった。
煩い子供に抱きつかれ、「おかえり!」と言われる事。

最初こそ、抱きつくなと言ったが。
何度言っても聞かないので、もう好きにさせて。
今度はその「おかえり!」に、笑顔がくっついてきた。




今回もどうせ、そうなるのだろうと。








だが。
帰って来て見れば。

出迎えたのは、いつもの笑顔ではなく。
薄っぺらい表情の裏にある、殺した感情。
明らかに違う気配。




「誰だ、テメェ」




同じ姿、同じ声、同じ瞳。
それでも判る。

気配が違う。




「我に覚えがないか?」




無邪気な子供の、奥底に眠る存在。

三蔵は気に入らなかった。
子供の中に常に在る、この存在が。







「我が納得したら、“悟空”をお前に返してやるさ」










まるで子供を護るような、その言葉が。








































一度仕事で寺院を離れて。
煩い聲に急かされ、戻ってから既に4日。

騒がしい小猿は、今傍に居ない。
傍に置いておこうとも思わない。
無邪気に笑う、あの子供とは違うから。


執務室の窓から、外界へと目をやれば。
何処からか迷い込んだ仔犬を撫でている子供がいて。

普段なら、あちこち走り回っているだろうに。









“あれ”の通りに動け等とは思わない。
そんな事をしても、自分の不快感を煽るだけだ。

だが、同じ姿をして、同じ声音で。
違う魂が今、その身体を支配し。
“あれ”はと言えば、眠っているのだと言う。


何か時間が開く毎に。
“あれ”を装い、駆け寄る子供。

それを忌々しく睨みつけてやれば。
嘲笑う表情を見せ、離れて行く。



“あれ”と同じ顔で。
“あれ”と同じ声で。

腹が立つ。




かと言って、憤りをぶつける気にもならない。
そうすれば、ふらりとかわされ、何事か言って来る。
三蔵の神経を逆なでする事ばかりを。

そうして行き場の無い怒りは、関係の無い―――いや、次第の原因である、寺の僧侶達にぶつけられる事となる。







書類を書く手を止め、窓から見える光景から目を逸らし。
三蔵は苛立ちを露に、執務机を叩き付けた。










陽光が橙色を纏い始める。
西方へと、大きく傾くのと同刻に。


書類を書き終え、三蔵は視線を窓の方へと向ける。

仔犬を撫でている、子供。
仔犬はその手を甘んじて受け入れている。
無邪気に走り回る事はしなかった。



似せて。
似せないまま。
奴は三蔵の心中を蹂躙して嘲笑う。

何度も撃ち殺してやろうかと思ったけれど。





切り捨てられると思っていた。
容易く、手放せると思っていた。

それなのに。






『やだ! オレも連れてって!』






一時離れる毎に、泣きそうな顔をするのが、切り捨てらない。




奴は追い詰めたと言った。

あの子供を一人にした事で。
あの子供を、置いていった事で。



あの子供は、孤独を酷く嫌う。
常に三蔵と一緒にいたいと言う。

その時既に、捨てられた子犬のような目をしていると。
……自身は、気付いていないだろう。


いつも一緒にいられる筈が無い。
面倒であっても、“三蔵法師”という肩書き故に。
それでも子供は、一緒がいいと繰り返す。

その都度、連れて行けないと言い。
離れた幼い手が震えている事には、気付かぬ振りをした。






泣いているのと同じ顔をしている事も。






常に一緒にいられる訳ではない。
いつまでも傍にいられるわけではない。

慣れさせなければいけなかった――――孤独の闇に。



けれど。
それが、助長させていた。

孤独を嫌う、あの子供の、孤独感を。



閉鎖された空間で、三蔵が出て行ってしまえば。
温もりをくれる者は、誰一人としていなくなる。


傍にいてくれる人は、何処にもいない。





迫害されるぐらい。
平気だと、言っていたのを思い出す。


平気な訳が無い。
下らない言葉でも、絶えず聞けば辟易する。
それでも、そんなものよりも。




あの子供は、一人になるのが怖かったのだ。




離れるたびに告げられた言葉が。
三蔵の頭の中で、繰り返される。







『置いていかないで』

『一人にしないで』







名も知らない誰かに、詰られるよりも。
一人にされる方が、よほど怖いと言う。






『連れてって』

『一人にしないで』






繰り返されるのはそればかりで。
不意に、あの子供の笑った顔が思い出せないことに気付いた。

言葉とともに記憶にあるのは、泣き顔ばかりで。
