「もしもし」
『あ……えっと』
「……もしもし?」
『あ、佑子さん、は?』
「は?」
『佑子さんは……ってか、キミ息子さん?』
「そう、ですけど」
何だこいつ。
「あ!」
「あ、母さん」
「ちょっと待ってあっちゃん。電話、代わる」
「なんか変な電話だよ?」
「いいから。あ、じゃあ2階ので取るね。いいって言ったら、置いて」
母さん? しばらくして。
「あっちゃん、いいよー」
「あいあい」
がちゃん。……なんだろ?まあいいか、さみいさみい。
「失敗失敗、あはは」
しばらくして、エプロンを外しながら母さんが降りてきた。
「……ねえあっちゃん。母さんちょっと出かけてくるからね」
「えー。おかゆあっためてくれるって言ってたじゃん」
「洗濯で忙しかったの。あっためるくらいできるっしょー?」
「つーか、どこ行くの」
「んー……買い物。なんか美味しいもの買ってくるから、ね?」
「あい」
「っていうか、あっちゃんもちゃんと寝てなさいよー。まさかサボりじゃないでしょうね?」
「ちがうってば。……んじゃ、おとなしくおかゆ食って寝ますわ」
母さんはそれ聞いて、奥に引っ込んでガチャガチャと。その間におかゆあっためて。さすが母さん、うめー。
「んじゃ、行ってくるから。ガスちゃんと止めたー?」
「止めたー。おみやげよろしくー」
食卓からちょっと振り向いて。あ?
へえ。母さんの髪、あんなに長かったんだ。いつも結んでるからわかんなかった。
「さて……おおうっ」
部屋に戻ろうとして立ち上がったら寒気。今年のカゼはたちが悪ィ。
「えっと。たしか……父ちゃんらの部屋に」
薬箱は「危ないから」と夫婦の寝室に置いてある。そんなに子供じゃないんだけどねー。
がちゃり。ここも寒っ!早く薬飲んで寝るぞ。薬箱は……。
「あ。いいモン見っけ」
前に母さんが寒い時によく着てたちゃんちゃんこ。「ババくせえ」っていったら着なくなったけど。
「なんか重いな……でもあったけー」
ますます病人なビジュアルになる俺。あとは薬。
「ないなー……もしかしてタンスの中かよ」
部屋の一番でっかい衣装ダンスを開ける。んで、ソッコーで見つける。
「あったー。あー頭痛ェ……かぜ薬はどこだぁ?」
あ。
がちゃん。
やっちまったー。薬箱落としちまったー。頭ふらついてるとロクなことないね。
「片づけんと……おろ?」
薬箱の下に、小さな本。「Diary」って書いてある。これくらいなら俺の学年でも読める。
見るでしょ?見るよね。よって、見る。
12月28日
おたがいに「ゆう」だって。待てよ?相手は偽名って可能性もあるのかー。 じゃあ、本名を名乗ったわたしの致命的ミス(笑)!?
1月1日
今年もパパとあっちゃんが健康でありますように……とかいいつつ、初詣に出かける前のTELにはびびった!
番号伝えたけどこんな時間にかけてくるなよっ!おばさん怒っちゃうぞ!あせっちゃうぞ!
でも「おめでとー。俺が初めて?でしょでしょ?」の言葉には、うーむ……アリだな。
1月5日
会えないって。なんどもいわせるな
1月10日
ヘンなことに使ってるらしい。写真を。写真でもきれい!とかいわれると困る。まー声は自信があるんだけどね。
1月20日
彼女でもできたかっ!?おばさんをヤキモキさせやがって!もー知らん!電話来ても無視!
1月22日
携帯買おうかな。でもあっちゃんにダメっていってるからムリか。
1月23日
そういう言葉は彼女にいうもんだ。ダンナも子供もいる女にいっちゃいけないよー!焦る焦る。
2月5日
愛してる と キスしたい って どっちが効く?今のわたし には
2月10日
会ってきます。説教してきます。
2月11日
・・・・・・・・・げ。生徒手帳に「悠」。あっちゃんと同じ歳。こりゃー、ちゃんと教育しちゃらなあかん!
2月12日
された。急に来た。それもファミレスで。 ドキドキしてはいけない。妻として母として。 でも なにもいえなかった どうしてだろー
2月15日
4日TELなし やばいやばいやばいやばいやばい!
