shooting star
触れた場所が、熱い。
同じように触れられた手もきっと、熱い。
何も分からないうちに何かをしていると、いや何もしていなくても、
先生の?は、しっかりと、僕を。
僕が、先生、って呼ぶ。
先生が、桂、って呼ぶ。
爆ぜた。
血と同じくらいの温度の物が、僕から先生の、中へ。
流れてる。ちゃんと。動いてる。
ぎゅっと、先生の手が僕の手を。
同じように、熱い場所も。
止まってなんか、いない。
実感できた。
ふたりが出逢った、あの日からずっと、僕は。
動いてる。動いてる。
先生と、僕は。
これからも、ずっと、
ずっと……
遠くに光るあの星 二人見上げて 君に出会った運命を思う
ちゃぷん。
「新しい時代に、必要な現象だったのかもね」
「あの病気が、か?」
「あら。『停滞』はもう病気なんかじゃないわ」
「ああ、そうだったな」
「二人が、桂くんと苺ちゃんががんばったおかげでね」
「……つらかっただろうな」
「きっと。でも、だからこそみんな二人を応援したわ」
「そうだな。二人の友達たちが、熱心に活動してたっけ」
「あなたがずっと書きとめていた桂くんの症例も、すごく役に立った」
「そうさ。なんたって俺は、『停滞』研究の第一人者だからな」
ちゃぷっ。
「素敵よ、あなた」
ちゅっ。
「おいおい、このは。ここでか?」
「……いや?」
「いや、別に嫌というわけじゃ……ああっ」
「ん、うふん」
ちゃぷ、ちゃぷ、ちゃぷん。
「なあ、このは」
「……ん?」
「たしか昔、桂と誰か女が、この風呂に一緒に入っていなかったか?」
「まさか……桂くんはそんなことする子じゃなかったでしょ……んっ」
「いや、たしかにそんなことがあったはずだ。桂と、誰か……うーん」
「そんなことより、ねえ……」
ちゃぷちゃぷ、ちゃぷ、ちゃぷっ。
「おおっ。いやたしか……おっ、名前が……ま……違うな……み、み……」
「んふっ、ん」
「み……み……ず、そうだ、たしかそんな名前の……みず、みず……」
何気ないふりで 手の平 触れてみるけど 君は優しく微笑むだけで
「楓、おめでとう!」
「ありがとう、小石……」
「もう、泣くことないじゃない!せっかくのお化粧が台無しになっちゃうよ」
「うん。ごめん」
「やっと、だね」
「うん」
「苦労、したもんね。あいつの家のこともあったし」
「うん」
「あんなちゃらんぽらんなやつなのに、あんな家に生まれて。そのことで楓を何度も泣かせて」
「うん」
「ああ、もう腹が立ってきた!顔見たら承知しないんだから!」
「でも、ね」
「……ん?」
「いい人、なんだよ。漂介くんって。見かけは、あんなふうだけど」
「……ふふっ」
「え?」
「知ってるよ、ホントは底なしにいい奴だって。知ってるから、ずっとみんな友達だったんだよ」
「うん」
「ほらあ、また泣くー!」
「ごめん、ごめんね」
「楓、ほら、ハンカチ」
「うん、ありがとう……グスッ」
「しょうがないなぁ……」
「あ、そういえば」
「なに?楓」
「小石のほうは、どうなっているの?山田先生と」
「ああ、ごめんね。ホントは、今日も二人でお祝いに来たかったんだけど」
「あ、そっか。今日は桂くんの」
「うん。桂くんの乗るロケットは、山田先生の考えた人力飛行機の構造がヒントになっているらしいから、それで、NASAへ」
「山田先生も、桂くんも、がんばってるんだ」
「そうだね」
「……でもなんで桂くん、あんな無茶な計画に志願したんだろうね」
「『停滞』持ち、だから」
「ううん。そういうことじゃなくて。『停滞』が研究されて、長い距離の宇宙旅行に最適だってことは、いつもニュースでやってるから知ってるの」
「……」
「そうじゃなくって、桂くんはなんであんなに頑張って、あんなに急いで宇宙に行かなきゃいけないの?」
「……きっと」
「きっと、なに?小石」
「『誰か』のため、だと思う」
「『誰か』……?」
「うん……桂くんにとって大切な……それで……わたしたちにも、きっと大切だった、人……」
「わたしたち、にも……?」
「……よく、思い出せないの。でも、記憶の片隅にあるの。わたしがいて、楓がいて、苺がいて、漂介がいて、跨くんがいて、桂くんがいて、そして桂くんの隣に、誰か……」
「……小石の言ってること、なんだかちょっとわかるかも。あの頃、たしかに、桂くんの隣に」
気持ちが強くなると 不安の数も増えてゆくから
「おねえちゃん、やっとお仕事にもどったみたいね」
「ええ、そうね。本部からはずっと呼び出しを受けてたんだけど」
「でも、一応お休みをもらってたんでしょ?」
「長距離任務を完了した者は、肉体に蓄積された疲労を回復させるために自主的長期休暇が義務付けられているの。でも、みずほは優秀な調査員だから」
「うーん……まほ、ムズカシイことはよくわかんないけど、じゃあおねえちゃんはもう元気になったわけ?」
