自宅で 1

 

 

2日後の火曜日だったと思います。終業式の前の前の日で、私は午前中の授業だけを終えて家に帰ってきました。
母は家にいず、買い物に出てるのだろうと思って2階の自分の部屋に上がりました。
明日もらう通知表のこととか、冬休みのこととかを考えながらふとんでぼんやりねっころがってると、外から車の音が聞こえ、その音は家の前で止まりました。
そっと窓から下を見ると野崎電気店の軽トラでした。その助手席から、母が降りてきたのです。

「どうもありがとうございました」

母が礼を言っています。

「いや、いいけど……上がったらいけんのかえ」

野崎の声だけ聞こえます。

「……息子が帰ってくるかもしれないですから」

母の弱い声。

「学校は3時ぐらいまであるやろ?大丈夫っちゃ」

野崎は小さい子供がいないので私がいるかもしれないなどとは夢にも思わないようでした。

「んじゃ、いいな?」

「……」

母は何も言わずに暗い顔をして玄関を鍵を外し戸をガラガラと開け、野崎も当たり前のようにそのあとをついて家に入りました。

野崎が家に来るのは初めてでした。あっても玄関先で地区のお知らせを伝えにくるくらいだったと思います。
だから今すんなりと上がりこんで、母もそれに対してなにも言わないということに、普通に不思議に思いました。

しばらく自分の部屋で耳をすませていました。すると私の部屋の下にある居間の引き戸が閉まる音が聞こえました。
玄関先ではなく、居間に二人が入ったことになります。私は音をおさえながらドアを開け、階段の上から今の様子を伺うことにしました。

しばらくは声が聞こえない時間が続きました。ただ、たまにカチャカチャと、母が台所で何かやっている音が聞こえます。

「今日はありがとうございました」

「送ってもらってありがとうございました」

やがて母がありがとうございましたを連発していました。あまり時間が空いてなく、とってつけたように何度も切れ間なく言うので、
子供の私が聞いていても変だと思ってました。

「いや、いいけん」

母が勝手にしゃべって、野崎の返事はそれだけでした。その声に笑った感が含まれていたのを私は感じました。

「お茶がもう少しで沸きますから」

母がそれに気づいたか気づかないのか、また慌てた感じで言います。

「茶なんかいいけん、な?」

野崎は今度はさっきと全然違う口調で言いました。そしてその直後、立ち上がる気配がしました。

「あ、危ないですから」

すぐに母は弱々しい声で言いました。

「お湯なんか消しとけ、茶なんか飲まん」

野崎はあっさりそう言いました。

「ちょ、野崎さん……んんん!」

母の声がさえぎられ、そのままくもった声になります。立ち上がった気配から続く畳の擦れる音もまだ続いていました。

心臓がドキドキしてきた私は、その時階段を1段だけ降りました。たった一段だけですが、声や音がはっきり聞こえるような気がしました。
そして、その時は意識していなかったのですが、もう母と野崎が、殴る殴られるというような険悪な雰囲気ではないことにうっすら気がついていたのかもしれません。
だってその時私は、ズボンの中の物が腫れていることを感じていたからです。

「こん前はあんたがあんまりいうけん、あれで我慢しちゃったはずやろが。いうたよな?今日は口で我慢して下さい、っち」

「野崎さん、それは……」

「言い訳すんなちゃ。今日は、っちことはいつかはさしちゃるっちことやろが?それが今日になっただけやが」

「ですから、またあらためて……」

「ほー、あらためて日ぃ決めちどっか連れ込みホテルとかラブホテルとか取っちくれるんかあんたが。そげんできんこというたらいかん」

野崎のしゃべりかたがどんどん下品になってきました。そして私たちが学校でエッチな冗談としてよく言っていた「ラブホテル」という言葉がでてきたので、
ますます私は耳を立てました。

「あああっ」

「請求書をだんなの会社に送ってもいいんぞ?それがいややけん、わしら2人のの秘密にしたんやろうがえ。こんまま粘ってもいいし、
なんなら子供が帰っちくる時に合わせてしてもいいんやけどな、俺は」

「やめて下さい!……わかりました」

母が大声で叫び、そしてまた声が小さくなります。

「……なにがわかったか、俺にはわからん。よう説明しちくれんか?」

野崎はさらに追い討ちをかけます。

「し……しても、けっこうです」

「だから、なにを」

「あ……あの、○○○○をです」

母がなにを言ったのか、階段の上に私にはわかりませんでした。たぶん子供が知らない単語だっただろうし、小さい声だったということもあると思います。
しかし野崎は違いました。

「ああ、おめこか!」

わざと大きくばかげた声で野崎がいいました。これも子供同士でたまにいうエロジョークで、こちらの方言でそのまま女性器のことだし、またセックスのことでした。

野崎が母に向かって大声で「おめこ」といい、深く考えれば母が小さい声ながらも「おめこ」と同じような言葉を野崎に向かって呟いた、ということ。
私はまた怖さを少し覚えつつ、心臓を高鳴らせながら階段をもう1段降りました。

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