泡の秘密 前編

< 登場人物 姉 美穂・弟 成二 >


「ほんとだって!あそこの店はすごい可愛いコばっかなんだから!」   

 悪友であるオサムが、クラス中に響くような大声で叫んだ。その大声に、クラスの全員がこっちを振り向く。  

「あ……ヤバイ!」   

 オサムが、気まずそうに言う。周りが再び別の方向を向くと、オサムは今度は抑えた声で言った。  

「信じないのはおまえらの勝手だけど、俺はそれを体験できたんだから!」   

 オサムの周りに集っている男三人、タク・マサシそして成二は、オサムの話が信じられないのだ。オサムの話というのは、こうである。

『俺は前からガマンできなくなった時は、こずかいの中からいくらか出して、ソープランドに行っていたんだ。まあ女の質は良くなかったけど、とりあえず欲求不満は解消できていた。でもある日、俺はいつものソープには行かずに、別の店に入ってみたんだ。かなり冒険してね。それが、大当りだったんだ。確かに、その店はちょっと高いけど、女の子は俺らと同じ年かちょっと上ぐらいで、みんな美人なんだ。それで、サービスもイイ!普通のサービスの上に、ちょっと中一枚乗せれば、なんとホンバンまでやらせてくれるんだぜ!』   

 その輪の中でタク・マサシ・成二のどよめきが起こる。ホンバン……本番……もちろんセックスのことだ。正真正銘の童貞である三人には、その言葉を聞いただけで心がときめいてしまう。  

「本当に本当に本当なんだな……?」   

 マサシが慎重に聞く。  

「本当に本当に本当!」   

 オサムは得意げに答えた。  

「……それで、お前はヤッたのかよ?」  

 タクは好奇心丸出しだ。  

「ああ、ヤッたよ」  
「どんな女だったんだ?」  
「そうだなぁ……言葉じゃ言えないくらい可愛かったなぁ。歳は俺達よりちょっと上かな……顔はアイドル歌手みたいに整ってて、カラダはダイナマイト・バディって奴だよ!」   

 また三人がどよめく。  

「その女の子が色々やってくれるのさ。フェラチオはもちろん、足の指まで舐めてくれたり、俺の上に乗って腰を自分から使ったり……まぁああいうのが『インラン』っていうんだろうなぁ」   

 昼休みの教室で、猥談は際限なく盛り上がる。そんな中で、タクがポツリと言う。  

「……どこにあるんだ?いくらかかるんだ?」  
「よっ、その言葉を待ってました!」   

 オサムは叫んで、タクの前に手を差しだした。  

「何だよ、これ」  
「情報料、だよ」  
「情報料!?」  
「あたりまえだろ!俺が苦労して探しだしたんだから。ほら、情報料2000円」  
「うむむ……」   

 タクは少し考えたが、やがて悔しそうにサイフを取り出した。  

「ほら、2000円!」   

 タクはオサムの手の平に2000円札を投げつけた。  

「はい、ありがとさん!……あれ?成二やマサシは聞きたくないの?」   

 オサムの言葉に、二人も無言でサイフから小ニ枚を出し、オサムに渡した。  

「うははっ、もうけもうけ!よし、それでは教えてしんぜよう。場所は花吹町の中。値段は、基本料金20000円、フェラチオ・その他つきのBコースは5000円アップの25000円、そしてお楽しみのAコースは5000円増しの30000円!」  
「……うわあ、高え!」   

 タクが思わず口に出した。成二もマサシも同じ気持ちだった。  

「おいおい、ちょっと高いぐらいでしりごみするなよ!なんてったってホンバンだよ!童貞とサヨナラできるんだよ!」   

 オサムの言葉に、三人はゴクリと唾を呑んだ。  

「……そうだよな、なんてったってホンバンだもんな……」   

 成二はつぶやく。  

「じゃ、決定だな。それじゃあ今夜俺が連れて行ってやるから、城南公園に8時、な?」   

 三人はうなずきあった。   

  その日の放課後、タクとマサシは急いで家に帰っていった。シャワーでも浴びるつもりだろう。成二もそうしたかったのだが、靴箱の所でオサムに呼び止められた。  

「おい、成二!」  
「うん?なんだよ」  
「ちょっと話聞いてくれないか?」  
「話?」  
「お前にとってのイイ話だよ」  
「……何だ?」  
「俺にあともう1000円くれれば、俺がヤッたその美人を紹介してやるけど……どう?」  
「え、あのアイドル顔でダイナマイト・ボディの!?」  
「そうそう。俺はもうあの店の常連みたいなもんだから、ちょっと言えばお前の相手をしてくれるはずだよ」   