2月16日
プリクラ内でされる。明日も、とかいわれる。きっと出かけてしまうわたし。 だれが とめる?
読まなきゃよかった。頭がガンガンしてきた。日記を直して薬箱を直してちゃんちゃんこも脱いだ。寝た。寝られないよ。
ちょっと待ってくれ。どーいうこと?
日曜日の朝、新聞の投稿欄見てゲタゲタ笑う母さんが。「冬ソナ拒否!見てハマッたらおばさんじゃん!」っていう母さんが。
でも氷川きよしは好きで旅番組見てホロリする母さんが。「初恋の話聞かしちゃる」とか酔ってからむ母さんが。
U.F.Oの振り付けを覚えるに至らなかったと後悔する母さんが。
でも短大生の頃地元のスーパーのチラシに出たことがある母さんが。
山口県出身、旧姓『浜』である飯田佑子35歳が……何したって?
初詣に出かける直前、たしかに電話が鳴ったぞ。母さんが取ってすぐに「2005年初間違い電話だわ」だと。
写真って何よ?ヘンなことってまさか。
父さんや俺がいる母さんに、そいつは何ていったんだ?
んでもって何会ってんだよ!無視するんじゃなかったのか?
お、俺と同い年!?今度中3!?
……された、って何をさ?
もうダメだ。ぜーんぶカゼひいた俺の妄想に違いない。あんな日記なんてなかったんだ。うん。
時間たたねー。頭いてー。教育テレビ面白い番組やってねーかな?午後じゃダメか。
『んー……買い物。なんか美味しいもの買ってくるから、ね?』
うわ。もしかして今も会ってんの!?
普段母さんが何してるかとか考えたことなかった。たまたま今日俺がカゼで休んだから。
でも電話かかってきて、なんか若い感じの男の声で。
母さんはすぐに出かけてった。髪をきれいにして、着飾って。
浮気かよー。あー、なんかムカムカする。マジで?
去年の年末から、その悠とかいう俺と同い年の子と……ああう。
違うな、全部母さんの妄想。最近家で一人でつまんないから、そういう妄想を日記に書いて、とか。
……つまんないから、浮気してんのか……?
気がつけば頭痛は治まってた。窓の外、真っ暗。時計は……6時48分。
下で物音がする。帰ってきた!
「おう。カゼどうだー?」
父さんかよっ!
「どした?」
「いや、別に。カゼは、治った」
「そうか……牛乳飲むか?」
「いい。あ……母さんは?」
頭痛くなくなったけど、胃がいてぇ。
「んー?まだみたいだな。買い物だろ?」
5時間、家出てんだけど。買い物……買い物だったらいいなー。
「ただいまー!……あー、遅くなっちゃったねー」
うわ、帰ってきたよ……どっから?
「遅かったな佑子。どこ行ってた」
もっということあんだろうが父さん!俺だったら……あれ?なんていえばいいんだぁ?
「んー、前から中野さんの奥さんとデパートに行く約束してたの。したらデパートで久々に春日の山辺さんと会っちゃって」
デパートとスーパーの買い物袋をどかどか置きながらしゃべる。証拠隠滅のつもりだろうけど……あの電話は中野さんからじゃないから、明らかにウソじゃん。
「おお、山辺さんかぁ。元気にしとったか?」
「あ、うん」
絶対に、山辺さんとかいう人には会ってない。遅くなったいいわけに決まってる!
「おー、わが息子はもう起きて大丈夫なのかー?」
ニコニコしながらこっちに来る。髪、いつもみたいにまとめろよ。くそう。
「お」
俺の髪をかき上げて、おでこをこつん。
「……熱、下がったみたいじゃん。明日、ガッコ行ける?」
おっきな目が、俺の目を見てる。唇が動いてる。なんか……かいだことがない匂いがする、ぞ。
「……行く」
でも、心ん中にあるうじゃうじゃした物の1%も言葉になんない。フツーに「行く」っていっちまった俺。
「そっか。いい子だあっちゃん」
離れた。日記を信じるなら、おとつい悠って奴にどこかのプリクラ内でキス以上のなんかをされた母親が、離れた。
「あ。ブロッサムのプリン買ってきたよー。あっちゃん好きだったっしょ?あとで食べよ」
買い物袋から野菜やらなんやらを取り出しながら、なんか嬉しそうにしゃべる母さん。
納得、いかねぇー。
「ねぇパパ」
「んー?」
まだカゼを引きずってて、あんまりおいしく感じないメシをもそもそ食べてる時。
「携帯、買っていい?」
ぶっ。
「あ、大丈夫だよ。あっちゃんも欲しがってたから一緒に買ったげる。家族割とか、そーいうのもあるし」
うわー。
「安いのかぁ?」
いやいや父さん、そこじゃないでしょ本題はぁ!
