「今年は、鼠が少ないな」
床を支度していた男がぽつりとそう漏らし、すぐに黙る。確かに、盆を控えたこの暑い時期に、毎年うるさいくらいに天井裏を駆けていた鼠の気配が、今はない。
だがその言葉を聞いていた女には、別の感慨が浮かんだ。あまり好きではない、幼い頃より何度も見た光景。
ほら、さよちゃん。また鼠を捕まえたで。わたしが作る罠は、出来が良うて鼠がたくさん捕まりよる。
尻尾を掴み、手に三、四匹の鼠の骸を吊り下げ、こちらに向かって微笑む女。怖がらせるつもりなどなく、むしろ無垢で誇らしげだ。ただ、それを見せられている幼い娘には、どうしようもなく気味が悪かった。子供の頃だけならいざ知らず、病に倒れ野良仕事が出来なくなったついこの間まで、女は鼠を捕らえ、それをさよに見せ続けた。
だがもう、その女はいない。今は哀れ、隣の暗い部屋で位牌という名の木切れと成り果てている。不気味な想い出を振り払い、改めてその事実に気づき、さよは微かに笑う。
この狭い家に、たった二人だけなのだ。邪魔者はもう、いないのだ。
さよは、自分が支度した布団に潜り込もうとしている男を見つめる。そして、その男に向かってのそのそと忍び進む。自ら、胸元を広げながら。
「ねぇ、ねぇ」
明らかに色を含んだ囁き。聞こえているはずだが、男はその途端、布団の中で小さく縮こまった。
「うふふ」
小さい躯を、さよは布団の上に乗せた。あまり豊かではない、発育途中の乳房はすでに露わになっている。
布団の中で男が震えていることに、さよは気づく。さよよりもずっとずっと年上の男が、さよの迫りに臆しているのだ。誰にも邪魔されない、二人だけの家。自分と男を隔てる布団だって、すぐ。
「したい。ねえ、したいんよ」
顔があるあたりに、耳があるあたりにさよは語る。何をしたいかなど、詳しく語る必要もない。ただ、するりと布団に忍び込ませた指先は、偶然か必然か、男の胸元あたりに這い、扇情的にうねっている。
「だめだ、だめだぁさよ。それは、いけねえ」
小さい声が、布団の中から聞こえる。
「なんで。もう何度も何度もしとるやん。わたしはぜんぜん構わんよぉ」
だめだ、と言われるのは分かっていた。ただ、男が折れるのも分かっていた。弄る手には、ますます力がこもっていく。
「あ、あぁ。さよ、もうこれ以上は、いけねえ」
「ううん。いけねえと言われても、するよ」
男は相変わらず震えている。野良仕事で鍛えたはずの屈強な体は、幼い指先に弄ばれ力が抜けていく。男を自由にしている様が、さよには心地いい。
「あぁ、触って。なあこん手で、触ってっちゃ。わたしもうたまらんにぃ」
男の手を、ぎゅっと握ってみる。しっかりと汗ばんだ、その手。戸惑いながらも、女の責めに高まりゆく男の手。それを感じてさよも震える。恐ろしいのではない。嬉しいのだ。
「どうしても触ってくれんの」
指と指を絡める。身を固くする男の力がますます弱くなる。小さなさよの手の中で、ますます小さくなっている。
だから、あっさりそこに届く。
「お、おうっ」
間の抜けた声が、先程より少し暑くなった部屋に響く。服越しではあるが、さよの指先は男根を握ったのだ。果たして、布越しであるかどうかなど、あまり意味は持っていなかった。
「ほうら、本当はしたいんや。こんなふうになってるし」
「違う。これは違うんや」
違うことあるもんか。さよは男をもっともっと強く握る。
「違わんし。これはわたしとしたいから、こんなに大きく固くなってるんやろう」
「違う、違う、違うんや」
男のいいわけが滑稽すぎて面白い。握れば握るほど猛ってゆく肉の柱。まだ幼いと言える女に弄られ、情けない声を上げ続ける大人の男。
「もういいよ。だめと言われても、もう辛抱できん」
さよの唇に笑いが浮かぶ。すぐにさよは、そのしなやかな足で布団の裾を蹴飛ばした。
「あっ」
この前した時も男は、同じようにされ、同じように声を上げた。布団があっさりと剥がされ、哀れな姿をさよの前に晒す。
「さあ、するで。わたしはずっとずうーっと、準備できてるんやから」
言い放ってさよは、男の前に膝立った。あまり力を込めずとも、肩を何度か前後させるだけで、はらりと薄い着物は脱げ落ちた。先に脱いでおいてもよかったな、とさよは気づき、思わず微笑む。
「ああっ」
消えるに任せてつけたままにしておいた行灯のゆるい光の中に、さよの裸が浮かぶ。
乳も小さい。腹の肉も残っている。毛などようやくちろちろと生えだしたばかりだ。
だが、男にはその裸が辛かった。惑いそうになった。だから、小さく呻いたあと両手で顔を覆った。
「見てもくれんの。悔しいわぁ」
そう言いながらさよの顔は、少しも悔しそうではなかった。もう、男は拒まない。この間も、その前も、初めてした時も、そうだった。
さよはあの女が嫌いだったのではない。真を言えば、この男が好きだったのだ。
もちろん、この男はあの女の物だった。今はあの女の位牌がある部屋に押し込まれ、夜毎女と男が激しく睦み合っているのを、幼い頃から覗き、わけも分からず歯噛みしていた。