無邪気に抱きついて、笑いかけていたのに。









『一人にしないで』









それだけを望んで。
泣いてばかりの子供の姿だけが、記憶にある。



傍にいたいと。
一緒にいたいと。

そう言った時、笑ってはいなかった。


泣きそうな顔をして。
泣いているのと同じ顔で。
しがみついて、離れようとしないで。


子供の言うように、連れて行けば良かったのか。
どうせ連れて行っても、また置いて行くのに。

傍にいるなど、出来ないのに。





それでも。

手が届かない場所よりはいい。
同じ場所にいれば、手が届く。



探して気配すらないよりも、ずっといい。











『一人にしないで』











繋いだ手を離せば、子供は全てを失くしてしまうと、気付いた。







































夜が更け、消灯時間を過ぎ。
三蔵の使うベッドの上で、ただ寝転がっている存在。


――――静か過ぎる。
その静寂が良い筈なのに。

いつもの煩い呼び声が聞こえない。
馬鹿の一つ覚えのように、繰り返し呼んでいたのに。
同じ声で今聞こえるのは、癪に障るだけのもので。







『我が納得したら――――』








そう言って。
凡そ、返す気はないのだろう。

嘲る金の瞳が、何より雄弁に語る。


相手をしてやれば満足か。
“あれ”を相手にしているのと同じように。

願いを全て聞いてやれば満足か。
“あれ”が傍にいたいと願った事を。




傍にいたいと思うなら、さっさと戻ってくれば良い。
殻の中に閉じ篭って、傍にいれる訳がない。

其処まで追い詰めたのが三蔵自身だとしても。
その三蔵と一緒にいたいと言うなら。
さっさと、起きてくれば良い。



――――聲が聞こえない。
いつも、煩く呼んでいた聲が。



泥まみれになるまで走り回って。
汚れだらけの仔犬を連れ込んで。
騒がしかったくせに。

………その騒がしさに、辟易していたのに。


止んだ途端、苛立ちだけが募る。


その発端は目の前にいる、“あれ”と同じ姿の、違う存在。
そしてその中で眠る、子供。









斉天大聖が気だるげに起き上がり。
昏く光る金瞳を、三蔵へと向け。




「………起きてしまった」




溜息を混じらせながらそう呟き。
仕方ない、と続けて漏らす。



「……我には、お前などの傍にいたいと思う気持は判らんな」
「お前はあいつじゃねぇからな。他人事なんざ判る訳ねぇ」
「他人ではない。我らは、同じ存在だ」



言って斉天大聖はベッドを降り。
三蔵の立ち尽くす一歩手前まで近付き。








「お前の聲が聞こえるらしい」








だから帰りたいと言うから、返してやる。



憮然と言う、見下すような金瞳に腹が立った。



「だったら、さっさとバカ猿を出しやがれ」
「フン……これが一度目だから返してやるのだ」



次にこんな事があれば。
その時は二度と返さない。

言外の台詞に、三蔵は眉間に皺を寄せた。
こっちだって、お前になんて会いたくない。
“あれ”と同じ顔で、“あれ”と違う笑い方をする奴など。


今回限りだ、と斉天大聖が繰り返し。



「また我が半身を壊す事があれば……我がお前を壊してやる」
「やってみろ。バカ猿にンな真似が出来るならな」
「“あれ”には出来ぬさ。だが、我はお前が気に入らん」



だから殺す事に躊躇はない。
獣の色を瞳に宿し、そう告げて。


金の瞳を閉じて。






「もっと呼べ。それだけで、“悟空”は笑う事が許される」







己は悟空が笑う事が望みだから。
泣き顔なんて、見たくはないから。

だから悟空を笑わせられる存在が疎ましく。
泣かせる存在が、殺してやりたいほどに憎い。
自分自身は、彼の内から眺める事しか出来ないから。






―――――力の抜けた身体を抱き止めて。


その身が思った以上に小さく軽いと、初めて知った。
































ただ望めば届くものじゃない

ただ願えば届くものじゃない


――――掴みたいなら、さっさと戻ってくれば良い







ただ望めば叶うものじゃない

ただ願えば叶うものじゃない


―――――………傍にいたいなら、さっさと戻ってくれば良い

















俺がそれを赦すから



















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