 オサムの話は、確かにイイ話だった。いくら美人の多いソープといっても、ハズレに当たるかもしれない。それならはじめからアタリを知っていたほうがいいに決まっている。  

「……よし、あと1000円出すよ」  
「サンキュー。じゃあ、8時にな、他の二人にはないしょだぞ」  
「おう」   

 オサムは嬉しそうに校門を出ていった。  
(そうか……アイドル顔のダイナマイト・ボディか……)成二も、沸き上がる期待に顔をニヤニヤさせていた。   

 帰宅した成二は、心を落ち着かせながら台所に向かった。  

「あ、成二。お帰りなさい」   

 母の敬子が言う。  

「あ、あのね母さん……」  
「ん?」  
「今夜、オサムくんの家で勉強会があるんだけど……」  
「勉強会?」  

 母の視線が疑わしく思えて、成二は喉から心臓から飛び出しそうだった。

「うん。期末テストも近いし、明日が日曜日だから今夜徹底的にやろうってことになっているんだ」  
「ふーん……」   

 敬子はしばらく考えて言った。  

「いいわよ。最近あなた、成績落ちてたんだから、しっかり勉強しなさい」  
「うん、分かった」   

 心の中でガッツポーズをとって、成二は言った。  

「じゃあ、俺お風呂に入ってくるから……あれ、姉さんはまたバイト?」   

 姉 美穂の姿が見えないのに気が付き、成二が聞く。  

「ええ、あの大崎駅前の弁当屋さん。まったくあの子ったらわざわざ24時間営業の店を選ばなくたっていいのに。女の子が夜遅く一人で帰って来るなんて危ないわよねぇ」   

 姉の美穂は大学1年の19歳。最近隣の大崎町の駅前にあるホカホカ弁当屋でアルバイトを始めた。昼の6時から深夜2時まで働き、2時半ぐらいに帰宅する。母の心配も無理はないが、幸か不幸がいままで悪いことは起こっていない。  

「あっ、そうだ成二。どうせオサムくんの家に行くんだったら大崎駅に降りるんでしょ?それならちょっと美穂の様子を見てきてちょうだい。いいでしょ?」
「ああ、いいよ」

 正直なところ面倒だったが、断る理由もないので成二はうなずいた。 電車で二駅越えたところに、大崎駅はあった。駅前商店街の入り口に、知り合いのおばちゃんがやっている24時間営業の弁当屋がある。

「あら、成ちゃんどうしたの?」   

 顔なじみの、店のおばちゃんが顔を出した。  

「えーと、姉さんいますか?」  
「え、美穂ちゃん?」   

 おばちゃんが不思議そうな顔をする。  

「だって美穂ちゃんは、ちょっと前から昼の時間に変わったわよ」  
「え?」  
「今日も昼の1時から夕方の5時まで働いて、帰っちゃったけど……」  
「ほんとですか?家にはいなかったけどなぁ」   

 不思議な話だ。姉はそんなことは一言も言っていなかった。成二は少し考えてみたが、やがてやめた。  

「なんか、用事ができたんでしょう。だから」  
「そうよね。美穂ちゃん真面目だから、友だちの家か何かで勉強してるのよ。……でも、もしかしたら」  
「ん?」  
「美穂ちゃん、彼氏ができたんじゃないの?だから家にも黙って時間をずらした……」   

 おばちゃんは目を輝かせて言う。まるでワイドショーを見る主婦の目だ。  

「あ、あら。おばちゃん勝手にしゃべっちゃって……まあ心配ないわよ、美穂ちゃんはフラフラ遊び回るような娘じゃないから」   

 言いたいことをあらかた言った後で、おばちゃんは急にしおらしくなった。  

「そうですね……じゃあ、僕はこれで」   

 成二はそう言って店先を出た。姉のことも心配だが、とりあえず今はオサムの家に向かうことが先決だ。   

 オサムの家に着いたのは、7時半だった。タクとマサシはすでに来ていた。  

「遅いぞ成二!」   

 タクが言った。タクもマサシも、早く目的のソープランドに行きたくてウズウズしている、といった表情だ。  

「さて、成二も来たことだし、行くか!」  
「待ってました!」   

 タクが叫ぶ。  

「おいおい、行く前からそんなに気を張ってたら、肝心な時にチOポが立たないんじゃないか?」   

 ちょっと冷やかし気味にオサムが言う。  

「まあいいや。じゃあ行こうぜ」   

 オサムに引き連れられるように、三人は大崎駅に行った。そこから、県下一の歓楽街である花吹町に向かう。   
 花吹町には、15分くらいで到着した。駅を降りてすぐに、まばゆいネオンの光が4人を襲う。  

「……なんか、場違いな感じするよなぁ」   

 マサシが思わずうなる。  

「ネオンだけでそれじゃあ、店の前に着いただけでイッちゃうんじゃねえか?」   

 タクが言ったが、その本人も大いに緊張している様子だ。  

「まあ、行ってみればわかるさ」   

 一人だけ落ち着いた顔のオサム。他の3人はその頼もしげな様子を心強く思う。   
 しばらく成二、タク、マサシの三人は、無言で歩くオサムの後を黙ってついていった。やがて、オサムが立ち止まった。  