あの女が病に倒れやがて死んだ時、さよは新しい営みに心躍らせた。しかし男のほうはそうではなかった。来る日も来る日も、位牌を懐に抱きただただ泣き続けた。
だから、さよは襲ったのだ。もうあの女はここにはいない。あなたの目の前にいる女はわたしだと分からせるために。
何かの間違いだと必死にわめく男を尻目に、さよは裸の躯をのしかからせた。あれほど毎晩見せつけておいて、男はどこで仕方を覚えたのか、などと呻いていた。ただ、男が目をふさぎ、さよが心の赴くままに腰を振っていれば、やがて男は果てた。
それからずっと、男は受身のまま。さよが高まれば襲い、男は悪い夢だと思うように目を閉じる。だから、簡単だ。
裾から、逞しい物が覗いている。ずっとずっと、手に入れたかった物。手に、入った物。
「うふふ」
玩具を持つように、ためらいなくそれを掴む。
「あ」
顔を覆った手の中で、男がこもった声を上げる。
「ほうら、ほうら。入れるで、また、入るで」
細い体を、ゆっくりと男の真上に移していく。男を迎え入れるその割れ目がじくじくと潤んでいるのを、さよは自分で悟る。
「だめだ、だめだだめだだめだ」
男がまじないのように呻いたところで、さよはもう動きを止めない。男の物に正対し、一つはあっと息を吐き、ゆっくりと腰を沈める。
「ああ。はい、るっ」
「ああ、さよ、さよっ」
少し響きの似た男女の声が、同時に漏れた。性も、歳も、まるで違うはずなのに似たその声に、さよは男との距離の近しさを知る。だから嬉しくて、嗚咽する。
「あぁ、好き、好きよ。おとうっ」
認め、告げた途端、体中が熱くなる。さよはこの瞬間が大好きだった。自分から跨り飲み込んだ瞬間、男の名を呼ぶ。そう、父の名を。
「ほら、入った。ああ、ああっ、おとう」
「あぁさよっ、だめ、だぁ」
男は、さよの父 与吉は相変わらず情けない声でだめだだめだと繰り返している。幼き実の娘に犯されている自分を認めることさえ出来ずに、ただただ幻か何かだと思い込もうとしている。
男は勝手だ、とさよは思う。夢だ幻だと叫びながらも、最後にはあっさり精を吐き果ててしまう。
だが、さよはそれでよいと思っている。その勝手な男が好きなのだ。あっさり果て、女の奥底にたっぷりと吐き出されたのを感じれば、さよはまるで極楽に行ったような気分になれた。その相手が、好きで好きでたまらない自分の父親ならなおさらだ。
「ほら、ほうら。いいよおとう、おとうの、すごくいい、よっ」
「ああ、ああっ。さよ、だめ、だぁ」
次第に高ぶってきた。さよは自分の手で、僅かに盛り上がった乳を撫で摩る。今はまだこんなだが、やがてあの女よりもたわわになるはずだ。
「はあぁ、わたしの中、いいやろう。わたしはおとうの、いい、いいっ」
子供のような、いや完全にまだ子供のさよの躯。しかしその腰だけが、父親の男根の上で熟れた女のようにぐいぐいと振られる。びちゃびちゃといやらしい汁を垂らしながら。
「おお、あぁ。さ、よっ。あう、うううっ」
頑なに娘の乱れた姿を見ようとせず、与吉は目を閉じ続ける。ただ、襲う高まりは如何ともし難く、言葉よりも呻きのほうが多くなっていく。
「あぁ、あはあっ。いいよ、おとう。おとうの、おとうの、いいっ」
そんな父の哀れな姿を見下ろし、さよは感じ入る。誰の物でもない、自分の物だと実感し、征服感に浸りまた腰を振るう。
「お、おおう、さ、よ、さよっ」
なされるがままの男が、幻に逃げ込んでいる男が、長く耐えられるはずもない。全身に力をこもらせ、放出感に喘ぐ父の様子を、さよの淫乱な瞳はしっかり見て取っている。
だからさよも、もう辛抱しない。
「ああ、出すんやねおとう。ああっ、いいよ、いっぱい出してな。さよん中に、おとうの子種、いっぱいいっぱい出して、なっ」
ぐいぐいと尻を揺らし、男根を締め上げる。愛しい男の、父親の子種が欲しくてたまらない。
「ほら、出してぇ。おとうの、いっぱいっ。あぁ、あぁ、好き、おとう、好き、いいっ」
わたしは、あの女よりずっとずっと若い。
あの女はわたし一人だけを生んだが、わたしはそれよりももっともっと子供を生んでみせる。
大好きな、おとうの子を。
奥で、弾けた。与吉は僅かに悶えただけだったが、さよは高らかに声を上げた。
叩き、流れ、溢れる。男の心とは裏腹に、その精は実の娘の胎内をどぶどぶと満たしていく。
満たされた実の娘は、それを嬉々として受け入れる。一滴残らず、あの女から奪い取るかのように締め上げ、飲み込む。
はあはあと荒い息を吐く父の胸に、さよは崩れ落ちた。そして、胸に浮かんだ汗の粒を見つけ、舌で舐め採る。それだけで震える父に、にやりと微笑む。
萎えゆく男の物を感じながらも、さよはまだ元気だった。少し間を置けば、またできる。当然父は拒否するだろうが、また襲えばそれでいい。
さよは、父の荒い息を止めるかのように唇を塞ぐ。そして、自分の舌を差し入れる。
