公民館での出来事 前編

私がたしか小学5年の頃の話です。

その日は、地区の忘年会の日でした。地元では班単位で計画してその年の班長の家で忘年会をするのが恒例でした。
その年の班長はそこそこ大きめの電器屋をやってる野崎という人でしたが、家から近くて場所も広く、また野崎が管理人をやっているという理由から、

公民館で忘年会が開かれることになったのです。

私は母から「ジュースとかお菓子とかいっぱいあるから、一緒に行こう?」といわれ、仕事で行けない父の代わりに行きました。

朝から近所のみんなが準備を始めお酒を持ち寄ったりして、午前10時頃に始まったと思います。最初はジュースを飲んだりしててはしゃいでた私でしたが、
大人たちが酔っ払ってくるととたんにつまらなくなり、すぐに隣の家の子と廊下に出て遊び始めました。

「静かに遊びなさいよ」

母はそう私に注意して、そのまませかせかと宴会の手伝いをしていました。東京生まれで、その2年前に父の実家であるこの九州に引っ越してきてから、
まだいまいち慣れてなくて、こういう機会にと張り切って近所の人に世話してたのだと思います。

しばらくして、部屋からカラオケの音が聞こえてきました。開会のあいさつで野崎が
「この機械はまだここじゃ珍しくて4、5台しかねえのを俺がこんために借りてきちやった」と自慢していたのを聞いていました。

酔ったよそのおじちゃんとかが私の全く知らない古い歌を歌ってる時は気にならなかったのですが、やがてそのおっちゃんたちが「美佐江さん一緒に歌おうえ」と
母を誘い始めたのに気づきました。

「下手だけどいいですか」

母はそう言いながら、何人かの人と一緒に歌っていました。

ふと気づくと、母は野崎と歌っていました。部屋の中から囃す声が聞こえます。

「ひゅーひゅー」

「それはいかんの違うかえー?」

「旦那さんには教えられんなあ」

口々にみんな母と野崎を茶化します。私は少しだけむっとしましたが、部屋を覗くのもあれだし、どうせ歌はすぐに終わるだろうとそのままにしてました。

曲が終わってみんなの拍手。

「アツアツやなぁ」

また誰かが言ってましたがとりあえず曲が終わったのでほっとしました。ところが、また別の誰かが「美佐江さんこっちで酒注いでくれんかえ」と母を呼びました。

「はーい」

母が返事した直後、ガチャーン!という音が聞こえ、その瞬間に部屋が静かになりました。

「なにするんかえ!」

野崎の声でした。さすがに私も何が起こったのかとふすまを開け部屋を覗きました。

母が、カラオケの機械の前で立ちすくんでいました。機械は、ビールでびしょびしょに濡れています。

「あの……○○さんの足がひっかかって」

母が弱々しい声で言います。

「いいわけするんかえ!この機械がいくらすると思っちょんのか!」

恐ろしいまでに大きな声で野崎が母を怒鳴りました。私を見つけた隣の家のおばさんが手を握ってくれて、
他の人は散らかったビールやこぼれたビールを片づけ始めましたが、誰一人母をかばってやる人がいません。

「あの……弁償しますから」

「アホか。あんたがいくら払ったって返せんわ。それに今日終わったらすぐ返さないけん機械やっちゅうのが分からんのか」

野崎の怒鳴り声はすさまじく、ついには1人2人と参加者が帰り始めました。

「んじゃあ、また来年な」

「おう」

帰る人に短く無愛想でしか返事せず、野崎は相変わらず母に怒鳴り続けていました。

「外、出ちょこうか」

手を握っていた隣の家のおばさんが私ともう1人の子を公民館の外に連れ出しました。おばさんは公民館にそのまま戻って、
残った人と片づけしてるようでしたが、その時も野崎の怒鳴り声は響いていました。

「どうしようどうしよう」

思いながらも、私はどうすることもできず公民館のすぐそばにある公園で、母が出てくるのを待っていました。
しばらくして、おばちゃんと共に残ってた人がみんな公民館から出てきました。が、母と野崎だけ出てきません。
おばちゃんが私を呼んでいましたが、私はなぜか公衆トイレの陰に隠れて返事しませんでした。やがてみんなは私のそばを通り過ぎていきました。

「野崎さんに目ぇつけられたらやばいなぁ」

「美佐江さんどげえなるんかえ」

その時そんな言葉が聞こえ、私はますます母のことが心配になりました。
まだ怒られているんだろうか?弁償するとしたら家が貧乏になるのだろうか?とかバカな心配をしながら、私は1人公民館に戻っていきました。
音を立ててはいけないと思い、ゆっくりと公民館の扉を開けようとしましたがそこには鍵がかかっていました。
外からずっと見ていたので、母がまだこの中にいるのは間違いなかったのです。しかし鍵がかかっている。そして多分、野崎もまだ中にいるのです。

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