「ん。いろいろプランもあるみたいだし。なんとかなるよ?よかったねあっちゃん」
もう既成事実ですか……で、いやに嬉しそうな母さん。その携帯で、誰と話すんスか?
いやもう実際、布団に入っても寝られんし。
目つぶれば父さんに了解もらって携帯買うことになった母さんの嬉しそうな顔が浮かぶし。
でもって見たこともない、俺と同い年だっていう「悠」って奴が母さんと一緒にいる光景も。
顔はぼやんとしてるんだけど、携帯で話したりファミレスで笑い合ったり腕組んで歩いたり……うわあ。
朝ー……寝たか寝なかったかわかんない時あんじゃん?それ。で……寝なかった時に思いついたこといっこ。
「おはよー、早いな。どう?カゼいい?」
「ん」
いつもどおり過ぎて、逆に警戒してしまう母さんの表情。気のせいだったら最高なんだけどなぁ。
「ちょい待ってて。もーすぐゴハンできるから」
「ん……服、探してくる」
よたよた歩く演技。んで、廊下に出たらダッシュ!めざすは……日記!読んで気持ち悪くなったのに懲りずに読む!
2月17日
ケータイを買うことに。今日とった写メ送れないやん! っていわれたからっス
……とられたねー見事に。ノリだったからとはいえ……パパ、あっちゃんゴメン!
ポラロイドカメラ持ってくるとは用意のいいやつめ 記念、ってのはマズイよねー
これはどう判断したらいいのか……ま、胃が痛くなったのは事実ー。
で、写メとポラロイドに何を撮られたっ!?俺と父さんにあやまらなきゃいけないような写真ですかいっ!?
そしてそれを記念だとおっしゃる。母さん、カンベンしてくださいよー。
「あっちゃーん。制服ならここ出してるよー」
うわお。あわてて日記を直し居間へ。浮気の証拠がドンドン出てきてる母さんのいる居間へ。
くそー。そのあたりまえの顔がめちゃめちゃ腹立つんだけど。
学校へ行ったけれども。
現国の山ベンの授業より母さんの笑顔。英語のチョナンの授業より母さんの日記。志賀のエロ話より母さんのナゾの写真。
「……わりい、やっぱ保健室行ってくるわ」
サボるつもりじゃなくて。ふだんはマジメな学生ですしー。マジで頭が痛くなったのですよ。
それがカゼのぶり返しか母さんの浮気疑惑のせいなのかわからんけれども。
保健医鎌ばぁに熱を測ってもらう。37度。高め。
「今日も帰れ。いまいち治ってないみたいだぞ?」
ジャージに白衣などという、男子生徒を全く無視したファッションの鎌ばぁがいう。多分母さんと同じくらいの歳だろうが。
んで、いう通りにする。フラフラしながら「浮気当確寸前」の母さんがいるわが家へ戻る。
とかいってたら。母さんいないし。午前11時4分。微妙に疑惑を生む時間帯。買い物にゃまだ早いでしょー?
「ヤバイってば、母さんよぉ……」
また頭が痛い。薬はさっき保健室でもらって飲んだからもう飲めぬ。
なるべく考えないようにしようキャンペーン始まる。っていうか始める。
いいじゃん!浮気上等!……まではいかんけど、見てもない相手やら写真とかで気分悪くなったりするの嫌。カゼひきだからなおさら。
そうと決まればあったかくして寝るのみ!あったかいものあったかいもの……あ、あのちゃんちゃんこだ。もう母さん着ねえだろうし。
「……あったー」
昨日と同じ、鏡台?の椅子にかけてあった。綿が重いけど着て、いざわが部屋ー。
ベッドに潜り込んで気づいた。気づいちゃったんだよ、しょうがなく。
ちゃんちゃんこのポケットに、何か入ってるってことをさー。