夜はまだ始まったばかりだ。あの女のことを完全に忘れさせるために、さよはまだ乱れるつもりだった。
陽が差し込んでいる。さよは体を起こし、のそのそと戸に向かう。
喉が渇いている。あれからずっと、父の精を貪った。あとで水を飲めば、さぞ美味しいことだろう。
戸を開けた。まだ朝は早いらしい。裸に涼しい風が心地よい。誰も見ていないからこそ、晒す開放感。
街に出て、盆の支度をしなければならない。饅頭の一つ二つと酒を買って、位牌の前に供えなければ。そもそも、あの女の初盆だ。
表向きは、母を失って寂しい娘を演じなければならぬ。父を手に入れた喜びに酔ってはしゃいでいれば、嫁に出せやら嫁にくれやら煩わしいことになる。
今夜もまた、父を襲う。そう決めるだけで、心躍る。幼さに似合わぬ色っぽい微笑を浮かべるさよ。さあ水の一口でも飲もうかと台所に向かおうとする。
ことり。
物音。どこから聞こえたのかさえ分からぬ、小さな音。自然に顔が向いた先は、隣の部屋。
しかしそのあとは何にも聞こえない。だからさよは、鳥が屋根に降りた音か何かだと思い、それ以上思い巡らすことはなかった。
街から戻ってくる頃には、暑さは明らかに夏のそれとなっていた。よそ着はびっしょりと汗に濡れ、脱いでしまわなければ不快でたまらない。帯を解き、蹴脱いだ服は床にあっさりと落ちた。
外の蝉やらの声に比べて、しんと静かな家の中。裸のまま、さよは饅頭と神酒を持って母の位牌がある狭く暗い部屋へと向かう。
「は」
戸を開けて、さよは思わず笑ってしまった。坊さんが短めの戒名を記した、粗末極まりない母の位牌。そのそばに、あろうことか摘んできたばかりの野花が生けてある。なるほど、父 与吉のしそうなことだ。
「あらあら」
あれだけ娘に蹂躙されて、くたびれ果て泥のように眠っていても、朝起きれば亡き妻のために花を摘んでくる、父。滑稽すぎて涙が出てくる。
滑稽ついでに、さよはいいことを思いつく。買ってきた饅頭と神酒を供え、位牌の正面にしっかりと立つ。
「なあ、どうね。あんたの生んだ娘ん裸は」
静かだが、しっかりとした意思が込められている口調。相手は、応えようがないのだから。
「がりがり痩せて骨と皮だけになってたあんたとは違って、これからどんどん肉がついて、女になって来よるんで。なあ、どう思う」
膨らみつつある乳に、そっと手をあてがう。
「ははっ、見てみ。まだまだおっきくなるんで。もうあんたのより大きいのと違うか」
自分でふくらみを撫でていると、熱い躯がまた少し熱を持つ。正直な所、この場所が気持ちいいかどうかは、まださよには分からない。父の手を取り無理やり乳に沿わせたことはあるが、あれは父の戸惑う姿こそが愉しかった。
「おとうは、こん乳が好きやって言ってくれてるで。なあ、どうなん、て」
嘘を言ったところで、母の位牌は怒らないのだ。だから更に、大胆になる。
乳を揉み続け、残ったもう一方の手を、足の間に。
「あ、ううんっ。ほら、ここも、おとうの物をしっかり咥え込めるようになったんで」
胸と違って、ここの気持ち良さは分かっている。
男の物がずるずると中を進んでくると、中の肉が自然に疼く。もちろん父の物しか知らないが、その物の形をしっかりと肉が辿り、覚えこむように蠢く。自分から腰を動かせば中はまるでしぶきを上げるかのように女の汁を流して男を包み込む。最後の瞬間男の、いや実父の精を感じた時、やはりさよは、女の悦びを感じるのだ。
「う、うっ、あんたとおとうが何度やったか知らんけど、んっ、これからはずっと、わたしがおとうとやるのや。残念やな、くやしいやろう」
中指を熱くなり始めた穴奥に滑り入れさせ、忙しげに前後に動かす。指の腹に、やっと生え始めた毛が触る。
父を奪うだけではない。あの女よりもずっとずっと、父に愛される女になりたい。
「ああっ、気持ちいい。お、おとうはもう、わたしの物やから、な。この穴で、おとうのをいっぱいいっぱい扱いて、種をもらうんやから。あ、はあ、んっ」
位牌を眺める視界が、熱さに浮かされ少しだけ潤む。だから、ゆっくり目を閉じる。要は、若い肉を母親に見せ付けていればよいのだ。
「はあ、ああ。おとうは、もうっ、わたしの物、や。絶対、あんたにはもうっ、返さん、から」
なのに、おかしい。乳の心地、穴の中の良い指、誰の邪魔も受けぬはずのさよ。なのに目を閉じ行為に没頭し始めた途端、心が揺れる。
あほやねさよちゃん。男と女は、そんなもんじゃないんよ。
「何、言うの。ぜったい、負けん、よ。あ、んっ。おとうが帰ってきたら、ん、また、するんやから。あんたはもう、できんのやから、ここから黙って、見とけば、いい、あ、ふうっ」
聞こえてもいない誰かの声に、むきになって抗うさよ。それが躯ではなく、心の幼さだと気づかない。
「ああ、もうっ。い、いいっ。ああっ、おとう、わたし、あ、ひ、おめこ、あふっ」
自らの頭に沸いた陰りを振り払うように、さよは指を早く動かし、腰を捻り、声を高く上げる。
母が死に、この家には父 与助と二人だけ。その幸せな立場を確認するために自分を指で愛していた、はず。
