第二話 ハロッドを、舐めて



 ハロッドが当然のように屋敷に出入りするようになったのは、父が死んでしばらくした頃だった。初めは警官らしき男と共に、ある時は背広の紳士と共に、またある時は横柄な態度の男を伴い、ハロッドは屋敷を何度も訪れた。母上は顔を青ざめさせて『なぜハロッドが……』とつぶやくようになっていた。私が生まれる前、母がこの地に新婦としてやって来た頃、ハロッドは屋敷付きの下男だったそうだ。ハロッドの父親がそうであったよしみからそのまま屋敷で雇ったが、仕事もせず酒を飲みメイドたちに手を付け近隣の貴族とトラブルを起こすなど問題多き男で、母の訴えで父もハロッドを解雇したらしい。姿を消す前に『覚えていろよ、世間知らずのお嬢さん』と母に向かって捨て台詞を吐いたと、ウィクリフからのちに聞いた。

 だから、父が死んだ直後「仲介業・人材派遣業・金融業」と記された名刺と共にハロッドが現れた時の母の衝撃はいかばかりであったろう?その頃の私は何もできず、ただただ母の心配そうな表情を見つめるしかなかった。


「おお、いいですぞ。唇を締めて、舌を這わせて……そうそう、決して歯だけは当ててはなりませんぞ。興醒めですからな」

「……ん、んむ……うぐうっ」

 扉に耳を当てれば、ハロッドの声と共に母のくぐもった呻きも聞こえた。母が、ハロッドに何か無理な事を命ぜられて苦しんでいる。そう、思った。

 助けなければ、と思った。

 音を立てないように、扉を開けた。家庭教師の授業をさぼって外に逃げ出し、夕方に帰って来る時によく使った手段で、私は慣れていた。

「んぐっ、う、うむう……ん、んんっ」

「そう、そうです……ああ、いいですよ。先をもっと舐めて、ほら……あなたの愛する夫『だった』、オードリンの物だと思ってね。クククッ」

 覗き込んだ私には、まだ二人の姿は捉える事ができない。しかし声は、先程よりさらにはっきりと聞こえた。舐める?何の先を、舐めているのか?私は体を広間に滑り込ませて、二人の姿を探した。

「おお……いいですぞ奥様、最高だ。そう、もっと深く咥え込んで、おお、おおっ……いいぞ、クソったれ……舐めろ、俺のペニスを……おおうっ!」

 ハロッドが自分の生まれを現すような汚い言葉を発し出したと同時に、私は耳で嫌な単語を拾ってしまった。

 ペニス。同じ貴族の悪友達の間で確かに何度か語られた言葉。自分の股間にちょこんとぶら下がっている物を指す言葉。それを、もっと、舐めろ……?

「畜生、いいぞ奥様……っ。舐めろ、しゃぶれ、俺のペニスを味わい尽くせ……ククッ、その清楚な顔に、俺の汚い汁をぶっかけてやろうか?」

「んむ、んぐうう……っ、んんっ、んむうっ、う、んっ!」

 机の下に転がり、探す。鼓動が早まる。そして、見つけてしまった。

広間の一番奥。燃え盛る暖炉。その前で小刻みに動く、影。手前に見えるのが、男の足。その奥に見えるのが、女の肌。脚・尻・腰……要するに、どこかの教会で見た悔訓画における罪人と神の構図のように、裸の女が直立する男の前に跪いているのだ。男が誰で、女が誰なのか、幼い私でもすぐに分かった。

母が、裸で、ハロッドの前に、跪き、ペニスを、舐めている。

全身が、怖気だった。そして、鼓動が早くなった。母がなぜそんな状況に置かれているのかまるで分からず、私は机の下から動けなくなってしまった。

「……くそっ。もういい、舐めるのはやめだ!これじゃあ今度のお客様にお出しするメインディッシュの練習ができなくなってしまう」

「んんっ……はあっ、はあっ、はあっ」

 濡れた音は止み、代わりに母の苦しげで早い呼吸音が始まる。息もできぬほど熱心に、その行為に没頭していたのか。たとえ、無理矢理とはいえ。




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