「そうねぇ……それはちょっと、違うと思うわ。泣くだけの日常より、仕事で紛らわせていたほうが少し楽、って考えただけじゃないかしら……」
「そんなに、あいつのことが、すきだったんだ」
「……きっと」
「わかんないよ!なんで、あんな情けなくてたよりない男なんかに、おねえちゃんが」
「……いま地球にいる調査員から、ある報告が届いたのよ」
「ママ、話そらさないでよ!」
「地球から、外宇宙に向かって長距離航行用ロケットが打ち上げられようとしているらしいって」
「それがなに!?いまは、あの許せない男の話を……」
「そのロケットにね、桂くんが乗ってるらしいの」
「え……?」
「目的地も決めず、ただ、遠い宇宙に向けて他の文明星を探すため……」
「そんな……やっぱり、バカじゃない!そんな、大した航行技術も無いくせに。宇宙の迷子になるのがオチよ!」
「まほのいうとおりよ。桂くんは、まったくあてのない長い旅に出発しようとしているわ。そう、まるであなたとみずほのパパみたいにね」
「……」
「でも、パパと桂くんが違うところが、一つだけあるわ」
「……なに?」
「桂くんは、パパみたいに『どこか遠い星』をただ目指してるわけじゃないの」
「あ……」
「そう。桂くんは、他の誰でもない、みずほに逢うために宇宙へ旅立とうとしてる。そんなこと、信じられる?」
「……ううん」
「それを桂くんはしようとしてる。逢える確率なんて、限りなくゼロに近いのに、ね……」
一度抱きしめた心は どんな時も離さないで
「草薙くん、聞こえる……?」
「森野」
「発射準備に入ったわ……」
「ああ」
「結局、草薙くんが行くことになった……」
「うん」
「どうして……?」
「?」
「どうしてそんなに、宇宙の果てに行きたいの……?」
「森野」
「わたしたちは『停滞』のおかげで、人と深く関わることができなかった。そうよね……?」
「……」
「今、『停滞』はちゃんと研究されて、みんなが知ってることになった……」
「……ああ」
「なのに草薙くんは、また誰もいないたった一人の世界に行こうとしてる……なぜ?」
「……」
「おかしいと、思う……」
「……違うよ、森野」
「……え?」
「そこに誰もいないなんて、行ってみなくちゃわからないじゃないか」
「草薙くん……」
「もしかしたら、この広い宇宙の果てで、自分にとってすごく大事な人に出会えるかもしれない、そうだろ?」
「……」
「その人に出会ったら、俺はこう言うんだ。『ずっと、逢いたかった』って」
「……」
「ヘンだと思っても、いいよ」
「……通信、切れるわ」
「ああ」
「草薙くん……」
「なんだい、森野?」
「きっと、逢えるわ」
「……ああ」
「じゃあ……」
「ああ、行ってくる」
「みずほ先生に、よろしく」
広い宇宙に一人だけの 君が側にいてくれるなら
ねえ、草薙くん。
なんですか、先生?
このまま、こんな日が、ずーっと続くといいね。
そうですね。
うれしかったり、悲しかったり、ドキドキしたり、ハラハラしたり、好きになったり、離れたり。そんなことぜーんぶひっくるめて、二人の大切な、日々だものね。
ええ。
もしかしたら。
え?
もしかしたら、こんな幸せなときも、終わっちゃうかもしれない。
先生……。
ずっとそばにいてくれた人が、ある日突然、いなくなっちゃったり。
そんなこと!
嫌よね。せっかく二人出逢ったのに、離ればなれになってしまう……。
……。
でも。でもね、草薙くん。
『僕がここに辿り着いたのは、運命だからだよ。きっと僕は、君に出逢うため宇宙飛行士になって、事故に遭って、長い間漂流して、そしてこの星に辿り着いた』。
……。
『だから、君を思う心になんの翳りもない。僕がもう一度生まれ変わって、また宇宙を漂流することがあっても、僕は絶対、君に逢いに来るよ』。
……。
パパの、プロポーズの言葉。
俺も。
え?
俺も、そうです。
草薙くん……。
もしみずほ先生と離ればなれになっても、俺は絶対、みずほ先生に逢いに行きます。それが、たとえ宇宙の果てであっても。
……。
あの日、偶然みずほ先生を見た時。二人がこうなってしまうなんて、奇跡だったと思います。それが運命だったとしたら、今度は俺がその奇跡を起こしてみせます。
草薙、くん……。
みずほ、先生……。
壊れた時の針も やがて ゆっくり動き出す 未来へ
純粋に「好きだ」って思う気持ち。
誰になにを言われても、この先どんな困難が待ち構えていようとも。
あの人の、大好きな人の笑顔をいちばん近くで眺めていられるなら。
もう一度「愛してる」って囁きかけられるなら。
僕は、加速している。
二人でいることが、なにより大切だと気づかせてくれた人のために。
ふたりが出逢った、あの日からずっと、僕は。
動いてる。動いてる。
先生と、僕は。
これからも、ずっと、
ずっと……
君はそのままでいて
脳内補完最終回。 <戻る>