なのに脳裏に浮かぶのは、この部屋に閉じ込められ覗いた、愛する男と自分ではない女が激しく睦み合う光景。振り払おうとしても、振り払えない、傷。
「あ、お、おと、うっ。あ、は、さよ、さよっ、おめ、おめ、こっ、い、い、い、あっ」
ほう。なら、可愛い娘の姿をちゃんと見とかにゃねぇ。うふふ。
さよは、気をやった。そういえば、指遊びもあの頃覚えたものだ。
気がつけば、さよはそのまま床で寝ていた。時は、あまり経っていないようだ。
位牌を見る。花を見る。別段代わり映えのない景色。
「あほらし」
さよは体を起こし、汗を流そうと決めた。父と交わってかいた汗と違い、心地悪くてしかたない。
もう一度振り返って、位牌を眺める。
「負けんの、やから。見とき」
呟く。なのにその粗末な木切れは、なぜか余裕綽々に見えた。引っつかんで投げつけたかったが、さすがにそれは、止めた。
家の裏にある小川。人の家の前を通って山に戯れに入る糞餓鬼以外に、覗かれる心配はない場所だ。
一度ゆっくり浸かって、汗を流す。冷たさが肌に染みたら、立ち上がってちゃぷちゃぷと水を垂らす。
与助が帰ってきたら、このままで飛びついてやろうかとも思っている。だから、磨く。父の汗に塗れるために、汚れるために、磨くのだ。
ふと。どこからか視線を感じる。父ならばよいが、生真面目な与吉がこの時間に帰ってくるはずもない。ならば、やはり餓鬼か。
「こら」
振り向き、
「ひっ」
小さく呻く。小川の土手に、いた者。
それほど背の高くない草むら。そこに静かに佇み、さよを見つめている。それ自体は、生まれてずっとこの場所に住んでいるさよにとって珍しくなかった。だが。
太く、鋭く、大きく、黒く、長く。鎌首を擡げながら、しかし独特の威嚇音などなしに、ただじっとさよを見ている、蛇。さよの裸を見つめ続ける、大きな蛇。
「なんね、もう。怖、い」
震えながらも、声を出す。そうすれば生き物は大概逃げる。さよはそれを知っている。
「ええっ、何で」
なのに、逃げない。微動だにせず、ただただ身を固くする幼い女の肌をじっと見る。
手のひらで水をすくい近くに飛ばしてみる。逃げない。
その濡れた手で拍子を何度も打ってみる。逃げない。
ただずっと、あの冷たく恐ろしい瞳で、さよを。
さよは動けなくなった。蛇など恐れたことはなかったが、今目の前にいる蛇は、怖い。恐ろしい。
すると。
するする、奥の草むらからもう一匹、蛇が現れる。今度は、あまりに美しい白い蛇。その方向を見ることで、ようやく黒蛇の視線はさよから離れた。
二匹はまるで挨拶のように、先の割れた長い舌をちろちろと交し合う。それは、案外長い時間だった。
さよはその姿をずっと見る。恐ろしいと思っていたこの場所が、いやに美しい。舌だけではなく、うろこに包まれた細い身体を交し合い始めた二匹の蛇。ぬめ光り、際限なく絡み合っていく。
「あぁ」
思わず息が漏れた。蛇の生殖がどんなものか知らない。ただ、白と黒の蛇が今している睦み合いは、さよにどうしようもなく美しく、淫らに感じられている。奇妙な話、先ほど母の位牌の前で自分を慰めた時よりずっとずっと昂ぶっていた。だから自然に、指が伸びる。
そこで、はたと気づく。蛇に浮かされている、自分を。
「だ、だめ」
ほんの少しだけ、濡れ始めていた割れ目に触った。嫌になるほど熱い。だから、身を固くした。
家に帰ろう。さよは決めた。蛇を避けて行けばその土手に逆から回らなければならないが、今はそれでいいと思った。どうせ裸でここに来て荷物などないのだ。さよは急いで土手を駆け上がる。
一度、蛇がいたほうを振り返った。
黒い蛇はどこかに行ってしまっていた。白い蛇だけがこちらを、さよをじっと見ていた。黒い蛇と絡ませていた赤い舌を、ちろちろと出し入れしている。
なぜかどうしようもなくから恐ろしくなって、裸のさよは家へと駆ける。陽が少し、傾き始めていた。
家の前。戸の前に鋤がないので、父 与助はまだ畑から帰っていないようだ。さよはゆっくりと戸に近寄る。そして立ち止まる。
誰もいないはずの家の中。その家の中で、気配がする。するはずがないのに、するのだ。
どちらにせよ、入らぬわけにはいかない。さよは手を戸に伸ばし、そして引いた。
「あ」
人が、いた。しかしそれは、見ず知らずの者でも、ましてや物の怪の類でもなかった。
「おとう」
そこには与助がいた。そう声をかけたさよをゆっくりと見る。
「驚かせんでよ。もう畑から帰ってきとったん」
戸を閉めて一息つき、土間から框へと上がろうとする。すると。
「おい」
ぐい、と腕を掴まれた。そして強く引かれた。
「なんで裸なんか。さよ」
少し面食らう。さよのほうをじっと見、痛いほど強く腕を取り続ける与助。その言葉も、怒っているようにも戒めているようにも取れる語調だった。どちらにしても、娘 さよの放爛に耐えていた最近の与吉のそれではない。
「なんで、て」