「さあ、ここだぜ」   

 三人はその店のネオン看板を眺めた。『バッカス』……。他の二人は意味が分からなかったようだが、成二はその単語を知っていた。確かギリシャ神話の農業を司る神様の名前だ。ソープランドの店名には下世話な名前しかないと思っていたが、意外と高尚なネーミングだった。  

「三人とも、覚悟はいいな?」   

 オサムが、わざと低いトーンの声でささやく。顔が笑っているから、おそらく自分達を緊張させるための冗談だ。  

「じゃあ、入るか」   

 オサムは、三人の返事も聞かずに店内へと入っていった。三人も後に続く。   
 再び三人は、別世界を経験する。店内は、誰が想像していたものよりもキレイで、豪華なものだったからだ。そしてそのソープ初心者達を迎えたのは、とてもこんな店にいるようなタイプではない、初老の紳士だった。  

「あ、これはノダさん。また来てくださいましたか」   

 丁寧な言葉遣いで、男はオサムに話しかけた。  

「うん。あ、今日は連れが三人いるから。みんな初心者、だからいい相手を選んであげてよ」  
「はい、分かりました。それでは、こちらへ……」   

 紳士はあくまで丁寧な態度で成二達を案内しようとする。  

「あっ、タクとマサシは先に行ってろよ。早く行ったほうがカワイコちゃんに逢う確率が高くなるぜ」  
「お、おうっ!」   

 二人は何も疑うことなく紳士について隣の部屋に行った。  

「……いま行ったあの部屋に女の子の顔写真が並んでいて、そこで相手を選ぶんだ。今ごろあの二人は、真剣にパネルの前で選んでいるよ」   

 オサムが成二につぶやく。  

「じゃあ、俺は……?」  
「……1000円、上乗せして来たか?」  
「あ、ああ!」   

 思いだした。あの約束、オサムに1000円を渡せば、オサムが初体験した『アイドル顔のダイナマイト・バディ娘』を紹介してもらえるのだ。  

「よし、じゃあ倉田さんが戻ってきたら、話をしてみるよ」   

 あの男の人は倉田さんっていうのか、などと考えていると、その倉田が戻ってきた。  

「で、どうだった?あの二人の様子」  
「ええ、二人とも意気揚々と個室へ向かいましたよ。で、この方はどうなさいます?」   

 紳士倉田は成二の方を見て言った。  

「ああ。実は彼に、マオちゃんを紹介してやって欲しいんだ。彼は僕の親友だし、いい男だからぜひともいい経験をして欲しいんだ」  
「なるほど……」   

 倉田は成二とオサムを眺めながら、少し考えた。  

「……分かりました。他ならぬノダさんの息子さんの頼みですから……でも今うちのミオは忙しくて、少し待たなければなりません。ですから、それまで貴賓室でお待ちください」   

 倉田はそう言うと、さっきタクたちが入って行った方とは別の、少し重厚な扉に成二とオサムを案内した。   
 扉の向こうは、まるで中堅企業の社長室のような、豪華なしつらえの応接室があった。オサムはあたりまえのようにその部屋の革のソファーに座った。  

「なにしてんの、成二も座りなよ」   

 オサムに促され、成二はそのソファーに座る。  

「……あのさあ、なんでオサムって、この店でこんなにVIP待遇なんだ?」   

 成二が、さっきからずっと気になっていた質問をオサムにぶつけてみた。  

「ああ、そのことね。実は、この店に俺を最初に連れてきたのは、うちの親父なんだ」  
「親父さんって……あの土建屋の会長さん?」  
「ああ。『将来会社を背負っていく男が、女を知らぬ訳にはいかん』ってね。それで、この店は経営者がしっかりしているし、女の人も素性のいい素人さんしか雇っていないからいいだろうって」  
「じゃあ、親父さんがこの店の常連だったわけだ」  
「ま、たねあかしをすればね」  
「それじゃあ、あの情報料っていうのは!?お前が探した店じゃないのに、なんで俺達が高い金を払わなきゃいけなかったんだ!?」  
「あ……ま、まあいいじゃないか。な?今からのことを考えたら、そんなことなんか気にならなくなるって!」   

 オサムの口調に、成二も怒る気が失せる。しょうがなく、成二はサイフから1000円札を取り出した。  

「まあ、約束だからな」  
「えらい!さすが成二だ。これがあの二人なら怒って帰っちゃうか、金返せって言いかねないからな……」   

 二人で笑い合った。が、その後急に成二は緊張し始めた。セックス未経験の成二にとって、目の前に迫っている初体験は、恐ろしいほどの緊張を伴うものだった。   
 ドアが静かに、しかし突然開いた。成二は心臓が飛び出そうになった。  

「お待たせしました。マオちゃんの準備ができましたので、どうぞご案内します」   

 倉田が扉から顔を出し、成二に呼びかけた。成二はカチンコチンのまま、倉田の案内する方向へと向かった。

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