そんな様子の父親に改めて問われ、さよは言葉を失う。父への戸惑いというより、どう答えたら良いのかという迷いのほうが強い。
ならば。またおとうとするためだ、と強く答えようと決めた。
「またおとうとする、たっ」
たが、しかし、その言葉は最後まで出せなかった。今までより更に強く腕を引かれ、床に飛ばされた。
「ちょ、なっ」
言葉にならぬ声を上げ、さよは自分を突き飛ばした男を見た。父は、何かに怒っているのは間違いないと悟る。
「またする気か。まだけつの青い餓鬼の癖に、俺としようと言うんか」
仁王立ちで、さよを見下ろす与吉。有り得ない、とさよは思う。
「ようし、そんなにしたいんならしてやる。この盛り猫が」
どすどすと荒い足音を立てながら、与助は近づいて来る。さよは思わず後ずさる。物心ついた時から、ずっと優しかった父。だから、惚れたはずなのだ。
「さよ」
低く、しかし強い声。
「はえ」
何と言ったのか分からなかった。もちろん聞き返すことなどできずに、ただ身を固くしているさよ。
「こらさよ、聞こえたか。四つに這えと言ってるんだ」
ようやく父の表情が変わった。這え、と言っている。笑いながら。
「そんな」
「黙れ。お前みたいな女には、畜生の格好がお似合いだ。それ、這え」
確かに、犬や猫や牛や馬が、そう番うのをさよは知っている。ただ、さよはもちろんそうしたことがない。
「這えと言うとろうがっ」
部屋を震わす大きな声。さよは恐怖に震え、ようやく父の顔色を伺いながらゆっくりと躯を裏返していく。
「ああ、うう」
「なんや。早うけつを向けんか、この糞餓鬼が」
数歩進んで膝立ちした与助が、娘の白い尻を平手で叩く。ぱちんぱちんと。
「ああ、おとう。止めて」
それは声のように決して強い叩き方ではなかった。だが間の抜けた感じで部屋に響くその音に、さよは恥ずかしさを覚えた。
「いいや止めん。これは仕置きじゃ」
さよが何と言おうと、与吉は叩くのを止めなかった。わざとのように高い音を上げ、白い実の娘の尻を赤く染めていく。
「ひいっ、おとう、もう、這ったっちゃ。だから後生や、尻を叩くの、止めてぇ」
「ふむ」
さよの弱々しい哀願に、ようやく平手打ちは止まる。間抜けな音が聞こえなくなった部屋に、奇妙な静寂が訪れた。
涙さえ出てきそうな気持ちのさよ。惨めに四つん這い、背後の父親にその尻を差し出している格好だ。先程の音と相まって、さよは生まれてから一度も経験していない恥ずかしさの渦中にいた。
「ふむ。ふむ」
何やら低く小さく頷いている。じっと見られているのだけは、気配で分かる。
急に、思いもよらぬ立場に置かれてしまった。この父親の豹変ぶりは何だ。あの女が死んでずっと死んだように暮らしてきた男が、なぜ今、このように恐ろしく変わってしまったのか。
考えている暇は、あまり与えられなかった。
「ひ、いっ」
ずぼり。何かが、自分の中に入った。与助の男根と自分の指しか入れたことがないその内部に、どうやら与助の指が入ったようだ。
「ふん。まだまだ狭い癖に、俺のを毎晩苛めてくれた穴か。こうしてやる、こうしてやる」
「ひい、ひいっ。おとう、止めてぇ」
他人の意思で躯を割られることが、これほどまでに辛いことだとは。全身を熱くする恥ずかしさや恐れにより、さよの身はますます縮こまっていく。
「誰が止めるか。俺が止めろと言って、お前が止めたことがあったか。お前が俺の上でけつを振るのを止めたことがあるか。ええっ」
「あうう、堪忍や。堪忍やから、どうか、おとうっ」
さよがどんなに弱々しく乞うても、父の指は前後に動くことを止めない。それどころか、狭いその中のあらゆる場所をその先で辱める。
「いやっ。はあ、はあっ。かん、にんやぁ。おとう、あうっ、くうううっ」
「なんやさよ、気を入れ始めたんか。嫌や堪忍やとか言いながら、甘えた声を出しよるな。この盛り猫が」
「ちが、ううっ。嫌なんよ、でも、なんか、あううっ。おとう、ああっ」
「まあいいわ。どちらにせよ仕置きのために、今日はずうーっとお前を犯してやる。このびしょびしょの穴を、もっともっとどろどろにしてやるからな」
「ああ、ああっ。おとうっ」
父の言葉にさよの体はは震える。怖いから震えたのか、怖いのに震えたのか。
その頃には、誰も届いたことのないところまで指先は辿り着いていた。さよの指はさておき、男根より短いはずの指が、さよの奥深くまで届いて汁を溢れさせている。
さよはその指に狂い始めていた。もし平静であったなら気づいていただろうか。その指の動きが、まるで蛇のようであったと。
「ほら、ほうら。いやらしい汁がどんどん出てきよるぞ、さよ」
愛しかった父の声が、嫌に冷たく響いて聞こえる。そして父の言った通り、音も。
じゅくじゅく。ちゅくちゅく。
あぁ、確かに。こんな音は聞いたことがない。自分で父の上にのしかかり、赴くままに腰を振りたくっていた時、確かに汁はたくさん溢れた。
「いや、うっ、あ、はあっ。こんなんっ、あひっ」
しかしやはり、聞こえ続ける濡れ音はいつもとまるで違う。体中の水気がその汁となって溢れているような音だ。恥ずかしい。恥ずかしくて堪らない。
それでも与助の指は幼い実娘の狭い穴を穿ち続ける。念入りに、遠慮なく。
「ひ、ひひっ。ひいいっ。お、あ、ああうっ」
名を呼ぶことすらままならなくなって、獣のような格好で獣のような声を上げるさよ。与助もそのような娘の変化を眺め、煽るのを止めた。しかし蛇のような指先は、延々蠢かし続ける。
「あ、ひ、いいっ。うあ、ふ、あっ、あ、い、いいいっ」
そんな時間がどれほど続いたか。暗い部屋に響く声は、明らかに昂ぶりを表していた。
「いっ、ひ、お、おとうっ、気を、気をっ、あっ、いひいいっ」
頂に至る告白。このままさよは、いつもと明らかに様子の違う父親の指で、気をやるつもりでいた。ところが。
「指では、いかさんぞ」
あれだけ奥を丹念に貪っていた指は、あれよあれよと抜け切った。さよの躯に残ったのは、あった物がなくなった喪失感だけ。
「はあ、あん。お、と、うっ」
「お前の爛れたおめこに、これをぶっ刺しちゃる。これで、突き殺しちゃる」
力の抜けた顔を与助のほうに向ける。そして、目が一点に止まる。
「ひ、いっ」
毎晩毎晩、自分がいきらせ、支え持ち、迎え入れていた男根とは、違っていた。だからさよは、脱力の中でも慄き呻いたのだ。
嘘でも何でもなく、それが入れられれば、突き殺されるだろうと思った。
「い、や」
怯えに潤んだ瞳で、さよは嘆願した。しかし与助は聞き入れなかった。強いかいなの力で白い尻肉をむんずと掴み、立ち膝で数歩さよの陰部に近づく。
「黙れ、さよ」
そしてどちらかの手のひらでまた、強くその尻肉を張った。今度ははっきりと、その白い肌に赤い痕が残る。それほど、強く。
肌に浮かんだ汗で、叩く音はびちゃびちゃと鳴る。痛い。恥ずかしい。だからもう一度、止めてと哀願しようとした刹那。
「ぎっ」
それは、ぐいと侵入して来た。躯の中の臓物が全て押し出されてしまいそうな圧力。
「ぎ、い、いいいっ」
「ほれさよ。お前の欲しがっとった物だ。存分に味わえ」
実の娘が上げる悲鳴をまるで気にせず、自分の逸物を突き進めていく与吉。
「う、いっ、い、ぎい」
耐えるさよは堪らない。夜の秘め事にあった、全身をうち震えさせるような喜びはない。ただ入れられ、満たされている。
さよは犯されていた。父を犯し続けていた娘は、父の姿をした知らぬ父に犯されていた。
「さあ。動くぞさよ、お前の望み通り、俺が突き殺しちゃる」
左と右に肉を割り裂かれてしまいそうな痛み。この上与助は、その物を動かそうというのだ。殺すという言葉が、さよにはまるで大袈裟に聞こえない。
ぐっ。ぐにゅうううう。
長大な男根が、奇妙な感触を残しながらゆっくり肉の中を逆進する。
「あ、う、ううううっ」
まだどうしようもなく痛い。さよは低く呻きながら、父の姿をした者の腕に強く縋って耐えるしかなった。
ずるずると自分の中から抜けゆく凶悪な肉柱。もちろんそれは、さよが微かに願ったように完全に抜け切ってはくれない。固く張った鰓を入り口に残して、そのまま動きを止める。それだけでもやはり、つらい。
「どうした、喜んじゃおらんのか」
「あううっ。つらい、よ。おとう」
相変わらず眉を歪め、痛みを訴える娘を気にせず、にやにやと冷たい笑いを浮かべ続ける与助。
そんな父の顔を見続けることが出来ず、さよは固く目を閉じた。痛みと、恐れと、そして得体の知れない何かに耐えるために、目を閉じた。
「か、はあっ。あああ、あっ」
すぐにのどの奥から、深く重い呻きが漏れる。入り口にあった物がまたさよの狭い肉を遠慮なく押し広げていったのだ。
指も奇妙なほど太く大きかったが、男根は更に怪しく凶悪だった。与助のそれが奥に進むたび、ちりちりと細かい痛みを伴って埋まっていくさよの中。
「お、とうっ。あ、ひ、ひいいいっ」
毎晩のように味わってきたはずの父 与助の物。さよの奥に届き切ったあと、今度は容赦のない前後運動が始まる。
「どうだほれ、どうださよ。くくくっ」
「あい、あひっ、おとう。ああ、ひい」
太さも、長さも、凹凸も、動きも、感触も全てが違う異物が体内を満たし、さよの柔らかい肉を無理やり揺らす。
「い、あっ。あ、ひ、ひいいいいっ」
夜な夜な父に跨り、細い体を揺らめかせてきた。実の父の男根を肉洞に咥え込んできた。
それも全て、あの女の幻から与助を奪うため。これからもずっと、愛する父親を所有するため。
「あひっ。ひ、ひい、んっ。おと、う、い、いい、んっ」
しかし、その結果がこうなった。尻を抱えられた惨めな格好で、後ろから異様な凶器で突かれ続けている。父の姿をした、父の声を持った、何者かに。
「い、ひっ、いいっ。あ、あぁ、お、とっ。い、ひいっ」
なのに、躯は熱い。自分の好きなように動いていた夜よりもずっと、全身が熱を帯び始めている。痛みに耐えるため固く閉じていたはずの唇からも、あらぬ声が流れ始める。
「なんやさよ、興が乗ってきだしたんか。嫌や嫌や言いながらもうこれか」
「あ、ううっ。嫌、やけど、あ、い、いいいっ」
「こりゃ盛り猫どころか、牝豚やの。よおし、こりゃもっともっときつく仕置きしたらなあかんな」
言うが早いか、与助はまたその手のひらをさよの白い尻に振り下ろし始めた。
「や、やぁっ。それ、嫌やっ、やめて、えっ。あ、ふ、あううううっ」
犯されていることを否が応でも知らしめる、高く湿った音。腰の突き入れと共に叩かれ、その音は先ほどよりずっとずっと恥を含んで鳴る。
すでに赤かったさよの肌が、更に紅潮した。恥ずかしさと、躯の芯の熱さで。
「黙れさよ。豚のくせに嫌や嫌や言うな。俺がどんな思いでお前の下におったか分からんかったくせに」
「あ、ああぁ。堪忍や、かん、にん、やっ。お、とう」
「もう知らん。そら、豚らしくもっともっと尻を振れ。そら、そらっ」
片手でばちばちと音を鳴らして尻を叩きながら、もう一方の手で腰を強く引きつけさよの奥を深く穿つ。
「あ、ひ、ああ、んっ。もう、もうっ、気を、や、やぁ。い、ひ、いいいいっ」
詰られている通り、さよは豚のように責められていた。そして、詰られ煽られ蔑まれてなお、この畜生のような惨めな格好で気をやろうとしていた。
「ふん、そう簡単に誰がやらすか」
なのに、なのに与助は、まるで悪鬼のように振るっていた体をあっさりと止めた。
「ひ、はあぁ。な、なん、で、よおっ」
犯されているという嫌悪感よりもずっと深く、今のさよは空虚を感じる。気をやる寸前でお預けを食らわされた女の肉は、素直に父の責めを求め切なく叫んだ。
「よいさよ、これは仕置きじゃ。誰がお前の思う通りには絶対させんぞ」
言うが早いか、与助はさよの腰を強く掴んだ。まるで物を抱えるかのように強く、乱暴に。
そしてそのまま、力任せにさよの躯をひっくり返す。さよの奥深くに自分の凶器を残したままで。
「どうじゃ。これならお前の色に狂った呆け顔をじっくり見れるぞ」
「ああぁ、おとうっ」
尻から入れられている時は、痛みと恥を耐えているだけで済んだ。しかしこれでは、恥も感じながら父親の姿も見なければならない。畜生のようにらんらんと瞳を輝かせながら、自分を強く組み敷く父親の貌を。
「また突くぞさよ。その豚みたいな顔で存分に善がれよっ」
「はっ、ひっ、ひ、いいいいいいっ」
猛然とした責めが、またさよの幼い肉に振るわれ始めた。
「おとっ、あ、ひいっ、は、ふっ、う、ううっ、く、あ、いいいいっ」
図らずも父 与助の言うとおり、表情など取り繕う余裕もなく、顔を歪ませてさよは喘ぐ。もはや嫌悪感や痛みではなく、恥辱に塗れた経たことのない悦びを父の男根によって感じている。
獣じみた突きに浮かされ、さよもまた獣じみた叫びを上げているのだ。
「ほら、もっと突き殺してくれる」
「ひ、いいいいんんっ」
ぐいと両の足首を掴まれ、大きく左右に広げられる。これ以上ないほど寛げられれば繋がった部分があからさまになり、全身が真っ赤になるほど辱められる。
「ふん、この惨めな格好で気をやらしてやる。盛り切った自分を恥じながらな」
ぐ、ぐぐぐううっ。すでに最奥にあったはずの男根が、また更に奥のほうを貫く。
「か、はっ」
口から先端が飛び出てきそうな圧力。押し出された重い息をさよは吐く。そして、更なる責めに耐えるように瞳を固く閉じた。
「よおし、やってやるぞさよ。覚悟しとけ。そりゃ、そりゃっ」
「ひ、ひいっ、ひい、ひいっ。お、と、ううっ、あう、いいいっ、い、ひいいっ」
これまでよりずっと高い声でさよは喘ぐ。体が壊れそうな激しい動き、突き、貫き。
優しかった父を、さよは愛していた。だからこそあの女が死にやつれた父を、自分の物にしようとしたのだ。
だがどうやら、今自分を犯し尽している父は、その父でないようだ。
それでもいいとさよは思っていた。明らかに来るであろう肉の悦びを、今は味わってみたかったからだ。
「それさよ、どうじゃ俺のは。おめこがいいか、よう」
「あ、いいぃ、さよのおめこっ、いい、よおっ。おとう、おとうっ。あひい、おめ、こっ、いひいいっ」
「ふん、勝手に感じくさりよって。まあいい、もうすぐ出しちゃる。お前のおめこにたっぷりたっぷり俺の汁を出しちゃるからな」
自分の中で男が爆ぜるという幸せを、さよは一番に感じていた。こんな異常な交わりでもなお、それを宣言された時さよの心は打ち震える。
「よい、気をやれさよ。ほれ、ほれっ。俺の汁で、忌みな子を孕んじまえっ」
「は、孕むよぉっ。おとうの子、はら、むっ。はひ、はひ、いいいっ。さよ、お、おめこ、気を、や、る、うううっ」
気をやってよいのか。
孕んでよいのか。
そもそも明らかに父とは違う父と、これからどうやって生きていくのか。
そんな迷いも、すぐに泡のように頭の奥で弾ける。
「さよ、やれっ。出るぞ、俺のをたくさん受け止めろっ。受け止めてしっかり孕めっ。うひ、うひひひひひっ」
「あい、はひっ。おめこ、おめ、こっ、いいい、いくうううっ。さよの、おめこっ、い、い、い、くうううううううっ」
ばちばちと肉がぶつかり、それが体の一番奥で停止した刹那。
与助の、いや与助の姿をした何かの先端からどろどろと奔流が溢れ、さよの内部を何度も何度も叩いた。
まるでのどの奥で溢れてるかのような勢い。雷にでも打たれたような強烈な肉の悦びを
さよは感じた。これまでの夜の物とはまるで違う頂。
「は、ひ、いっ。は、あ、あ、うううう。お、とう」
気が遠くなりそうになって、さよは固く閉じていた目を開けた。
「さよ、舌を出せ」
まだ霞む目の中でぼんやりと父の輪郭を捉えながら、さよは命ぜられたとおり赤い唇から震える舌をゆっくりと差し出した。
自分の舌を、男の舌が絡める。それが唯一、この繋がりで愛を感じられそうな予感がした。
だが。
きゅっ。
舌は、何かどうしようもなく細く冷たい物に絡め取られた。その物を見て、さよは叫ぶ。
「ひっ」
目の前。自分の舌に絡んでいたのは、細く長く赤く、先が二つに分かれた、舌。そう、それはまるで蛇のような。
な。さよちゃんの躯はどうやったん
誰かの声が聞こえる、姿は見えない。その声に与助は舌をさよから離し、振り向き答えた。
だめ、まだまだ餓鬼や。やっぱりお前のほうがいいの
あら。さよちゃんかわいそう。うふふっ
男の肩口に現れたのは、白い蛇だった。嬉しそうに舌を出し、与助の首に絡みついていく。
与助は、長い蛇の舌の持ち主は、その白い蛇の舌に自分の舌を絡ませていく。それは、あの川原で見た光景そっくりだった。
さよは、ようやく気づいた。そうだ、そういう事なのだ。
あの白い蛇は、黒い蛇は。全身が震えた。
さよちゃん、じゃあね。鼠ももう捕れんことなるけど、ごめんな。
白い蛇が、自分のほうを見て笑ったような気がした。さよはそのまま、気が遠くなった。
「……あとで分かった話やけど、朝にはもう与助は畑で喉を切って、すでに死んでおったそうです。さよとの交わりを恥じたか、あるいは他の理由か知りませんけど」
「ああ、そうか」
「へえ。そんで……じきにさよは孕んだ。相手なんて父の与助しかおれへんかったんで、村の皆から『畜生腹や』言われて忌み嫌われて、結局いつの間にやら村から消えてしもうたとか……先生。昔々の話ですけど、これが私の知ってる怖い話ですわ」
女は語り終わると小さく息を吸い、やがて小さく笑った。その微笑が、なぜか見ている男の心を打った。あまり栄えていない女郎屋の、一番奥の暗く狭い部屋で、驚くほど艶っぽい笑みだった。
大林 圭支は物書きをしている。それも「艶書き」と言われる男女の交わりを描く物書きだ。時勢柄もあって、よくお上に目を付けられることも多かったが、大林は自分の文にある逃げ道を持たせていた。
物の怪である。怖い話は昔から廃れることなく人気で、物の怪に絡ませて艶書きすれば、お上の目を掠めながら読みたい人の手に届けることが出来る。
「素晴らしい。これでいい物が書けそうだ。恩に着るよ」
「あらあら、おおきに」
話の種に困ると、大林はふらり旅に出てこのような女郎屋に泊まる。そして、敢えて人気のあまりない女を主人に選んでもらうのだ。
枕が上手くない女は、自然と話が上手になる。嘘にせよ真にせよ、質のいい話を探すのはこのような場が一番だと大林は知っている。
「ところで……なあ」
そんなわけで、実際その女と行為に至ることは少ない。むしろ聞いた話を反芻しながら文に組み立てていくのを優先することが多い。
「へえ……なんです、先生」
「すまないが……今から、いいか?」
話し終え、団扇で自分を扇いでくれていた女に、大林は明らかな扇情を覚えていた。理由も語らず主人にこの女を介された。話に夢中だった時は気づかなかったが、なぜこの女の人気がないのか分からない。
「……ええです、よ」
若い。けして醜くもない。むしろ美しいとも言える。もう一度小さく笑った顔はやはり、どきりとするほど艶やかだ。
「ならば」
「あれ」
大林は勢いよく布団に押し倒す。そのまま、女の唇に口づけた。
「ああ、うんんっ」
柔らかい感触。それはゆっくりとあてがった着物の胸元も同じだった。それはまさしく、若く張りのある女の乳房だ。
「んんっ。ん、ふ、んんっ……」
反応もいい。少し高くなってくる漏れ声や吐息を聞いていると、女の体に沿わせている股間の物もすぐに猛っていく。若い男でもあるまいに、こんなにいきるのは久しぶりだ。
すぐにでも、入れたい。大林は、右手を女の股間にするすると伸ばした。
「おっ」
急に、その手を握られた。
「なあ、先生……ほんまに、するん」
「あ、ああ」
「ふうん……なあ、聞いてくれる」
女は、笑った。いやに冷たい感じがする。
「……ずうーっと、言うとったんよ。『あの女は死んで、あんなきれいな蛇になったのに、あんたはこんなになってしまって。神様はずるい』って……それでも、わたしを抱けるん」
女がすうっと開いた胸元。豊かな乳房には、まるで鱗のような。
「知らん、よ。せーんせ」
身をすくめた大林に、女はまた笑った。冷たく、美しく、その赤い唇から細い舌を出しながら。
完